第48話

 事故に遭う瞬間はスローになる。【タキサイキア現象】と呼ばれる脳の錯覚にイサムは今遭遇している。目の前に現れたエリュオンが、自身の額目掛けて大剣を振り下ろしてくる。

 全てが遅く見える世界。イサムはこの瞬間に思った、あれを試す時が来たと。


「真剣白刃どりゅりゅりゅりゅゅゅゅ!」


ギャリギャリィィィィ


 エリュオンの大剣は見事にイサムの手をすり抜け額に当たる。そして、額と剣が触れている所が発火しイサムは全身火だるまになる。


「イサムごめん! 止められなかった!」

「いや……気にするな…いきなり呼び寄せた俺が悪い」


 全身炎に包まれながら、イサムは大丈夫だと手を振る。それを見てオベロがテテルに尋ねる。


「久しなテテル。彼は大丈夫なのか?」

「あ! ご無沙汰しております、オベロ様。イサム様は問題ありません。しかしオベロ様随分とお若く成られましたね?」

「彼が儂のコアに何かをした様なのだ、オートマトンの体を捨てコアのみで体を形成できるとは思いもよらなかった」

「ふふふ、そうですよね。私もメル様もそうですから」


 二人は燃えているイサムを見ながら、微笑んでいる。


「エリュオンの武器は何で炎が出るんだ?」

「これは【フレイムタン】と呼ばれる炎属性の武器よ。攻撃時に炎を追加できるの」

「それがフレイムタンかぁじゃぁ【アイスブランド】とかもありそうだな」

「詳しいわね、アイスブランドは私の幼馴染の【ネルタク】って子が持ってたんだけどね…」

「そうか…すまないな…ってまだ炎が消えないぞ」


 イサムはそのまま岸辺まで歩き、流れている水で火を消そうとする。その事で頭がいっぱいだった為、マップを気にしていなかった。

 バシャバシャと音が聞こえ水面から顔を出す魔物の群れ。


「パックの群れだ! 離れろイサム!」


 マップで見ると岸辺の周りすべて赤丸で囲まれていた。しかしオベロの声と飛び掛かる魔物達が同じタイミングで逃げる事が出来なかった、全開まで開いた口がイサムを襲う。


ギャギャギャギャッー!


 全長一メートル程の大きな魚の様な魔物達はイサムに飛び掛かっていく。


「ぐあ! やばい!」

「イサム!」

「近づくな!」


 エリュオンが近寄ろうとするのを感じ、大声で叫ぶイサム。そのまま水の中へと引き込まれていく。


ゴボゴボゴボ!


 数匹のパックに噛み付かれながら徐々にエリュオン達の場所から離れていく、それをマップで確認しながら念話を繋ぐ。


「エリュオン……聞こえるか……」


 水中で激しく動く中で口を開かず心で話すように感覚でエリュオンに話す。


『イサム! 大丈夫!?』

「ああ、今水の中でそっちから引き離されてるけどな…」

『直ぐに助けに向かうわ!』

「いや駄目だ、先に村の人達を助けてくれ。引き込まれたら助けられない」

『わかったわ! さっさと倒してそちらに向かう!』

「ああ、こっちはこっちで何とかしてみる」


 イサムは念話を切る。魔物達に水の中で引っ張り回されながら、さらに奥へ奥へと進んでいた。そしてエリュオン達も行動にでる。


「イサムからまずは村の人達を助けてほしいって」

「イサム様ならそう言うと思っていました。ですが心配ですので早く片づけましょう」

「彼は信頼されておるな、儂も微力ながら協力しようか」

「本当にアイツは何者なのだ……」


 エリュオン達の会話を聞いて、驚きを消す事が出来ないベル。それでも、両親や村の皆が救われるかもしれない期待が大きくなっていく。


「本当に……助かるのか…」


 そして、また岸辺に魔物達が集まって来る。


「防御魔法を儂が展開する! あとは任せた」

「お願い致します。雑魚は任せてください!」

「何匹居るか分からないけど、イサムを連れて行った報いを受けなさい!」


 オベロが防御魔法と展開すると同時にパック達は飛び掛かって来る。それをテテルの【ナナホシテントウ】から連続して七本の光の矢が放たれる。間髪入れずにまた矢を放ち、飛び掛かるパックが体に矢を受け地に落ちる。


「なかなか良い武器ね、じゃぁ私も行くわ!」


 エリュオンは飛び上がり、ジャイアントパックの内壁を斬り付ける。水属性の生物を火属性で攻撃するとダメージは半減される、それでも内壁は深く斬り付けられ炎が噴き出す。

 同時に溢れる血すらも蒸発させ、徐々に斬られた傷跡が広がりエリュオンは更にその場所に大剣を突き立てる。


ギャオォゥゥゥゥ!


