第46話

 その生物が確認されたのは二千年前だそうだ。その時には小さく弱い生物だったと伝えられている。そして現在【ジャイアントパック】と呼ばれる程大きくなった生物は餌付けされ続けた結果、日夜闘技場の下を泳ぎながら次の獲物(えさ)を待っていた。


「なぁヒューマン、ケルベロスをどうやって倒したんだ?」


 ジリジリと中央へ向かう防壁魔法を無視しながら、ベルはイサムに先程のケルベロスを倒した方法を聞く。


「俺の名前はイサムだ、あれは浄化魔法の上位魔法を剣に乗せて攻撃したんだ。お陰で練習用の木の剣がボロボロだ」


 イサムはベルに自分の剣【エクレア】を渡した為に、使える武器がリリィと稽古した時使った木の剣しか持ち合わせがなかった。蘇生魔法の負荷に耐え切れず、木の剣はボロボロで今にも崩れ落ちそうになっている。


「浄化魔法って誰でも使える魔法じゃないぞ…それの上位魔法なんて聞いた事ない」

「まぁ俺しか使えないからな。それよりもこれからどうなるんだ? 下が開いて落ちていくとか?」

「当たらずと雖(いえど)も遠からずだな、この後檻に入れられて下に降りる筈だ」

 

 そう言われ、地面を見ると小さな丸い穴がイサム達を四角く囲む様にうっすらと見える。広さ的には二畳位だろうか。


「なるほどな、下に吊るしてパックに喰わせる気か…趣味悪いな」

「そうだな、今の女王は自分以外の全ての人を見下している。生かすも殺すも自分の気分次第だ」

「どこでも居るんだな、そんな奴…ちなみにそいつは何処に?」

「あそこを見てみろ、ここよりも更に上の上の層に浮かんでるあの城の中に居る」


 ベルが指さす先を見ると遥か上空に浮いている島の先の島に小さな城が見える。


「あんな所から見下ろせば、そりゃぁ自分が神様にでもなった気分だろうな」

「かみさま? かみさまとは何だ?」

「あぁ…そう言えば、この世界には居ないんだったな…まぁ超越者って意味だ」

「確かにそう思ってもしょうがないだろう。代替わりした後の五百年間、ずっとあそこから見下ろせばな」


 ベルは城から目を離さず話していた。イサムも見ていたが、防壁魔法の壁がすでに目の前に来ていた。


「そろそろか。いつまで待たせるんだ」

「いや…本当に大丈夫なのか…喰われても…今まで帰って来た奴は居ないぞ」

「まぁ居ないだろうな。みんな死んでいるはずだ」

「えっ! 何を言ってるんだ! お前を信じてここまで来たのに!」

「別に頼んでないぞ。何とかなるだろ」


 イサムの言葉に、自分の行動を少しだけ後悔するベルだったが目の前の防壁が止まり、上から柵が下がって来る。


『皆様! お待たせ致しました! 罪人達の死刑確定の瞬間を是非ともお楽しみ下さい!』


パチパチパチ


 殺される瞬間を見れなかった観客達の拍手は疎らだ。


『しかしご安心下さい! 本日はこの後も何と! ヒューマン女性の罪人達を用意致しておりますので、是非お楽しみに!』


ワーーー!


 客の歓声を聞きながらイサムが不敵な笑みを浮かべる。


「ふっふっふっ後悔するなよ…俺の戦いなんて足元にも及ばない。そんな奴らの怒りを買ってるとも知らずに…」


 それを見てベルは身震いをする。


ガシャン! ゴウン ゴウン


 上から降りてきた柵と下の穴が固定され、檻は下降を始める。イサムは完全に地面より下になった時に、タチュラを呼び出す。


「お呼びですかご主人様?」


 現れたタチュラを見て、ベルが悲鳴を上げる。


「ひぃぃ! シム族が何でこんな所に!」

「ん? どちら様ですか?」

「タチュラ、この子はベルだ。ベル、こいつはタチュラ俺の仲間だ」


 ベルは震えながらも、イサムの後ろからタチュラに剣を向ける。檻は狭いので、当たるか当たらないかギリギリの所で揺れている。


「な…仲間だと! シム族がヒューマンに懐くなどあり得ない!」

「んまぁ失礼なフェアリーね! ご主人様! この子食べても良いかしら?」

「食べたらだめだ、それとベルも剣を返せ」


 イサムがベルの握っている剣の刃を触れると、ボックスに収納される。


「タチュラの口にベルを入れて脱出させようと思ったんだが……」

「むりむりむりむりむり! 絶対無理だ! シム族の口に入る位なら、パックの口の方がマシだ!」

「だそうだ……しょうがないな…タチュラ、上に登ればメル達が出てくるはずだから、加勢を頼む。俺達はこれから怪物の腹の中に入る所だ」


 それを聞いたタチュラが反論する。


「まぁ! 妾と言う従者が居ながら、別の魔物の口に入るだなんて! 酷いですわ!」

「従者じゃないぞ…お前は俺の仲間で上のメル達も仲間だ、加勢頼むよ」


 器用に頬を膨らましたタチュラだったが、頼むと言われ渋々頷く。


「ご主人様の頼みなら仕方が無いですわ…」


ガコン!


