第36話

『真兎さん、お元気でしょうか? 貴方がオートマトンだと知り凄く驚きましたが、それでも貴方に出会った三年間は本当に楽しい毎日でした。貴方を作ったロロルーシェに呼び出され、この世界にきて二週間くらい経ったのかな・・・・俺は今・・・断崖絶壁にいます』


 ロロの大迷宮から四日かけてイサム達はイフリ山へとやって来た。そのイフリ山に住む精霊『イフリト』とその精霊を守り守護されている村へ向う為に、足を踏み外したら最後と言うほど狭い道幅の登山道をひたすら登っている。


「本当にこの先に村があるのかよ・・・マップにはまだ何も映らないぞ!」

「ごちゃごちゃ言わないで早く進んでよイサム! 落ちたら本当に死ぬわよ!」

「そうですよイサム様、早く着いてきてください。日が暮れてしまいます」

「・・・ほんと熱いね・・この山・・・・」

「リリルカ様・・だから言ったのです、登る前にローブは脱いだ方が宜しいと」


 五人が各々文句を言いながらも足を進める。先頭のメルが余りにも早いスピードで登る為、イサムは着いて行くのがやっとだ。


「こういう時こそ魔法で安全に行く方法とか無いのか?」

「ありますが、イフリトに気づかれます。我慢して下さい」


 メルは絶壁に手も付けずにスタスタと歩いている。必死のイサムにメルが手を貸そうとすると、エリュオンが後ろから邪魔するの繰り返しで兎に角ひたすら登り続け、やっと道が開けた場所にでる。


