魔素と自動人形
第6話
ルカとエリュオンが席に座り、先程とうって変わりみんな真剣な表情をしている。
「イサム、君は魔素(まそ)と言うものを知ってるかな?」
ロロルーシェは、生徒に勉強を教える優しい先生の様な雰囲気と表情でイサムに語りかける。
「いえ、分かりませんっと…いや分からない、魔法と同じじゃないのか?」
つい学校で授業を受けている感覚になり、敬語になって少し恥ずかしくなる。
「ふふっ、魔素とは魔法の元になるものだけでは無く、この世界の万物の元になるものだ。生き物だけでは無く鉱石や様々な自然の現象そのものも、魔素の影響を必ず受けているのだ。例えば、イサム達の世界で死ねば、みな等しく肉体は地に還り、魂は霊的な世界に行くとされているだろう。しかしこの世界では肉体も、そして魂も等しく魔素に還るのだ」
ふむふむと頷くイサムを見ながら、ロロルーシェは話を続ける。
「そのすべてが生まれ還る場所を、【魔素の海】と呼んでいる。おそらくリリルカ達も殺された時に見ただろう」
うんうんと、リリはロロルーシェを見ながら頷いているが、隣でルカはエリュオンに舌を出して威嚇している。エリュオンも今は静かにしようと思っている為、ちっと舌打ちだけがイサムには聞こえていた。
「魔素の海に戻った汚れた魔素は、長い年月をかけ少しずつ浄化され元の綺麗な状態に戻ろうとする。しかし、浄化の際にどうしても不純物が出てくるらしいのだ。その不純物は魔素の海から我々の世界に少しづつ排出され、彷徨いながら様々な物質に取付いて【魔物】になる」
ロロルーシェは、エリュオンを見ながらイサムに話しかける。
「イサム、エリュオンをはじめて見た時どう感じた?」
イサムは一旦エリュオンを見てから、ロロリューシェに顔も向ける。
「怖かった、あれは殺意の塊だと思ったよ。でも今は全然そんな感じがしない」
エリュオンは、ぴくっと肩を動かしたがイサムは気にする素振もなく話す。
「あの状態が魔物で、今は浄化された状態って事なのか?」
すると、ロロルーシェは首を横に振る。
「あれは、魔物にあって魔物にあらず。【闇の魔物】は、コアを使い強制的に不純物を入れた魔素の塊と思ってくれれば良い。そして闇の魔物を倒すとコアの状態に戻る、さらに蘇生を掛ける事で、今のエリュオンの様な状態に戻せる。やっとイサムのおかげで実証出来たよ」
「出来た?試した事が無かったと?それにあのコアってのは何なんだ?」
「闇の魔物の王は、二千年に一度しか現れないからね。浄化魔法を使うと闇の魔物のコアの中身だけ浄化され消えてしまう。それに私は蘇生魔法を創れても使えない」
二千年と言うあまりの年月にイサムは声が出る。
「二千年!? そんなに昔から…」
「いや、私が初めて確認出来たのは一万年前だ」
「はぁ!?」
「そしてコアだが、あれは魔物を閉じ込めておく器で、一人用の魔素の海と考えてくれれば分かるかな、私の自動人形オートマトン達もコアを持っているが定期的に浄化して、不純物が入らない様にしてある。闇の魔物はその逆で不純物を入れるだけ入れているのさ」
「一万年…」
「おばあちゃんは、不老不死なんだよ」
イサムの言葉にリリがさりげなくフォローを入れるが、不老不死はフォローにはならない。まぁ・・取りあえず聞ける事から聞こう。
「いや、その前に何で蘇生がつかえない? 人に覚えさせる事は出来るのに、おかしくないか?」
「当然の疑問だよ、私と言うかこの世界の住人では誰一人として使えないだろう。蘇生は膨大な魔素を使用するし、魔素を使用すればその分の不純物を生み出す事になるのだ。蘇生魔法はかなり特殊な魔法だから、桁違いの膨大な不純物を生んでしまう」
イサムも理解はしつつあるが、次々と疑問が浮かんでくる。
「なるほど、でも俺が使っても結局魔素を使用した事にはならないのか?」
「イサムの場合は【魔素】ではなく【体力】ステータス項目の【HP】を使用して蘇生してるんだ」
「なるほど体力か…って体力ぅぅ!?魔法じゃなかったのか!?」
驚いた拍子にガタッと立ち上がりロロルーシェを見下ろすが、彼女は当たり前だろっと首を傾げキョトンとしている
「それになんで俺なんだ? それが一番意味が分からない」
椅子に座りなおし、ロロルーシェの答えを待つ
「そうだな、元々そちらの異世界に行くには膨大な魔素が必要にだった。その移動用の魔素を随分昔から溜め込んでいてね。常時適正者をさがしてはいたのだが、約三年前にやっと移動出来る時が来たのでね、その時のスキル適正者を探したら君だったってわけさ」
