フェアリーの国と古の女王
第42話
東の大陸【バルザナ】には様々な種族が大昔より暮らしている。南にはヒューマン族、北にはエルフ族、東にはミウ族、そして西にはフェアリー族が自分の国を持ち長い間その土地と共に生き死んでいった。
もちろんどこの国も歴史があり、一度滅んだ国や治める種族が変わった土地など沢山ある。その中で一際短い歴史の国が西のフェアリー達の国【テイルガーデン】は、三千年前に一人のフェアリー族【ティタニア】という女性が建国の先導に立ったと言われている。
元々フェアリー族は自由気ままな性格で、土地に拘らずにバルザナの大地で自由に暮らしていた。しかし同様に各地で暮らすシム族との争いが絶えず、数百年に一度は必ず大きな戦争があった。
それを嘆いたティタニアはバルザナ大陸中を歩き回り、土地をひたすら探した。そして西のイフリ山を越えた場所にある土地を永住の土地と決める。その大地は痩せこけ、岩ばかりでとても人が住める場所ではなかった。だから良かった、少しずつ土地に緑を増やしていき、開拓していく事を他の種族に気付かれる心配がなかったのだ。
始めは一人だった。周りの仲間たちは、彼女を馬鹿にして誰も手伝おうとはしなかった。それでも只管に土地を開拓し十年、二十年、三十年と続けるうちに、たまに土地を訪れる仲間達が一人また一人と手伝うようになり百年後には十分豊かな大地を造る事が出来た。
口伝いに人が集まり町ができる。様々なことに興味を持つフェアリー族は、大陸中の良いものを町に取り入れ更なる発展を遂げていき、やがて百五十年経ち国と呼ばれる程に大きく成長していく。
しかし、それを良く思わなかった種族がいる。七つの種族が生まれてから、フェアリー族と絶えず争いをしてきたシム族である。彼らは大陸中から多くの仲間たちを集め、その国に襲い掛かった。戦いは三日三晩続き互いに疲弊し気力が無くなっていくが、フェアリー族が劣勢に成りつつあるのは明白であった。
「このままでは我々の土地が奪われてしまう…」
この国の指導者であり最初の開拓者ティタニアは、一人の女性に助けを求める。
●
ティタニアがこの土地を開拓して間もない頃に、黒い魔物に襲われた事があった。普通の魔物に負けるほど彼女は弱くはないが、この靄の様な魔物は異常に強くてまるで歯が立たなかった。ティタニアが死を覚悟したその時に一人の女性が現れる。彼女が手を一振りすると風の渦が黒い魔物に集まり、一瞬にして魔物を倒してしまう。
「そんな…あれ程強かった魔物が一瞬で…しかも無詠唱で…あれ程強い魔法を使うなんて貴方は一体……」
「はっはっはっ、危ない所だったな。私はこの闇の魔物を倒す事旅をしているものだ」
「助けて頂き誠にありがとうございます! ですが貴方からは精霊の加護を感じません。いった貴方は……」
「ははは、私と精霊達はあまり仲が良くないからな。特にこの先のイフリトとは仲が悪い」
「精霊の力を借りずに魔法を酷使出来るなんて、賢者様ですか?」
【ロロ・ルーシェ・ノーツ】名乗ったその銀髪の魔法使いは、長い間【闇の魔物】と呼ばれている魔物と闘い続けているそうだ。
「それよりもこんな辺境の地で何をしているんだ?」
「私はこの地にフェアリー達が、永住出来る場所を作りたいと考えています」
「永住? はははっ流浪の民と言われるフェアリー達がこの痩せた大地に根を張るというのか」
「そうです。もうシム族と土地をめぐり争う事をしたくないのです」
馬鹿にされるとティタニアは考えていた。だが意外にもその魔法使いはウンウンと頷く。
「それは良い考えだ。大陸中を見てもそんな考えを持つフェアリー達は居なかった。もし永住出来る場所があれば、無益な争いも無くなるだろう」
「ありがとうございます。そう言って頂けるだけでも、励みになります」
「ならば、君にこれを上げよう。土の魔法が施された種だ、痩せた大地でもしっかりと根を張るだろう」
ロロはティタニアに小さな種が入った麻の袋を渡す。中には数は多くないが、魔法が施されていると分かる程に生命力に溢れた種が入っていた。
「こんな貴重な物を! ありがとうございます!」
「気にするな、面白いフェアリーに会った記念だ。また困った事や闇が現れる時があれば連絡をくれれば、出来る限り力になろう。君の成功を祈っているよ」