 すると島の一番下に出たらしく、急に明るくなる。それを確認したタチュラは、小さくなり糸を吐き出し島の壁にペタッと張り付いた糸を手繰り寄せ檻から離れる。


「頼むぞ! 殺さず暴れてくれ!」

「いつも難しい事を仰るので困るわ!」

「本当に仲間なんだな……」


 ベルはイサムの服を掴み背中に隠れながら飛び出すタチュラを見つめる。


「さて、パックは何処に居るのかな」


 イサムはマップを広げパックの位置を確認する。改めて確認するとやはりその大きさに驚く、マップでは丁度イサム達の方向へ向かっている様だった。


「やっぱりデカいな。あと少ししたらこの真下だな、ベルは防御魔法は使えるか?」

「い…一応、そんなに長くは出来ないが…」

「そうか…たぶんだが、パックの腹の中は不純物の魔素が充満してるかもしれない。俺は大丈夫だが、ベルは直ぐに汚染されるかもな」

「そ…そんな…」


 ベルはイサムに掴ったままガクガクと震える。


「汚染の原因だが、イフリ山の村の住人達の箱だろう。闇の奴らが普通に送るとは思えないし、そういや何でパックの中にあるんだ?」

「数人の魔法使い達が防壁魔法でパックの口元に運んだんだ……躊躇せずに食べた時は流石に涙が出たよ」

「そうか…両親居たんだものな…必ず助けるからな」


 当然の事だが、イサムの助けると言う言葉は、ただ口の中から出してくれると勘違いしているベルも頷く。そして、マップを見ながら話していたイサムが声を上げる。


「パックの動きが早くなったぞ! 飛び上がるはずだ! 防御魔法を自分に掛けろ!」

「りょ……了解した!」


 ベルが目を閉じ防御魔法を展開しだした次の瞬間。湖が大きく波打ち、巨大な生物が水面から勢いよく顔を出しこちらへ飛んでくる。


グオオオオオオオオオオオオオオ!


 イサムはそれを見ながら驚く。無数の歯が付いた上顎が九十度開き、下顎が九十度開いて完全に巨大な剣山の様に見える。


「おおお! すっげー! 普通なら死を覚悟するレベルだな!」

「普通ならじゃない! 私は死を覚悟している! 私に後悔はない! 後悔はない! 後悔はな…」


バグン!


 ジャイアントパックは勢いよく飛び上がり、そしてイサム達を一瞬で口に入れる。


「うわあああああああああ!」

「うおおおおおおお!」


ヒュポッ!


ドボン!


 体験した事の無い急流を過ぎて大きな水溜りの部屋に入る。


「ぶは! 広い場所に出たな」

「ぶはっ! 死んでない! ははは…」


 周囲はかなり広く十分に息も出来る。真っ暗では無い、しかし周囲は紫色の煙が充満しており薄気味悪い。


「大丈夫かベル?」

「あ……ああ…しかしここまで空気が悪いとわな…」

「防御魔法はもう切れてるんだよな?」

「流石にあの状態では維持出来ない…」


 二人で立ち泳ぎをしながら掴める場所を探す、ベルは空気が悪い為か顔色が悪い。すると突然水位が減り始め、どこかへ流れていくようだった。


「奥の方に流れて行くみたいだ、どのみち抵抗出来ない! 捕まれベル!」


 イサムはベルを引き寄せまた激しい流れに身を任せる。ベルの顔色が益々悪くなるが、今対応できる状態では無い為にイサムはそのまま抱きしめて、流れてくる漂流物にベルがぶつからない様にする。ベルは目を閉じ静かにイサムに抱きしめられている。

 それから数分程流れが続き、また広い場所にでる。そこには登れる広い陸地のような場所があり、大きく赤い箱が中央に見える。


「あれだな、ベル着いたぞ大丈夫か?」

「う゛う゛う゛…イザムゥ…」

「汚染が始まったな、待ってろ」


 イサムは剣に込めた同じ要領で、抱きしめているベルに蘇生魔法を掛ける。白い光に包まれて、苦しかった表情が落ち着き優しい顔になる。


「あ…あれ、ここは…」

「気が付いたな、まだこの部屋自体が汚染されてるから離すんじゃないぞ」

「え…ええええ! なんで!」

「こら! 離れるんじゃない! また汚染されるだろ!」

「えぇぇぇぇ…そんな……」


 今までに無い経験に、どうしていいか分からないベルはガチガチに固まって動かない。その顔は真っ赤になりイサムを見ようともしない。


「あと少しで陸地だ、ここに上るぞ。離すなよ」

「……ああ」


 陸地に掴りまずはベルを上げて、そのままイサムも上がる。イサムはベルと手を繋ぎ常に蘇生魔法を発動している。そんな中ベルが一点を見つめ動かない。


「どうしたんだ? ベル? ん? あれはまさか…」


 ベルの目線を追うと、赤い箱とは違う場所を見ている。そこに目を凝らすと、誰かが居るのが分かりイサムは近づく。マップを開いているので緑丸で敵ではないのは確認済みだ。ベルは怖いのかイサムの後ろにいる。


