蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子太郎

第1章

異世界召喚と初めての蘇生

第1話

 人はいつか死ぬ。それが自然の摂理であり、運命である。

 だが、食事を与えず子を餓死させる親や話が五月蝿いと親を殺す子、余所見をして歩行者を跳ねる車や生意気だと虐められ命を絶つ学生。それらを運命だと受け入れられるだろうか?

 もしこの世に人を生き返らせる魔法が存在し、それを使える能力があるとしたら躊躇わず使うだろう。それが運命に逆らう事でも、理不尽に殺される人を救うのが悪い事だと言われても、目の前で人が死ねば必ず使うはずだ。

 

 一人の青年がこれから行く世界。剣と魔法と理不尽な世界で、人を生き返られる能力を得た彼は、何を見て何を知り何を感じるのだろうか。



 光る海を突き抜け更に闇の中へと落ちていく。そして暗転からの閃光を感じ、知らない場所に落ちる。その目の前には、赤が付着した銀と金色が混ざった髪色の綺麗な少女、その少女と見つめ合う。血生臭い地に伏した金と銀の左右別々の目の色をした彼女は息をしていない、よく見ると少女の体は真横半分に千切れ臓腑は周囲に散らばっている。



 遡る事数十分前。


 一人の青年が帰路を急ぐ。


 青年、【鏑木 勇(カブラギ イサム)】は高校を卒業しても就職が決まらなかった、いや就職する気が無かったと言った方が良い。

 しかし、卒業後に近所の商店街に出掛けた所で火事があり、逃げ遅れた少年を助けた。その事でイサムは少年の父に気に入られ、経営していた会社にやむ得ない事情により、滑り込むように就職した。


 だが仕事は毎日単純な作業ばかりで、仕事と家を往復しそれが当たり前だと感じる。自分の人生なんて、ただひたすらにただ当たり前に回る機械のそんな小さな歯車みたいだと、よく帰りに考えるようになった。


「ふぅ…」


 寒くなり吐く息も白い。ため息をつき自宅のアパートにたどり着く。


「こんばんわ、寒くなりましたね」


 長めのスカートと肩までで綺麗に整えた黒髪の可愛らしい女性、隣に住んでいる大学生【大宇土 真兎(おおうと まと)】が声をかける。


「寒くなりましたね。真兎さんも風邪引かないようにして下さいね」

「はい私は大丈夫です、でも気を付けますね」


 何気ない日常の会話だが、イサムにとっては何よりも大切な時間である。イサムは彼女に恋をしていた。三年前、同じ日に引越しして来た彼女に。


「イサムさんはいつもお優しいですね」

「そんなこと無いですよ」

「今度お鍋でも作りに来ますよ」

「本当ですか! 楽しみです!」


 彼女は一人暮らしのイサムを不憫だと思うのか、たまに食事を作ってくれる。誕生日を知ればケーキを作ってくれたり、バレンタインにチョコレートもくれる。だが、女性とお付き合いの経験の無いイサムは、それ以上この恋を発展させることも出来ず、彼女もそれ以上の事を期待してる様な雰囲気も無かった。


「あの…お尋ねしたいのですが、イサムさんは夢とかあります?」

「夢ですか…考えた事なかったな…」

「そうなんですか…」

「いっいえ…夢と言うか…変な人だと思われると困りますが、この世界が平和になれば良いなと思います……」


 何言ってんだと後悔したが、それを彼女は素直に聞いてくれている。イサムが彼女を好きになった理由の一つだ。


「そうなんですか、実は私もです。この世界が平和に、沢山の命が救われる世界になって欲しいと思っております」

「はい…そうですよね…本当に人を救いたいと思う事があります……でも特に何か出来るかと言われると何も…」

「そんな事ないですよ、いつか必ず人を助ける事が出来ます! イサムさんなら間違いないです!」


 突拍子もない話を真剣に聞いてくれる。イサムは顔が少し赤らむが、恥ずかしいので家に入ろうと別れの挨拶をする。


「寒いので早く家に入らないと風邪ひきますよ! お鍋楽しみにしています。では失礼します」

「わかりました。では、失礼しますね」


 優しく微笑む彼女を見送りイサムも家の中に入る。


「本当に俺は意気地がないな…」


 部屋に入るとすぐに小さなユニットバスの浴槽にお湯を注ぐ。その間テレビを付けるが、映し出されるのは誰かが死亡したとか殺されたという内容ばかりでため息をついてしまう。


「本当に平和になって欲しいよ…」


 服を脱ぎ身体を洗う。学生時代は運動など殆どしていなかったが、就職先は主に肉体労働の為、入社当時に比べ随分と体格も良くなったと、浴室内の鏡を見ながら少し力を入れてみたりする。


