第39話

 イサムは激しく剣を打ち合いながら、涙を流しそれを止める事が出来なかった。


『ははは! 何泣いているんだ? 情けない奴だな! あの女は俺のだ、お前のじゃない!』

「お前は、人を知ろうとしなかった! エリュオリナを、彼女の幸せを考えようともしなかったんだ!」

『知った風な口を利くな! 幼い頃からずっと見てきた、俺以上にあの女の知る者は居ない!』

「嘘をつけ! 悩んで傷つき、あの日の決心をお前は簡単に壊したんだ!」


 イサムは距離をとり、大きく振りかぶって斬る。


ズシャァァァ!


「で‥出た‥」

『ふん! そんな遅い斬撃当たるか!』


 メテラスは軽々と斬撃を避けるがその直後、大きく揺れて都を覆う空間の天井部分に亀裂が入り、そしてそこから大量の溶岩が流れ出す。


「な‥なんだ! 溶岩が‥!」

『イフリトか‥ちゃんと始末してるんだろうな‥』

「てことは、ここはやはりあの場所の真下なのか‥‥」

『そうだ! ここでお前もあの溶岩に溶かされろ! あの女の様に!』

「それはこっちのセリフだ! 彼女の痛みをお前が知れ!」


 イサムは駆け出して再びメテラスと斬り合う。だが、メテラスは焦っていた。疲れを知らないこの男は只管に斬りかかって来る上に、やたらと剣に嫌な雰囲気を込めている気がするからだ。

 それもその筈だ。イサムは戦闘が始まってからずっと、蘇生魔法をエリュオンの剣に掛け続けている。本体が死ねば武器も消える、それなのに武器だけが残っているのには理由があるはずだと、イサムは体力が続く限り蘇生魔法を切るつもりは無かった。それが良かったのかもしれない、そのお蔭で彼女は消えずに済んだのかもしれない。


ピコン ピコン


 小さな音が頭の中で鳴り、常時視界の隅に表示させていた【コア】の部分にNEWの文字が浮かんでいる。それを開くとエリュオンの場所にある【覚醒】が白く光っていた。

 だが、それを確認したのが隙となる。それを見抜いたメテラスが突如闇の靄となりイサムの後ろに現れた。


「しまった!」

『もう遅い! 死ね!』


 後ろから思いっきり斬られたイサムは大きく吹き飛ばされ天井から噴出す溶岩が作った大きな柱の中へと突っ込む。


ドプン!


 溶岩の中にイサムは消え、メテラスだけがこの場に残った。彼は笑いを抑えきれずに開放する。


『ははははは! 情けないな! あれ程俺の事を馬鹿にしていた奴の最後がこれで終わりとはな!』


 腹を抱え笑うメテラスだったが、突如笑うのをやめる。


『なんだと‥‥馬鹿な! ありえない!』

「残念だな。大笑いしてるからいつまで笑うか見ていても良かったんだが、気持ち悪い笑顔に我慢できなかったから出てきたよ」

『ふ‥ふざけるな! 何故溶けない! お前何者だ!』


 ドロドロに溶岩の中から、ゆっくりと歩いて出てくるイサム。その手にはしっかりとエリュオンの剣を握り締めている。イサムは溶岩から出て、安全な場所まで移動する。溶けないイサムに驚いて警戒しているのか、それをただ見ているメテラス。