この世界と元の世界の時間の進み方は、差ほど変わりはないらしいわよ、とエリュオンが小声で言ってくる。
「ただそれだけじゃない、君の家の近くにある【商店街】って所に暮らしていたんだが、初めての異世界暮らしに戸惑ってなぁ」
ロロルーシェは、上を向きながら感慨深い感じて話す。
「料理する為にガスコンロって奴に火の魔法を放ったら大爆発した事があったんだ。あの商店街の大火事の中、火を消す人々の中に偶然君を見つけた、そして燃え盛る火の中に飛び込み、逃げ遅れた見ず知らずの子供を庇いながら助け出す姿を見た時は、いやぁ流石に感動したよ」
あのおかげて新しい人形を作ろうと考えたんだよ、などと一人でつぶやきながらウンウン頷いている。
周囲から、へーっと感心した様な声が聞こえるが、イサムの表情が見る見ると怒りに変わっていく。
「てことはあの火事の原因は、あんたかーーー!」
「あっいやぁ…すまないな…でも死傷者はいなかっただろ? 魔法で全て防いでいたからね」
片手を頭の後ろに回し、片目をつぶってテヘぺろっと舌を出した、物凄く可愛いが反省は全くない。
「それに家そのものを修復すると騒ぎになって、君に気付かれてしまうからね」
あのあとイサムは、直ぐに就職が決まり引越してしまったが、商店街の人達はホントに災難だっただろう。
「イサムの世界では魔素が極端に少なくてな、こちらの世界に戻るのに三年も魔素を溜めないといけなかったし、イサムには慣れる為にある程度の魔素を体に入れときたかったのだけど、それが魔素ではなく体力に異常な程反映されていたんだ」
「だから体力が文字化けしてたのか…メールでもめいっぱい体力とって書いてあったし確実に確信犯だろう。MPは10しかなかったし…」
ただここで更なる疑問が出てくる。
「魔素を体に入れていたって言ったよな、それってどういう…」
「ん? 毎日の食事からだ」
サプリ摂取みたいな軽い言い方にカチンとくる
「は? いったいどうやって?それも魔法で!?」
「いや、隣に住んでいただろう。可愛い女性が」
三年前から監視されていたのは今分かったが、でもなぜ隣の女性が関係して来るのだと疑問に思う。
「気がつかなかったのか? ふふふ…流石は私の人形だな」
むふふとロロルーシェは笑う。それを見ながらイサムの頭はフル回転している。
三年前に就職の為に引っ越してきたアパート、その隣に同じ日に越して来た大学生の【大宇土 真兎】さん。
美人で明るくて、隣人ってこともあり時々、週4日位作りすぎたと食事を持って来てくれた女性。毎朝挨拶するのが楽しみだった、まさに一目惚れってやつだ。
「もしかして、あの三度のバレンタインのチョコも?」
「魔素だ」
「じゃ三度のクリスマスのケーキも?」
「魔素だ」
「じゃぁ三度の誕生日ケーキもぉ!?」
「魔素だ」
ふと名前に引っかかった。
「大宇土真兎…おおうとまと……オオウトマト…オオート…マト…オートマトンじゃねーか!!」
バターーーーン
あまりの衝撃に、後ろに椅子ごと倒れるイサム。もちろん痛くは無い。しかしその衝撃でローブがめくり上がり、防御の弱そうな部分が完全に開放され、リリとルカとエリュオンは目を逸らす。キャーっと声が聞こえる。
「イサムさん! ローブを着たからって安心しないで下さい! 履いてませんから!」
「ナイス突っ込みだ、リリ…だが、痛みを得られないなら、せめて罵倒してくれ……彼女がオートマトンなんて気が付くわけがない」
三年間の恋が一瞬で散った心の衝撃は、暫く消えそうには無い。
「そんなに気に入ったのなら、向こうに戻った時に愛玩用としてイサムにやってもいいぞ」
ロロルーシェはニヤリと笑う
イサムはガバッと勢い良く起き上がり、ロロルーシェに問う。
「今の話は本当か!?」
「向こうの世界で暮らす為に急遽作ったものだし、別にかまわんよ」
「だめーーっ!」
「だめ!」
「ダメに決まってるでしょ!」
リリとルカとエリュオンが同時に叫ぶ、これが異世界に行くと急にモテる【異世界モテキ】なのかもしれない。それでもイサムの耳には嫌がる女子の声は聞こえて無い様で、ロロルーシェに尋ねる。
「そうじゃない。向こうに戻った時って事は、戻れるのか?」
三人がホッとしているのがイサムにも見えたが、何にホッとしているのか分かっていない様だ。
「はっはっは、当たり前だろう。来たんだから帰れるさ」
イサムは、もう戻れないだろうと思っていた。しかし、ロロルーシェの軽い返答に不安は感じるが、希望の光が少しだけ、ホントに少しだけ見えた気がした。
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