第5話《サラディアの進撃》

突然の水龍の出現に王国全土、そして宮殿内は混乱状態に陥っていた。敵国の襲撃に加え、国王であるエルマスが毒殺未遂により重体であるためだ。総指揮権は常に国王にあるのだが、今は緊急時によりダリアが総指揮官となった。

「奴はサラディアの龍姫! 先日の恨み、そして同胞の敵を今晴らす時だ!」

『おおー!』

 宮殿前にずらりと並んだ兵士達に叱咤激励し、軍隊全体の士気を上げるダリア。戦場に赴くことの出来ないセトは、その様子を陰から見守るしかなかった。

 ダリアが各隊の隊長達と作戦を練っていると、ボロボロになり、息を切らして慌てた様子の兵士が一人ダリアに戦況報告をしに戻って来た。

「ダリア皇子! サラディア兵は凡そ二万の兵を引き連れ、宮殿を目指し進撃しております! 先鋒隊は守りを固めるも水龍を前にほぼ壊滅状態! 敵の騎兵隊が猛烈な勢いでこちらに向かっております!」

「くそっ! あの忌々しい水龍め! 奴らも二万の兵を率いてきたということは、本気で我が国を占領しに来たというわけだ。

 ……全軍に告ぐ! これより水龍の龍姫もといサラディア軍殲滅に向かう! 奴らは二万! これに我々は三万五千の兵で応戦する! 数では我々が遥かに勝っている! 龍姫ごときに恐れをなすな! 良いな!?」

『おおー!』

 シュヴァリア王国の造りは西に山々が広がり、東に商業街が多く存在する。宮殿のある南は海、そして北にはテトラス大陸最強の中央国家ヴァージスがある。ヴァージスはどの国とも条約を結ばない国であり、シュヴァリアとヴァージスの国境付近で争いが起きれば参戦してくる恐れがあった。そこでサラディア軍は、最短距離の北ではなく東から攻めて来たのである。

 サラディア軍は国の経済を回す商業街を潰せばシュヴァリアはしばらく貧困に陥り、此度の戦で占領しきれなかったとしても、シュヴァリアを追い込めるという考えだった。

 サラディア軍討伐に立てたダリアの作戦は、まず三万五千の軍隊を二万、一万、五千の三つに分ける。そして、やむを得ず商業街の一つをシュヴァリアの最強兵器である迫撃砲で遠距離から破壊。突然の巨大な爆発に混乱するサラディア軍の前に二万の隊をサラディア軍の前に立ち塞がる。この時先陣を切るのがダリアであり、水龍を挑発しその場から離れ、サラディア軍から水龍を引き離す。水龍が本体から離れた後にサラディア軍の背後に予あらかじめ回っておいた一万の隊がサラディア軍を挟み撃ちにする。そしてダリアは水龍を商業街の北にある森に誘き寄せ、森に忍ばせていた五千の弓矢部隊ともう一つの迫撃砲で一斉に狙い撃つ。近距離戦はダリア一人で行うこととなった。これはダリアが自ら各隊長達に強く説得したものだった。

 最悪の場合、水龍を逃してもサラディア軍を討伐することさえできれば良い、という考えである。

「兄上! 龍姫相手に近距離戦を一人で行うのはあまりにも無謀です! いくら兄上がお強いとはいえ、龍相手に一人でなどと……」

 作戦の様子を聞いていたセトは堪らずダリアに訴えかけた。

「大丈夫だ、セト。俺は決してお前を残して死んだりなんかしない。……お前が一人前の戦士にするのが俺の使命だからな。それに、奴には先日の借りがある。奴にやられて死んでいった兵士達の敵は俺が取らなくてはいけないからな」

「で、ですが……」

 駆け寄るセトの頭を撫で、ダリアはいつもの優しい笑顔を見せた。それ以上セトは何も言わなかった。

 ダリアは軍隊の方へ振り向き、大声で指示をする。

「用意は良いな? ……全軍、突撃!!」

『おおー!!』

 三つに分けられた軍隊はそれぞれの役割を全うすべく、白馬に乗ったダリアを先頭に、一斉に宮殿前から東へと向かって行った。

 ただただ見守ることしか出来ない自分に嫌気が差したセトだった。




「はあ……」

「何じゃ先程からため息ばっかり吐きおって。そんなに気になるならお主も出陣すれば良かろう?」

 自分の部屋で落ち込みを隠せないセト。ダリア率いるシュヴァリア軍が出陣してからというものの、ずっと部屋の中を右往左往していた。それをフィリアは見兼ねていた。

「いや、それはダメなんだよ。僕は今のままじゃ戦の足手まといになってしまう。それに、僕は第三皇子という立場上、簡単に戦死なんかすれば父上達の顔に泥を塗るようなものなんだ」

「……しかし相手は龍姫。お主の兄上が凄腕だとしても、仕留めることは容易ではないぞ」

「迫撃砲が龍姫に通用すれば良いんだけど……」

「迫撃砲とは一体何なのじゃ?」

 迫撃砲とは簡単に言えば火砲のことである。高い射角で湾曲した弾道で発射され、目標を爆破する。

「……なるほど。しかしそれでは水龍の操る水に鎮火されるのが落ちじゃ。たとえ水龍に命中したとしても、そう易々とは倒れてくれぬじゃろうな」

「……兄上……」

 セトはダリアが心配で仕方がない。部屋の中から窓の外の戦況を見守るしかなかった……




 その頃戦場では、二万の兵を引き連れたダリアがサラディア軍と接触した。商業街は既に迫撃砲で大破している。サラディア軍の隊列は突然の爆発で乱れ、混乱している最中だ。

「おい! シュヴァリア王国第一皇子【頂の五将】の一人、【豪剣】のダリアだ!」

「奴を仕留めろ! 一気に名を上げる絶好の好機だ!」

 目の前の敵将に目が眩み、案の定敵兵はダリアに襲い掛かろうとする。背に差してあった2m程もある大剣を抜き、サラディア軍の兵士をなぎ倒していく。敵兵の腹や背を斬り、手にしている剣でダリアの大剣を防ごうとする者もいたが、ダリアはその剣を一振りでへし折り、そのまま敵兵の頭部も斬り裂いた。シュヴァリア軍の出陣に気付いた水龍までもがダリアに攻め立てる。

「また会ったな水龍! 先日の恨み、晴らしてやるぞ! 掛かって来い!」

 ダリアは作戦通り水龍を挑発し、その場から北へ向かって白馬を走らせる。見事に挑発に乗った水龍は、ダリアを追い飛んでいく。

 ダリアを追いかけようとする者は二万の兵が立ち塞がり、そしてダリアが戦場から走り去っていくとサラディア軍の後方に潜んでいた一万の兵が姿を現し、サラディア軍の挟み撃ちに成功した。




 ダリアは目的地である森に向かい白馬を走らせる。後方から水龍が凄まじい勢いでダリアを追い、口内から2m程の巨大な水の弾を吐き出した。シュヴァリア王国の中でも一番速いダリアの白馬でさえ、寸前でかわすのがやっとである。

「おいおい……嘘だろ……」

 ダリアは水の弾が落とされた地面を見た。すると、草地が迫撃砲の威力を上回る程の規模で抉られていた。

 (あれを一発でもまともに食らったら終いだな……)

 水龍に少しだけ恐怖心を抱くダリア。すると、水龍の背に暗い影が見えた。ダリアはその正体が気になり、よく目を凝らす。徐々に姿が見え、ダリアはその正体に気が付いた。

 それは、全身に青と黒の鋼鉄の鎧を着た……一人の人間だった。

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