 湖上を泳ぐジャイアントパックは、突如起こる激しい痛みにのたうち回る。そして徐々に背中が赤くなり溶けだした肉片と炎柱が内側より噴き出した。

 そこから飛び出したエリュオンは、背中が水面から出ているのに気が付くとそのまま大剣を突き立て走り出す。


「燃え広がりなさい! とりゃぁぁぁぁぁ!」


 巨大な背中に付きたてられた小さな大剣は、炎の道を作りながら尾っぽの方まで燃え広がる。


ギギギギャァァァァァァァァ!


 国中に響くほどの叫び声を上げたジャイアントパックは、真っ二つに燃え広がり次第に動かなくなる。それでも沈まない巨大な魔物の上を走りながら、元の上がってきた場所に戻るエリュオン。


「あれ、この辺りじゃなかったかな?」


 キョロキョロと周囲を確認するが、炎がまだ消えない為によく確認出来ない。そこにテテルが話しかけて来る。


「エリュオン! やり過ぎよ! 私達も燃やすつもりですか!」


 パタパタと羽根を動かしながら、防御魔法に守られて村人達も穴から上に上がって来る。


「イサムをさっさと助けるんでしょ? この位テテルなら防げるでしょ!」

「それはそうですけど、これじゃぁイサム様の場所が分からないです」

「何言ってるの、直接行けばいいじゃない」

「あっそうですね…まだ使ったこと無いので…」

「じゃぁ、私が飛ぶわ」


 エリュオンは目を閉じてイサムの場所を確認し、瞬時に光になって消える。それを見てテテルは、不満を漏らす。


「ずるい! いつも自分ばかり良い思いするんだから!」

「はっはっは! 好かれておるなぁイサムは!」


 そしてイサムは、パック達に噛み付かれながらも手に蘇生を付加して触れる。魔物は魔素の不純物で出来ているので、浄化上位の蘇生魔法は激しい痛みを与える。


ギャギャギャ!


 一匹一匹と離れていき、ようやく解放される。そのまま水の流れる方へ進むと、また登れる場所がありそこで大きな黒い碑を見つける。イサムはそのまま陸に上がり、その碑を見る。


「何でこんな所にあるんだ? 何か書いてあるな…」


【道外れるとも見捨てず 迷い苦しむ者達を救い 羽根を持つ者達が幸せに暮らす国を此処に造る】


 そしてその裏には【賢者ロロ・ルーシェ・ノーツに心からの感謝を捧げる】と書いてる。


「記念碑か何かだな。でもなんでこんな場所に……」


 ふと碑に触れるとそのまま消えてしまう。そしてイサムのアイテムボックスへと収納される。


「え! ボックスに入るのこれ!」


 規格外の物がボックスに入り戸惑うイサムの真上にエリュオンが現れる。


「イサム! 良かった無事だった!」

「うおっ! びっくりした!」


 ドサッとイサムの上に落ちて来るエリュオン、その胸がイサムの顔を押し潰す。


「ん! んんんん!」

「あっ! こら! くすぐったい!」

「ぶはっ! くすぐったいじゃない! いきなり来ると危ないだろう! もし水中ならどうしたんだよ!」


 イサムの上にまたがって怒られているエリュオンの顔は全く反省していない。


「まぁ無事に助け出したようだな。ありがとう」

「余裕よ! 私達も出ましょう」

「ああ、そうだな」


 エリュオンは先程と同じ要領で内壁を斬り付け、風穴を開ける。それを見上げながらイサムは思う。


「また……抱っこされて上がるんだろうな……」


 予想は的中し、イサムはエリュオンに抱きかかえられながらジャイアントパックの体内から抜け出した。

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