第2話

 突如空間に現れる魔法陣の中から一人の人間が落ちて来る。


ドチャッ


「ぐへっ!」


 濡れた床に叩きつけられた様な衝撃にその人物が声を上げる


≪キンコーン キンコーン≫


 落ちてきた青年イサムは、浴槽の床ではない固い地面の様な感触、そしてヌルリとした液体が身体に着くのに気が付く。


「いってぇ…何だよあの揺れとこの場所は…」


 本当はかなり激しく叩きつけられた感覚があったのに、痛みが全くないのも疑問に感じたが、今はそれどころじゃないと頭を切り替え周りを見渡す。


≪キンコーン キンコーン≫


 そして身体と手に付いた液体に目をやる、赤く…べとつく…まるで血の様な…ふと目の前にある塊に気がつく。


「うぉおお!」


 目を見開きこちらを見ている、十代だろうが間違いなく死体だろう。なぜ死体と分かったのか、それは彼女のお腹辺りから下が無造作に切られたかの様に、無いからだ。


「ひっ!」


 それとそのすぐ側にもう一人、いや一人と呼べるのか分からないが、水色の髪で凄く可愛い女性が体から機械の部品らしい物が露出している。壊れているようだが、どうにかして動こうとしている。


「おいおいウソだろ……」


≪キンコーン キンコーン≫


 驚きと同時に、さっきから頭の中で鳴り止まない機械音に、少し苛立ちを感じると、ふと視界の隅に映る手紙マークを見つける。


「あぁ何だよ夢か、かなり疲れてるなぁ俺も」


 夢だとなぜ思ったか、それは視界に映るメールの受信表示を知らせる手紙のマークと目の前の死体に表示された名前。


【リリルカ・ノーツ】【見習い魔法使い】


 HP:0


【蘇生可能】


 魔法使いの文字に蘇生可能と書いてある。ゲームなんて最近してなかったのに、これはファンタジーの世界だと断言できる。これだけの酷い死体を簡単に生き返らす事が出来るのは、ゲームの世界か夢の中しかない。

 隣りの壊れたと言えるだろう女性を見る


【メル】【自動人形(オートマトン)乙型】


「オートマトンって魔法で動くロボットみたいなやつじゃなかったか? 昔やったゲームに居なかったっけ」


 イサムは就職する前、中学高校とオンラインゲームに明け暮れた。廃人とまではいか無いが、両親がいつも仕事で家に居なかったのも原因だろう、学校と寝るとき以外は殆どゲームをしていた。


「そう言えば名前の表示やメール音なんか、昔やったゲームに似てるな。まぁ夢だから当たり前か。無理やり引退して三年か…たまにはゲームしたいなぁ」


 夢だと思えば落ち着いてくる。そこへ不意に声が届く。


『あれぇお兄さん誰なのかなぁ? 魔法使い?』


 バッと声のする方へ顔を向けると、そこには全身黒いワンピースを着た少女が立っていた。


【エリュオン】【闇の魔物 近接型】


ゾワッ!


 見た瞬間鳥肌が立ち汗が噴出す。夢なのに少女は危険だと直感で感じる。しかもその小さな体ではありえない程大きな剣を片手で担いでる。


『まぁ別にどっちでも良いや! うふふふふ、その子は横に斬ったからお兄さんは縦に斬ってあげるねー!』


 可愛らしい顔と笑い声なのに恐怖しか感じない。その瞬間から目が離せない、瞬きした瞬間に斬られそうな気がした。

 いや瞬きしないでも、目の前には大剣が容赦無く振り下ろされていた。


ギャリィィイイン!!!


 擦るような鈍い金属音、おでこに感じる冷たい鉄の感触。確かにおでこは大剣に触れている、でも斬られていない。空中から思いっきり振り下ろしている大剣がおでこに触れたまま微動だにしない。


