第45話
イサムが闘技場で戦っている時、メル達は打ち合わせをしていた。
「イサム本当に大丈夫かしら…」
「あの方もエリュオン同様に突き進む時がありますものね」
「どう言う意味よメル! 私だって少しは考えるわ!」
「少しじゃダメですよ…で、どうします? この場所の壁が魔法を遮断していて、念話が出来ないですね」
メルとエリュオンが口論になる前にテテルが割って入る。今後の予定と言っても、イサムが食べられたのを確認出来ないので、側で監視しているベルにテテルが聞く。
「ベル、イサム様がパックに食べられたのを確認出来ないのでしょうか?」
「…食べられるのを確認は出来るが、生きたままという事は無いだろう。その前に見世物にされて殺されてしまう…闘技場に来た時点で分かりきっていた事だ」
ベルは首を横に振り、残念そうにテテルを見る。
「あ、それは大丈夫です。それよりも確認をお願い致します」
「なっ! 何が大丈夫なんだ!? 仲間が死ぬんだぞ!」
テテルの発言にベルが怒り交じりに問いかける。
「いえ、あの方は死なないですよ。約束しました、村の人を助けると」
「意味が分からない。もし見世物の戦いに勝てたとしても、ジャイアントパックに食べられたら終わりじゃないか…」
「イサムが助けると言ったら必ず助けるわ。貴方はその確認だけしてればいいのよ」
「そうですね。どのみち私達もイサム様の後は、同じように戦わせるでしょう。その時ティタを呼びましょう」
「そうだね、ここじゃおばあちゃんとも連絡取れないし」
当たり前の様にイサムを信じている彼女達をみてベルは口が開いたままだ。そこへ上層民兵士がやって来る。
「やけに楽しそうだなベル! お前の仕事は監視だ! 遊んでるんじゃない!」
ガツっと足でベルと蹴り、ニヤリと笑う。それでもベルはいつもの事だと気にはしない、だがそれでも彼女の中に湧き上がる新しい感情の確認をしようと問いかける。
「一つだけお聞きしたいのですが、もし私が敵に捕まった場合はどうされるのですか?」
「ははははっつまらない事を聞くなぁベル。当然見捨てるに決まってるだろう!」
当たり前だと上層民の兵士が言う。ベルは表情を変えず話を続ける。
「は…はははは…そうですよ、そうですよね……ははは」
「気持ち悪い奴だな、さっさと仕事に戻れ!」
ベルは覚悟を決めた。彼女達とイサムと呼ばれるヒューマンを信じる事にしたのだ。
「すみません、お時間を取らせてしまい。それで彼女達から面白い情報を聞き出しました、宜しければ小声でお話ししたいのですが」
「それを早く言え! で、何だ?」
上層民兵士は、そう言うとベルに耳を傾ける。ベルは、その横を向いた顔に思いっきり殴りつけた。
バキッ!
「ぐあ! 貴様! 一体何の真似だ! とっ捕らえろ!」
「あんた等の下で働くのはもうウンザリだ! 人を救う兵士が人を殺すなどゴミ以下だ!」
「ぐぐぐぐぐ! 言わせておけばぁぁぁ!」
顔を真っ赤にし怒り狂う上層民兵士の鼻からはポタポタと血が流れている。ベルは他の兵士達に捕まり身動きできない。
「お前も、あのヒューマンと同じでパックに喰われたいらしいな」
「その方があんた等の下で働くより、百倍ましだ」
「連れていけ! あのヒューマンの男と一緒に戦わしてやろう」
上層民兵士は指示を出し、ベルは連れていかれる。そしてメル達にも言葉を吐き捨てる。
「貴様らはその後だ! 覚悟しておけ!」
「鼻血出しながらじゃ全然怖くないわ」
「そうですね」
エリュオンとメルが上層民兵士を馬鹿にして笑う。兵士は唾を吐き捨てその場を後にした。そんな事は知らずイサムはトロール二体と必死に戦っていた。
「おりゃぁぁぁ!」
ギィィン!
「もいっちょ!」
ギィィン!
