第10話 西の女王と皇女

 サラディアとの決戦から一ヶ月が経過した。季節の変動により、今は夏場に向かっている。太陽がギラギラと大地を照らし、人々の活動意欲を断つ。シュヴァリアも夏場の太陽にやられ、王国全土に活気が薄れていた。商業街もサラディアの降伏金により他国との貿易を回復させているものの、この季節にテトラス大陸の南に位置するシュヴァリアに入国する者は少ない。


「全く以って退屈だ。この気温は如何にかならないものか……」


 エルマスは王室で退屈そうにチェスの駒を動かしていた。その言葉を延々と聞かされるメイド達。王の前では嫌な顔を見せるわけにはいかず、共感する姿勢を見せるべく苦笑いで必要以上に頷いている。


 エルマスは毒殺未遂により意識不明の重体状態だったが、シュヴァリアで一番腕利きの医者の懸命の治療により一命を取りとめ、今では日常生活には支障をきたさずに過ごせる様にまで回復していた。


「国王様! 国王様―っ!」


 そう慌てて王室に入って来たのはゲドだった。


「何だゲド? 随分と慌てている様だが?」


「朗報です国王様! 西の大国、【華国】ロマールのジュオーラ女王とミーファ第一皇女が国王様に是非お挨拶をと参られました! お通ししても宜しいでしょうか!? 」


「何だと!? すぐに応接間に通せ! ……決して失礼の無い様にするのだぞ!」


「はっ! 直ちに!!」


 テトラス大陸の西に位置するロマール、通称【華国】は美男美女の多い国として知られている。自然も豊かであり、資源の宝庫としても知られている。軍事力は自国を護るだけの最低限の兵力しか持たず、未だかつて戦をした経験がない。それだけに、他国に高い評価を得ている。中でも王家の女王であるジュオーラは、テトラス大陸最高の美女とも言われる程の美貌を持ち合わせている。


 この戦の絶えない世の中であるが、ロマールを狙う国は何処にもなかった。資源を求め、その領地を我が物とする者がいても可笑しくは無い。軍事力の弱いロマールならば尚更である。しかし、各国の王は無理やり襲いロマールと敵対するよりも、ロマールを襲おうと企む国の撃退をした方が先々の関係を考えた結果良いのではないか、と考えた。それはそう、各国の王全員である。絶世の美女であるジュオーラにも嫌われたくないのだ。各国はロマールという国よりも、寧ろ狙いはジュオーラと如何に親密になれるかを争っているのだ。何とも時世を感じさせないという目論見である。


 王室内に辺りから兵士達の騒めきの声が聞こえて来た。ジュオーラの到着であると察するエルマス。普段は重い腰をこの時ばかりは軽々と上げ、服装と髪を整え応接間へと向かった。


