第37話

 イフリ山の村に現れた闇の男に転移魔法を受け、どこかに飛ばされたエリュオンとイサムは薄暗い地下のような場所にいた。


「いったい何処に飛ばされたんだろうな」

「分からないわ、でも魔法灯があるから人が居るのか、それとも住んで居たのかどちらかね」


 岩の壁を削って出来たような長い通路を歩く二人、ジメジメしていてカビの匂いが鼻を突き気分が悪くなる。


「住んで居ただろうな・・カビ臭くて人が住める環境じゃないぞ」

「まって、この先広くなっているわ」


 数メートル先を歩くエリュオンがイサムに振返った直後、大きく揺れてイサムとエリュオンの間の通路が崩れてしまう。


「ぐあ! しまった通路が!」

「きゃっ! あっイサム大丈夫!? 他に通れるところは無い?」


 大声で話すエリュオンにイサムも答える。


「大丈夫だ! エリュオンも無事か!?」

「私も大丈夫! 他に通路が無いか探してみる!」

「了解だ、何かあったら念話チャットしてくれ!」

「わかったわ!」


 エリュオンがそう言って走り出すのが分かった。イサムはマップを確認し現在地を確認する。エリュオンが先程言っていた、通路が開けている場所がギリギリ分かるが、どうやら洞窟やこのような場所では通った道以外マップ表示が出来ないらしい。


「不便だな・・・いや、普通はそれが当たり前か・・・」


 取り敢えず、直ぐにコアを開きタチュラを呼び出すが、様子が違う。


「タチュラ道が塞がれたんだ、何とかならないか?」


 だが、グッタリしているタチュラが答える。


「申し訳ありませんご主人様・・・・暑くて力が入りません・・・」


 タチュラは必死に糸を出すが、ヒョロヒョロと出て地に落ちる。イサムは慌てて保管をタップしてタチュラを戻す。


「すまん! 悪かった! しょうがないな・・・他のメンバーは・・・だめだ繋がらない」


 エリュオン以外の通信が繋がらない状態なので、イサムは崩れた道の周りを調べ通れる場所が無いかを調べだした。それと同時にエリュオンは広い空間に出て、目を見開いた。魔法灯で薄暗いが、そこには巨大な街が存在していたのだ。


「なに・・・ここ・・・・」


 一人呟くエリュオンに答える者が一人。


『何・・・か・・・それすら忘れたのかエリュオン。いや・・エリュオリナ!』

「だれ!?」


 薄暗い中で闇の波動を感じる、その場所を見ると禍々しい闇が集まっていくのが分かる。エリュオン達をこの場所に飛ばした張本人が現れる。


『エリュオリナ、我が妹よ! 逢いたかったぞ!』

「だから言ったでしょ! あんたなんか知らないって!」

『そうだ・・・だからここへと招待したのだよ。我らが生まれた場所、火の都タナスータにな』

「タナスータ・・・・分からないわ・・・」


 火の都タナスータと言われてもピンと来ないエリュオン。しかし確かに違和感はある、初めて見る場所なのに懐かしい感じがするのだ。


『そうか・・・それならまず案内しよう、我らの住まいへ』


 闇の男は片手を胸に当て、もう片方で街の奥を指差す。イサムが心配なので、声に出さない様に気をつけながら念話を飛ばす。


(イサム、闇の男が現れたわ。どうやら私の過去をしっているみたい、しばらく話しに付き合って出口がないか聞き出すわ)

『大丈夫か! そいつはかなり怪しい! 俺もどうにかして抜け出せないか色々しているが石を退けるのに時間が掛かってる、絶対に無理はするなよ!』

(大丈夫よ! それにもし何かあっても助けてくれるんでしょ)

『それは勿論だが・・・わかった。とにかく何かあったらすぐに連絡くれ』

(わかったわ。じゃぁまたあとでね)


 エリュオンはそう言うと念話を切り、闇の男に付いて行く。


「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったわ」

『ふふふ、そうだな。我が名はメテラス・・・お前の兄であり、エリュオリナお前の婚約者でもある』

「はぁ? まったく意味が分からないわ」

『我らが住まいに入れば、否応にも分かるさ』


 メテラスと名乗るこの男は、兄であるという事とそしてエリュオンの婚約者でもあると言う。この都ではそんな事が普通だったのだろうか。訳が分からないが、今は我慢してただ後ろを付いて行くと老朽してボロボロだが、一際大きな建物が見えてくる。周囲の建物と比べても豪華であり、恐らくこの場所を治めていたであろうと感じる建物にメテラスの案内を受けて入っていく。


「凄い長い年月が経っている気がするわ」

『そうだ、この都が滅んだのは今から六百年前だからな』

「六百年・・・大昔ね・・・・で、私が居たって証拠は何処よ」

『こっちだ、付いて来い』


 触れるとボロボロに崩れてしまいそうな建物に、体重の負荷が掛からないように魔法を施している為、崩れず中を見て歩ける。そしてその建物の二階にある一部屋に入ると、その場所に飾ってある大きな肖像画にエリュオンは目を奪われた。


「これって・・・・私!?」


 赤と黒のドレスを着たエリュオンそっくりな女性とその家族が描かれている。そしてその中には、ここに居るメテラスも描かれていた。


「でも、私よりも少し年上に見えるわ」

『そう、だから不思議だったのだ。恐らく闇として生まれる時に、何か問題があったとしか考えられないが、これで分かっただろう』

「いえ、分からないわ。これだけじゃ兄なのかも婚約者かどうかも」

『だろうな、だからこの部屋に来たのだ」


 メテラスは、その絵の下のキャビネットに置かれている小さな箱を開ける。中には婚約指輪が一つ入っていた。


『これを見て欲しい。この指輪は、俺がエリュオリナに渡したものだ』


 エリュオンが箱を受け取ると、箱の隙間に挿んであるメモを見つけた。


【メテラスは、本当に兄としても男性としても申し分ないです。不安は沢山ありますが、両親が決めた事に逆らう事は出来ないし、断ったら両家の関係も悪くなる。だけど、もしも夢が叶うなら外の世界を見てみたい。この都だけで生涯を終えるのではなく、沢山の旅をして沢山の人と出会い、そして心から愛する人と生涯を過ごしたい。そんな夢物語を夢で終わらす、意気地の無い過去の私を許して下さい。いつか迷って、私がこの箱を開いた時の為にメモを残します。エリュオリナ】


 ズキッ!


