番外編 冒険者ウルウと夢の国

 一人の冒険者がロロの大迷宮を突き進む、ひたすらに敵を倒し先へと進む。ここはロロの大迷宮二十一階、本当は二十階以上進む予定など無かった。だが、その冒険者『ウルウ』は、如何しても金が必要になったのだ。

 ロロの大迷宮は、下層に行かずとも日銭を稼ぐのは容易い。弱い敵からのドロップアイテムを売却しても十分な稼ぎになるし、可哀想だが迷宮のこんな低い層で人生を全うした新米冒険者から金品を拝借するのも生きる為だ。

 だが今回ばかりは、どう足掻いても金が足りない。ことの発端は六日前から始まる。


*

*


(もうすぐ到着するな)


 獣人の冒険者ウルウは、久しぶりに故郷に帰る。妹のククタが毎回迷宮に出発する日にお土産の催促をして、帰宅した日は冒険の話をしろと寝かしてくれない。だけどそれが幸せだったし、少しずつだがお金を貯めて、いつかロロの大迷宮三十層にある獣人の国で一緒に住もうと約束した。


 (今回は少し時間をかけて迷宮に挑戦したからなぁククタが怒ってるかもな)


 ルンドルの町から一日かけて到着した駅から一時間程歩いた場所にウルウの生まれた村はある。今回はいつもより時間をかけて迷宮を攻略した為に、二週間程帰りが遅くなった。妹が怒ってるだろうなと考えながらウルウは駅から出る。

 三年前にタダルカス国王が病気で床に伏せ、その事により長男である皇太子が政治を行う事となったらしい。王政が変わりタダルカス王国が統治している町が、幾つか地図から無くなったとウルウも聞いていた。日銭を稼ぐだけの自分が特に気にする事は無いと思ってはいるが、いつも降りる駅が日々衰退していくのは目に見えて分かる寂しさもある。


 (指導者が変わるだけで、これ程までに変わるんだな・・・まぁ私には関係ないか)


 そう思いながら家路へと急ぐ、手にはククタへの土産とポーチの中には暫くの間、十分な生活が出来る程の金貨を入れて。しかし何かおかしい、駅から歩くのはいつもの事だが村へと近づけば近づく程人が居なくなっていく。いつも賑やかではないにしろ、畑を耕す人や行商の人など毎日駅と村を行き来する人すら出会わない。

ウルウの足は速まる。最悪の事は考えず、とにかく急いで村へと向った。そして村に到着する、いや村だった場所だろうか。


 「なんだ・・・・・何があったんだ・・・・」


 焼かれた家の数々にあの賑やかだった村の面影は最早無い。すぐさま自分の家へと向う、妹をククタの安否を確認しなければと即座に駆ける。

 だがそこには家だった建物の残骸があった。屋根は崩れもう人が入れる場所はない。ウルウは膝を付き両手を地に着ける。


 「そんな・・・・なんでこんな事に・・・・ククタ・・・」


 だがふと気付く、これだけ酷い有様なのに人の死体がない。どこかに集められているのだろうかと探し回ったが、何処にも村人の死体はなく人一人居ない。

 ウルウは情報を得る為に駅の町へと戻る、そして寂れた酒場へ足を運ぶ。町が衰退しているといっても、やはり酒を飲むものは居り、何か些細なものでも情報があるのではないかと思ったからだ。

 カウンターに座ると店主が来る。


 「適当に酒を、あと聞きたい事がある」


 ウルウは酒を注文し、情報提供を求める代わりにタダルカス銀貨をチップとして渡す。店主はそれを受け取りウルウを見る。


 「何が聞きたいんだ?見ての通りの有様だ、それ程情報はないぞ」

 「構わない、この先にある村について聞きたい。一体何があったんだ?」

 「成程、あそこの村の生まれか。あの村は皇太子殿下を侮辱した村だと焼き払われたらしい」

 「な!なんだそれは!」


 ガタッと椅子を倒しながら立ち上がるウルウ、しかし直ぐに冷静になり椅子を戻し座る。


 「すまない、話を続けてくれ。それにしては死体がなかったが、七日以上前の事なのか?」


 殺されて七日以上経っているならば、魔物にならなければ魔素の海へと還る筈だ。だが魔物は居なかった。


 「いや、今から二日程前だ。勿論殺されたものも居るらしいが、殆どの住人は奴隷としてタダルカス王国に連れて行かれたらしい」

 「くそ!・・・なんて事だ・・・」


 聞いていた、タダルカス王国は獣人を奴隷にしていると。だが関係ない話だと気にしていなかった。


 「あんたも獣人ならあの王国へ行くのは止めときな、殺されるのが落ちだ」

 「あいにく私はヒューマンよりの顔なんでね、フードを被れば耳はばれない」

 「ふむ・・・では、同じ地域出身のよしみでもう一つ教えてやろう。王国の中央街にある奴隷店に行けば何か分かるかもしれないな、噂だが一番の老舗で王族関係と繋がりがあるという事らしい」

