第16話

 イサムとメル、リリとルカ、エリュオンとミケットの六人は、人ごみを避けつつも走りながら獣人の城に向かう。メルは、ノルからの連絡を受けて城の現状を他の五人に伝える。


「既に城は闇に侵食されつつあります。ロロ様が魔法障壁を掛けていますので、城から出てくる事はありませんが、お姉様一人だと大変なので急ぎましょう」

「闇に侵食されるって、どういう状況なんだ? 闇の魔物とは違うのか?」

「まったく違います。現在、世界に現れる闇の魔物はこの子達の様に意思があるようです。ですが、侵食されたものは意思が無く、ただ何も考えず周囲の者に襲い掛かり、闇を増やそうとする魔物へと成り下がります」


「ゾンビみたいなものだな」


「今までは、侵食された者は浄化魔法を掛け、消滅させる事しか出来ませんでした。イサム様がこちらに来られ蘇生魔法が使える今なら、闇に侵食された者たちを救うことが出来ます」

「なるほど、責任重大だな。でもどうやって救うんだ?」

「もうすぐ城に到着します。各自の役割を話しておきます、まず私とミケットは闇に侵食された者たちの殲滅。イサム様は死亡した方々の蘇生を、エリュオンはイサム様の護衛をして下さい。その後、リリとルカは生き返った方々を障壁の外へ誘導して下さい」

「分かったわ」

「分かりました」

「まっかせなさい」

「しょうがないニャン…」

「ん? 殺して生き返らせるのか?」

「そうです」

「えっマジで? なんで殺すんだ?」


 イサムは返事をしたものの、【殺す】の言葉に理解が出来なかった。


「着きます。各自宜しくお願い致します」


 そう言うとメルは手を耳に当てる。


「ルルル、【ぞう】を送って」

『はいはい、了解しました』


 メルの目の前に小さな魔方陣が展開され、そこから象のストラップが付いた刀が現れる。メルは刀を引き抜き、鞘を腰に当てると不思議な事にピタリとくっ付いた。それを確認して抜刀する、鍔は象を模してあり青白く光っている。


 城の入り口にいる兵士達が、魔法障壁の前でどうして良いのか分からず立ち尽くしている。メルは走りながら、兵士に伝える。


「今から助けに行きます。そこで待機していて下さい」


 了解致しましたとホッとした表情を確認することも無く、六人は障壁の中に入る。薄緑の障壁を抜けると、城までは色鮮やかな花に囲まれた舗装された石畳の道を進む。その途中で逃げるハウスメイドの女性をリリとルカが助け、外へ誘導する。その後を追う様なゆっくりとした動きだが、遠目からでも怪しいと感じる女性を見かけた。


「もうすでに外に居ますね、先に倒します。イサム様、事後の蘇生をお願い致します」

「お…おう…」


 イサムも少し混乱気味だが、走る速度を上げたメルは躊躇無く女性の首を刎ねる。血が噴出しその場に倒れた女性は二度ほど痙攣した後に動かなくなる。


 近くに来たイサムが惨状を見て目を背けたが、急いででメニューを開き【蘇生】を選択する。首の切られた女性は、光に包まれてやがて目を覚ます。


「あ…ここは? 私はどうして…」

「説明は後です、今は城の外へ移動しましょう」


 女性は何が起こったのか分かっていない様だったが、リリが即座に誘導する。


「お見事です。イサム様、私は先に向います。同じ様に死体がありましたら蘇生をお願いします」


 メルはそう言いながら、ミケットと城の中へと向う。一人二人と使用人らしき人達を刀で切り伏せて行く光景を後ろから見ながら、イサムは唖然としていた。


「ほら、イサム! ぼさっとしないで行くわよ!」


 エリュオンに背中を押され、ハッとしたイサムは足取り重く進みだす。


「えーと、メニュー開いて【魔法・スキル】から【蘇生】を選択して、範囲を死体にあわせて」


 進むたびに横たわる使用人や兵士の死体に目を背けつつも、蘇生を続けていくイサム。しかし、体に変な違和感を感じる。いや、体ではなく心にだろうか。


 城内に入ると、既ににそこらじゅうが死体だらけだった。血飛沫が付いたカーペットに絵画の数々、シャンデリアにぶら下がる臓器や人の腕、入り口から入っただけなのに目に映る全てに死体が見えるのだ。


