第6話《龍姫と龍戦士》
(水龍に人間が乗っている!? しかもあの鎧は一体何なのだ!?)
上手く水龍を弓矢や迫撃砲の射程距離に誘き寄せているダリアだったが、その水龍の背に乗っている人間が気がかりで仕方なかった。水龍から放たれる水の弾を寸前でかわし続けるも、森が近づくと水の弾が草地を幾度も抉り続け、その衝撃で白馬諸共吹き飛ばされてしまった。
白馬はどうやら足にけがを負った様で、四足で立ってはいるものの、右の前足がガクガクと震えている。対するダリアは身体への衝撃が少ないものの、白馬に乗れない以上逃げるという選択肢は消えた。残る選択肢は一つ。
(戦うしかない!)
水龍はダリアを睨み付け、凄まじい声で鳴いた。耳を塞がなければ鼓膜が破れるほど水龍の鳴き声は大きい。水龍が泣き止むとダリアは大剣を構えた。
「来いよ水龍。俺を殺せばサラディアの勝利だぜ?」
水龍は挑発に乗るようにして、ダリアに向け水の弾を吐き出した。それを大剣で切り裂こうとするダリア。何とか受けきったものの、たった一撃でかなりの衝撃を受けた。足場はいつの間にか草地を抉り、ダリアは後方に下げられている。
「へっ。これが龍姫の力だってことかよ……。面白い! 久々にこの戦、楽しめそうだ!」
気付かぬ内に笑っているダリアだった。
自室ではセトがある名案を思い付いていた。それはフィリアに対するものである。セトはフィリアの座る椅子の前に座った。その様子にフィリアは呆然としている。
「フィリア。君の力ならあの水龍を倒せないか? いくら水と炎で相性が悪いといっても、龍姫同士が戦うしかないと思うんだ。龍姫はいくら兄上が強くても勝てる相手じゃないよ。そのくらい龍姫の力が強いことは噂でも聞いているし、何よりも僕は目の前で君の力を見ているからね」
「……それはそうなのじゃが……」
暗い顔をするフィリア。セトはその原因が何かを未だ気付いていない。
「良いかセト? 龍姫というのは本来、単体で戦うものではないのじゃ。戦えないという訳ではないぞ? 龍姫には龍戦士ドラグライダーという相棒が必要なのじゃ。龍戦士ドラグライダーは龍姫と契約の儀を交わし、その身を龍姫に捧げなければならん。対する龍姫も龍戦士ドラグライダーに身を捧げる。要は龍姫と龍戦士ドラグライダーは契約を交わしたその時から一心同体、相補関係になるという訳じゃ」
「う、うん……」
セトは全てを理解し切ってはいないが、フィリアは説明を続ける。
「妾は以前、ある男を龍戦士ドラグライダーとして契約をしたことがある。……その男は半ば強引に契約するように妾に仕向けたのじゃが……。龍戦士ドラグライダーは先程も言った様に、龍姫と一心同体。龍姫が攻撃を受ければ、その契約者である龍戦士ドラグライダーも同じように身体に攻撃を受けたことになる。その逆も然りじゃ。その男は、幾度も戦に妾を駆り出し、やがて大きな戦に出陣した妾達は敵の龍姫に敗れ、妾は大きな衝撃を身体に受けてしまった。妾は龍姫の持つ、高度な治癒能力でその場を逃げ切れたが、その男は妾が攻撃を受けた所為で両腕が捥もげ、腹は大きく抉られ死んだ。
……その男に未練があるわけではないぞ? ただ、それから妾は自分の背に誰かを乗せるのは避けるようにして来た、という訳じゃ」
フィリアは淡々と話すものの、どこか心が泣いている。セトはそう感じた。
「……他国の誰もが龍姫を血眼になって探していることはお主も知っておるな?」
セトは黙って頷く。セト専属のメイドであるミネルヴァから他国の歴史や最近の出来事を聞いていた。ミネルヴァはメイドだけでなく、セトの教育係としても任されている程の物知りだった。
「最早、龍姫の情報に疎いのはこの国くらいなものじゃ。他国はこうしている間にも龍姫を探し、国の上位のものと契約させようとしておる。戦に出れば妾が見つかるのも時間の内じゃ。じゃが、妾が力を示さなければ見つかる可能性は大幅に低くなる。妾は龍姫じゃが、時として龍姫であることが怖いのじゃ」
フィリアの話を聞き、特殊な能力を持っているものの、龍姫も同じ人間だというような気がした。
するとそこへ、自室のドアをノックする音が聞こえた。
「セト様! 大変でございます!」
何やら慌てた様子のミネルヴァ。ドアを開け、ミネルヴァに話を聞く。
「一体どうしたのミネルヴァ!? 何があったんだい?」
「ダリア様が! ダリア様が……!」
ミネルヴァの話によると、ダリアは今現在水龍の龍姫と交戦中であり、愛馬の白馬が怪我を負い、逃げることも儘ままならないという。ダリアと共に水龍討伐に挑んだ五千の兵の内の一人が戦況を伝達しに来たのだ。
「兄上を失ってしまったら、もうこの国はお終いだ。……かと言ってこの宮殿を守る兵を増援として送ってしまえば、伏兵がいた場合宮殿の崩壊、そして王国の敗北が決定してしまう……。一体どうすれば良いんだ!?」
窮地に追い込まれたセトは怒りのまま壁を殴った。エルマスが重体、ダリアが出払ってしまっている以上、最終の決定権はセトにあるのだ。本来ならば自分自ら戦に出なければならない状況下で、こうして安全な場所で何も出来ずにぼんやりしている。
戦は好きではない。むしろ嫌いだ。だけど僕はこうして戦に目を背け、日々のんびり暮らすだけの毎日。努力はしている。兄上のため、王国のため。
(だけどそれは僕が僕自身に与えた【逃げ道】だ! そう言っていれば努力はしている、と自分を正当化するための口実に過ぎない!