「お前はエリュオンが死ねば闇に戻ると言っていたな。それは、殺せばコアが闇の王に戻るから、もう一度闇に染めれば良いと思って言ったんだろ?」

『ほう、よく知っているな。だが知った所でエリュオリナは、もうお前の所には戻らないぞ』

「情報不足だな、エリュオンはもう戻らないぞ。コアの所有者は俺だからな」

『分けのわからない事を‥‥‥』


 イサムはエリュオンの剣を地面に突き刺し、メテラスに向って叫ぶ。


「彼女は、エリュオンは一生お前の元には戻らないそうだ!」


 イサムはエリュオンの【覚醒】をタップした。地面に刺した剣が輝きだし、光の粒となる。それが人の形を形成し一人の女性の姿へと変わる。


『ば‥‥馬鹿な! そんな馬鹿な事があるか!』

「馬鹿? それはお前だろう」


 エリュオンの剣は消え、そこに現れる剣の持ち主エリュオン。だが、イサムは驚く容姿が成長し記憶で見た姿へと変わっていたからだ。


「え‥エリュオン‥良かった‥‥でも成長したな‥」


 その声に気付き振り返るエリュオン。


「イサム! 貴方なら出来ると思っていたわ!」


 ガバッと抱きつくエリュオン。成長し増える所がかなり増えて、それがイサムに抱き付いた所で押し潰される。


「ま‥まてまて! まだアイツを倒していない!」

『な‥何故だ‥何故蘇る‥』

「残念だったな、それが俺の能力だからだ」


 抱き付かれながらもイサムはメテラスに答える。それを見ながらメテラスは怒りをあらわにする。


『離れろ! エリュオリナ! お前は俺の女だ!』

「はぁ? 何言ってんの? 私はイサムの女よ! それにエリュオリナはもう死んだの、貴方の愛しい人は貴方が殺したのよ!」


 イサムに抱きつきながら舌を出すエリュオン。メテラスの怒りは頂点に達し、今にも襲い掛かってきそうだ。それを知っているエリュオンはイサムから離れる。


「イサム‥私の剣を大事にしてくれてありがとうね。次は私の番、アイツは許せない」


 エリュオンは空間から大剣を取り出す。しかし先程イサムが手にしていたエリュオンの大剣とは少し違っていた。長さも更に長くなり、剣の柄から刃先に掛けて真っ直ぐと細く赤い線が延びている。


「やっと元の体に戻れたわ、そして私の剣も」


 ブンブンと大剣を片手で振り、その感触を確かめるエリュオン。それを見ながらメテラスは不敵な笑みを浮かべる。


『ふふふふふ、ならもう一度殺してやろう。お前は俺も物だ!』

「哀れね‥‥家族の命‥街の人達の命を奪った償いを、今ここで償いなさい!」


 エリュオンは大剣を構え、メテラスに向って走り出す。メテラスも剣を構えそれを迎え撃つ。


ギィンンンンンンン


 剣同士がぶつかり合い火花が散る。押し負けたのはメテラスだった。そのまま住宅の壁にぶつかり突き破る。


『がぁ! くそっ!』


 ガラガラと崩れた壁の中から現れるメテラス。しかしエリュオンの追撃により更に吹き飛ぶ。


『ぐぅぅぅぅ! 先程とは強さが桁違いだ‥! 何故だ‥‥』


 家の屋根に飛び乗り、剣を向けるエリュオン。


「当たり前でしょ。覚えてないの? 私は剣で一度も貴方に負けたことが無かった事を!」

『ぐぬぬぬぬ! 今でもそうだと思うなよぉ!』

「うるさいわね、さっさとやられなさい! 変態さん」

『言わせておけばぁぁぁぁぁぁ!』


 ついにメテラスの怒りは臨界を超え、禍々しい闇が体を覆う。それを見てエリュオンは大剣を構え目を閉じる。その瞬間に剣が赤く輝き出し炎が噴出す。


「すげぇなエリュオン‥‥‥」


 光景を見上げながら圧巻の声を出すイサム、一方的な攻撃にメテラスは手も足も出ない。


『ぎぃやぁぁぁぁぁ!』


 地面に落ちてきたメテラスがうつ伏せのまま背中を刺されている。その背中ぼ剣は燃え続け、今にも彼の全てを焼き尽くそうとしている。


『ぎぃぃぃぃ助けてくれ!』

「ふざけないで、これが貴方の最後よ」


 そう言い放つエリュオンは、そのままメテラスを燃やす。叫び声を上げながら黒い闇は広がり、やがてコアへと戻っていく。

 ふぅと一息吐くと、エリュオンはイサムへ近寄りまた抱きついた。


「ありがとうイサム! 貴方が私を救ってくれた!」

「エリュオン‥辛い目に遭ったな‥」

「ま‥‥まさか‥記憶を見られたの?」

「あ‥ああ‥エリュオンの剣で戦ってる時に見えたんだ‥」


 カァっと顔中赤くなるエリュオン。そんなエリュオンの頭を撫でるイサムにエリュオンは、くっ付けている顔だけ離しイサムに口づけする。


「ん! エリュオン‥!」

「感謝の気持ちよ!」


 唇を離し、言葉を伝えまた唇を重ねる。互いの心が伝わり、エリュオンの目から涙が零れた。


「エリュオン、俺はお前を‥‥」


 イサムが言葉を伝えようとしたその時、エリュオンは人差し指でイサムの唇を押さえる。


「だめよイサム、その感情は私の過去を見たからかもしれない。それに貴方は、これからもっと沢山の人に好かれると思うわ。メルにしてもそう、だから私一人が独占したくないの。貴方のコアは私だけじゃないから…」

