第40話
イフリトに圧倒的な力を見せたリリルカは、タイタの掌に乗りゆっくりとイフリトのコアの前まで来る。精霊との契約は対話で決まる、力はあくまで対話する為の手段なのだ。
「タイタ、少し待ってね」
リリルカがそう土の精霊タイタに伝えると、ゴォと小さな返事を返し跪いたまま動かない。それを確認したリリルカは、イフリトのコアの中に入って行った。
時を同じくして地下から脱出したエリュオンが、イサムを抱きかかえながら、飛ばされる前と地形が変わった村があった場所に降り立つ。
「何だこりゃぁ‥村が無くなってるぞ‥」
「かなり大きな戦闘があったみたいね」
イサムは地上に出た事で使えるだろうと【コア】を開きメルに連絡する。
「メル、今戻って来た。赤い大きな球の所に居る、エリュオンと一緒だ。そっちは大丈夫か?」
「良かった、心配してました。今テテルとそちらに向かって下ります」
通信を切ると、直ぐにメルとテテルが肉眼で確認出来る距離まで来ていた。しかしエリュオンの姿を見た二人は驚きを隠せなかった。
「エリュオン‥かなり成長しましたね‥‥」
「ですね‥‥色んな意味で悔しいです‥‥」
二人を見ながらエリュオンは、嬉しそうに胸を張る。
「これで子ども扱いされる事も無いわ、メル残念ね! イサムもきっと私に振り向くわ!」
「おいおい、仲間に喧嘩売ってどうするんだ‥‥」
エリュオンが自身に溢れているのを見て、傍に来たメルも負けてはいない。
「そうですか? 私は全然負けている気がしませんが?」
メルはイサムの腕を引き寄せる、腕に胸が思いっきり当たりイサムの背筋がピンと伸びた。
「そんな小さい胸より私の方が断然大きいわ!」
エリュオンも、イサムをグイっと引き返して腕を組む。
「テ‥テテル! 助けてくれ!」
テテルに助けを求めるイサムだが、一人でぶつぶつと何かを言っている。
「‥‥どうせ‥‥私はそんなに無いです‥‥無いですよ‥」
「勘弁してくれぇ!」
イサムが羨ましい、いや大変な目に遭っている頃リリルカはイフリトの本体と対峙していた。赤く揺らめく炎が人の形をしている。
『あの古代種の血縁者だな‥‥何の様だ! お前らに我等が精霊の力は不要のはず! なぜ土が力を貸している!』
「簡単な事よ! それ程に強大な敵がこの大陸には居るの! お願いイフリト! 貴方も力を貸して!」
闇の存在がこの大陸に災いをもたらしていると伝えるが、イフリトは聞く耳を持たない。
『だまれ! あの古代種がこの大陸に来た時に受けた痛みを我は忘れた事はない!』
「それは貴方がちょっかい出したからでしょ! おばあちゃんは無闇に精霊を傷つけたりしないわ! だからタイタも力を貸してくれてる!」
『我は騙されぬぞ! 土の様に甘くは無いからな! ここの村の奴らもお前らが殺したんだろう!』
「ふざけないで! 貴方は何を見ているの! まんまと敵に騙されて、貴方を信じる人達さえ信じない!」
リリルカはイフリトに対して一歩も譲らない。それはこれからのイフリトの為でもあり、今後この山に住むであろう人々の為でもある。もしここでイフリトと和解出来なければ、さらに犠牲者が出る可能性があるからだ。
「この大陸に貴方は必要なの、だから身命を賭して人がここに住む。それを貴方は簡単に捨てているの!」
『ふん! ただ群がる事しか出来ない奴らに力を貸すのだ、それ位の代価が何だと言うのだ!』
「貴方から見ればただの石ころかもしれない、でも‥‥それでも人は、この大陸に必要な存在よ! 失って良い筈無いわ!」
『出て行け! 貴様ら古代種とこれ以上話をする気は無い!』
まるで聞く耳を持たないイフリトに対して、リリルカも我慢の限界だった。
「ならどうする? また戦っても良いけど、次は手加減しないわ!」
『な! 手加減だと‥‥ふざけるな! 貴様らはどれ程の力があるというのだ!』
「そうね‥‥おばあちゃんならこの大陸を一週間掛からず滅ぼせるでしょうね」
『そ‥‥そんあ馬鹿な事があるか! 我を脅し屈服させる気であろう!』
