特殊芸能科
名門と名高い立花本陣学園の高等部は、普通科、商業科、機械工学科、芸能科の四つの学科と、通信教育の受講生を外部から募集している。その他に学校案内のパンフレットに記載のない学科が存在する事は、入学前から知られていた。
特殊芸能科。
新入生の間でその学科はすでに話題になっていた。
学園側の説明では、特殊芸能科は、国の特別指定史跡、星宮跡専門の研究調査員及び警備官、星宮衛士育成を目指した、今年からの新設学科だという。
以前は普通科に所属して、在学中に星宮跡への立ち入りに必要な国家資格、星学士を取得した生徒が、選択科目や課外授業の範囲内で活動を行ってきた。その資格を持つ生徒の入学が増加傾向にあり、本年度より学科を新設したとのことだ。制服が違う件についても、厳格な立ち入り制限のある星宮跡への不法侵入防止策の一環として、こちらもまた今年からの試みだという。
星宮跡は、ある時忽然と歴史から姿を消した古代文明人、古星族の城塞都市だったというのが現在の定説だ。地表の巨石建造物群と地底湖を利用した地下水路に分かれており、入り組んだ複雑な構造をしている。高度に発達した文明の痕跡を現代に伝える歴史的な価値もさることながら、未だに内部のからくりが機能しているとの話もあり、立ち入りには、通常、国家資格と、なにより確かな身元が必要になる。
近年、科学技術の発達により星宮跡の価値が見直されて、研究が盛んに行われるようになった。
学園が敷地内に存在する星宮跡の調査に力を入れているのは有名だ。外部から識者を招き、大学部や系列の研究機関と共に、大々的に調査を行っている。その専門家を早くから育てておこうというのが名目だ。
当たり障りのない説明のように思えて、肝心な部分が抜けている。
(今年の入学者は、資格必須を含めた特殊芸能科の情報を、どこで知り得たのかって話だよ)
聡の知るいかな情報媒体にも、そのような情報は出ていなかった。中等部からの内部進学組か、あるいは学園にゆかりのある生徒あたりが、縁故絡みで情報を得たと考えるのが妥当だろう。
(コネとまではいかなくとも、横つながりがあったってのは、間違いないだろうな)
そこはいい。よくある話だ。新設学科の運営に慎重を期して、入学者の性質を絞ったとも考えられる。
問題は資格の方だ。
国家資格、星学士は、その使い道が星宮跡への立ち入り程度でしかなく、知名度人気度も低い。さらには司法試験に匹敵する難関だとされて、取得するのは専門の学者ぐらいなものだ。受験を控えた中学生が、おいそれと得られるようなものではない。
(どう考えても、裏があるよな)
現在、五稜庁によって一括管理されている星宮跡は、過去、土地ごとの権力者や貴族が占有していた。今もその名残が色濃く残っているため、爵位を持つ者やその縁者は星宮跡への立ち入りに融通が効くという。
おまけに、
(せいぐうえじ)
脳内で頭の悪そうな発音をしてしまうのは、その名称に胡散臭さを感じているせいだろうか。
星宮衛士資格とは、星宮跡の警備官として就労できる資格のことだ。星学士を取得したうえで実技試験をパスすることにより得ることが出来る。この資格を得ると、星宮跡内で武器携帯権と逮捕権が与えられる。
その実技試験の中には、何故か星宮跡の伝統芸能が含まれている。専門機関での教習が必須となるのだが、専門機関とは名ばかりの、ようは貴族の私塾のことで、舞踊や武芸などの免状を貰わなければならない。
よってこの星宮衛士資格、星学士以上のマイナー度合いもさることながら、資格を取るのは貴族の子弟ばかり、陰ではお稽古事資格などと揶揄されている。
そもそも星宮衛士とは、かつて星宮跡警護を務めた武官の称号だ。聡のイメージでは古式ゆかしい装束の騎馬である。そんな名称を資格名として採用しているあたり、貴族の意向が多分に含まれているのはお察しであるわけで。
聡はため息を漏らす。
(ようするに今年の特殊芸能科新入生は、上流階級様かもしれないってことね)