「そうか‥わかった。この話はまたいつかだな」

「うん、そうして欲しいな。いつか必ず、貴方の本当の気持ちに気づく時まで待つわ」


 エリュオンはイサムから離れ、照れるように後ろを向く。そしてイサムはエリュオンに聞く、いや聞かなければならない事があった。


「エリュオン‥嫌な事を聞くかもしれない、メテラスのコアの事だ」

「うん‥分かってる‥闇に飲まれたとは言え、大勢の人を殺してしまった罪は大きいわ」

「でも、このままだとまた現れる…」

「うん‥分かったわ! イサム! 彼を蘇生してあげて」

「そうか‥わかった」


 イサムはメテラスのコアに蘇生を掛ける。それでどうなるかはまだ分からないが、それでも彼には償いをさせるべきだと思ったからだ。

 メテラスのコアは苦しみだし、やがて白い靄に変化して人の姿へと変わる。


「こ‥ここは‥俺は何を‥」

「メテラス‥‥‥」


 エリュオンが話しかける。メテラスは大粒の涙を零す。


「何故だ! 何故生き返らせたんだ! 俺は、とんでもない事をした! 何故‥‥!」

「メテラス、あんたは償わないといけない。私欲の為に大勢の命を奪ったあんたが、死ぬのは許されない」

「すまない‥すまない‥うぉぉぉぉぉぉ」


 床に跪き大声でなくメテラス。それを見るイサムとエリュオンも掛ける言葉は無い。そこに声が突然響く。


『大の大人がぁ泣くなんて情けないわぁ』


 突然の声に驚く三人、だがその声に反応したのはメテラスだった。


「そうだ、この声だ! 俺の前に現れた奴だ! 出て来い!」


 突如立ち上がり周囲を見渡すメテラス。イサム達も周りを見るが気配を感じない。


『望んだのはぁあんたでしょぅ』


 突如メテラスの頭上に逆さまに現れる全身真っ黒なメイド服で現れた女性。禍々しい闇を纏い、その闇がいつでも人を殺める雰囲気を放ちながら強い恐怖を感じさせる。


「な‥なんだこいつ‥‥今までの闇とは違う感じがする‥ルーシェのような感じか‥」


 イサムの一言に闇が反応する。


『ルーシェ様でしょうが!』


 瞬時に消えた闇がイサムの前に現れて思いっきり顔を蹴られる。そのまま吹き飛び家を何棟も突き破りながらやっととまる。


「イサム! こんのぉ!」

『んふふふふ! あんたの男弱いわねぇ』


 エリュオンの剣を軽々とかわし再びメテラスの傍に現れる。


『それにしても不思議な能力ねぇ、ルーシェ様の力に近い感じがするけどぉすっごい不快な感じぃ』

「お前は俺が殺す!」


 メテラスが剣を取り出し、闇の女性に斬りかかる。


『いいわよぉ相手になってあげるぅ』


 ヒラリとメテラスの剣を避けながらも、ニヤニヤと笑う黒い女性。その時また大きな地震があり、都の天井に大きな穴が開く。そこから大量の溶岩と外の光が差し込んで来る。


『あららぁイフリトがやられちゃったわぁ』


 それを確認したメテラスがエリュオンに向い叫ぶ。


「エリュオン! 彼をイサムをつれて上に行け! ここは俺が引き受けた!」

「ちょっ! 何言ってるのよ! あんたじゃ勝てないわ!」

『そうねぇそうねぇ勝てないかもぉ』

「それはやって見ないと分からないだろう!」


 メテラスは剣を握り絶え間なく黒い女性に斬りかかる。エリュオンはそれを見ながらイサムの元へ向う。


「イサム! 大丈夫?」

「ああ、なんとかな。アイツはヤバイぞ強すぎる」

「メテラスが引き受けているわ、今のうちに上に戻りましょう」

「メテラス‥自分がおとりになる気か‥‥」

「今なら私がイサムを持ち上げて抜け出せるわ!」


 エリュオンはイサムを掴むと、お姫様抱っこの状態で空間を蹴り地上へと上がる。イサムは恥ずかしさに両手で顔を押さえている。


「まさか女性に抱っこしてもらわれるとは…恥ずかしすぎる」

「しょうがないでしょ! イサムは飛べないんだから!」

 

 エリュオンに抱きかかえられながら、地上に上がると大きな赤い塊の中にリリルカが入っていくのが見えた。その傍には大きな岩の巨人が座っていた。

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