第32話

 日が昇り始め、兵士達に守られながらイサム達一行は駅に向っていた、その数は約二千六百名だ。あれから国中の奴隷屋を探しだし、獣人達を解放してくれた国王にイサム達は感謝し城を後にした。

その最中、ロロルーシェにチャットして今回の事を報告する。


 「すまないロロルーシェ・・・メルを一度闇に囚われてしまった。テテルと同じ様に蘇生で助ける事が出来たが、自分の弱さに腹が立つ」

 『そうだな、救えたのは不幸中の幸いと言うだけで実力でメルを守れたわけでは無いからな』

 「その通りだ、返す言葉も無い」


 かなりヘコんでいるイサムにロロルーシェは、いつもと変わらず優しく話す。


 『ふふふ、意地悪な言い方をしたな。確かにまだまだイサムの力は足りない、でも私の人形達は常に覚悟を持って行動している。今回の事で、もし命を落としても闇に堕ちても、イサムを恨む者は居ない』


 それはイサムも分かっている。だが中々納得は出来ない。


 「もっと俺は強くなりたい」

 『大丈夫だよ、必ず強くなれる。さて、それで黒髪の女は居たのか?』

 「ああ。ルーシェと尋ねたら、そうだと答えていたから間違いないだろう。姿は大人の女性でロロルーシェにやはり似ていたよ」

 『そうか・・今この大陸中で小さな闇を感じる。あの子が暗躍していていると考えて間違いないな』

 「ああ、それにルーシェの近くにもう一人あとで来たな。皇太子が言うには三年前から大臣としていつの間にかすり替わっていた奴の名前が『ダジュカン』と言うらしい、その会話の中に『メテラス』が問題を起こしたとか言ってたぞ」


 イサムは記憶を思い出しながらロロルーシェに伝えていく。あの時は冷静ではなかったので確実に覚えているとは言えないが。


 『ダジュカンは、ミケットが言ってた奴だな。あとはメテラスか・・・・私が居ない三年の間に随分と闇が広がっているようだな』

 「これからも嫌な事が沢山ありそうだよ・・・」

 『そうだな、それでも立ち向かうんだろ?』

 「当然だ。あいつらの好きにはさせない」

 『その意気だ。それで獣人達はどれ位の数になりそうだ?』

 「今駅に向っているところだが、二千六百人は居るぞ。リリルカを迎えに行ったらそのままそちらへ向うつもりだ」

 『二千六百か、沢山の人を助けたな。取り合えずルンドラまで向って欲しい、そこからはリリルカと私で転送魔法を使い獣人の国へ直接送ろう』

 「わかった、宜しく頼む」


 イサムはチャットを切り、駅まで皆としばらく歩く。早朝だからかそれ程人は居ないが、これだけの大人数が移動すればやはり目立つらしく、街の通行人や店の開店準備をしている人達等の多くの視線を浴びていた。


