特殊芸能科2

特殊芸能科について探りを入れる目論見は、とうにばれていたらしい。

「こっちとしても、直接聞いてくれた方が助かる。特に今は、変な誤解解いておきたいし」

 変に気負い込むわけでもなく、笑みを履いた顔つきは感じが良い。言われて聡は意気込んだ。

 制服のポケットから生徒手帳を取り出す。ケースのおもてには校章、裏は窓から生徒証明証が見えるようになっており、開くと校則などが記載された冊子と透明な板が収納されている。板の上部を左右に引き出すとそれはキーボードで、校章が表示された四角い画面が宙に浮かび上がった。

 学園の母体である立花グループから市場に出回る前のテスト運用品として学園に提供された携帯端末機だ。外部ネットへの接続制限はあるものの、シンプルな機能で使いやすいため重宝している。

 キーボードを操作し、ワープロ機能を立ち上げて「よし」と頷く。

「あれ、えらいやる気?」

 聡の行動を見守っていた塚本が少々怯んだ様子で呟くが、

「当然、遠慮なくいくぞ」

 前置きして、聞き取りを開始する。


「特殊芸能科ってのは全体どんな学科なんだ。伝統芸能の修得って話もあるだろう。具体的に何をやってるんだ」

 聡の質問に、塚本は考え込み、

「もしかして、こういうのを想像しているのか」

 手にしたままの下敷きを掲げて、返し返しゆっくり動かす。舞踊の扇のつもりらしい。

「それじゃないのか」

 指さすと、塚本は下敷きを下げた。一人ごちるように、

「特芸科と星宮衛士資格が混同しているな……」

「? 特芸科は星宮衛士資格取得を目指してるんだよな」

 訳が分からず聞き返すと、塚本は「うーん」と唸る。

「特芸科に求められている星宮衛士の性質が違うというか。そうだな、まずは学科名の由来、特殊芸能の意味から」

 塚本は表情を改める。


 塚本の話によると、特殊芸能とは、星宮跡という特殊な場における芸能――大衆向けの娯楽やその提供者ではなく、技術と能力、職業技能のことを示しているという。

「星宮跡を維持管理するための、ありとあらゆる職業技能を特殊芸能と呼んでいる。最近になってできた呼び方だよ。大雑把に三系統に分けられて、祭事で歌舞や武芸を奉じる芸術、武術系。その服飾品や工芸品の作成から史跡のメンテナンスを行う技術系がある。伝統芸能との違いは最新の科学技術も含まれている点かな。――まあ、科学にも伝統はあるって言われたらお終いだけど。――星宮衛士資格を得るには、そのいずれかを選択して技能を修得することになる」

「芸術、武術、技術、ね。――ゲームのスキルみたいだな」

 思い付きをそのまま口にすると、塚本は「だな」と、笑みを深める。

「特芸科に求められているのは、技術系の特殊芸能――スキルで、特に史跡メンテナンス」

 近年、人の出入りの増えた星宮跡は、警備も兼ねて電子機械化が進んでいるが、それらの機器は星宮跡専用にカスタマイズされた特注品で、それも機械工学の技術者が目をむくような、かなり独特な形状をしているという。

「特芸科はその機器の扱いや仕組みを重点的に学ぶことになる」

「史跡管理に専用機器、ね……」

 聡はキーボードを操作し入力する。塚本はその動作を見やり、

「その端末、星宮跡専用機をアレンジしたやつだぞ」

「これ?」

 手を止め、端末に目を向ける。確かにこの端末は独特だ。透明なプラスチック板にしか見えず、かざしても内部構造がどうなっているのか分からない。

「こうすれば、仕掛けが分かる」

 塚本は赤ブレザーの内ポケットから生徒手帳を取り出し端末を引き抜くと、掌に水平にかざした。光を受けるようにゆっくりと動かす。と、

「――手に模様が映ってるな……。机には何も映らないのに」

「体温程度の熱に反応するんだ。色々なパーツをパズルみたいに組み合わせているらしい」

「見かけ以上に手が込んでるってことか」

 端末を凝視しつつ聡は感嘆の吐息を漏らす。塚本は机に自分の手帳と端末を置き、

「芸術、武術系は家元や武道場で師範から形を伝え受けることになる。この二系統は、星宮跡に所縁のある家柄の後継者が選択するケースが多くて、ようするに貴族が多い。お稽古事資格なんて揶揄されてるのはこの辺が原因だろうな」