「だから! 試してやるって言ってるでしょ! ここから出たら直ぐに準備しなさい! 山ごと吹き飛ばしてあげるわ!」
リリルカの脅しにイフリトも反論が出来なくなる。一万年前にロロルーシェに喧嘩を売り、一発で体半分持って行かれた記憶が蘇る。
『て‥‥敵とはどんな奴だ‥‥それによって考えなくも無い』
「この大陸の敵は、おばあちゃんの娘よ」
『な! なんだと! くっ‥‥なんと言う‥土も力を貸すわけだ‥古代種が敵なら、古代種に力を貸すしかないのか‥』
「力を貸してくれるの?」
『仕方あるまい、ここ数百年の間に二度も起こされ気が立っていたが、もしやそれも闇と呼ばれる者のせいか?』
「前回は知らないけど、今回はそうよ!」
『承知した、お前と契約しよう』
「ありがとう! イフリト!」
大陸の敵を知り、イフリトもようやく手を貸す気になった様だ。リリルカは両手を出し目を瞑る、そしてイフリトも人を模している手の部分を差し出しリリルカに触れる。ほんの数秒間互いの動きが止まり、そして消える様にリリルカの中へとイフリトは吸い込まれていった。
「ふぅ‥‥‥これから宜しくね。イフリト!」
リリルカがイフリトと契約した事により、イフリトのコアが薄っすらと消えて無くなりリリルカもタイタの掌に飛び乗る。
「ただいま、みんなー! えっ! エリュオンが大人になってる!」
メルとイサムの取り合いをしていたエリュオンを見て、リリルカも驚く。
「おかえりなさいリリルカ、無事に契約出来たようですね」
「お帰りリリルカ! 貴方ホントに凄いのね!」
「おかえりなさいリリルカ様! この二人をどうにかして下さい!」
取り合いに巻き込まれたイサムはぐったりしていた。
「ははは‥。リリルカ頑張ったんだな、凄いな精霊と契約するなんて」
「それ程でもないよ‥‥」
リリルカは嬉しそうにモジモジとして顔を赤らめる。その表情をエリュオンは見逃さない。
「駄目よ! リリルカ! 貴方にはまだ早いわ!」
「何が早いのですか、エリュオン貴方もまだまだ子供です」
「私はもう子供じゃないわ! ねぇイサムもそう思うでしょ!」
「あぁうん、まぁうん‥もう少し大人しくなってくれれば、可愛さも増すんだが‥‥」
イサムも精一杯フォローするが、キスの事もあってなかなか落ち着かせる言葉が見つからない。それでも【可愛さ】と言われ顔を赤らめる。
「まぁイサムが言うなら、少しくらい大人しくしようかしら」
そんな和やかな雰囲気の中、再びあの女の声が聞こえる。
『んふふふふふ、随分と楽しそうねぇ』
大きく開いた穴の中から、逆さまの黒い女性が空間にある様な階段を降りるように登ってくる。
「まだ居たのか! メテラスはどうした!」
そう、メテラスがおとりになって黒の女性と戦っていたはずだ。
『あぁ、あの情けない男ぉ? これの事かしらぁ』
黒い女性は片手を振ると、黒い雷のような物に貫かれたメテラスが穴の中から出てきた。
「ぐぁ‥‥す‥‥すまない‥」
『んふふ、へぇまだ喋れるのねぇ』
バイバリバリっと黒い雷は強く放電し、メテラスに更なるダメージを与える。
「がぁぁぁぁぁ! ぐぅぅぅ!」
「やめろ! お前の目的は何だ! この村の人達を何処にやった!」
メテラスを【保管】しようと【コア】を開いたが文字が灰色で移動すら出来ない。
『んふふふふ、そうねぇ今回はイフリトを起こす、こいつの監視って所だったけどぉ‥』
そう話しながら髪をかき上げた瞬間、メルが驚いた声を出す。
「えっ! まさか! マノイ!? 貴方マノイじゃない! そんなどうして‥‥」
メルが黒の女性の名前を言う、黒の女性は目を見開き不敵な笑みを浮かべる。
『あぁぁぁ! こんな所でお会いできるなんてぇ! お久しゅうございますぅ、メルフィ殿下』
「そんな‥‥何故‥‥生き残りは五人だけだったはず‥」
四千年前にメル達がいたレイモンド王国は、闇の襲撃により崩壊した。その時に闇に侵されず現在コアとして蘇っているのは五人だけであり、他の人々はすべて浄化されたはずなのである。