……覚悟を決めよう。僕は王国のため、そして兄上のために戦うんだ!)
「フィリア……僕は兄上を助けに行くよ」
「なっ! 一体何を言うかセト!? 相手は龍姫じゃ! 敵国の兵士にすら勝てぬお主に勝てるわけがなかろう!!」
フィリアが必死に説得をするも、セトは決心している。その目はいつもに増して、鋭く輝いていた。表情も一端の戦士といった顔付きになっている。
「はあ……。お主はつくづく良く分からぬ男じゃな。
……ミネルヴァ殿、しばしセトと二人で話をしたい。……席を外してくれぬか?」
「……分かったわ。それではセト様、私はこれで失礼させて戴きます」
ミネルヴァが退室すると、フィリアが突然セトの頬を軽く両手で押さえた。思わずビクリと身体を震わせ、目を背けてしまう。
「こっちを見よセト」
静かに話すフィリア。いつもとは様子が違う。
セトはゆっくりとフィリアの目を見つめた。顔が近い所為か、妙に緊張してしまう。
「お主の覚悟、しかと受け取ったぞ。妾もどうやら覚悟を決めねばならぬようじゃ。
そしてセト……もう一つ覚悟出来るか?」
「もう一つ……?」
「妾の契約者となり、これから
フィリアの口からはそう発せられた。無論セトも聞き逃してはいない。
(兄上を助けるには力が足りない。……僕は……僕はフィリアと共に生きて見せる!)
「……うん。僕は簡単に死なない。いいや、死ねないんだ。フィリアを一人で置いてなんか行けないよ」
そう言うと、フィリアは嬉しそうに笑った。そして目を閉じ、何やら呪文のようなものを唱え始める。
「我、炎龍姫フィリアの名において、セト・シュヴァリアを我が主と認める。我、魂を捧げ、セト・シュヴァリアの矛となり盾となることをここに誓う。
……目を閉じるのじゃ、セト」
フィリアは牙を尖らせ、自分の唇を軽く噛んだ。うっすらと唇に血が滲む。フィリアはその血を指で唇に塗った。
セトはフィリアの言う通りに目を閉じた。緊張から身体が固くなっている。
「これからも宜しく頼むぞ……セト……」
フィリアはセトに優しく口づけをした。思わず目を開けてしまうセト。その時、セトの左手がうっすらと赤く光りだした。見たことも無い解読不明の文字が二重にして円を描いている。そしてその中央には星が。
「これで契約完了じゃ。その紋章は龍章という龍姫との契約者の証じゃ」
「……これで後戻りは出来ないね。……それじゃあ兄上を助けに……」
「どこから行く気なのじゃセト?」
自室から出ようとするセトを呼び止めるフィリア。
「どこからって……正門から?」
しかし、フィリアは窓を指差した。まるでこちらから行くぞと言わんばかりに。
「えっ? ……まさか……冗談だよね?」
「ええい根性無しめ! ほら! 行くぞ!」
窓を開け、フィリアはセトの襟を強引に引っ張り、勢い良く外へと飛び出した。
猛烈な勢いで地面に向かって落ちて行く。
「ぎゃああああああーっ!!」
戦中の夜空に、セトの叫び声がより一層こだました……
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