第18話

 マコチー・ジャッドゥの弟子から連絡があり、イサムとエリュオンの服が完成したらしい。イサムはプレゼント楽しみ待つ子供みたいに朝早く目が覚めたが、連絡が来たのは昼前であった。


「やっと来たかイサム! 完成しているぞ」


 そう言うマコチーは満面の笑みでイサム達を店へと向い入れる。カウンター前の椅子にメンバーを座らせてイサムとエリュオンだけを店の奥へと連れて行く。


「ちと散乱しているが気にするな。そんな事よりも服だよ服!」


 布切れやなめし革などがそこら中に散らばっている。


 「ちとじゃないだろ…汚すぎだ…」と言おうと思ったが、せっかく機嫌よく興奮しているマコチーを怒らすわけにも行かないので黙っておく。


 テーブルの上に出された服は、まずはイサムの物だった。真っ黒の上下の下着だろうか、Tシャツと膝上のスパッツである。


「まずはこれを見ろ! 黒ヒヒイロカネの糸を特殊な方法で編み込んだ代物だ。どんなに動いても体に違和感無く密着し汗や臭いも問題なしの超快適な下着だ! それとこれを見てみろ!」


 そう言うとマコチーは銀色に輝くナイフを取り出す。


「これはミスリルのナイフだ。俺の知り合いの名工が作った一振りで、とにかく何でも切れる業物だ、それをこうやって…」


 ミスリルのナイフを下着にあて、思いっきり引き裂こうとする。


「おい、大丈夫なのか?破けるんじゃ…」

「ふふふ、その言葉を聞きたくてやったんだよ!見てみろ!まったく破けない!」


 はははっと笑いながら、グイグイっとナイフを下着に突き刺す。


「おおーすげー何の糸だったっけ?」

「黒ヒヒイロカネよ、イサム。もんのすごい堅い金属よ、それを糸にして服を作るなんて信じられないわ。見た感じ、相当の魔力を練り交ぜて作ってるわね」

「わはは! 分かるか嬢ちゃん! 素材自体は、ロロ様が提供してくれてるからな! 気兼ねなく良い物が作れるわけよ!」

「てことは相当値が張るんじゃないか?」


 イサムは、昨日のお金のことを思い出しぶるっと身震いした。


「まぁ普通に買えば幾らだろうな…俺にもわからん…」

「おいおいおいおい…下着でそれかよ…」


 ある意味ドン引きだ。


「次ぎは上着だ、お前さんメメルメーって生き物を知ってるか?」

「あぁメメルメーなら、最近食べたぞ。あれかなり旨いよな! また食べたいなぁ」


 メメルメーの味を思い出して涎が出そうになる。


「なに! お前メメルメー食ったのか! なんでその時に呼ばなかった!!」


 イサムの服を掴みもの凄く悔しがるマコチー、それ程の肉だったらしいのだ。少し落ち着いたマコチーが説明に戻る。


「すまんな・・興奮してしまった…食べたかったなぁ…まぁそのメメルメーだが、実際殆ど市場に出回ることが無い肉なんだ」

「希少な肉で城でも殆ど出ないって言ってたな」

「そうだろう、その理由はメメルメーの凶暴性と体の仕組みにある。あいつらは、モコモコとした毛並みをしているが、その毛一本一本がオリハルコンと呼ばれる金属と同じくらい硬い。このミスリルのナイフで斬りつけても刃こぼれするだろう」


「そんなに凄いやつなのか…」

「そうだ、遠く離れた寒冷地帯の更に特殊なエリアにしか生息して無くて、しかも仲間以外は敵だと思っているから、目に映る生き物は全て攻撃対象なんだ。その堅い毛を全て尖らして回転しながら突進してくる様を昔見たときには、ここで人生が終わったと感じたな…」

「出会いたくない動物上位に来る生き物なんだな…俺も出会いたくない…食べたいけど…」


「俺も食べたい…でだ! そのメメルメーの毛の下にある皮がこれまた硬い! 寒さを防ぐオリハルコン級の毛を生やしてる皮膚だからな、尋常じゃない位に硬い! それをなめして出来たメメルメーの革を使った上着だ!」


 マコチーはテーブルに勢いよく黒いライダージャケットの様な上着を置いた。


「おおーカッコいいなーこれ!」

「そうだろう! そうだろう!か なり苦労したぜ! だが上着だけじゃない! ズボンとベルトも靴も全てメメルメーだ !裏地には硬くなる前のメメルメーのフワフワ産毛を使っている!」