 塚本は少々迷惑そうに推測し、あ、と付け加える。

「ちなみに免状は伝受の過程で得るだけで、実技試験では持っていて損にはならないけど、得にもならないぞ。試験の詳細はまだ知らないけど、星宮跡の内部構造について、いかに習熟しているかが重要になると思う。スキルはその上での付加価値で、歌ったり踊ったり、作った物を採点されるわけじゃない」

「そうなのか……」

 聡は拍子抜けしつつ端末の情報を更新する。

(噂にあてられているというか、かなり先入観に惑わされているな。……慎重にいこう)

「内部構造って、未だに動いている仕掛けとかいうあれか」

「地下水路の水車な。この校舎の下にも続いてるぞ」

 学園の敷地深くには、地下水路が網目のように張り巡らされ、至る所に配置された水車が地底湖から水をくみ上げている。鍾乳洞を利用した史跡地下の全容は、今もって解明されておらず、重要な研究対象になっている。

 ちなみにその水車によってくみ上げられた上水は星水と呼ばれて、霊験あらたか、ご利益があるとかなんとか。

「城と地下水路部はかなり入り組んでいて、下手をすると遭難する」

「迷子じゃないのか」

「間違いなく遭難する」

 真顔で二度も断言するあたり、内部構造は相当複雑なのだと伺える。

「星宮衛士は星宮跡の警備官だから、中がどうなっているか最低限理解しておかないと話にならないんだよ」

 それに、と塚本は続けた。

「特に城塞内部にはややこしいしきたりがあって、記録を取るには毛筆を使えとか、ドレスコードがあったりとか、細々とした決めごとがやたらと多い」

「つまりその赤ブレザーは、ドレスコード対策ってことか」

「そう。去年までは五稜庁から制服を借りていたけど、職員と間違えられるし、かといって個人で用立てると服代がかかるからってこれが採用されたわけだけど。や、色やデザインは悪くないよ。ただ着るとなると、もう少し控えめが良かったというか」

 複雑そうに制服を見下ろす塚本に、

「いいじゃないか。――コスプレみたいで」

 とあけっぴろげに評価したところ、たいそう顔をしかめて嘆息した。

「まあ、突飛な事をやらかさない限り規則に引っかかることはないらしいし、こっちも早いとこそ……」

 不自然に言葉を切った塚本に「?」となると、彼はわざとらしく咳払いをして、

「……中の習慣に慣れておかないと、後で苦労するしな、うん。文句は言ってられない」

 語調がぎこちない上に、おかしなところで言葉に詰まったのは気になるが、今のところ、話の内容に矛盾はなさそうだ。

 歴史を紐解けば、星宮跡は政治の中枢として機能することもあれば、様々な文化の温床でもあり、また幾度となく陣取り合戦の舞台となっている。当時の慣習が伝統として色濃く残っているのだろう。

 他は星宮跡の歴史を学んだり、警備官として基礎体力をつけたり、武器の携帯も許可されているので、扱いの指導を受けたりと様々らしい。武器と言っても警棒を使った捕縛術で、銃火器については、塚本曰く「使えない」とのことだ。

