第4話《暗殺事件》

(な……何故ダリアは何とも無いのだ!?)

 ゲドはひどく混乱した。無理もない。本来ならば毒薬の含まれた羊の肉を食べ、今頃は地面をのたうち回りひどく苦しんでいるはずだったからである。

 (あの小僧……ダリア毒殺に恐れをなしたか!!)

 毒薬を若者兵士に渡したことを今になって悔やむ。指示したはずの肉に若者兵士は毒薬の混入を止めたのだ。

「うん、美味い! やはり羊の肉は最高だな!」

「おお、そうかそうか! どれ、私も食べるとしよう」

 エルマスは一国の王であるにも関わらず、口を大きく開け、ナイフで切り分けることなく豪快に齧り付いた。

 味を確かめるように何度も口の中で肉を噛み切る。ようやく一口目を飲み込むと、事件は起きた。

「さすがは我が宮殿の料理人達だ! 味も焼き加減も最高……ん……んん!?」

 絶品の料理を食べ、満足げに料理人達を褒めようとしたエルマスが突然、身体に異変が起きたことに気付いた。目を見開き苦しそうにして口を押えた。苦しみのあまり声も出ない状況である。

「国王様? ……国王様!?」

「如何なされましたか父上!?」

 大広間は一斉に混乱状態に陥った。貴族達は食べる手を止め、使用人達は持っている皿を床に落としてしまう。やがてエルマスは白目を剥き、泡を吹いて気を失った。ダリアは咄嗟にエルマスの身体を抱き、状態を確認する。そこにいる誰もが慌てふためく中、ダリアはゲドに命じた。

「何をしている大臣! すぐに医者を呼んで来い! このままでは父上は死んでしまうぞ!」

「は、はいぃ! 直ちに!」

 その光景に唖然とするセト。この短い時間で一体何が起こったのか、未だに把握できていない。目の前を貴族達や使用人達が騒ぎ立てていることくらいしか分かっていなかった。

「皆よく聞け! 今からここにいる全員の荷物を確認させてもらう! 全員の確認が済むまで何人たりともここから出ることは許さん!」

 力強くダリアはそう言い放った。怒りでも悲しみでもなく、ダリアを動かしているのは【使命感】だった。

 ダリアの命令通り、大広間の扉はベテランの兵士を置かれ完全に閉ざされた。

「恐らくこの中に父上の毒殺を企み、父上の料理にだけ毒薬を忍ばせた者がいるはずだ」

「だ、ダリア皇子! 犯行に及んだのは、使用人達の誰かではないのでしょうか!? 使用人ならば料理を運ぶ際に毒薬を忍ばせ、エルマス国王に提供することも可能だと思われます!」

「黙れ! 俺が一人ずつ確認していく! 誰も口答えするな! 拒否した者が犯人だと見なす!」

 その場にいる全員が服の中、そして鞄などの荷物の中身を調べられていく。建前上セトもそれに応じるしかなかった。もちろん疚しいものは何一つ手にしていない。

「すまないセト。皆の前でお前だけを許す訳にはいかないのだ。許してくれ」

「大丈夫です兄上。僕も同じ立場ならきっと同じことをしていますから」

 形の上でも可愛い弟を疑うことは心苦しい。それを悟ったセトは、ダリアにそうやさしい言葉を掛けた。




 結局犯人と思われる人物、そしてその物が手にしている毒物の様な物は見当たらなかった。考え込むダリアだったが、一切見当がつかない。

 やがてゲドが息を切らし医者を連れて来た。エルマスは王室に運ばれていく。

 その後、ゲドの荷物を検査してみたものの、毒薬などは一切見当たらなかった。

「ここにいる者の犯行では無さそうだ……。皆の者、すまない。今日の宴は中止にさせてもらう」

 続々と大広間から貴族達や商人が出ていく。セトは怪しい人物がいないか一人一人を観察してみたが、それらしき人物はいなかった。

 すると、ダリアに肩を叩かれた。耳元でダリアはこう囁いた。

「俺は父上の容体を見て来る。お前は部屋に戻っていてくれ。

 ……必ず俺達で犯人を見つけ出して、そいつの首を撥ねてやろうな」

 常に心優しいダリアに対し、この時初めて恐怖の感情を抱いた。その言葉は冷酷で、堪らず冷汗が噴出した。

 今まで見てきたその背中が恐ろしく、狂気に感じていた……




「やっと戻って来たか! 妾は退屈じゃったぞ」

 セトが部屋に戻ると、フィリアはセトのベッドに寝転び本を読んでいた。おかげでセトの部屋は本棚から溢れ出た本で散らかっている。

 先程の一件をフィリアに話そうとしたが止めた。フィリアは今はまだ人間不信の状態である。人間同士の事件を話せば、人間とは危険な生き物として見られてしまう恐れがあるからだ。

「ごめんごめん! 皆すっかり酔っぱらっちゃって、お開きになるのに時間がかかっちゃったんだよ。

 それはそうとフィリア……何でこんなに本が散らばっているのかなぁ?」

 表情は笑顔だが目は笑っていないセト。それを見たフィリアはいつもの虚勢を張らず、怯えていた。

「す、すまぬセト! これは、その……」

「問答無用!」

 セトはフィリアを抱きかかえ、強引に隣のフィリアの部屋に連れていく。駄々をこねて暴れるフィリア。

 ドアノブに手を掛けたその時だった。フィリアは何かを察したかのように暴れるのを止め、ジッと窓の外を真剣な眼差しで見つめた。

「どうしたのフィリア?」

「しっ! 静かに! 何か……水の音が聞こえる……しかもかなりの量の水だ!」

 部屋には無音が広がるが、水の音など全く聞こえない。況してやかなりの量の水など聞こえるはずが……

 しかしその瞬間、セトにでも分かる大きな呻き声が響き渡った。フィリアを床に降ろし、窓の外をテーブルの上に置いてあった双眼鏡を介して見つめる。

 するとそこには、宮殿の遥か向こうの街で水を巧みに操る一頭の龍の姿が見えた。

「水龍だ! 水龍が攻めて来たんだ!」

「相手は龍姫……これはマズいぞ、セト!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る