そう言うと銀髪の魔法使いは去っていった。その時に念話と呼ばれる遠距離会話の魔法も教えてもらい、再び開拓作業へとティタニアは力を注いだ。
その後ある程度土地に魔素が戻ったのを見計らい貰った種を蒔くと、見る見ると育ち一年程でその周囲は見違える程に緑豊かな土地となっていく。
「本当にあの人には感謝しきれない……」
ティタニアは心からの感謝し、また会う時はこの場所に感謝の石碑を建てようと思った。
●
「お願い……届いて……」
あれから百五十年経つ、もしかしたら忘れられているかも知れない。ヒューマン族に似た女性、だが明らかに違うと感じたあの銀髪の魔法使いに助けを求める。それが最後の綱であった。
『ん? 君は確か西の大陸のフェアリーか? 久しぶりだな何かあったか?』
「ああ! 良かった覚えておられたのですね!」
『ははは、たかが百五十年程では忘れんよ。それで何かあるから連絡をくれたのだろう?』
「そうです! 私は百五十年かけて、ここ場所に国を創る事が出来ました。しかし今シム族の攻撃を受け、土地を奪われそうになっております。私どもも何とか闘ってはおりますが、奴らの特殊な能力に阻まれあと数日持つか…」
ティタニアは悲しくなりその後の言葉が出ない。
『シム族の嫉妬だな。そうか…君が一人で始めた開拓を、力で奪われるのは辛いだろう。わかった一日あればそこへ来れる、それまでは耐えてくれ』
「本当ですか! ありがとうございます!」
『ああ、ただ私が力を貸せば多少土地の地形が変わるかも知れない。覚悟していてくれ』
「え? あっはい…覚悟しております。この土地を守れるなら多少の地形変化など!」
『ふふふ、そうか。なら安心してくれ、君の土地は私が守ろう』
銀髪の魔法使いは、そう言い残すと念話が切れる。ティタニアは兵士達に通達する。
「あと一日だ! それまで辛抱できればあいつらを撃退できるかもしれない! すべての陣営を防御魔法で固めろ!」
「はっ!」
兵士達はすぐさま行動に移る。それが功を奏しシム族は攻撃に出られない状況なる。そして魔法使いが言った一日が過ぎ、シム族の軍隊が突如左右に割れ始める。
「な…何が起こった!」
「分かりません! 突如シム族の兵達が突如左右に割れていきます!」
ティタニアは直ぐに理解しすぐさま前線へ向かおうとするが、それを兵士が止める。
「いけません! どちらへ向かうのですか!」
「なにを言う! あの方が来たのだ! こんな場所で迎えられるものか!」
彼女は兵を振り切って駆け出す、後ろからは大勢の兵達が後に続く。そしてティタニアはあの日と変わらない銀髪の女性と向き合う。
「久しぶりだな、開拓のフェアリー。頑張ったんだな、ここまで立派な国になるなんて思ってなかったよ」
なぜシム族が道を開けたのかが、近くに来ると良く分かった。壁の様に左右に展開された防御魔法の障壁は、一切の攻撃を受けても割れる事無くそこに存在し続けている。
「貴方が助けてくれたおかげです。あの時、魔物に殺されたらこの国は生まれなかった」
「ははは、そう言って貰えると助けて良かったと思うよ。さて、シム族を片付けようか」
それを聞きながら障壁に阻まれたシム族の兵士達が暴言を吐き威嚇する。
「国を渡せ! 我等の方がもっと有効的に使ってやる!」
「何を言う! お前らは何もしない! 奪ってもただ土地が枯渇するまで利用して捨てるだけだ!」
「ふぁふぁふぁ! 我等も貴様らも流浪の民だろう! 国を持つなど先祖を侮辱する行為だ!」
「国を持たないから争いが生まれる! それを奪う権利など誰にもない!」
「それは我らを倒してから言えばいい! 皆殺しにして食料にしてやる!」
お互いが一歩も引かない中、障壁のおかげで剣は触れ合う事はない。そこに銀髪の魔法使いが割って入る。
「この大陸も広い、空いてる土地も沢山あるはずだ。お前らも自分の国を創れば良いじゃないか」
「ふぁふぁふぁふぁ! ヒューマンがフェアリーを手助けとはな! 我らも舐められたものだ!」
久しく他種族と交流なかった魔法使いもヒューマン扱いされて少し頭に来たらしい。
「ほう、私をヒューマンと間違えるなんて…いや、あいつ等は姿形が似ているからな」
それでも周囲に少しだけ振動がする、それに気づいたティタニアが話しかける。
「あの…賢者様…お怒りになられてますか?」