「なんだこれ……死体多すぎだな」


 そこへ、まだ生きている人が奥の扉から出てきたのを四人が確認する。


「たっ助けて下さい!」


 その女性は走ってこちらへ向ってくると思ったが、その後ろから焦点のあっていない目の血だらけの男が女性に襲い掛かる。


「ぎぃいい痛い痛い! 助けてぇぇぇー!」


 それをみてイサムが言葉を放つ。


「おっおい! 助けなくていいのか?」


 次の瞬間、女性と男性が炎に包まれる。ルカが炎の魔法を放ったのだ。


「ぎゃーー熱い! 熱い!!」

『ぐぁぎぎぎぎい』


 二つの人は、黒塊に変わる。


「おい! 何してんだ、女の人は正常だったじゃないか!」


 イサムはルカに怒鳴る。


「今は襲われたら助からないわ! 殺すしかないのよ!」


 ルカの反論に、イサムの苛立ちは収まるわけが無い。それでもメニューを開き【蘇生】を行い、入り口の死体は次々に蘇っていく。


「俺は一体…何をしているんだ…」



 「始まったわね」


 大臣の首を一太刀で落とし、入り口から王の間へ入ってくる兵士達を斬りながらノルは考えていた。


「なにか、少し嫌な予感がするわね……獣王様、この場から少々離れます。その場を動かぬようお願い致します」


 ノルはそう伝えると、王の間から飛び出して行く。ノルが出て行った後、王の耳には何かを斬る音だけが聞こえていた。



 イサムは湧き上がる疑問と次々に現れる死体に、徐々に神経が麻痺していくのを感じていた。通路に入りメル達が殺し損ねた女性だろうか、別の死体の肉を引き千切ったり咥えたりしている。

 エリュオンがすかさずその女性を縦に二つに斬った。通路の壁が血で染まり周囲に肉片が飛び散る。


「くそっ! なんでこんなに…」


 不満を漏らしながらも、イサムは蘇生をし続ける。だが限界はそこまで来ていたのかもしれない。


「まだ来るわよ! イサム、準備よろしくね!」


 扉から出てくる二人の侵食者の首を刎ねる。そこでイサムが急に立ち止まる。


「何が宜しくなんだ? エリュオン?」

「ど…どうしたのイサム?」


 こんな場所、こんな異常な場所だからこそかもしれない。イサムは、今までに経験したことの無い事態に、頭も体もついて行かないのだ。


「俺は帰るぞ、あとは適当にやっててくれ」

「ちょっと! なに言ってるのよ!」

「なんで俺が生き返らせなきゃいけないんだ! 何で俺じゃないといけないんだ!」


 イサムは混乱し、エリュオンに怒鳴り続ける。


「殺して楽にしてあげられるなら、生き返らせる必要なんて無いだろう! なんで俺なんだ!」


 意味も分からず涙が出てくる、そして突如込み上げてくる嘔吐感に、イサムは堪えきれず吐き出してしまう。


「がぁっうぇぇぇぇぇ」


 膝を付き、込み上げる物を吐き出して、その中が空っぽになっても治まらない。


「い…イサムしっかりして!」


「(目の前がクラクラする、もしこれが夢なら早く覚めて欲しい…帰りたい…あの世界に)」


 イサムはそのまま気を失った。



 メルは、ミケットと一緒に次々と現れる侵食者達を殺していく。しばらく進むと中庭だろうか、開けた場所に出た。中央には綺麗な噴水もある。

 

「ミケット、先に行って良いですよ。私はここを片付けてから向います」

「分かったニャン」


 そう言うと、動きの遅い侵食者達を飛び越えながら奥の通路に消えていく。


「ルルル、【キリン】を送って」

『大丈夫ですか? すこし血を浴びすぎてないですか? 休憩した方が良いんじゃないですか?』

「大丈夫よ、早く送って」

『わかりました! 無理しないで下さいねー! 送りますよー!』


 メルの頭の上から、長い柄が現れる。柄は全てキリン柄で黄色い下地に茶色い斑点が無数にあり、そこからキリンの顔を模した刀盤の先には、湾曲した幅広い大きな刀付いている。

 刀背にはキリンのストラップが付いており【偃月刀】のような武器が出てくる。


「一気に片付けます」


 そう言った瞬間、メルは地を蹴りキリン偃月刀を回転させながら侵食者達に切り込んでいく。

 

 メルは食者達を黙々と倒していた、しかし複数の出入り口があるこの中庭では数がなかなか減らず、次々と向ってくる。その中で、一際大きな【ウゾ】族の兵士を見かける、灰色の体で体長三メートル程の巨漢で数体居るのを確認した。


「あの大きさは厄介ね」


 キリン偃月刀を振り回し、大きく斬りかかる。しかしその肉厚の体に阻まれ、刀が突き刺さってしまう。


「くっ、やはりこの武器では一太刀とは行かないですね」


 ウゾ族兵士の腹部に刺さった刀から血飛沫を浴びながらも、次の一太刀と引き抜こうとした瞬間、別のウゾ族兵士の不意を付いた攻撃を受ける。


 呆けていた訳でもないし隙を作ったつもりでもないが、その体躯から繰り出す攻撃をまともに受けて、メルは横に大きく飛ばされてしまう。壁にぶつかりよろめく、その瞬間に肩と太ももから突出した金属がメイド服を破き白い蒸気を噴出する。


『メル様、汚染率が三十%を超えました! 少し休憩して下さい!』


 ルルルからメルに連絡がある。オートマトンには自動的に体内に入り込む不順物を取り除く機能が備えられているが、それはあくまで気休めでありコアの心の部分にまでは影響が無いのだ。