「ある程度内部の仕組みを理解した後は、地図を片手に」

「学園の地下迷宮探索か」

 探索型RPGそのものだと弾んだ声で合の手を入れると、塚本は目を逸らせて遠くを見つめながら、

「水車の清掃から始まるってさ」

 専用機器を使って水車のメンテナンスが出来るようになることが、当座の目標だそうだ。


「芸術、武術系は範疇外っことか……」

「そっちはよっぽど才能がないと。進路のこともあるし、技術系がメインになると思う」

「進路って五稜庁だよな? 星宮跡の管理や警備はあそこの専売特許だし」

 塚本は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。

「設立七年を迎える新設官庁専門職。安心安定の国家公務員。完っ璧な人生プラン」

 ビシッと下敷きを構える。おもてはキャラクターたちの記念撮影のそれは、裏は頭部に星型の飾りのあるロボットが描かれていた。五稜庁の紋章である五芒星の代わりらしい。

 ふふんと鼻を鳴らしてにやりとする塚本を、聡は白々と見つめ返して、

「ブラックだよな」

「あれ、なんでそれを知ってる?」

「国家公務員が職員随時募集中とか、どう考えても怪しいし」

 驚く塚本に畳みかける。ネット検索で得た情報に穿った解釈をしただけだが、図星を付いたらしい。下敷きを構えたまま、塚本は深々と嘆息した。

「資格を持っている奴が極端に少ないんだよ。持っていても家業を継いだり民間に流れたりで万年人手不足。特芸科の就職先は今んとこそこだけっていうか、期待されてるし。俺が入るまでには待遇改善して欲しいよ」

 入学間もないとはいえ、特芸科に所属し星宮跡に出入りする以上、五稜庁常駐職員の勤務状態は目の当たりにしているのだろう。将来の職場、その現実を横目に授業を受けるのは、何ともやるせない話だ。

「星学士が難しすぎるんだよ。そうだ、塚本はどうやって突破したんだ?」

 一番疑問に思っていた点を質問する機会が巡ってきたと、聡はつい身を乗り出す。が、塚本の返答は、聡の好奇心を軽くあしらうようなものだった。

「三級は真面目に勉強すれば誰でも受かる。現に俺、中二の時取ったし」

 机に置いていた端末を操作して差し出すと、自慢げににっと笑う。

「な?」

 宙に表示された顔写真付きの資格証に聡は目を見開く。まじまじと凝視すると、確かに免許の条件欄に三級と記載されている。

「等級あったのか」

「受験に年齢制限があるけどな。星宮跡に入るだけなら三級で事足りるんだよ。調査となると二級以上が必要だな。試験の難易度も一気に跳ね上がる」

 全くの新情報に、聡は完全に毒気を抜かれた。

「てっきり資格免除されてると思ってた」

「その辺りは厳密だ。学科がなかったのも、真実入学時に資格取得者がほとんどいなかったせいだよ。在学中に資格取るのが去年までの正規ルートだったって、うめの奴が言って……あ」