 少女もおかしいと思ったのだろうか、クルクルと後ろに大剣を持ったまま飛び距離を置く。


『かったーーい! お兄さんどれだけ硬い防御魔法かけてるの! いててて』


 少女は大剣を地面に刺し、手が痺れたのかブラブラと振っている。しかし、突然少女が頭だけ横に向け殺気を放つ。


『まだ他が居たのか、オートマトン!』


 その声にイサムも恐る恐る少女から目を離し、横に目を向ける


【ノル】【自動人形(オートマトン)甲型】


 そこで壊れているオートマトンの仲間だろう、顔がそっくりだ。


「ヤミ ハ ハイジョシマス」

『ハッ、人形なのに生意気ね!』


 オートマトンは片手を耳に当てて何かをしゃべっている。


「ルルル【トナカイ】オクッテ」

『リョウカイ シマシタ』


 オートマトンの前に魔法陣が現れ、その中から角の様な物が二本出てくる。そしてそれを引き出すとオートマトンは構えた。

 ノルと名前が表示されたオートマトンの武器は、海外の映画で見たことがあるトンファーと呼ばれる武器に似ていて、それを両手別々に持ち少女に向かって走り出す。


ガキィィィン


 互いの武器が何度も激しくぶつかり合う、どうやら力が拮抗しているようだ。イサムは自分から興味が無くなり少し安心したが、いつ襲い掛かって来るか分からないので気は抜けない。その様子を見ながら、不意にメールの事を思い出す。


 見る機会があるとすれば今だけだろう。そうイサムは思い、視界に映るメールマークに触れる様な意識を向けた。

 すると視界全面にメール内容が表示される。


【ようこそ異世界へ!】

 あなたは、異世界に召喚された勇者です! おめでとう!

 ただ、無理やり許可無く貴方を召喚するお詫びに、この世界では存在しない魔法をあなたにプレゼントします!

 なんと! 生きとし生けるものをこの世の螺旋に連れ戻すことが出来る【蘇生魔法】です! 使用制限は色々ありますが、かなり使える魔法なので人気が出る事間違いなし! 拍手!

 ただ本人が死なれたら困るので貴方の防御力と体力は、めいっぱい増やしてます。だからどうか死なないでね(笑)

 では、そちらの世界で貴方と会う事を楽しみにしています。


【ロロルーシェ・ノーツ】より


「意味が分からない…何だこれ…ふざけるなよ…」


 まったく意味が分からない。確かにライトノベルや転生する漫画は読んでたし、異世界も実際にあったら良いなと思っていた。だけど、何故自分なのか。死亡して転生って訳でもないし、べつにそれほど不幸でもない。

隣に美人のお姉さんが住んで居るし、毎日挨拶するのが楽しみなのに、異世界召喚とかありえない。


 オンラインゲームも三年前の就職が決まった時点で既に引退している。

 てことは目の前にいる女の子は、本物なのかと事実を知り混みあげてくる吐き気に、みるみる顔が青ざめていく。


「うぇ……」


いやちょっとまてと、イサムはメールをもう一度確認し【蘇生魔法】が使えると言う分をみる。確かに書いてある。


「じゃぁこの女の子【リリルカ・ノーツ】は蘇生出来るって事か…?」


 リリルカの方を見ると先程と同じ様に【蘇生可能】と表示されている文字を確認する。


「名前がメールの差出人と同じ【ノーツ】だけど、おそらくそいつと家族なのかもな」


 ふとそう思った。無理やり召喚した最低な奴かも知れないが、本当に蘇生が使えるなら、いずれ会うだろう家族と無残な死体で対面させたくは無いな、とイサムは思った。

 視界に映るコマンドメニューを開き【魔法・スキル】欄にある【蘇生】をタップする。すると自分の中心に五メートル程の円が表示され、【円の範囲内蘇生可能】の文字が現れる。


「なるほど、操作は意外と簡単だな」


 ゲームの経験もあり、すんなりと操作方法を覚えていく。操作し易い様に表示方法が昔のゲームとわざと同じにしてるのか分からないが、召喚した奴は結構考えてるのかもしれない。

 リリルカを【範囲蘇生可能】の中にあわせると、ふと迷うものが表示されている。彼女の上半身と下半身が別々に【蘇生可能】となっているのだ。


「これ…上半身だけ蘇生させれば、たぶん下半身は復元されるよな…でも下半身に蘇生掛けたら、上半身も復元されるのかな? でそれに、下半身だけ動き出したら…とんでもないよな…もし上半身だけとか下半身だけ蘇生が本当に成功したら、後で絶対恨まれそうだ…」


 上半身だけならともかく、下半身だけ蘇生なんてあり得ないと思う。でも、もしもの事を考えたら。 イサムは仕方が無いと意を決して、同時に上下半身の【蘇生】ボタンを押した。

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