「やっと安全な場所に出たなぁ流石に疲れたよ」


 汗を拭うイサムに水を渡すメル、しかしメルが指を指す場所はまだまだ上を向いていた。


「あと少しです。頑張って下さい」

「あと少しって言う指の方向じゃないぞ」


 開けた場所から見える山々の一番高い山を指差すメル。イサムとエリュオンは、同時に深い溜息をつく。


『はぁ・・・』

「ちょっとイサム真似しないでよ!」

「何言ってんだ、溜息位出しても良いだろ!」

「兄弟喧嘩はそこまでです。行きますよ」


 メルは羨ましいそうに皮肉を言うと先へと進み出す。リリルカとテテルもクスクスと笑いながら、二人を追い越して行く。


「兄弟じゃ無いわ! せめて恋人と言って欲しいわ!」

「エリュオン・・・恋人にするなら、もっとお淑やかな女性が良いよ・・・」


 日が経つにつれ、仲良くなっていく仲間達を見て少し嬉しくなるイサムも、後ろから必死ついて行く。

そしてそれから二時間程が経ち、目的の場所の近くまで来るとイサムが全員を止めた。


「ちょっと待ってくれ、敵がいる」


 イブリ山に来てから、常時小さくマップを開いていたイサムが、赤丸の表示現れているのを見て思った事を言う。


「多分、向こうは気付いてるかもな。左右に揺れていた赤丸が急に止まって、少しこちらに近づいてまた止まった。一応マップで見えるのは一人だな」

「恐らくは、罠でしょうからね。いきなり襲って来ないのは、対話する気があるのかもしれません」

「元闇から言わせて貰えば、どのみち殺す気で来てるんだから先に攻撃しちゃえば良くない?」


 いきなり攻撃しようと物騒な発言のエリュオンに、リリルカとテテルが止める。


「エリュオン、それじゃダメだよ。敵の目的を聞かなきゃ村の人達を助けるのも忘れずにね」

「そうです。もし敵が複数居れば、こちらが被害を受ける可能性もあります」

「まぁ行けば分かるだろう、襲う気が無いならその方が良い」


 全員気持ちを切り替えて、敵の居る村の方へ足を進める。そして村の入り口に辿り着くが、そこに人の気配は無かった。


「やはり村の人は居ませんね。すでに殺されてしまったのでしょうか」

「恐らくな・・・・でも死者表示の灰丸が映ってないのが気になる」


 警戒しながらも村の中へと入る、そこでいきなり声がする。もちろん話しかけてきたのは敵だ。


『久しぶりだな、エリュオン!』

「ん? 知り合いなのかエリュオン?」


 赤丸が近づいてきて話しかけて来た。赤黒い髪の筋肉質な男で、どうやらエリュオンを知っている様だ。だが、ミケットの時の反応と少し違うエリュオンが口を開く。


「あんた誰? 私はあなたを知らないわ」

『何? まさか俺を忘れたとは・・・いや・・・何だエリュオン、そんなに幼い格好に戻って・・・そうか・・そうか・・・ならしょうがないな』


 一人でぶつぶつと呟くその男は、エリュオンの反応に始めのうちは困惑していたが納得したように話を続けた。


『思い出せないなら、思い出させるしかないな』

「おいおい、さっきから独り言は良いから村の人達は何処にやった?」

『あ゛あ゛? 貴様に言う必要があるのか?』

「なんだと・・・まともに話せる闇は居ないのかよ。挑発的な馬鹿ばかりだな」

「イサム様、駄目ですよ相手を刺激しては」


 イサムもわりと短気である。売り言葉に買い言葉でつい挑発してしまう。それを止めるメルだったが、敵が怒りを買ったようだ。


『貴様がエリュオンを陥れたクズ野郎か、俺の妹に手を出すなんて良い度胸だ』

「はぁ? あんたが私の兄だと言うの? まったく思い出せないわ・・・」

「それが本当なら、馬鹿な兄貴を持ってエリュオンも災難だな」

『なんだと・・・いい度胸だ。まずはお前から殺そうか・・・いや、まずはエリュオンとの会話が先か・・』


 赤黒い髪の男は、手を開きエリュオンに向けるとエリュオンの周囲に闇が広がりエリュオンを包む。慌ててイサムはエリュオンの手を掴むと、一緒に闇の中へと引き込まれていった。


『ちっあの男まで移動したか・・まぁ言い。残りの奴らは、こいつが相手をする様だぞ』


 男は手を上げると、周囲に地響きが起こり何かが歩いてくる音が聞こえる。


「まさか・・・イフリトを起こしたのですか!?」

『村人が居ない時点で分かるだろう、お前らの相手はアイツがしてやる』


 男は空中へ飛び上がり、メル達の方へ向ってくるイフリトに向かい大声を上げる。


『おいイフリト! お前が大事にしている村の奴らを殺したのはここに居るやつらだ!』


 赤くそして巨大な溶岩を身に纏い人の形を成している精霊『イフリト』は高さで言えば四十メートル程はあるだろう巨体で、ゆっくりと歩いてくる。


 グゥオオオオオオオオオオオオ!


 顔の部分であろう所が開き、叫び声を上げるイフリト。それを見て男は不敵な笑みを浮かべる。


『どうやらお前らをターゲットにしたらしいぞ、この場所にあった国のようにお前らも消し炭になれ!』

「国・・・貴方はもしかして、ここに国があった事を知ってるの?」

『はははは、知ってるも何もその国で生まれたからな。あいつに殺されてな、ほら攻撃態勢に入ったぞ』


 イフリトは大きく拳を振り上げて、メル達に向って振り下ろす。爆炎と轟音を周囲に撒き散らしながら襲い掛かる拳に、リリルカが反応する。


「大丈夫、私に任せて」


 リリルカは両手を広げ、防御魔法を展開する。薄緑色の膜は瞬く間に広がり村中を覆った。そしてイフリトの拳が防御魔法に触れると、爆散し被っている膜を伝いそのまま広がっていく。


『はっはっはっ! そうだよ、普通こうやるよな! だから俺達は出られなかった!』


 楕円型に展開されている防御魔法を覆うように溶岩が広がり、そして固まる。完全に閉じ込められた状態になったリリルカ達だったが、溶岩が固まるのを確認してリリルカは更に魔法を放つ。


「そうなんだね・・・・でも、私達はあなた達ではない」


 リリルカ達の周囲に風が集まり、それが渦となって上空に上がり大きな竜巻となる。その竜巻は覆われた溶岩を突き破り、その隙間から光が大量に降り注ぐ。


『ちっ、そんな魔法を使えるとわな! だがイフリトはまだ狙っているぞ。俺もそろそろ移動しようか』


 男はそう言い残すと、闇の中へと消える。それを境に固まっていた溶岩がボロボロと崩れ、イフリトが更に攻撃を繰り出そうと近づいて来ていた。だがリリルカも次の攻撃へと移る。


「地の精霊『タイタ』よ、我が求める力を示せ!」


 リリルカがそう唱えると、リリルカ達が居る地面が盛り上がり人の形に姿を変えていく。その大きさはイフリトと殆ど変わらず、岩の巨人が姿を現す。


ゴォオオオオオオオオオ


 土の精霊『タイタ』の顔の部分だろう場所が開き、咆哮を上げる。イフリトはタイタに掴みかかろうと両手を出し、それに答える形でタイタも両手を掴んだ。互いの精霊は、力比べを始めたようだ。その真下では、イフリトの大量の溶岩から湧き出た人型の魔物達が現れだす。


「どうやら、イフリトの影響を受けて魔物が活性化したようですね」

「リリルカ様、私達は下の魔物を倒します。イフリトは任せますね」

「うん! 気をつけて、やりすぎないでね!」


 メルとテテルは、ふふふと笑いながらタイタの背中を伝わり下へと降りる。


「では早速ですが武器を呼び出しましょうかテテル」

「はい、やっと武器が使えますね」


 メルとテテルは嬉しそうに顔を見合わせて武器を呼び出す。


「来なさい『ジャンガリアン』『パールホワイト』」

「来て下さい『オニヤンマ』」


 メルが呼び出すと、二つの魔法陣が現れ三十センチ程の長い柄が出てくる。その鍔の部分に回し車が付いており、その中にハムスターが鎮座していた。そのまま魔方陣から引き抜くと、約二メートル程の真っ直ぐな大剣が現れるが、その刃はギザギザでそれを囲むように小さな鎖が刃の周り一周している。メルは『ジャンガリアン』より短いその一振り『パールホワイト』を背中に回すと紐も無いのにくっ付き、もう一振りの『ジャンガリアン』に話しかける。