 「やっぱり目立つな」

 「当然ですよ、それにもっと胸を張って下さい。イサム様は称えられるべき事をしたのですから」


 列の先頭を歩きながら、まだイサムのジャケットを羽織っているメルは、イサムに堂々としろと言って来る。もともと目立つのが苦手だったせいか、注目を浴びると恥ずかしい。


 「そんなこと言ってもな・・・急に堂々と出来るわけない」

 「そんな事ではダメですよ、イサム様は私の主人になったのですから、そうですね・・・従者の私がしっかりといけないですね」


 唇に指を一つ当て考える素振を見せるメルは、そのコアをイサムに書き換えられた為だろう。今まで以上にイサムに親近感を持っている感じが誰が見ても分かる。


 「ちょっとメル、イサムに変な教育はしないでよね」

 「エリュオン、あなたも同じです。私がしっかりとした女性になる様に指導致します」

 「え・・・わ・・・私はいいわよ・・・」


 さっとタチュラの後ろに隠れるエリュオン。まさか自分に飛び火するとは思って居なかったようだ。


 「エリュオン、妾の様にしっかりとした女性になる様に精進するのですわ」

 「タチュラ!貴方も同じよ!しっかり者はメルだけで十分でしょ!」


 エリュオンは早足で進んでいく、メルはやれやれと溜め息を吐きながらも嬉しそうに微笑む。その笑顔はオートマトンの頃に比べると、数倍も可愛く見えた。


 「やはり今の方が断然可愛くなったな。オートマトンだと、表情も制限されるのかな」


 イサムは毎度の事だが、つい思ったことをポロッと口に出してしまう。それを聞くメルは、耳まで真っ赤になり両手で顔を押さえる。それでも器用にまえを歩くのが凄いが。


 「イサム様・・・そうはっきりと口に出されてしまわれると恥ずかしいです・・・それに可愛いなんて言われても困ります」


 歩きながらもモジモジしていて可愛いが、顔を押さえながら、スタスタと早足になってエリュオンを追い越してしまい、越されたエリュオンがそれに気が付かずビクッとしていた。

 駅の入り口に到着し、昨日の兵士が同じ様にダラダラと入り口で仕事をしている。今まではそれで良かったかもしれないが、今回同行している兵士は国王の側近であり忠実な兵士であった者で、当時の皇太子への不満に耐え切れず、それでも国王への忠誠を消す事が出来ずに外回りの仕事へと殉じていた男だ。


 「おい、お前たち。それは仕事をしているのか?」


 突然外回りの兵士に声を掛けられて不満をあらわにする駅入り口の兵士。


 「はぁ?何で外回りのアンタにそんな事言われなきゃならないんだ?」


 だが、その兵士の顔色が変わる。王国屈指の兵士達数十名と多くの獣人達、そして昨日の朝にお金をくれた従者の女性とその主人。駅に居る多くの人が唖然とする中で、駅の兵士は咄嗟に後ろに下がり敬礼する。


 「も・・・申し訳ありません!本日はどの様なご用件でしょうか!」


 約三年堕落し続けた駅の兵士三名は、生涯で一番驚いたかもしれない。


 「聞け、国王は病から立ち直られた。もうその様な堕落した応対など、この国では許されないと思え!」

 「は!誠に申し訳ありませんでした!」


 兵士は涙目でもビシッと並び敬礼している。本当はこれが当たり前なのだろうが、イサム達がお金の件を言うのではないかと内心ヒヤヒヤしているのかもしれない。だがそれはそれ、これはこれである。意地悪にもメルはお金を渡した兵士に声を掛ける。


 「お金はあなた方に差し上げたので文句はないですが、真面目に働かないと没収させますからね」

 「は・・・・はっ!粉骨砕身働きたいと思っております!」

 「ももも、勿論で御座います!頑張って働きます!」

 「この身果てるまで王国の為に!」


 三人が今にも泣きそうなので、イサムはメルにそこまでにしとけと言うが、メルはお仕置きは必要ですと腕を組み眉を吊り上げている。


 「ホントに変わったな。良い意味で本当に人間になった感じだ」


 今まで押さえつけられていたものが、解放されたのかもしれないなと次々と駅に入っていく獣人達を誘導しながらイサムは優しく微笑んだ。

 そこへ王国がルサ魔導鉄道に依頼し、十両編成の魔導機関車が入ってくる。二階建車両でこの国へ来た時の車両とは全然大きさが違うが、これで三千人乗れると言う。イサムは鉄道に詳しくは無いが、ホントに曲がる時とか大丈夫なのかルサ族の駅員に聞くと、今まで鉄道を運行して五百年一度も事故は無いらしい。

 早朝から移動しているものの、全員が用意された車両に乗るのに一時間程かかりその後無事に出発する事となる。そしてその機関車の速さが昨日の倍位で走っており、リリルカが待っているリドランまで半日で到着した。チャットであらかじめ連絡していた為駅でリリルカが待っていたが、その他に宿屋の夫婦も一緒に付いて来ていた。


 「あんた等の話を聞いたよ!凄いじゃないか、実は私らもリリィさんの所で働こうかと話をしていた矢先でね。手紙には無事にイサムが戻ってきたなら、その宿を私らに任せると書いてあったのさ」