「ジュオーラ様、入られます!」


 年甲斐もなく鼓動が高鳴る。ジュオーラと対面するのはおよそ一年ぶり。無理もない。応接間が開くとジュオーラが立っていた。


「お久しぶりですね。エルマス様」


「これはこれは! 良くぞ参られたジュオーラ様! 大した接待も出来ずにすまぬなぁ!」


 ジュオーラは薄水色のドレスを見事に着こなしている。珍しく鼻の下を延ばすエルマス。


「いえいえ。こちらも突然の訪問をお許しください」


 とても優雅に落ち着きを見せるジュオーラである。こうして媚び諂う男を一体何人見てきたことだろうか。

 エルマスはメイド達に指示をし、ジュオーラを目の前の革製のソファに座らせた。


「……おや? ミーファ様もお越しになられているはずですが?」


「すみませんエルマス様。娘がこちらに最後に来たのが六年前、まだ十二歳の時。宮殿を見て回ってみたいと聞かなくて……」


「ははははは! 相変わらずですな! どうぞお好きに見て回らせてあげて結構ですぞ!」


 ジュオーラとしてはエルマスに挨拶をさせるのが筋だったが、エルマスの言葉に甘えさせてもらうことにした。


「長旅お疲れでしょう。シュヴァリア名物の良い紅茶を入れさせましょう!」


 メイド達は手際良くカップに紅茶を注いでいく。ジュオーラはその紅茶から香る良い匂いを嗅ぐと良い気分になった。


「ありがとうございます」


「そんなに畏まることはありませんぞ! ゆっくりとお話でも致しましょう!」


◇◇◇


 その頃セトは、フィリアに剣術の指導をされていた。


「まだ振りが甘いぞセト! もっと素早く……こうじゃ!」

「痛っ! もう、少しは優しくしてくれよフィリア!」

 

 模擬刀を幾度となく振るうセトに対し、振りが甘いとフィリアは手にしている竹刀でセトの腕や足を何度も叩いた。もちろん加減はしている。例え竹刀であろうと、龍姫のフィリアが本気で振るえば骨を砕くことなど容易い。


「昨日の戦の力を出すにはもっと肉体と精神の鍛錬が必要じゃ! 今日から妾が指導をしてやる!」


 サラディアの水龍との戦闘を肌で感じたフィリアが思い立ったように言ったのが原因である。その翌日から一ヶ月間、理不尽とも言えるくらいに厳しいフィリアの訓練を耐えてきたセトだったが、もう限界である。


「ちょっと厳しすぎるよフィリア! これじゃあ身が持たないって」


「何を言っとるか! このままでは龍姫達に勝ち続けることなど出来ぬぞ!? 全く、お主は甘すぎる……」


「そうかしら? 私が見た限り、貴方が彼を虐めている様にしか見えなかったけど」


 木陰から突然声が聞こえた。聞き覚えの無い声である。


「だ、誰じゃ!? 一体何処におる!?」


「あら、ここにいるわよ?」


 その声は今度はフィリアの背後から聞こえた。フィリアが咄嗟に振り向くと、見知らぬ女が立っている。その女は派手とも言える程の菜の花色のドレスを着こなし、何よりも絶世の美女だった。


「貴方は……?」


「久しぶりね、セト! 私よ、ミーファよ!」


 名前を聞き、セトはようやく思い出した。無理もない。セトとミーファが会ったのは六年前であり、その当時セトはまだミーファよりも二つ年下の十歳だったのだ。思い出すのに時間が掛かったが、何とか思い出せた。しかし、ミーファがこのように絶世の美女になっているとは思いも寄らなかった。元々母親似で、恐らく将来美人になるとは誰もが思ってはいたが、その時まだ十歳のセトには好意など感じることは無かった。


「ミーファ様!? 何故この宮殿に!?」


「お母様がエルマス様に用があるとのことで私も来たの。……セト、貴方に会いにね!」


 ミーファはそう断言し、特訓でセトの汗ばんだ手を握る。ミーファに気に入られていた記憶は無い。幼少期に仲良くしていた記憶も少しばかりだ。


「わあ! 相変わらず剣術頑張っているんだね! こんなに手が固くなってるんだもん!」


「むっ!?」


 セトの手を握り続けるミーファに嫌気が差すフィリア。


「な、何じゃお主は!? 我が主に執拗に触れるでない!」


「きゃっ!!」


 居ても立ってもいられず、フィリアはミーファの足元を竹刀で叩いた。


「何するんだフィリア! ミーファ様に乱暴してはダメじゃないか!」


「良いのよセト。私が邪魔をしてしまった様ね。……だけど、そんな乱暴なやり方をしてセトに怪我をさせるようだったら私……貴方を許さないから」


 ミーファはそう言ってその場から立ち去って行く。


 それまでのミーファの笑顔からは想像もつかない程冷血な目に思わず身震いをしてしまうセトとフィリアだった……

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無冠の皇子と煉獄の龍姫 樟秀人 @kusunoki48

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