 ズボンは光沢を抑えた感じの上下セットと意識したものだ。ベルトは柔らかいと思いきや腰に巻いてもしっくりとくるこげ茶の彩色を施した一品だ。そしてこの靴には驚いた、シンプルなマウンテンブーツに近い感じだが、黒の光沢に深みがあり片足試着したがその装着感にスポーツシューズを履いている様な感覚になる素晴らしい物だと直感できる靴だった。


「メメルメーの大盤振る舞いだな」


 裏地を触ると、何とも言い難いフワフワな手触りが掌を包み、優しい気分にさせてくれる。


「希少価値の高い伸縮性にすぐれた革だから、動いても違和感はないはずだ。繋ぎ目にはメメルメーの毛を使い、ファスナーとバックルはウーツ鋼とアダマン鋼を使っている。これも硬い金属だから、十分にお前の防御力に耐えれるだろう。ただな…」

「ただ……??」


 言葉を濁すマコチーに少し不安を覚えるが、これだけ良い装備だから工賃がかなり高いとかだろうか。


「防御力が無い装備は作れなかった…これが一番悔しい!」

「そこかよ! 防御力はあっていいじゃないか!」

「え? そうなのか? 俺ぁてっきり防御はいらないって言うもんだから、防御力0の物を作れと言ってるもんだと」

「勘違いが半端無いな!いくら着る奴の自前の防御力が高くても、装備に防御力要らないとか言うやつ居ないだろ! それに、この装備は下着も含めて相当な防御力を持ってないか?」

「あ…分かっちゃいます?」


 マコチーは、柄にも無く敬語を話し頬を染めた。


「おいおい、おっさん…どれだけの防御力なんだよ…」

「イサムよぅ、この店ジャッドゥの店主はな、二百歳で次の代に譲る掟があるのさ。俺も今年で二百歳だ、最後の年に此れ程の代物が作れるとは思わなかった。ありがとうよ…イサム!」


 マコチーは少し涙目でイサムの手をガシッと握った。


「大事に使わせてもらうよ…」


 イサムも、強くマコチーの手を握り返した。


「じゃぁ次ぎはお嬢ちゃんのだ!」

「お嬢ちゃんじゃないわ! エリュオンよ!」


 どうしてもエリュオンは子ども扱いされたくないらしい。まぁ早くになりたいと願う子供はみんなそうなのかもしれない。


「そうか、すまんなエリュオンお前さんの服はこれだ」


 そう言うと、マコチーはテーブルの上に服を置く。


 白を基調としたチュニックシャツとフレアスカートで、チュニックシャツをスカートにインするタイプだろう。シャツもスカートも縁取りに青い刺繍糸でラインを入れてあり、シックで大人びた感じの服だった。そしてメメルメーの革で作ったロファーの靴もこちらは乳白色に近い色でこれも服に合わせたシンプルで、エリュオンに似合う靴だった。


「取りあえず今ある材料で最高の物を作らせてもらった! このシャツとスカートの糸も特殊でなぁ中々手に入らないアダマン蚕の糸を紡いだ物だ。強度はイサムの服には及ばないが、そこらの冒険者など足元にも及ばないだろうな!」

「可愛い…すごい可愛いわ! おじさんいい仕事してるねーー!」

「わははは! そうだろう! そうだろう!」


 二人ともかなり上機嫌だ。ちなみにアダマン蚕とは、アダマンチウム合金を主食にする蛾の幼虫の糸らしい。


 早速試着室に入り、二人は着替え始める。そしてみんながいる場所に戻った。二人の新しい服をみて、メンバーは「うあはぁー」とか「フエェー」とかかなり驚いている様子だった。


「ずるいニャン! エリュオン! ずるいニャン!」


 自分ばかりずるいと駄々を捏ねるミケットに、マコチーはやれやれとメメルメーの余り生地で鈴付きの黒いチョーカーを作ってくれた。


「マコチー…絶対狙って作っただろう…それじゃペットだよ…」


 まぁ本人が喜んでるなら良いだろうと、イサムは突っ込まなかった。服を作ってもらう三十層の用事が終わり、ロロルーシェの家に戻る事にする。


「またいつでも来いよ! つぎは六十層の俺の家で美味い飯でも食わしてやろう!」


 マコチーはそう言うと、ガシッとイサムと握手した。


「ありがとうマコチー。また何かあったら宜しくな!」

「ありがとう、おじさん。また作ってね!」


 さりげなく次の服を頼むエリュオンに流石だなとイサムは関心する。壁の家に戻り、昇降機に入る。ロロルーシェにも色々と話す事や聞く事もあるし、まだまだ忙しくなりそうだなと、イサムは昇降機の扉上の減っていく数字を見ながらそんな事を考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る