【マノイ】と呼ばれた黒い女性は、元々メル達の従者でありあの日も城に居たはずなのだ。
『んふふふふ、なぁんででしょうねぇ‥‥』
「そう言えば、あの日貴方を見なかったわ。毎日顔を会わせるのに、あの日だけは会わなかった」
『へぇ大した記憶力ですねぇ、んふふふふ』
「答えなさい! 何故貴方は今ここに存在しているの!」
メルの疑問を振り払うように笑うマノイは、ちっちっちと舌打ちをする。
『んふふふふ、私はもうマノイではありませんわぁ。【ノイズ】とお呼び下さいな、メルフィ』
「なるほどね。今ここに居て、あの日居なかった。貴方が闇を城に招いたのね!」
『んんふふふ、んふふふ、あははははははははははは!』
ノイズは腹を抱え笑い出す。逆さまなので奇妙な格好だが、周りは警戒を強める。
『四千年経ってようやく気がつくなんてぇ、本当にぃ馬鹿でぇお人好しばかりの国だったわぁ、吐き気がするくらいにねぇ』
「許さない! 貴方は許さないわ!」
「まてメル!」
強くメルの腕を掴むイサム。無鉄砲に突っ込んでも返り討ちにあうだけだと直感で判断したからだ。
「こいつは勢いで倒せる奴じゃないぞ」
『んふふふ‥‥へぇ意外とぉ冷静なのねぇ。まぁ目的はぁメテラスのぉ始末だけだからぁ‥あんた等の相手は次ねぇ』
不気味に笑うノイズは、勢いよく片手を前に振ると雷に突き刺されたメテラスが、イサム達の方へ猛スピードで向ってくる。
咄嗟にリリルカが防御魔法を張り、直後にその障壁にメテラスがぶつかる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
目の前で黒い雷に焼かれるメテラスを凝視出来る者は居ない、ノイズ以外は。
『んふふふふ、良い声で鳴くのねぇ。感じちゃうわぁ』
「このやろう‥‥!」
メルを止めた腕を離しイサム自身が飛び出そうとした瞬間、目の前に火柱が上がる。防御魔法を展開しながら、ノイズに火の魔法を放ったようだ。
「馬鹿にしないで欲しいわ。貴方も消し炭にしてあげる!」
『くっ、生意気な!』
ギリギリでかわしたノイズだったが、片手は火傷を負ったようだ。
『まぁ良いわぁ目的は果たしたしぃ』
「村の住民は何処だ! 答えろ!」
『うるさいわねぇ村のフェアリー共はね、んふふふ、箱に詰めて国に送ってやったわぁ』
「なんですって!」
それを聞いてテテルが持っていた武器【オニヤンマ】で矢を放つ。それをヒラリと避けて空中に上がって行く。
『んふふふふ、それじゃぁメルフィ様ぁ御機嫌よう』
スカートの裾を持ち逆さまで丁寧にお辞儀したノイズは、靄となり不気味な笑い声と共に消えて言った。イサムは地面に倒れているメテラスを見る。既に虫の息だ。
「大丈夫かメテラス!」
「う‥‥‥」
「メテラス…‥‥」
エリュオンも傍に来る。メテラスは全身黒く焼け焦げており、誰が見ても助からないと分かった。
「リリルカ、回復魔法できるか?」
「出来るけど、痛みを取り除くくらいしか‥‥」
「それで良い、頼む」
「わかった」
リリルカはメテラスに回復魔法を唱える。優しい光がメテラスを包み、火傷の傷が綺麗に消える。だが生命の火は消えかかっていた。
「す‥‥‥すまな‥い。エリュ‥‥オン‥最後に‥き‥‥聞いてくれ‥ネル‥タクも‥‥闇に‥」
「え‥‥どうして? ネルタクって今言わなかった?」
エリュオンが尋ねるが、その言葉を最後にメテラスは光の粒に変わる、しかしメテラスの光はコアに戻らずに空気中に拡散していく。
「ん? なんだ? コアに戻るんじゃないのか?」
イサムもエリュオンもその光景を見て不思議に思っている。コアが破壊されない以上は、コアに戻るはずなのだ。しかしメテラスはコアに戻らず、そのまま消えていった。
そしてその場所には、光の無いガラス玉の様なコアが残されていた。
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