イサムが攻撃する度に盾で防御される。体の大きなトロールの攻撃はそこまで早くないが、攻めきれない事に苛立ちを感じる。
「ブオッフ!」
ブンブンとロングソードを振り回し、闇雲にイサムに攻撃を仕掛けてくる。それを良く見ながらかわし、反撃するが盾で弾かれる。しかし二体いるのに、一体が攻撃を始めるともう一体はそれを見ているのでイサムにとっては非常に楽だった。
「こいつら馬鹿そうだな……そうだ! 同士討ち出来るんじゃないか?」
イサムはトロールから離れ、距離をとる。そして数回ジャンプした後に全速力でトロール二体に向かい走り出す。
「ブォォォォ!」
「ブォウブォ!」
急に走ってきた敵にトロールは意表を突かれるが、そこに焦りはあまり無い。それは相手が小さい事とこちらの数が多いと言う事である。それくらいしか考えていないので、イサムはそのままトロール二体の間を走り抜ける。
「こっちだ! うすのろ!」
トロールを通り過ぎそのまま走る。二体はそれを追いかけようと振り返り歩き出す。また距離を取り、同じ様に二体の間を駆け抜ける。数回繰り返すと、明らかにイライラし始めるトロールにイサムはまた駆け出す。しかし次は二体の間に入りそのまま止まる、意表を突かれた一体のトロールが、焦ってロングソードを振り下ろすがその切っ先がもう一体に触れる。
「ブォォ!」
突然仲間に斬られたトロールが、仕返しとばかりにもう一体を斬り返す。
「ブァァ! ブァァ!」
当然斬られたトロールも斬り返す。
「ブァァァァァァ!」
「ブゥア! ブゥア!」
イサムの予想通り、互いが斬り合いを始める。次第にエスカレートしていき、息切れしながら二体は盾など要らないと放り投げて、剣を必死に振り回す。
周囲の観客からブーイングを浴びながら、イサムは腕を組みその瞬間を待っていた。
「そろそろだな」
血だらけになり二体とも膝を折る、イサムは首を斬れる場所まで下がったと判断し走り出す。そして、すかさず剣を抜き首を斬る。二体は吹き出た血を止める事が出来ずに煙になり消える。
『またまた、やりました! だけど今回のは卑怯ですねぇ!』
「ほっとけ」
イサムはアナウンスの声に苛立ちを感じるが、何もできないのでそのまま次の敵を待っている。そこへ始めに入ってきた檻が開き一人のフェアリーが両手を縛られたまま入って来る。
「まさか……ベルか?」
サークレットを外した顔を見た事が無いが、イサムの相手のステータス表示にはハッキリと【ベル】と書かれている。ベルは頷き、近づいてくる。エメラルドグリーンの透き通る様な髪を肩まで短く切りそろえた綺麗な女性だった。
「まさか上司に手を上げたんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ……」
「綺麗な顔して中々やるな」
「なっ! ふざけるな! 誰のせいでこうなったと思ってる!」
まぁまぁとイサムはベルをなだめながら、縛られていた縄を切る。そこにアナウンスが入る。
『さぁ! お待たせ致しました! 本日のメインイベント! 罪人達の相手はこの魔物です!』
檻が開き暗闇からノシノシと四本足の黒い獣が歩いてくる。だが明らかに今までの魔物とは違うと直ぐに気付く、頭が三つあるのだ。
「おいおいおい、何でこんなのが居るんだ?」
「こ……こいつは……」
「ケルベロスだろ……それ以外に思いつかない…」
ゆっくりと現れたその獣は、体は一つ頭が三つの犬の様な魔物【ケルベロス】である。片足だけでイサムと同じ位の大きさで一振りで即死しそうな程太い。
「グルルルルル」
「グァウ!」
「ウォン! ウォン!」
後ずさりするベルの前にイサムが前に立つ。
「どうするの!? どうするの!?」
「いや…どうするって言うか…倒すしかないだろうな…」
「倒すったって……」
「来るぞ! 俺の剣を使え!」
イサムは自分の剣をベルに渡し、イサムは練習用の木の剣をボックスから取り出す。
「グワゥ!」
突進してくるケルベロスはイサム目掛けて片腕を振り直撃する。そのまま吹き飛びベルの後ろに吹き飛ぶ。
「おい! 大丈夫か!」
イサムに駆け寄ろうとするベルにケルベロスが襲い掛かる。それの攻撃を読み、斬り上げて頭の一つに傷を与える。
「ギャウ!」
痛みで後ろに飛び跳ねるが、直ぐに次の攻撃に移ろうと身構え飛び掛かって来る。イサムを飛ばした様に振り下ろされる腕にベルは剣で防ぐがそのまま飛ばされてしまう。
「ぐううううう!」
地面を転がりながらも足を広げ勢いを止める。剣を杖にしてよろめきながら立ち上がるが、目の前が揺れていて視界が安定していない。それを気が付いたケルベロスは、勢いよく飛び掛かる。そして三つの口は彼女を襲う。ベルは観念して目をつぶる。
「ガウ!」
たしかに目の前にケルベロスは居る、だがベルの体には届いていない。そう感じて恐る恐る目を開けると、目の前でヒューマンの男がケルベロスに噛まれていた。
頭の一つは肩を、一つは足を、一つは頭を丸のみにしている。
「ああああああ! そんな……!」
目の前の光景を見て無事と思う人はいないだろう。完全に殺されたと思ったベルは、剣を構えせめて彼を食べられない様に斬りかかろうとするが立ち止まる。
よく見ると、ケルベロスは噛み切れずに何度も歯を動かしている。
「な……なにが…」
戸惑っているベルなど気にしていないケルベロスの頭達は、必死に噛み千切ろうと横に動いたり縦に振ったりしている。しかし、まるで犬のオヤツ状態だったイサムだったが、右手に持っている木の剣を逆手に握る。突然木の剣は白く光りだし、中心のイサムの頭を噛んでいるケルベロスの頭を突き刺す。
「ギャウウウウウウウウ!」
刺された頭は煙になり消え、そこからイサムの顔が出てくる。
「ぺっぺっ! 口くっせぇ! ちゃんと歯磨きさせろよ!」
「お……おい! 大丈夫か!」
「ああ、何とかな。かなり臭いけど」
真ん中の頭が無くなったケルベロスだが、肩と足を噛んでいる頭はまだ離さない。イサムは同じように剣を光らせ肩を噛んでいる頭を刺し、足を噛んでる頭を刺す。
「ギャ!」
「ギャィン!」
ケロベロスの残った二つの頭は悲鳴を上げ、煙となり消える。そして残った胴体も顔が消えると横に倒れ消える。
「ふぅ、大丈夫か? ベル」
「いやいやいやいや、あんたこそ大丈夫か?」
「ああ、俺は何ともない。臭くなっただけだ」
「臭くなっただけって……何者だよ……あんた…」
誰も声を出さない静かになった闘技場で、イサムとベルはそのまま立ち尽くしている。そこに突然四方から透明な壁が現れて、ジリジリとイサム達に狭まって来る。
「次は何だ?」
「これは…防壁魔法だ…私たちを中心に移動させたいらしい、いよいよパックの餌になるようだぞ」
「やっとか、じゃぁ急かされるのも嫌だから先に中心に行こうか」
イサムはベルの話を聞き、闘技場の真ん中に移動して腕を組み待つ。ベルも諦め顔で、渋々後に続いた。
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