 「すまない、感謝する」


 どうやらその奴隷店が王国で一番繁盛しており、城内でも取引があるらしいと教えてくれた。ウルウは酒代と少し色をつけて、それを置いて席を経つ。次の行き先は決まっている、タダルカス王国だ。

 二日かけて王国に到着し、駅内で入国審査を受ける。予め奴隷の話を聞いていたので、同じ車両に乗っていた男性に金を渡し奴隷と言う形で入国審査を難なく通る事ができた。


 「さて、中央街に行くか」


 審査をすませたウルウはすぐさま中央街に向う。その場所は直ぐに分かった、入り口に小さな獣人の少女が繋がれていたからだ。ウルウは怒りが込み上げるが、ひたすら怒りを押さえフードを被り直し中に入る。


 「べべへへ、いらっしゃいませ。どんな奴隷をお探しでしょうかぁべべ」

 「そうだな、若い女は居るか?」

 「べべっべ、女性が女性を好むのも私は好きですよべべべ」

 「お前の性癖など聞いていないぞ店主、居るのか居ないのか?」


 いちいち腹が経つしゃべり方だが、ウルウはひたすら我慢して話を続ける。


 「最近入荷したと聞いたんだがな、どうなんだ?」

 「べべべ実にお耳が早い。まだ売り物にしていませんが、こちらへどうぞ」


 店主は店の更に奥に案内する。途中大柄な男がじっと動かずその奥を守る形で立っていたが、ウルウは堂々とその扉を潜る。

 奥には店内と同様沢山の折の中に獣人が入れられていた。そしてその中に目的の獣人ククタも折の中で膝を曲げじっと動かずにぼーっと同じところを見ていた。

 ウルウは直ぐにでも助けたいのを堪えて、店主に話しかける。


 「そうだな、あの女の獣人あれが良いな。幾らだ?」


 ウルウはククタを指差し、値段を問う。しかし返って来た返答は予想を超えた。


 「あの女は初物ですからねぇべべっべ、タダルカス金貨百枚ってとこですね」

 「なんだと! 高すぎだろ!」


 余りに高すぎて声が大きくなった。それにククタが気付いたのか回りをキョロキョロし始めたので、今ばれると不味いと店内へと戻る。


 「お客さん大きな声はだめですよべべべ、獣人達が怯えちまうべっへへ」

 「すまない、余りに高い金額を提示されたものでな」

 「相場より高くても売れるんですよべべべべっ、特に王族の方にはねぇ・・」


 どうやら王族に売る算段が出来ているらしい、ウルウはそれを待って欲しいと店主に頼む。


 「そうだな、今手持ちが金貨六十枚はある。これを手付金として払う、もう少し待っててくれないか? 残りの四十枚は一ヶ月以内には持ってくる」

 「べべべっ、二週間ですね。べべっべ二週間ならお待ちできますよ、私も商売なんでこれ以上はお待ちできませんが宜しいですか?」

 「分かった、二週間だな。絶対に売るんじゃないぞ」

 「分かっております。べべべ」


 ウルウは店を出る、握り拳からは爪により血が滲んでいた。それから駅に戻りすぐにロロの大迷宮へと向う、勿論金を稼ぐ為だ。いつもなら無難に二十層までの往復で日銭を稼ぐが、今回は更に下へと向う事にする。何故なら二十一層から敵の種類も増えるが、宝箱の出現率も増えるからだ。聞く所によると、その宝箱からは金貨四十枚以上に相当する宝石やアイテムなどが入っているというのだ。


 「まってろよククタ、必ず助けてやるからな」


 迷宮と王国の往復に六日はかかるので、攻略できる時間は遅くても八日間だ。とにかく急がないと。二日かけて二十一層まで到達した、もともとソロで攻略している冒険者であり自由に行動できる反面、命の心配も非常に大きい。だがそれでも、利益が減る事を避けて一人でやってきた。