 エリュオンは一瞬頭痛がしたが直ぐに治まった。


「ねぇメテラス、あんたこのメモ見た?」

『メモ? そんな物が入っていたのか』

「そうよね、じゃなきゃ執拗に兄とか婚約者とか言わないものね」

『どういう事だ?』


 エリュオンは空間から大剣を取り出し、メテラスに向ける。


「何も分かっていないわ! 結婚を望んでいない女性の気持ちを理解してくれないなんて最低ね!」

『ふん、何が書かれていたか分からないが、望んで結婚したかったに決まっているだろう!』

「記憶はまだ戻らないけど、何故この小さな体で生まれたのか分かったわ。あんたの居る闇の世界から早く逃げ出したかったのよ!」

『言わせておけば・・・! ふふふ・・少しお仕置きが必要らしいな、どのみち殺さないと闇には戻せないからな』

「やってみなさいよ! 返り討ちにしてあげるわ!」


 メテラスも空間から剣を取り出してエリュオンに向ける。そして建物の軋む音がした瞬間に互いの剣がぶつかり火花が散る。

 一方イサムは必死で石を取り除いてた。


「こんなに重労働だとはな、体力はありあまっているが一向に進んでいない気がする」


 石を必死で退かしているイサムも焦りが見え始めている。先程のエリュオンからの念話から随分と時間が経つが、未だに連絡は無く何が起こっているか分からない。そこにまた激しい揺れが起こる。


「うおっ! さっきより揺れが強いぞ!」


 大きく横に揺れる視界に尻餅をつくイサム。だがそのお蔭で塞がっていた石が崩れ通路の先が微かに見える。


「やった! これで進めるぞ!」


 イサムは隙間の石を必死に退かして何とか先に進める程の空間が出来上がる。そこへエリュオンから念話が届く。


『イサム?・・・・通路通れた?・・・・』

 

 弱々しくも、か細い声が聞こえる。イサムは何かがあったと直感する。


「おい!? 何があった!?」

『えへへ・・ちょっとやられちゃった・・・』


 いつもの強気な発言では無いのが、物凄く不安を掻き立てる。イサムは急いで塞がっていた通路を抜けて広場へと出る。


「どこだ! いま広場に出た! 何処にいる?」


 イサムは周囲を見渡し、エリュオンを探す。古い街並みが余計に視界を悪くして何処にいるか分からない。イサムは兎に角走り出す。


「エリュオン! 返事をしろ! 何処だ?」

『イサム・・・・近くに居るかも・・・声が二重に聞こえるわ』


 どうやら念話と直接の声が二重に聞こえる距離にまで来ているらしい、イサムはマップを広げ周囲を必死で探し回りようやく水丸で表示されて居る彼女をマップで見つけ向う。そこにはエリュオンが自身の大剣に深く突き刺されていた。


「エリュオン! しっかりしろ!」


 イサムが駆け寄ると、エリュオンはまだ意識があった。


「イ・・・・イサム・・・来てくれたのね・・・・」

「当たり前だ! だ・・・大丈夫か?」


 エリュオンの体を突き抜け地面にまで到達している大剣は、とても抜けそうにもない程に突き刺さっておりイサムにはどうする事も出来なかった。

 そんな動揺しているイサムの頬ににエリュオンがそっと触れる。


「だ・・大丈夫よ・・・イサム・・・約束してくれたでしょ・・ちゃんと生き返らせるって・・」

「それはそうだが・・・俺は・・・本当に何も出来ない・・ごめんな・・」


 涙が浮かぶイサムにエリュオンは微笑む。


「まだ・・・あいつが居るわ・・・・・イサム・・きをつけ・・・て・・・・」


 エリュオンはそう言い残すと、光の粒となり消える。イサムはショートカットで予めセットしておいたコアを直接開き確認するが、エリュオンの名前が灰色になっており反応がまったく無い。【呼び出す】も【呼び寄せる】も【保管】も出来ない。目の前にあるのは突き刺さっていた、エリュオンの剣のみである。


「なんだよ・・・・これ・・・うそだろ・・反応がないじゃないか・・・どうなってるんだ・・」


 混乱しているイサムの傍から声がする。


『なかなか強かったが、所詮は子供の体で形成されたのが失敗だったな』

「なんだと? 自分の家族を殺してその言い方は何だ?」

『ふふふ、闇に戻すには殺すしか無いと言われていたんでね。まぁお前には関係ない話だ』

「関係ない? エリュオンは大事な仲間だ! お前は許さない!」


 イサムはエリュオンの残した大剣を握り、メテラスに向ける。


『わざわざ死ぬのを見させてやったんだ、感謝して欲しいな』

「てんめぇぇぇ!!」


 イサムの怒りは頂点に達し、エリュオンの大剣を握り締めメテラスに向って駆け出した。 

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