学園の敷地内であるため、在校生の星宮跡への立ち入りには便宜を図っているとの情報もあるので、特権と断言はできない。全体に星宮跡にも興味はない。
しかし面白くないのは確かだ。
特殊芸能科は、入学時に星学士資格保持が最低条件だ。それが建前である可能性は高い。
やんごとなき身分の子女御用達学科、などと噂されるのも、無理らしからぬ話だ。
それに加えて、学科を独立させた割には、これまで通り、所属生徒は普通科のクラスに満遍なく振り分けられるという、謎采配。
実際このクラスにも、塚本以外の赤ブレザー姿が、男女各一名、存在する。他学科に比べて少人数であること、必履修科目が普通科と同じであることを理由に挙げているが、ならば学科を独立させた主旨に矛盾が生じる。
特殊芸能科の位置づけが、どうにもあやふやだ。 件の癇に障る噂が流布したのも、そうした背景が原因と考えらえる。
入学に先立って早い時期から入寮していた聡は、同じ寮の進学組に特殊芸能科の噂についてそれとなく尋ねたところ、塚本同様、皆呆気に取られていた。
進学組の話では、進路に余裕のある生徒が「少し変わったことやってるな」とか「伝統は大切だし」程度の認識しかないとのことだ。
在校生の間で特別話題になるようなこともなく、所属する生徒数もごく僅か、遠目にもその活動は細々として、地味に見えたらしい。
ただ、良家の子女という言葉に当てはまる生徒は本当にいるそうだ。その点については、一部の生徒の間でおかしな方向に盛り上がっていたとかなんとか。
学科として独立する話は以前からあったので、取り立てて騒いだりはなかった。新入生の身上を勘ぐるようなこともなく、制服についても、その派手さに呆れているだけで、むしろ悪目立ちぶりに同情的だった。
特殊芸能科にまつわる噂は、やはりただの噂であるとみて間違いない。しかし諸々の背景を鑑みて、全ての疑惑が払拭されたわけでもなく。
(何かこう、ピリピリしてるよな)
制服の他、学生寮も別棟で、学科生は一まとめにされているそうだが、それさえも特別待遇だと不平を漏らす者が、入学式前から目に見えて増えている。
こうなると、噂の真偽に関わりなく、学園の人間関係や運営に支障が出るのではないだろうか。
現に他の特殊芸能科、通称、特芸科の生徒は、クラスに馴染めず、休み時間でも着席したまま身を強張らせて、居心地悪そうにしている。
(そう言えば、不正入試があったって話も聞いたっけ。火のない所に煙は立たずって言うけど、噂が広がるの早すぎないか? 誰かが意図的に流してるような……)
「で、このアニメについては、どう? 興味持った?」
思案に沈む聡に全くお構いなしに、塚本は喜色満面で問いかける。
「え?あー、うん。すまん、さっぱり分からん」
率直に白状した。会話を合わせるために適当に相槌打つと地雷を踏む。この手のマニアへの対応は、中学の時に散々学んだ。
「あー、やっぱり……」
塚本は盛大に落胆した。諦めの方が強い所から察するに、
「人気ないのか、そのアニメ」
「いや、あったんだよ、物凄く。……二十年前だけど」
「二十年って、そんな大昔のかよ。生まれる前だぞ」
驚くと、塚本は悄然と項垂れた。
「『響界伝ホムラ』って言うんだー、面白いんだぞー……」
言葉が尻つぼみになり、意気消沈して肩を落とす姿に聡は失笑する。確かに、下敷きの隅をよく見れば、随分古い年号が記されている。
「何だってそんな古いアニメにハマったんだ」
「親の趣味。子供の頃に一緒に観て、以来この通り。ちなみにこのアニメ、オレの人生の指標です」
「それはまた壮大だな。……ちょっと待て。ならその下敷き、二十年前の品って事か」
「そうだぞー。マニア垂涎の逸品だぞー。お宝だぞー」
力なく言って、下敷きをパタパタと前後に振る。お宝の割には扱いはぞんざいだ。前髪を煽られて、聡はこらえきれずに声を上げて笑った。
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