 「大丈夫だ、大丈夫」


 自分を落ち着かせ、二十一層を駆ける。もともとずっと二十層までの往復をしていた冒険者だ、そこらの初心者よりは実力も十分あるので現れる魔物にも手こずる事無く進む。一層へ戻る時間を考えたら六日しかない焦りもあるが、それでも冷静にと言い聞かせ道を進んだ。

 そしてさら二日経ち宝箱をついに見つけた、入念にトラップを調べ開ける。噂は本当だった、換算しても金貨五十枚は下らない宝石とアイテムが入っている。ウルウは袋に詰めて即座に迷宮から脱出する為に踵を返した。その後二日かけ一階に戻り、そこからアイテムと宝石をルンドルでタダルカス金貨へと換金し列車に乗り込む。


 「よし間に合うぞ!」


 懐にはククタを助ける金貨を抱えて、ウルウが乗る列車は王国へと向う。予定よりも二日早いのでウルウの足も軽い、王国へ到着はしたが時刻はすでに夜を向えていた。だが、早く助けたいと奴隷店へ急ぐ。

 奴隷の店は日中も開店はしているが、買いに来る客は夜の方が多く遅くまで開いていると、列車内で男たちが話していたのを聞いてたので即座に足を向けた。そしてククタが居る奴隷店に到着したものの扉は閉まっていた。しかしまだ明かりが点いており、店主が居るのだろうと扉を叩く。


 ドンドンドン


 鍵が開く音がして横開きの扉は開き、そこから数日前に約束した店主が出てくる。


 「もう閉店ですよ・・・・おやぁ・・・ベベベお客様でしたか・・」


 卑猥な笑みを浮かべる店主に怒りが込み上げるが、それを抑え金貨を見せる。


 「残り四十枚持ってきたぞ! さぁあの子を売ってくれないか!」


 そこで店主は店の中へ案内し扉を閉める。


 「べべべっお約束通り確かに四十枚ありますねべべっ」


 丁寧に金貨の枚数を数え、ニヤニヤと笑いながら店主は奥へと案内する。通されたのは大男を通り過ぎたククタが居た部屋である。そこでウルウは知る、騙されたと。その部屋には檻が一つあるだけでその他には誰も居なかった、もちろんククタも居ない。


 「貴様! 騙したな!」

 「黙れ獣人! ベベベお前も商品になってもらおうか! べべべっ」


 大男が部屋の中に入ってくる、ウルウは短剣を構え逃げる算段を始める。


 (恐らく掴まるとやられる。どうにか隙を突いて逃げないと・・)


 じりじりと距離を詰めてくる大男に、フェイントを短剣で斬りかかる振りを見せて思いっきり顔に回し蹴りを入れる。しかし見た目通り頑丈で、蹴った足の方が痺れている。


 「くそっ! 硬いな!」


 それをみてニヤリと笑う大男が次は攻撃してくる、体が大きいから遅いと思い込み侮っていた為に、反応が少し遅れ殴りかかってきた拳が腕に触れてしまう。腕がその衝撃で痺れ持っていた短剣を落としたが、勢い良く突撃してきた大男は扉の前から離れた。

 それを見逃さなかったウルウは素早く扉から出る、店主が掴もうとしてくるがそれをすり抜け奥に見える扉へと進む。初めに入ってきた入り口は塞がれており、出れないと即座に判断したからだ。


 (あそこまで行けば出られる!)


 そして扉を開き片足が出た時だった。背中に物凄い衝撃が走る、大男が追って来てウルウの背中を蹴り押したのだ。


 「ぎゃう!」


 ウルウは悲鳴をあげ、裏口扉の目の前にあった壁にぶつかる。ふらふらと目が回り、視界が定まらない。大男はそれを見て動けないと知り、拳を振り下ろす。倒れたウルウの顔面に直撃する、その大きな拳を一度受けただけで頬骨が砕ける音がした、それでも大男は殴る事をやめない。


 「や・・やべて!・・・・たすけ・・・・」


 助けを求める声など聞く筈が無く、笑みを浮かべながら殴り続ける大男は手足をバタつかせていたウルウが動かなくなっても叩き続けていた。

 その刹那、大男の上空に現れる人影。しかし興奮している大男がそれに気づくはずも無く、突如襲う鉄の塊が大男の頭を叩いた。


 ガゴン!