 塚本は「しまった」と言わんばかりに口を歪める。どうやらうっかり余計な言葉が口をついて出たらしい。

「うめ? 上級生か?」

 口ぶりから察するに、特芸科所属の身内のようだ。聞き返すと、塚本は何とも嫌そうな顔つきになる。

「いとこだよ。もう卒業した。色々やらかして変な目立ち方してたらしいけど」

 心底うんざりとした様子でぼやくと、

「特芸科は星宮跡総合メンテナンスに関するスキル取得を目指した職業教育学科だよ。まずは星宮跡に慣れることが、第一目標ってことで」

 少々強引に話を打ち切った。どうやら、いとこのうめ、について、深く追及されたくないようだった。


「話を聞く限りじゃあ、特芸科は五稜庁の職員養成学科っぽいよな。学園と横つながりでもあるのかね」

 文字を打ち込みながら言うと、塚本はあっさりと認めた。

「あるぞ。本当は五稜庁管轄の専門学校作りたかったけど、現状それは難しいってことで、州立の立花本陣にお呼びがかかったってさ」

あけすけなく言われて拍子抜けしながら、しかし話の内容に手を止める。

「……それ、衛士育成に積極的なのは国だって聞こえるけど」

「そう。星宮跡の価値が見直されて本格的な調査をしようってときに、肝要の城や地下水路の専門家がいなくて相当焦ってる。――あれが原因な」

 聡は眉を顰めたが、下敷きで肩口から背後を示す塚本を見て「ああ」と合点する。視線を窓の外に向けた。

窓の外、晴れ渡った空の下、校舎と木々の緑の遥か向こうに、冴え冴えと青い海が陽光を照り返して輝いている。

「あの辺りになるのか。旧帝都があったのは。消失事件から今年で五十八年目だっけ? 都市諸共、帝都民八割と国政に携わっていた貴族の神隠し」

 塚本は下敷きを戻し、

「武家と公家、二宗三爵の内、帝都消失の巻き添えは五老方――公爵家は今でも行方不明扱い。煽りを食らった天領伯と旗本は衰退の一途を辿り、無傷は三大侯――州大侯爵と辺境伯だけ。騎士は主家の盛衰に左右ってところか。貴族ぎゃないけど、御家人も似たような境遇だな。議会も上院を省いた体制が整って、貴族制度は完全に形骸化」

「譜代と外様で完全に明暗分かれたっけか。州侯以外は息してるのかさえ危ぶまれてるよな。――本物の貴族は」

 含みを持たせて言うと、塚本は苦笑する。同意を示すように。

「貴族なんて聞こえはいいけど、個人事業主と大差ないからな。特権ありきで切り盛りしていた星宮跡の管理に行き詰って、それで国が引き受けることになったけど、中のことはさっぱり分からない。それで古くから星宮跡に関わりのある家系から人を呼び集めて五稜庁を設立した」

 塚本の説明をじっくりと吟味し、

「帝都消失のどさくさに紛れて貴族特権はぎとって、その流れで星宮跡の利権も手中に収めたはいいが、手に余ったって事だろう。貧乏してる貴族に、国家公務員という優良な勤め口をちらつかせたとしか聞こえないぞ」

「どちらでも」

 聡の指摘に塚本は困った顔で笑う。

「貴族頼みなのは間違いない」

「貴族から取り上げた財産の金庫番を貴族にさせてるってことだよな。元の鞘に収まったって言われりゃあそうかもしれないけど、こう、理不尽と言うか」

「政治なんてのは、そんなものだよ」

 大人の見解を示す塚本に顔をしかめて、聡ははたと気づいた。言おうか言うまいか迷って、口を開く。

「――つまり五稜庁ってのは、置き去り様の救済機関ってことか」

「……それ、ここの職員には言うなよ」

「分かったって」

 下敷きの角を向ける塚本に、聡は両の掌を向ける。

 置き去り様とは、帝都消失の余波で没落した譜代貴族、天領伯や旗本に対する揶揄で、その憂き目にあった当人たちは、とにかくこの呼称を嫌っている。ともすれば貧乏暮らしを嘲笑されるよりも深刻に受け取る傾向があり、ほぼ禁句状態だ。

「まあ、確かに五稜庁、貴族とギクシャクしてるみたいだ。人手不足の原因も、資格よりこっちにあると思う」

「だろうな」

 聡は乾いた笑みを浮かべた。

 困窮の原因を作った国への反発もさることながら、五稜庁へ勤務する者たちへの風当たりも強いことは容易に想像できる。

(裏切者とか時代遅れの呼称、使ってそうだ)

(――まあ、分からなくはないけど)

 つり上げた口の端に皮肉が乗る。

「星宮跡は、しばらくは神祇庁が面倒見てたけど、人の出入りが増えて対応しきれなくなったんだよ」

「ああ、そう言えば急に注目を浴びだしたよな」

「航空機開発のヒントが見つかったって、一時期騒いでただろう。あれが絶賛継続中でさ」

「まだ諦めてなかったのか。飛空艇で十分だろうに」

「速度が欲しいってさ。技術の研鑽は人類の使命、らしい」

 下敷きの絵柄を見つめながら、少々夢見がちなセリフを吐く塚本に、

「ロマンってことね」

 聡は気のない相槌を打った。

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