予備生

何にせよ、特芸科について欲しかった情報は大方手に入った。

 端末の文章に目を走らせて、

「星宮跡に入るだけなら、三級でいいって事か」

 一人ごちるように言うと、聡の質問の他に予備知識までを披露した塚本は、やれやれといった風情で、下敷きで自分を仰ぎながら、

「入るだけならね。転科するなら、予備生から始めることになるけど」

「予備生ね。それこそ芸能科が多いって聞いてたけど」

 学園の高等部では、在学中一度だけ転科を認めている。元は芸能科への配慮だったらしい。

 州立歌劇場の俳優養成所と言われる芸能科への入学希望者は、群を抜いて多い。狭き門に殺到する俳優志望者への救済措置、あるいは念願かなって芸能科へ入学したはいいが、途中で自分の才能や将来性に見切りをつけた者のために始まったのが試験を伴う転科予備生制度で、希望学科への転科を目的とした特別講習を受けることが出来る。勿論他の学科への転科も同様の措置が取られている。

「特芸科は腕章つけてるから、すぐわかると思う」

 塚本の言う通り、特芸科希望者のみ予備生は腕章の着用が義務付けられている。その情報は、事前に進級組から得ていた。

 今年の特芸科予備生の、素行の悪さについても、だ。

 聡はちらりと塚本の背後を見やる。視線の先には窓際の席に着席する生徒が頬杖をついて窓の外を眺めていた。その左腕には臙脂色の腕章がある。

 唐突にその生徒が振り向いた。あろうことか聡と目が合う。相手は驚いたように目を見開き、忌々しそうに睨みつけてくる。鬱屈をため込んでいるような険のある目つきだ。

 聡は口を歪めた。

(またやらかした)

 と、思った直後。

「なんか用?」

 案の定、不機嫌極まりない口調で詰問されて、聡は内心ため息を漏らす。塚本は「うん?」と首を巡らせた。

「ああ、悪い。今特芸科の話しててさ」

 塚本の時と同様、覗き見していた聡に非はある。勤めて平静に、当たり障りなく謝罪すると、相手は「ふん」と鼻を鳴らしただけで、それ以上追求はしてこなかった。再び頬杖をついて、窓の外に顔を向ける。

 実のところ、不貞腐れたように窓の外に顔を向けていた姿は、塚本の会話の最中、ずっと視界の隅に捕えていた。 

(平田芳郎だっけ。面倒臭そうな奴。こういう手合いは、変に刺激しない方がいいだろうな)

 そう判断して、塚本との会話に戻ろうとした矢先。

「平田はこれ知ってる?」

 塚本が進んで地雷を踏みに行った。体の向きを変えて、片手に持った下敷きを顔の横にかざして指で示す。聡は思わず閉口する。黄昏を決め込んでいた平田はのっそりと振り返った。案の定、話題を振られて気分を害したようで、眉間に深く皺を刻んで、先程より鋭く睨んできた。

「知るかよ」

 威圧するように吐き捨てると、再び顔を背けた。聡は呆れて口を歪める。

(初っ端からそんな刺々しい態度じゃ、この先苦労するだけだと思うけど。感情に任せて突っかかってくるタイプじゃなさそうだし、こっちから手出ししなけりゃ、問題はないか)

 などと人となりを判断する。何にせよ、積極的に交流を持ちたい相手ではない。

 塚本はと言うと、平田の返答に一人でダメージを食らって、再び落ち込んでいた。勿論、平田にきつい返答を投げかけられたことに対してではなく、アニメ好きの同志を得られなかったことに対する落胆だ。

 聡は件の下敷きにそっと目を向ける。ずっと手にしたままでいるところから察するに、思い入れは相当あるようだ。相槌打たなくて正解だったと聡は仕様もなくため息をつくと、塚本に進言した。

「アニ研とか漫研入った方がはやくね?」

「考慮しとく」

 見計らったかのように始業ベルが鳴った。


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