 その音に店主が様子を見に来ると、店主は即座に縛られ動けなくなる。


 (あたたかい・・・・ここが魔素の海なのか・・・)


 ウルウはゆっくりと目を開けそして驚く、自分が空を飛んでいる事に。


 「ん・・・ここは・・・うわ!高い!」


 バタバタと手足をバタつかせ暴れるウルウ。


 「落ち着け!この子があの大男から助けたんだ、いま城へと向ってる」


 知らないヒューマンの男性に抱きかかえられている。混乱してよく分からない。


 「あ・・有難う・・・え?城?何で!」


 彼は城に行くと言う、それにこんな小さな子が助けたなんて信じられない。ウルウは怖くなりまた暴れる。


 「こら落ち着け! 急いでるんだ! 城は今安全だから取り合えず落ち着いてくれ!」


 良く見ると落ちないように糸のような物で体が固定されていた。ウルウは観念し、そのまま城へと連れて行かれた。シム族は城に到着すると、何故だか入り口から入らずに壁をよじ登り何処かの窓へと入る。そしてそこでウルウが見たのは沢山の獣人の女性達である、もしかしたら奴隷として売られた人達だろうかと周りを見回して妹ククタを探す。

 そして、ウルウがキョロキョロしているのを見つける一人の女性。ククタがいた。


 「お姉ちゃん! ケキナ見て!お姉ちゃんが来てくれた!!」


 その声を聞き、声のする方向へウルウは向く。妹の声を聞き間違えるはずが無い。


 「まさか・・・・ククタ! ククタなんだね!」

 「お姉ちゃん! 会いたかったよぉぉぉ!」


 なんと言う事だろう、もう二度と会えないだろうと思っていた。ククタの服は破かれ酷い格好だが怪我は無いようだった。


 「ククタ、怪我は無いのか? 本当に大丈夫か? 」


 涙を零しククタを触り怪我が無いかを確認する。


 「くすぐったいよお姉ちゃん! 怪我は無いよ、全部あの人が直してくれたの! みんなを生き返らせてくれたんだよ!」


 あの人と指差したのは先程のヒューマンの男性である。ウルウは思い出した、奴隷店で自分が殺された事を。溢れる涙、妹と自分を救ってくれた人に感謝しきれない、だがそれは他の獣人の女性たちも同じ様で殆どの人達が同じ様に大泣きしている。そこへククタが耳を疑うような事を言う。


 「それでね! あの人が獣人の国へ皆を連れて行くって言うんだよ!」

 「え? そ・・そんなこと・・本当なのか?」


 もう何が何やら訳が分からない。ウルウはもう考えるのを一時止める事にした。とにかく今はククタが傍に居る、それで良いじゃないかと。

 城は騒がしく大勢の人が動き回っていた。ウルウ達が案内された広間で、食事や衣服などが提供されて一息入れる者や仮眠する者などが居た。そして日が昇る前に、ヒューマンの男性が皆に話を始める。


 「聞いてくれ! これからルンドルに向う列車の用意が出来たと言うので、疲れてると思うが駅までこのまま行こうと思う。大丈夫なら歩きで付いて来てくれ、体長が悪いものや動けないものは馬車で運ぶそうだから心配しないでいい」


 獣人の女性達はそれを聞き、ゾロゾロと後を付いて行く。もちろんウルウも同じ様に付いて行った。それから何事も無くルンドラへ到着し、次は転送魔法で全員を送るという。

 小さな物を送るくらいの転送魔法なら知っているが、三千人近くの人を飛ばすなど規格外にも程がある、などと思っていると即座に回りの景色が変わる。


 「まさか・・本当に獣人の国なのか・・・・・」


 国の郊外に飛ばされたであろうその場所から、十分に城や街などが見える。そしてヒューマンの男に話しかけるコネ族の男性、いやこの国の国王だろう。風貌やその威圧感から間違いなくそうだと思えた、その国王がヒューマンの男に頭を下げる。そして国王の感謝の言葉。ウルウは我慢できずにイサムと呼ばれたヒューマンと国王の元へ駆け寄る。


 「国王様! 我らを受け入れて下さって誠に感謝いたします。そしてイサム様! このご恩一生忘れません。何時如何なる時も、貴方様がお困りになれば是非とも我らを頼りくださいませ! 非力ながらも、必ずこのご恩をお返し致します! 」


 涙を流しながらウルウはそう伝えると、回りの獣人達からも拍手や喝采が聞こえた。それから新しい住居へと移動が始まり、夢の国での生活が大切な妹と始まろうとしていた。助けてくれた彼に感謝しながら、いつかまた恩を返せるその日まで。

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