第44話
空中に浮かぶ島々を、見上げながらイサムは連行されて行く。そして、ベルが言っていた下層民の意味が分かった。
この一番下の地面にある場所が一番貧困層だろう。服がボロボロの子供、道端に寝転ぶ老人などが歩を進める度に目に入る。
「酷いな…国の入り口でこれかよ…」
イサムの目の前で母親が小屋の前で横になっており、子供が揺すっている。常時マップを開いて見ているが、母親は灰丸で表示されている。死んでいるのだ、しかし兵士達は全く気にする素振りも無く、先を進む。だが、ベルだけは顔を逸らし辛い顔をして、気にしない様にしている。
「この国は腐ってるな、ベルもそう思うだろ?」
わざとらしくイサムはメルに問いかける。勿論メルが返事をするはずはない、それでも握り締めている拳の強さをイサムは見ていた。
そんな光景を数回見た後に大きな湖に出る。マップで確認していたので、海ではなく湖だと気が付いたのだが、そんな湖の中を巨大な島が動いている。そして湖の畔からロープウェイの様なワイヤーが上空の島へと向かって伸びている、しかしそれは住人や観光客を運ぶのではなく、犯罪者を送る為のものだとすぐわかる牢の箱だ。
「ここに入れ!」
ガチャン!
イサムは檻に無理やり押し込まれ鍵を掛けられる。そして兵士達はその先にある兵士達用ののゴンドラに向かっていく、メル達もそちら側で昇るようだ。
「湖の動いてる島がパックだろうな…でも中いる沢山の灰丸の他に一つ緑があるな…生きてる人がいるのか?」
そんな事を考えながら、イサムはマップで下層と呼ばれる街全体をみる。灰色の丸が沢山見え、先程の母親の傍にまだ子供もいるようだ。
イサムは蘇生をタップして下層の街すべてに範囲を広げる。タダルカスで蘇生を行った際に蘇生レベルが上がり、より広い範囲を蘇生出来るようになっていた。そして一気にパックの中の人以外、全ての亡くなった人を生き返らせた。それと同じタイミングで牢は動き出しそのまま上に上がっていく。
上がる途中で街を見下ろすと親子が抱き合っているのが見えた、イサムはウンウンと頷いていた。
ガゴン!
上空に浮かぶ島の下部に到着した。島を掘り抜いた空洞に上る階段が見え、先程の兵士達が下りてくる。
「早く降りろ! グズグズするな!」
檻のカギを外しイサムを引っ張り出す。手を縛られている為、ユラユラ揺れる檻が不安定で降りるのに手間取るイサムに兵士がイライラしている。
「はいはい、わかってるよ!」
急かす兵士にイサムもイラッとするが我慢して檻からでる。そのまま階段を上ると、映画の世界じゃないかと言えるほどの塀に囲まれた闘技場待合室の中に出る。
「すげー」
「イサム!」
いきなり名前を呼ばれたイサムは横を向くと、鉄の柵を挟んでエリュオン達が居た。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「最後の話でもしとくんだな!」
兵士はイサムに言葉を吐き捨て、少し離れ別の兵士と話し始めた。イサムは柵の中にいる仲間達にこれからの予定を伝える。
「檻に乗せられたあの湖に巨大な島が動いていた、たぶんあれがパックだろう。その中に沢山の死体があったぞ」
「なるほど、ではその中に入らないと村の人達は救えないですね」
「ああ、会わしてやろうと言っていたから喰わせる気だろうな」
「それは阻止した方が良いですか?」
「いや、そのまま中に入ろう。何故だか分からないが、生きてる人がいるようだぞ」
「そうなんですか? ならその後どうしますか?」
メルは、イサムが喰われた後の事を考えているようだが具体的には答えが出ていない。
「喰われた後にはティタを呼んでくれ。どのみち呼ばないといけないだろう?」
「もちろんです。この国の現状を見てもらい、怒ってもらわないと」
「ははは…まぁ建国した人が見たら怒るだろうな……」
「それで私達はその後どうするの?」
「そこだが、そのパックの中に居る生きてる人は俺のマップ表示では緑と赤に交互に変わってる」
その話にエリュオンが首を傾げる。それを見てイサムがさらに説明を始めた。
「パックに喰われた人は今、汚染されてる可能性がある。それを耐えてる感じかな、だから俺が先に入ってその中を確認したい。じゃなきゃいきなり入って全員汚染されましたってのがあり得そうだ…」
「なるほどね…じゃぁそれまで私達は外で待てば良いのね」
