第15話

 エリュオンが丁度ミケットの首を刎ねた頃、ノルは獣人の国の王【獣王・ガガラルド三十五世】と王の間でロロルーシェからの伝言を伝えていた。

 朝から出かけたが、王の別件により会議が長引きノルと話をするのが昼前になっていた。


「いつまで待たせるのかしら…」


 ガガラルド王家は、二千年前からこの迷宮と共に獣人の王国を築き、今の獣王で三十五代目となる。基本は、迷宮の中に存在する王国であり、ロロルーシェの管理下に置かれている。

 その彼女が干渉する時は、国を発展させる為の提案か、もしくは闇の魔物関連のどちらかである。ちなみに、ビール工場設立の提案時には大いに喜ばれたらしい。


「申し訳ありませぬ、ノル殿。最近は闇の魔物達が活発になっているようで、様々な対策会議に毎日頭を悩ませております。それで、本日はどのようなご用件で此方へ参られたのでしょうか?」


 王の間に急ぎ現れた獣王は、ノルに遅れた事を謝罪し玉座に座る。ロロルーシェの側近であり、迷宮ができる以前より存在しているノルに敬意を示す。獅子王と別名を持つ現在の王は【コネ族】で言うならばライオンの様な顔をしていて非常に体も大きい。


「獣王様ご無沙汰致しておりました。本日は、その悩ませております闇についてで御座います」


 胸に手をやりながら膝を付き腰を落とすノル、獣王の隣には王妃そして、玉座の二段下に大臣がノルを見ている。


「そのように畏まられると、誠に困ります。顔をお挙げ下さい」


 たじろぐ獣王に、ノルは平然と言葉を返す。


「滅相も御座いません、この国では獣王様が絶対なので御座います。特例以外の場合を除き、その姿勢を変える気は御座いません」


 王の威厳を守るのも、迷宮を維持する事に必要不可欠であると思っているノルは、この対応を今後も変えるつもりは無い。しかし、そのおかげで「ロロ様の側近も我が王の前では膝を付く」と獣王に従う兵たちに良い影響を与えていた。

 それに【弱きを助け強気を挫く】と考えるものが多いこの国の兵が、それでノルを見下すとも思えなかったのだ。

それ以外にも、ノルが獣の国の最強と謳われた兵士を軽く倒したのも、見下されない理由ではあるが。


「そうか…それならば致し方あるまい、ワシもその様にノル殿に接しよう。して闇を事だと伺ったが、詳しく教えてくれ」

「はい。昨晩ロロ様から連絡があり、この城に少し闇の気配を感じたと仰っておりました。何か心当たり等は御座いませんでしょうか?」

「ふむ、なるほど。大臣、何か兵から聞いておらぬか?」


 一瞬ビクッとしたキヌタ族の大臣は大量の汗をかき、ハンカチでそれを拭きながら答える。


「さ…さぁ兵達は何も言っておりませんでしたが、ロロ様の勘違いとも考えられますな」

「大臣、ロロ様が勘違いなどされる訳が無かろう。ノル殿に対しても無礼であるぞ」


 普段は温厚な獣王も、大臣の失言に苛立ちを覚えたのだろう。鼻頭にしわを寄せ声を張る。


「めめめめっ滅相もございません。ノル殿…まっ誠に申し訳御座いませぬ」

「いえ、別に構いません。ですが一つお伺いしたいのですが、大臣様は昨晩どちらに居られましたか?」


 突然昨晩の事を聞かれ、少し驚いた大臣であったが汗を拭きつつ丁寧に答えようとする。


「さっ昨晩と申されましても、私はいつも早めに寝るものですから、夜が更けてから寝床を離れたりは致しませんよ」


 そこにノルが少し疑いを感じ、さらに質問する。


「大臣様、私は夜が更けてからとは言ってはおりませんよ。それに寝床を離れる事があったのですか?」

「そ…それは言葉尻をとらえた物言いで御座います… わた、私は闇など兵から何も聞いておりませぬ!」


 怪しい態度を見せる大臣だが、ぼろが出そうに無いと思ったノルはある物を出す。


「そうですか。大変失礼な言い方をしてしまい、申し訳ありません。では、お話を変えましょう。獣王様にロロ様よりお渡ししたいと預かっている物が御座います」


 ノルは、そう言うと四角い小さな箱を差し出す。箱に宝飾はされていないが、ロロルーシェの物と言うだけで価値は跳ね上がるのだ。


「ほほう、ロロ様からとな! それは嬉しい限りだ! ロロ様からの頂き物など滅多にないからな! 大臣、ノル殿より受け取りなさい」


 そう言うとタヌキの顔をした大臣にノアの下へ行く様に合図を出す。大臣は丁寧に獣王にお辞儀をし、ノルへ向い箱を受け取る。そして受け取って、獣王の元へ向おうとした時だった。