「精一杯走りなさい」


 その一言で、背中に黒いラインのある灰色のハムスターは「チュー」と一言声を上げると回し車の中で走り出す。その瞬間、刃を囲む小さな鎖が回転を始める。


 ブゥゥゥゥゥゥン


 高速で回るその鎖を見ながら、テテルの顔が強張る。


「メル様、凄い武器呼び出しますね・・・・私には扱えそうに無いです」

「近くに居ると一緒に斬られてしまうから気をつけてね」


 なんて冗談を言いながらメルは走り出す。それも見ながら、テテルも呼び出した武器を魔方陣から引き出す。黒と黄色の縞模様のコンポジットボウと呼ばれる弓が現れた、同時に出てきた弓筒を背中に背負うと矢を取り出し現れた魔物に狙いをつける。


「しっ!」


 テテルの持つ弓から放たれる黒と黄色の矢は、人の形を模した溶岩のような魔物の胸を穿ち直径三十センチ程の穴が空く。それを見ながら、メルもハムスターチェーンソーを振るい魔物を斬り裂いていく。敵は斜めや縦に斬られて体の形を維持できずに崩壊していく。

 その遥か上では、イフリトとタイタの格闘戦が始まっていた。


「タイタ! 思いっきり殴りなさい!」


ゴォォォォォォォ!


 リリルカの言葉を受けて、土の精霊タイタは拳を握りイフリトの顔に叩き込む。ヨロヨロと後ろに下がるが、その口に大きな火球を作り出しタイタに向って吐き出す。


ガァァァァァ!


 吐き出された火球は、タイタとリリルカに向ってくるがそれを簡単に風の魔法で方向を変え、イフリト自身の顔に直撃する。


「甘いよ! つぎはこっちの番ね、私だって火の魔法が使えるんだから!」


 目を瞑り、自身に魔素を集めだすリリルカは次の瞬間イフリトを覆う程の火柱を放つ。四十メートルを超えるその火柱は周囲を火の海へと変える。そこに念話が届く。


『リリルカ! 下の事も考えて魔法は放ちなさい! 私達が溶けちゃうわ!』

「あ! ごめんなさーい!」


 周囲を焼き尽くす炎の難を逃れたメルとテテルが危なかったと距離をとる。だが、イフリトは自身と同じ位の火の攻撃を喰らって怒りに我を忘れている。


ガァァァァァ! ガァァァァァァ!


 咆哮は更に大きくなり、イフリトの体から溢れる溶岩に周囲は赤い海と化している。距離をとっているメルとテテルは無事だが、先程生まれた魔物達は巻き込まれドロドロに溶けていく。


「テテル、イフリトはそろそろ形状崩壊するわ。もう少し距離をとりましょう」

「はい、わかりました」


 メルはテテルに指示を出し、リリルカにも念話で伝える。


「リリルカ、あと少しでイフリトは倒せるわ。私達は少し距離をとります」

『うん、私は大丈夫。タイタが守ってくれてるから、止めの魔法を準備中だよ』

「わかったわ、後は宜しくね」


 リリルカは、念話が切れると直ぐに両手を広げた。それにあわせてイフリトの上空に大きな魔法陣が、いくつもの文字を浮かべながら何枚も重なっては消えていく。そしてリリルカがタイタへと指示を出す。


「タイタ! 思いっきりやっちゃっていいからね!」


ゴォォォォォォオオオオ!


 それを聞いたタイタが激しい雄叫びを上げ、イフリトの上空に展開されていた魔法陣が輝きだす。その中から現れたのは巨大な円錐の岩である。そしてイフリト目掛けて円錐の岩が落ちてくる。


「行くよ! 大地の精霊タイタよ! 我の力を汝に与える! アーススパイク!」


 その巨大な岩がイフリトを突き刺そうと降りてきただけではなく、それが無数の円錐の岩へと変わり降り注ぐ。そして岩が刺さると更に棘を増やし爆散していく。

 リリルカは後方にいるメルとテテルに被害が出ないように防御魔法をタイタの正面に広範囲に展開している。


ガ! ガァァァァァ・・・・・・


 突き刺さる岩に形を失い動けないイフリト、その後も容赦なく降り注ぐ岩に、為す術も無く崩壊してやがて動かなくなりその中から赤く大きな球体が現れる。


「す・・・凄まじいですね・・・・」


 テテルが隣に居るメルに呟く。もはや地形が変わり、村も原型が無いほど岩で埋め尽くされている。


「人が居ないって分かってなかったら出来ない魔法よ。タイタの力にリリルカの力を上乗せしてるから、リリルカが防御魔法を展開していなければ、私達も危ないでしょうね」


 かなりの距離をとっていたメルだったが、その凄さを目のあたりにしてやはりあの方の血を継いでいると頷いている。


「この後はどうするのですか?」

「イフリトから出てきている球体を見て、あれが本体よ。リリルカがこれから契約に入るはず、私達も行きましょう」


 メルはそう言うと、岩を飛び越えてリリルカの元へと向う。それを見てテテルも後に続いた。

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