「ちょっと黙ってて、次の武器を送りなさい」

『危ないですよぅ!』


 話を聞いていないメルは次の武器を考えている。


「次ぎは…そうね【アノマロカリス】を出しなさい」

『えっ! ダメですよ! 試作品ですし怒られちゃいますよ!』

「いいから早くしなさい!」

『もう…どうなっても知りませんよ…』


 ルルルの忠告を無視して、大きく展開した魔方陣から取り出したのは、【アノマロカリス】と呼ばれた武器である。一枚一枚金属が繋がっており、根元から広がるように大きな楕円形をしておりその図太い金属に鰭のような刃物が付いている。狭まった刃の先端に二本の大きな突起が別々に正面にに飛び出ている全長二メートル程の異形な姿をした武器である。


 ルルルが所長を務める武器開発室で、三人の部下のオートマトン達が遊びで作った、所謂ネタ武器と呼ばれているものである。しかし、威力は尋常じゃなく強い為に【オートマトン乙型】でも特殊タイプにしか装備できない代物であった為、まだ試作品扱いなのである。


ブォンブォン


 メルは【アノマロカリス】を振り回し、問題ないのを確認すると少し微笑みながらウゾ族兵士に突撃し、武器を振り下ろすと一瞬でウゾ族兵士の胴体が吹き飛ぶ。水色の目は、徐々に赤く染まろうとしていた。



 ミケットは、メルと離れて先へと進む。特に場所など指定されていないし、とにかく侵食者達をひたすら殺していた。あそこにいても邪魔になるだけだし、のんびりやろうと思っていた矢先に通路の奥からメルと同じ顔の女性が向ってきた。


「あれ? メルさん通り過ぎてたニャン?」

「あなたがミケットね。私はメルの姉のノルよ、宜しくね」

「よろしくニャン」

「ところでメルはどうしたの?」

「中庭の所で別れたニャン、先に行けというからここまできたニャン」

「そうなのね、何も変わった様子はなかったかしら?」


 変わった様子と聞かれ、思い出そうとするが何も思い浮かばない。


「何も無かったと思うニャン。ただメルさんの方が沢山殺してたニャン」


 それを聞き、ノルは少し顔が曇る。


「そうなのね…分かったわ。まだ侵食者は居るから殲滅をお願いね」

「了解したニャン…自分のした事なので、ちゃんと始末するニャン」

「ふふ、いい子ね。じゃぁ私は一旦メルの所へ向うわ」


 そう言うとノルは移動をはじめる、嫌な予感が消えないからだ。通路を抜けると、メルは死体の山の頂上に立ちぼんやりとしている。


「ルルル、いつまで武器を持たせているの? 早く回収しなさい」

『すすすみません! すぐに!』


 ノルに怒られ、ルルルは直ぐにメルの武器を回収する。それに気付いたメルは、ノルの場所へと降りてくる。


「メル、一体何をしているの?」

「えー? 何をって、みなごろしって言ってたじゃないですかぁ」


 メルは少し酔っているような雰囲気で、ノルに話しかける。


「随分汚染されているわね、しっかりしなさいメル!」


 そう言うと、ノルはメルに平手打ちをする。ビシッという音に顔がぶれる。そして優しく抱きしめると、話を続ける。


「メルフィ…あなたが最後の家族なのよ。失いたくないわ…目を覚まして頂戴」


 ノルは優しく語り掛ける。すると、赤く染まったメルの目の色が徐々に水色へと戻り、肩と太ももから突出していた金属も体の中へと戻っていく。


「お姉様…ごめんなさい…」


 ノルのお掛けで魔物化を防げたメルは、ゆっくりとそして静かにノルに謝った。そして、目じりに溜まった血がまるで涙のように流れた。



 イサムは夢を見ていた、見慣れない風景に三人の人影が見える。一人は自分だろうか、でも今よりも少し大人びた感じがする。その隣にはロロルーシェが居て、すごく綺麗だ。そして、二人の間に挟まれながら手を繋ぐ女の子、ロロルーシェに似ていて綺麗だが髪色は自分に似たらしい。


「パパ! ママ! だいすきだよ!」


 ゆっくりと目を開ける「夢か…」そう言うイサムは、ふと我に返る。


「あれ…ここは…」

「よかった、イサムが目を覚ましたわ!」


 リリが見下ろしていて後頭部が柔らかいので、膝の上で寝ていると気付いたイサムは左右を見渡す。ルカとエリュオンも近くにいて安心した顔をしていた。


「俺は気を失ったのか…」


 そう言い上半身を起こすと、エリュオンが抱きついてきた。


「心配したわイサム!」


 エリュオンの膨らみが顔に当たり、嬉しいやら恥ずかしいやらのイサムが、エリュオンの腰を掴み引き離す。


「窒息死するわ!」

「元気そうね、安心したわ」

 

 ルカもふうっと溜め息を吐く。


「ごめんな、なんか色々と溜まってたみたいだな。でも、もう大丈夫だ。彼らを生き返らせて家族の下へ帰さないとな」


 イサムの言葉に、みんなが笑顔になり気合を入れなおす。その後は殆ど他の三人に駆逐されており、凄惨だが生き返らせる事は救うことだと信じ、ひたすらにイサムは【蘇生】を使い続けた。

 最後に王の間へ辿り着いた七人は、大臣を蘇生して一息つく。

 しかしイサムは【蘇生】の疲労からか、また気を失うのであった。

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