「風呂は一日の疲れが一瞬で飛ぶ至福の時だな…まぁその為に少し無理して風呂付きをアパートを選んだのだからな」



「やっと戻れるな、まぁ私には三年なんて短い時間だが実に有意義な時間だったよ。そのおかげで彼の体も十分に強化出来たしね」

『座標を確認致しました。如何致しますか? このまま直ぐにでも発動出来ますが?』


 上空に人影がある。誰にも気づかれる事無く、人影はそっと両手を広げ何やら唱える。先ほどイサムが帰宅したアパートを包む程の大きな魔方陣が展開すると、人影は空間を歩きながら近くのマンションの屋上に腰をかける。


「こちらも準備完了だ、さすがに湯浴み中に送るのも可哀想だから少し待とうか」

『了解致しました』


 足を組み顎に手を当てそんな呑気な言葉が聞こえるが、その独り言を聞く者は誰もいない。しかし、人影が腰を下ろして数分後、日常の風景を裂く眩い光の柱が天を突き破る。

 光の柱の中心に展開されていた魔方陣が輝き出す。


「ん? 発動した? あの子が発動させたのか?」

『分かりません! ですが強制的に発動しています!』


 その中にある建物、イサムがまさに湯船に浸かろうとした瞬間大きくアパートが揺れる。その中心にいる人物、イサムも大きな揺れに気がつく。


「なっ何だ地震? この光は!?」


 急いで手桶を頭に乗せるが、激しい揺れと光に思わず声を上げる。そして、イサムは光の中に溶けていく―――――。それにあわせて、マンションの屋上に居る人影も両手を広げる。


「無理やり発動するとはな……あの子に何かあったな…ふむ…もう少し見物したい場所もあったが戻るかな。そちらに戻るぞ」

『了解致しました。空間魔法の座標を固定致します』


 そう言い残し人影も光の中に消えていく。その瞬間を隣の女性がベランダから見上げていた。


「……貴方なら必ず人を救えます……」



 イサムのアパートで魔方陣が発動する少し前、魔法使い見習い【リリルカ・ノーツ】は今日の修行を終え【ノル】と晩御飯の話で盛り上がっていた。

 リリルカは、背中ほど伸びた金色と銀色の淡く混ざった髪を揺らしながら微笑む。身長はそこまで大きくないが、全体が少しばかりふっくらとして来たなと感じるのは、食欲旺盛でよく食べるのが原因かもしれない。


「ノル! 今日の晩御飯は卵料理にしようと思うの。美味しそうなメニューを見つけたんだぁ」

「イイト オモイマスヨ」


 祖母の従者であるノルは祖母が作った【自動人形オートマトン】で、生まれた時から一緒に居る。年恰好は二十代前半位で、祖母曰く【かわいい系】なのだそうだ。

 髪は淡い水色のショートで綺麗に切り揃えられている。ノルとすれ違うときに髪から香る甘い匂いがいつもほわっと心癒される。

 家で待っているノルの妹【メル】もそうだ。二体とも【メイド】と呼ばれる衣装を身に纏っているが、祖母が異世界から送ってきた本の中で見たものなのでリリルカには、その衣装が本当に正しいのかは分からなかった。

 それにその服では胸元が強調しすぎてボタンが飛ぶのではないかと心配になる。ただ、よく遊びよく学ぶ大事な家族だ。


「そう言えば卵あったかな?」

「ナカッタ ト オモイマスヨ」

「じゃぁ帰ったら卵を貰いに行かなくちゃ」

「デシタラ ワタシガ イソイデ イッテキマス」

「じゃぁ三十層の食材屋さんまでお願いね」


 リリルカが笑顔でノルに頼む


「リョウカイ メル ニ ツタエタラ スグニ ムカウ」


 リリルカの住んでいる場所は広い草原でそれを囲む様に壁がそびえ、直径で約一キロ程しかない。そして草原の中心にリリルカ達の住んでるログハウスがあるが、実際は壁のその先に直径五十キロ程の巨大な迷路が広がっているらしい。

 そして地上を一層として地下百層からなる大迷宮が広がっているのだ。何故こんなに広い迷宮なのかをおばあちゃんに聞いたことが無かったが、特に気にしていない。


 彼女の祖母は三年前に出掛けるといって何処かへ行ってしまった為、今は祖母の従者のノルとメルがいつも傍に居てくれる。

 ノルが連絡していたのだろう、ログハウス横の畑で丁度メルが夕飯に使う野菜を収穫していたようだ。

 彼女たちは【念話(ねんわ)】と言う魔法で遠くの人とも話が出来る。


「オカエリナサイ」


 メルがこちらを向き丁寧にお辞儀する。従者と言うものを良く知らないが、祖母が作ったオートマトンだからこれが普通なのだろうとリリルカはいつも思う。


「ただいまメル! 毎日そんなに深々とお辞儀しなくて良いのに……それと、今日は卵料理にしようかと思うの」

「リョウカイ イタシマシタ デハ ヤサイノ シタゴシラエハ スマセトキマス」


 メルはそう言うと、ログハウスの中に入っていく。


「デハ イッテキマス」


 ノルもそう言うと、ログハウスの隣にある昇降機に向かう。一キロ内の壁で囲まれているこの場所は大迷宮など関係ないと上下する昇降機がある。リリルカが三十層から下に降りる事は殆どないが、地下九十層まで降りる事が出来る。それより先は、階段で降りるらしい。