「ははは、いやいや人と話すのも久しぶりだからな。少し意地悪がしたくなってきた」
そんな事など知らないとシム族は更に彼女を罵る。
「意地悪だと! ふぁふぁふぁ! 力の弱いヒューマンに何が出来る! 怠惰の種族が!」
魔法使いが突然片手を振り上げる、その瞬間シム族兵士たちが一直線に吹き飛ばされる。
「ははははは! そんなにヒューマンが好きなら二度と逆らえない傷を付けて上げようか!」
そして片足を強く前に踏む。タンという音が聞こえると、フェアリーの国を覆う程の防御魔法が展開される。
「君達は国の奴らにも家の中に入り誰一人として出てくるなと伝えろ! 死にたくなければな」
魔法使いがティタニアに伝えると、すぐさま動き出す。魔法使いは肩を回し、プラプラと手を動かしている。
「貴様ぁ! よくも仲間たちを! 殺してやる!」
「殺してやる? 馬鹿を言うな、私がお前たちを駆逐するんだよ!」
「賢者様! 伝え終わりました! ご存分にお力をお使い下さい!」
ティタニアの一言で、魔法使いはニヤリと笑う。そして両手を広げる。
「お前たち! 私を怒らすとどうなるか末代まで伝えろ!」
まず始まったのは亀裂である、そこら中に亀裂が入り次々とシム族が落ちていく。しかしそれはシム族側だけではなく、フェアリーの国も同様に地面に亀裂が入っていった。
次に起こったのは、地面の上昇である。大小様々に切り取られた地面が空中に浮きあがっていく。
「開拓のフェアリーと近くにいる兵士達はもう少し傍に来なさい。そこだと危ない」
魔法使いが伝えると、皆走るように傍に寄ってくる。
「賢者様! 国が壊れていきます!」
「壊れるか……ふふふ、君らには立派な羽があるだろう。彼らに羽のあるものは少ない、浮遊する国があってもまた面白いだろう?」
魔法使いの面白いという一言に背中が凍る感じがするフェアリー族の兵士達だが、飛べる羽と聞き今後攻める事の出来ない国を、作ってくれてるのだろうとティタニアは理解した。
国はバラバラに島の様な形で上昇していき一定の場所で止まる。そして大きな島々がまるで巨大な階段の様にこの場所から見え、その光景は驚愕の一言である。
「これは……すごい…何と言って良いか……」
フェアリー達は口が開いて閉まらない。だがそれを見たシム族達は激しい畏怖を感じる。
「勝てる訳が無い! な……何者だ……! 化物め! 逃げろ!」
「逃がすと思うのか?」
魔法使いは最後に起こした事象。パンッと両手を叩き、そして開くとその中には光り輝く丸い球体が現れる。それをシム族達の上空へと投げる、すると光の玉は巨大に膨れ上がり落下する。
「ギィィイィィィッィイイ!」
光を浴びたシム族達は苦しみだす。誰一人として逃げられるものは居ない。
「け……賢者様この魔法は……!」
「ん? 浄化魔法と光の魔法を掛け合わせたのさ。まぁ彼らが死ぬ事はないが闘う意欲は失せるだろう。もう襲って来る事は無いはずだ」
光の玉を受けたシム族達は、ぼーっと立ち尽くし何も言わずに武器を捨てトボトボと歩いていく。それを見ながらフェアリー族達は歓喜の声を上げた。
「賢者様! ありがとうございます! この国は救われました!」
「多少の地形変化は大目に見てくれ、これでも我慢した方なんだ」
「滅相もない! 何もしなければ滅びるだけだったのです! 空に浮かぶ国など、我らには勿体無い!」
「ふふふ、そう言ってくれると私も安心だ。だがもし、私が困ったときがあれば力を貸してほしい」
「勿論でございます。何に変えましてもすぐさま貴方の元へと駆けつける所存でございます!」
「そうか、ありがとう。あとは君らに任せよう、この島々が地に落ちる事は無い。安心して暮らしてくれ」
魔法使いはそう言い残すと、指を鳴らす。その瞬間何処にも姿が見当たらなくなった。
「あの方に……感謝してもしきれない……皆! 今日のこの日を決して忘れるな!」
「はっ!」
兵士達が一斉に声を上げる。
空には悠々と浮かぶ島々、ティタニアはこの名もなき国に【テイルガーデン】と名付た。彼女はこれから千年後の大戦で命を落とし、オートマトンとして生まれ変わる前まで、女王として平和で豊かな国を治めたのだった。
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