特殊芸能科3

「とまあ、そんなわけで、現在、星宮跡管理の人材育成に躍起になってるってことで」

「それで特芸科ね」

 言って、聡はむ、と顔をしかめる。 

「噂とは別件で、特芸科には良家の子女めいた風貌の生徒が在籍してるって聞いたんだよ。貴族は公武に関わりなく、衛士や学士を積極的に取得しているよな。その辺はどうなんだ?」

 具体的にどのような風貌かまでは聞き及んではいないが、口振りから悪い方で目立っていたわけではなさそうだ。

「私服の人たちのことを言っているなら、それは通信受講生だろうな。実地教習を合同で行うから、よく間違えられたらしい」

 どうやら情報源の進級組も思い違いをしていたらしい。そしてこの情報、恐らく「いとこのうめ」が源だろうが、そこには言及せずに、

「通信受講生ね。星宮衛士資格コースなんてのがあるのか」

「コースというか、ここの星宮跡――ヒスイ郷って呼ばれれるけど、実技試験会場の一つで、それで受講者が多い」

「試験会場、と……」

 キーボードに指を躍らせる。

「ならその通信受講生には、どこぞの名家のご子息がご遊学あそばせたりしてるってことか」

 などと冗談めかして言ってみると、

「去年までは日向家、今年は夜州議会の跡取りが数名所属してるな」

 想像以上の大物の名に聡は笑みを浮かべたまま固まる。

「……そりゃあまた、たいそうな御仁ばかりで」

 さすがに面喰って、言葉が続けられない。

「もっとも、彼らは試験とは別に腹蔵があるみたいだ。試験は自分とこの州でもやってるわけだし。――士爵を牽制するためでもあるらしい」

 士爵という言葉に、聡はピクリと反応する。

「公武の称号を併せ持つ上級階級さまー、ってやつか」

 皮肉に苛立ちを加味して言うと、塚本はさして気に留めた様子もなく受け流した。

「連中が大はしゃぎしたせいで、貴族のイメージは大暴落だしな。――まあ、取り締まりが始まって、わが世の春もこれにて閉幕だけど」

「親玉が失脚したんだっけか。いい気味。――それでその跡取り殿ってのはどんなだ?」

「別格」

 塚本は端的に表現した。言っておいて、何か思い出したのか、やや尻込みするような顔つきになる。

「彼らの身なりと言うか、ドレスコードを弁えた私服のことだけど、それがまた如何にもな感じの礼服で、おまけに服に相応しい立ち振る舞いっての? 品行方正とか、こう所作はピンとしてるのに、沈着で気負ったところがないって言うか。――ああいうのを貫禄があるって言うんだろうな。とにかく雰囲気が全然違う人たちだ」

 恐れをなしたような物言いに、聡は大いに好奇心を刺激された。

(それは是非ともお近づきになっておかないと)

 などと下心丸出しで考えつつ、

「なら塚本はどうなんだよ? 実は密かに良いとこの出だったり?」

 茶化すように言うと、塚本はぱあっと顔を輝かせて、

「あれ、俺って傍目には、そこはかとなく高貴な雰囲気醸し出してた?」 

 顎に手を掛けて不敵な含み笑いをする塚本。聡もまた顎に手を掛けてわざとらしく塚本を値踏みして、ふむと頷く。

「普通過ぎて逆に何かあるかと勘ぐったけど、普通だな」

「――や、確かに普通だけど、断言されるとなんかへこむ」

 情けない顔つきの塚本ににやつきながら、

「で、その普通の塚本が特芸科の情報どこで知ったよ? やっぱりいとこから?」

「……いや、昔近所に住んでた人が五稜庁勤めで、そこから。将来のことを考えるなら、立花本陣はどうだろうってさ。このご時世、国家公務員だし、やる気っちゃあ、やる気だったんだけど」

 普通、と言う単語にさっくりと傷つきながら、それでも律儀に答える塚本に、

「現実は甘くなかった、と」

 追い打ちをかけて、聡は端末に入力した文章を保存する。塚本は何も言わずに項垂れた。 


端末に入力した文字を目で追いながら、聡は「うーん」と唸る。

「やってることはなんとなくわかったけど、どうにもその星宮衛士ってのが半端な印象しかないよな。スキルを持った警備官とか、それこそゲームじゃあるまいし、そんな汎用性の高い人材が本当に必要なのか」

 星宮跡という特殊な環境を警備するにあたって、内部の事情に精通する必要はあるだろうが、スキルの習得までを要求するのは、いささかやり過ぎな感が否めない。

(貴族から警備官の人となりについて、注文でもついたかな)

 などと考えていると、おもむろに塚本はにっと笑った。彼がこうして笑うと、なぜか興味を向けてしまうのが不思議だった。

「確かにね。来住は星宮祭は知ってるか?」

 脈絡なく言われて目をぱちくりさせるが、全国的に有名な初夏の祭りなので頷いた。

「あれだろ。星宮跡に奉仕するイザナと、その付き人の旅路を再現した祭り」

 色鮮やかな王朝文化の衣装に身を包んだ参列者たちが、明かりを携えて夜の大通りを練り歩く華やかな祭りだ。行列の長さは一キロにも及ぶという。

 聡がイメージする星宮衛士とはまさにこの祭りに参向する騎馬のことで、行列を先導したり、輿を護衛したりする武官のことだ。

 端末を操作してもう一つ画面を表示させ、学内ネットで図書館にアクセスする。読み込みの後、写真付きの記事が表示された。記事はおおよそ聡の知る祭りの内容と相違ない。

「星夜行路。あの祭りに参列しているのは、今では星宮祭保存会のメンバーだけど、昔はみんな星宮衛士だったんだ」

 塚本の説明に、聡は怪訝な顔つきになる。

「騎馬だけでなく、付き人全員か? 色々いたよな。大工とか鍛冶師とか」

 記事に目を向けるが、写真は輿に乗ったイザナ代と担ぎ手だけで、参考にはならなかった。

「踊り手や吟遊詩人もな。ようはそれなんだよ、特芸科が目指している星宮衛士は。

 あの祭りは、昔、風雨が吹き荒れて国が乱れたときに、イザナが星宮跡に奉仕して、これを治めたのが始まりとされている。けど実際は、一緒に星宮跡に入った付き人たちが、星宮跡の記録から新しい技術を作り出して、国難に対処したのが史実なんだ」

「その付き人ってのが、技術者だったと」

「そう。当時は星宮跡には本当に貴族しか入れなかった。だから技術者――昔は芸能者って呼んでいたらしいけど、彼らにかりそめに称号を与えることになったんだ。それが星宮衛士。厳めしい名前で誤解されやすいけど、職人や芸人が本来の姿なんだ」

 確かにそれなら筋は通る。仰々しい話だが、厳格な身分制度で政治が成り立っていた時代だ。今とは感覚が違うのだろう。

「時代が下がって、いつの間にか貴族の武官をそう呼ぶようになったけど、根幹は今でも変わっていない。俺たちはそれを踏襲することになる」

 少し考えて、聡は口を開いた。

「それ、逆じゃないか」

 芸能者が星宮跡に入るために星宮衛士の称号を得るはずだったのが、星宮衛士になるためにスキルを修得するのだから、本末転倒だろう。

 聡の指摘に、塚本は苦笑して、

「伝統的に、スキルを持った警備官、ってところが、重要らしい」

 結局最初の疑問に舞い戻っただけだった。呆れて半眼になるものの、伝統に合理的な根拠や解釈を求めること自体が不毛なのかもしれない。そういうものだと強引に納得する他ないようだった。

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