「コンナ バショニ ヒトガ クルトハ」


 片言で話す年老いたフェアリーの男性を見て、イサムは思い出した。初めてこの世界に来たときに出会ったノルやメルと同じ話し方だ。ボロボロで、下半身は無くなっている。


「もしかしてオートマトンなのか? でも何でこんな所に」

「ン? オマエハ ロロサマ ノ シリアイカ?」

「まぁそんなもんだ、それよりも大丈夫なのか?」

「アア モンダイナイ ガ オセンガ ヒドイ イツ マモノニ カワルカ」


 外で見た時に緑丸と赤丸が交互になっていたのは、彼が必死に抵抗していた為だろう。


「そうか…少し待ってくれ。多分治せると思う」


 イサムは、そのフェアリーに近づきベルを握っている反対の手で蘇生魔法を掛ける。すると体がボロボロと崩れ始めコアのみになる。そして同じ形に姿がなるが、見た目はかなり若くなる。


「おおお! まさか! この様な魔法が存在しているとは! もしやロロ様のお弟子様ですか?」

「ははは、いきなり普通に話せるようになったな。俺はイサムだ宜しくな」


 そして後ろから恐る恐るベルが顔を出す。それを見たフェアリーの男性が驚愕の声を出す。


「ティタニア! 助けに来てくれたのか! 何という事だ! これ程嬉しい事は無い!」


 近づこうとする男にベルが隠れる。


「ひぃ! 私はお前を知らない! 誰だ!」

「何だと! 儂だ! オベロだ!」

「オベロ? その名前は大昔のフェアリーの王じゃないか! そんな知り合い居ない!」


 それを聞いてイサムが止める。


「ちょっと待て、それよりもまずは赤い箱を何とかしよう。汚染された状況が続くとまずい」


 イサムは赤い箱に近づく、中には百人程居るだろうか。ベルは手を繋いでいる為に無理やり引っ張られている状態だ。


「うう…父さん…母さん…なんて酷い……」

「大丈夫だ。安心しろ」


 赤い箱の周りに取り巻く鎖の先にある場所に見た事がある物が付いている。タダルカスの白い部屋の扉でみた闇の封印だ。イサムはそれに蘇生魔法を掛けると、封印は砕け散り中の死体が周囲に散乱する。


「ひぃ! 何てことだ! 何てことだ! 貴様はこの状態をどうするって言うのだ!」


 ベルは怒り、反対の手でイサムを揺する。イサムは気にせずに、蘇生魔法を範囲で村の人達に掛ける。大量の光が集まり、それが一人一人形になっていく。全ての人が形を取り戻し、ゆっくりと起きだす。しかし、何処だか分からず混乱しており動揺が広がる。そこにベルが駆け出す。


「父さん! 母さん!」

「まさか! ベル! ベルなのかい!」

「ベル! 会いたかった! ベル!」


 泣きながら抱き合う家族。そして落ち着かせる為にイサムが話を始める。


「みんなよく聞いてくれ! まずは落ち着いて行動しないとまた死に繋がる! 今ここは怪物の腹の中だ!」


 ザワザワと声が広がる。その声の殆どが恐怖に怯えた声だ。


「大丈夫だ! 必ず助ける! 俺はイサムだ! 今からこの化物を倒して外に出よう!」

「そ…そんな事が出来るのか!」

「その為に中に助けに来たんだからな、まぁやってみないと分からないが…」


 そこにオベロが話に入って来る。


「儂にも詳しく話してくれ、全く分からんわい」


 見た目が若くなった為に話し方とのギャップを感じるが、イサムはイフリ山からここまでの経緯を話しメルとテテルも来ていると伝える。


「何と! メル様とテテルも! これは儂も良い所を見せないといかんですなぁ」

「取りあえずは試してみたいのは、テテルをここに読んで防御魔法で村の人達を守り。俺の仲間のエリュオンって女の子がこの怪物に風穴を開けるって感じでどう?」

「どうと言われても、儂にも出番が無いと困るぞ」

「じゃぁテテルとエリュオンを呼び寄せてから決めるぞ」


 頷くオベロを見て、イサムはコアを開きテテルとエリュオンの【呼び出す】をタップしたのだった。

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