『ぐぎゅぎゅぎゅぎゅ…こ…このは…箱は…』


 箱を受け取った大臣は、突然は苦しみだし苦悶の表情を見せる。


「お…おい、大臣! どうしたのだ!」


 苦しみだす大臣に獣王は声を掛けるが、大臣はそのまま倒れる。そして体から黒い靄がゆっくりと溢れ出す。


「やはり闇に侵されていましたね。獣王様、これからこの城は戦場となるかもしれません」


 ノルは立ち上がり、大臣を見つめる。すると大臣は急に起き上がり、獣王へ走り出す。


『ジュジュウ…オウ…コロ…コロスゥゥゥルルルウッル』


 ヨダレを撒き散らし、言葉もおかしい。正気はもうないだろう。それを知っているノルは、大臣に素早く近寄り横腹を思いっきり蹴り飛ばす。


 ドシャッと鈍い音がし、壁に激突する大臣。ノルは、先程大臣に渡した箱を拾うと獣王の元へと向かう。


「獣王様、これをお持ち下さい。これは浄化魔法と防御障壁が施された箱で御座います」


 そうノルは言いながら、獣王に箱を手渡す。


「むうう、まさか大臣が闇に侵されるとは…礼を言うぞノル殿!」

「いえ、安心されるのはまだ早いかと思われます」


 消し飛ばした大臣を見ると、形相は変わりヨロヨロと立ち上がるとこだった。


「ノ…ノル殿…兵達は何故来ないのだ…」


 獣王は今気が付いたのだ、ノルとの話初めから兵士が居ない事に。そしてそれが意味する事を。


「いいですか獣王様、戦闘が始まったらその箱を握り潰して、魔法障壁を発動させてください。獣王様と王妃様のお二人を包むには十分な広さの障壁が展開されます。決してそこから出ないように、出れば命の補償はしかねます」


 脅しではないノルの言葉に、獣王と王妃は言葉無く頷く。それを確認したノルは、片手を耳に当てる。


「ロロ様、やはり大臣は闇に侵されていました。恐らく兵士たちも侵されている事でしょう」


 ノルの連絡により、ロロルーシェから直ぐに返答がある。


『やはりな。大臣が変化した時点で城を囲む障壁は張ったから、そこから闇が出ることは無い。あとはそこに居るノルに任せよう。メル達も気が付いた様だ、そちらに向かってきている』

「畏まりました」

『今日はイサムにとって、耐え難い惨劇を見る事となるだろう。だが、ノルお前なら分かるな?』


 四千年前の悲劇を知るノルは、迷い無く答える。


「承知致しております。私達のような者をこれ以上増やしたくありません」

『よし。頼んだぞ!』


 そしてロロルーシェとの通信を切る。ノルのその目には意思が宿り、そして決意の火が灯る。


「ルルル、聞こえてる?」

『はいはーい、ノル様聞こえてますよー』


 相変わらず呑気な声で返答するルルル、だがいつもの事なのでノルは気にしない。


「ロロ様から許可を頂いたわ、【うさぎ】を送って頂戴」

『了解しましたー!』


 うさぎと名づけられたそれは、ルルル操作している端末より送られる。突然ノルの左右の肩の上辺りから、小さな魔方陣が展開される。そこから現れる刀柄に小さなうさぎのストラップが刀彩として付いている柳葉刀が現れる。ノルはその二刀を引き抜く。刀盤もうさぎを模した形になっている。

 一刀を地面に刺し手を耳に当て、次ぎはメルに話す。


「メル、聞こえているわね」

『はい、お姉様。今向っております』

「城はロロ様に魔法障壁を掛けて頂いたわ、メルは侵食者を殲滅して頂戴。そして、イサムには蘇生をして貰いエリュオンはその護衛に。リリとルカは蘇生者を障壁の外に誘導させるのよ」

『了解致しました。あともう一人居るのですが』


 メルは、短めに蘇生された闇のミケットを報告する。


「ヌイ族の子は、自分の蒔いた種なんですもの殲滅に協力させなさい」

『了解です。お姉様どうかお気をつけて』

「貴方もね、メル…イサム様が心折れない事を願っているわ」

『私も願っております…私達の希望なのですから』


 そう言うと、ノルは通信を切る。ちょうど大臣が起き上がり、こちらに向かってくる頃だった。地面に刺した柳葉刀を引き抜き構える。


「あの時と同じにはさせないわ!」


 そう言い放ち、ノルは駆け出した。

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