「だな、呼べるようになったら呼ぶよ。それとリリルカに頼みたい事があるだが、この国ってロロルーシェが上げたんだろ? だったら下げられるって事だよな?」
突然突拍子もない事を聞かれリリルカが驚く。
「えっ? それは下ろせると思うけど…おばあちゃんに聞いてみないと分からないな」
「だったら、ロロルーシェに聞いてくれないか? たぶんティタが来ても、この島が浮いている以上変わらない気がする……心が荒んでる人は高い所にいると他の人を見下してしまうと思うんだ」
「考えてますね…私も今のこの国を変えたいと思います」
テテルも話を聞いて頷く。それを聞きながらリリルカが口を開く。
「それはティタに聞いてからにしますね。あの人がそれを断ったらやりたくないですし…」
「ああ、それは任せる。」
イサムも頷く、そこへ兵士がやって来る。
「おい! いつまで話してるんだ! 早く来い!」
「はいはい」
イサムは軽い返事をすると兵士の元へ向かう。すると上の方から歓声が聞こえる。
「凄い人がいるな! これって何を見に来たのかな?」
「はっ! お前が殺されるのを見に来たに決まってるだろう!」
「ですよねー!」
通路を進み闘技場にでる。そこには所狭しと人が集まり、歓声が鳴り止まない。
『出てきました! 本日のメインイベント! 上層民暴行罪で死刑を確定されたヒューマンです!』
「暴行罪で死刑とか普通あり得ないだろ」
現れたイサムにブーイングと歓声が混じり、闘技場全体が揺れている感じがする。後ろの柵が閉まり、イサムは取りあえず前に進む。
『まずは手始めの前菜といきましょう! ヒューマンの相手をするのはこちら! 三匹のゴブリン!』
奥の檻が開き、現れたのはゴブリンが三匹。小柄で醜悪な顔の魔物である。
「ギギギギィ」
「ギィギィ」
「ギィ!」
「やる気みたいだな、俺も頑張ろかな!」
ゴブリン同士が打ち合わせしたような会話をした後イサムへ向かう。腕を縛られて武器の出せないイサムは、とにかく何とかしなきゃと考えている。短剣を構えたゴブリン達は左右から、ジリジリとにじり寄って来る。
「カモンカモン」
イサムは両手で来い来いと挑発する。ゴブリン達は意味が分かっていないが、十分やる気なので一匹が飛び掛かって来る。
「ギィ!」
「よし! 来い!」
イサムは怪我をしない、だから相手によっては恐怖心が殆ど無い。ゴブリンの動きを良く見て、短剣が振り下ろされる瞬間に腕を差し出す。
ズバッ!
綺麗に腕に巻かれている縄が切れる。その瞬間にイサムは自分の剣を呼び出す。
「じゃぁ次は俺の番だな! 喰らえ!」
大きく振りかぶったイサムが、離れているゴブリン達に剣を振り下ろす。
ヘロォヘロォォォ
イサムの斬撃は、緩やかな風を生みゴブリン達の帽子の先についているポンポンが少し揺れた。
「あれぁエリュオンの剣の時は出たんだけどなぁ…」
「ギハッギハッ!」
それを見ているゴブリン達にも笑われている。
「戦えー!」
「俺らは血が見たいんだー!」
ヤジが飛びゴミが投げ付けられる。
「体験してみると気分の良いものじゃ無いな!」
イサムは駆け出し、ゴブリンに斬り付ける。リリィに剣術を習ったおかげで少しは動ける様になったようで、ゴブリンの一匹が避けきれずに斬られる。
「ギギギギィ!」
煙を散らすように消えていくゴブリンの一匹を横目に見ながらイサムを更に攻撃を続ける。飛び掛かって来る別のゴブリンをそのまま突き刺し、もう一匹に投げつける。そして怯んだ隙に横一線に首を斬る。
「ギィィィィ!」
「ガギッ!」
二匹のゴブリンは同じ様に煙となり消える。イサムは剣を鞘に納め一息つく。
『なかなかやるようですね! では次はこいつです!』
流れる場内アナウンスに闘技場も盛り上がる。イサムはため息をつくと次の柵が開く、そこから現れたのは身長が三メートル程あるトロールで、しかも二体出てきた。
「あれはトロールか? かなりデカいな」
ゲームでも見た事がある、イサムの倍程もある大きさのトロールがノシッノシッと歩いてくる。知能はあまり高くないようだが、二匹ともロングソードと盾を持ち、ある程度攻防が出来る風貌で構えている。
「ゲームと同じ感覚じゃ危険な気がする、ちゃんと現実として戦わないとな!」
イサムは気合を入れる様に一人呟いて、トロールに向かい駆け出した。
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