 「へーそうなのか、でもそれじゃぁリリィは何するんだ?」

 「お母さんは私達と一緒におばあちゃんの所へ行くみたいだよ!」


 リリルカが嬉しそうに話をする。どうやら、これからは一緒に住むという話になっていたらしい。


 「それは良いじゃないか、今まで甘えられなかった分甘えないとな!」

 「うん!」


 十八年の長い間、母親を知らずに育ったリリルカにもようやく幸せが戻ってくるようだ。それを見ながらエリュオンは少し寂しそうに見ていた。

 タダルカス王国から一日半掛けてルンドルの町に到着した。そこにはリリィとテテルが出迎えに来ていた。


 「早かったな。イサム、いい仕事をしたんじゃないか」

 「そんなことは無いさ、それよりもリリルカと一緒に住むんだってな」

 「ははは、そうさ。今までは狙われるからと距離をとっていたがその必要もなくなったからな」

 「そうか、でもそれが一番良い事だと思うぞ」

 「そうだろう、さてリリルカには転送魔法の準備を頼まないとな」


 リリィはそう言うと、リリルカの元へと向う。ロロルーシェから連絡が合った様で、すぐさま準備に取り掛かっていた。町の一番広い場所に集められた元奴隷だった獣人の人達は、これから何が始まるか不安なのだろうがあの国から解放されたと言うだけでも顔の表情は幾分和らいでいる。そこへリリルカが大きな声で話を始める。


 「みなさーん!聞いてくださいー!これから転送魔法を使います!行き先は獣人の国ですが、到着してもいきなり傍を離れないでくださいねー!迷子になると大変ですよー!」


 まるで子供に言うような感じだが、確かに人数が多いので迷子になると探すのに困る。それを聞き、獣人達は各々に返事をした。


 「では、始めます!」


 目をつぶり、精神を集中しているリリルカを周りの皆が固唾を呑んで見守っている。そして次第に周囲が光り輝きだす、それは集められた獣人達やイサム達の回りもだ。


 (こんなに沢山の人を飛ばすのは初めてだけど・・・大丈夫落ち着いて・・・・おばあちゃんが準備している行き先を捉えた!転送魔法発動!)


 青白く輝く大きな魔法陣が獣人の人達を包み込みやがて一つの光となる。一瞬だった、目をつぶる人達が遠くに聞こえる喧騒に気が付き目を空ける。視界は一変し、その目に映る光景は夢にまで見た国がそこにはあった。喜びに大声を上げる者、感動して涙を流す者様々だが駆け出したりするものは居ない。

 そこへ、一人の獣人が歩み寄る。それは転送された人達ではなく、この国の住人でこの国を統べる獣人の国王である。


 「貴方がイサム様ですね」


 イサムに近寄る国王は深々と頭を上げた。


 「誠に・・・誠に有難う御座います! 貴方に救われた獣人は数知れず・・・・なんと言っていいか」

 「いや・・・別に気にしないでくれ・・・畏まられると対応に困る・・・」


 感謝される事はあっても、こうも深々と頭を下げられる事はないので心底イサムは困ってしまう。周りに助けを求めようにも、それが当たり前だと頷く者ばかりでトホホと言う感じでイサムも受け入れる。


 「国王、この人達を宜しくお願いします」

 「勿論です!この国は全力を持ってこの獣人達を守ります」


 その話を聞くタダルカスから来た獣人達は、涙を流しそれが現実だと実感し国王に膝を付く。そして一人の獣人が言葉を伝える。


 「国王様! 我らを受け入れて下さって誠に感謝いたします。そしてイサム様! このご恩一生忘れません。何時如何なる時も、貴方様がお困りになれば是非とも我らを頼りくださいませ! 非力ながらも、必ずこのご恩をお返し致します! 」


 頭を掻き照れるイサムだが、無事に救えて本当によかったと心から思った。その後直ぐに依頼していた居住区を見に行くと殆どが簡易的ではあるが完成しており、一先ず安心だと昇降機へと向う事にする。途中仕立て屋のマコチーにメルの服とタチュラの装飾品を頼み、イサムはやっと一息つけると思っていた。

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