「よろしくねー! さてと」


 リリルカは、ノルが帰って来るまで今日の魔法の復習をする。直ぐに復習しないと身にならないと思っているらしい。

 三十分位経った頃だろうか、昇降機側より人影を感じノルが帰ってきたかと振り向いた。


『あれぇ悠久の魔法使いって長生きなんだよねぇ、それにしては随分と幼いわね…まぁいいや、始めまして魔法使いさん』


 十歳位だろうか、小柄で胸元に大きな黒いリボンを付け、ひざ丈位までのワンピースと呼ばれる服着て、髪を左右二つに分けた可愛らしい女の子が両足を揃えこちらに向いてペコリとお辞儀をした。

 違和感を感じたのは、少女の身の丈を上回る禍々しい靄を纏う大きな剣である。それを軽々と片手で肩に担ぐ。


「ん?…どこの子かな? 三十層?」


 この場所に人が来ることはほとんど無く、来るとしたら獣人族(ビースト)の国がある三十層の食材屋さんか、魔法でログハウスを壊した時にいつも来てくれるドワーフ国六十層の大工さんくらいである。

 それに昇降機は子供が操作出来る様な代物ではなく、祖母が作った魔法の鍵が必要になるはずだ。

 少し警戒する様に、リリルカは身構えようとした。だが一瞬だった、少女が左右に揺れると即座に大剣を片手に握り締めこちらにもの凄い速度で向かってきた。


『私の為に! あなたを殺してあげるね!』


ガキィン!


 鈍い金属音が周囲に響く。リリルカは、少女があまりの速さで近づいて来た驚きで目をつぶってしまった。だが痛みは無く、薄っすらと目を開ける。

 すると目の前に居たのはオートマトンのメルだった。両手で包丁を持ち禍々しく闇を帯びる大剣を受け止めていた。


「リリルカ ダイジョウブ デスカ?」


 リリルカが家の中に入って来なかったので心配して出て来たのが幸いしたようだ。


「ナゼ ココニイル!」

『オートマトンのくせに生意気じゃない、でも私に勝てそうな感じには見えないわ! じゃあコレはどうかな!』


 少女が後ろに飛び、先程よりも数倍速い速度で一気に向かってくる。そしてあり得ない程の力で大剣を斜めに斬り放つ。


ガガッ 


ギィィィィン 


 金属の触れる音だが先ほどと違う音。


 先程の一撃で包丁にひびが入っていたと言え、メルは久しぶりの実戦に隙が生じたのかもしれない。


 メルの持つ包丁を砕き、右肩から左脇下へ光の線が流れる。ギギギと音を立てメルは崩れ落ちるが思考が止まるほどの破壊まで至らなかった。そこへ駆けてくる足音。


「メル!」


 心臓部が完全に破壊されない限り問題ないと、メルは近づこうとしたリリルカに大声を上げる。


「ニゲナサイ! リリルカ!」


 しかし少女が見逃すはずも無い。


『ははは! 逃げ切れると思っているの? さようなら魔法使い!』


 ケタケタと笑う少女の声が聞こえた。リリルカの正面に立ち、大剣を横に一振りすると、その瞬間リリルカの体が大きく吹き飛ぶ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 リリルカの叫び声が草原に響く。斬られた衝撃で体が吹き飛び視界がクルクルと回る。その数秒後に強く地面に叩きつけられる。


ドサッッ


「ぎぐぅぅぅぅぅっ」


 リリルカの体から血飛沫が舞い周囲を赤色に染めていく。


 激しい痛みが全身を襲う。しかしそれ以上に痛むのは腹部だ。当然だろう、少し離れた場所に見慣れた下半身が見える。間違いなく自分のだろうと思う臓物は下半身へと長く伸び、とても戻せそうに無い。


「痛い痛い痛い! どうしてこんな! なんで…どうして!」

『はははは! 痛いねー! 怖いねー!』

「リリルカ! リリルカ!」


 メルの声が聞こえる、だがリリルカの思考は定まらない。分かることは、もう助からないだろうという事だけ。涙が溢れ出しそして願う、祖母にもう一度会いたいと。


「おばぁ…ちゃ……」


 自身が生み出した血の海に沈むリリルカはゆっくりと息を吐き出し、その後吸うことは無かった。

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