第6話 お人形に呪われちゃいました。

 胸の奥から熱い何かがこみ上げてきそうです。

 何なのこの感覚? オッサンの真剣な眼差しに吐き気を催しただけでした。

 熱くて酸っかい何かをこらえ私はオッサンに言いました。


「どういうこと?」

「お嬢ちゃん、これはな呪の人形『ハチベエ』だ。」

「呪の…人形?」

「そう。この人形を使った人形遣いはな、ほとんどが次の日に死んじまう曰くつきの人形なんだ。」

「どうして?」

「どうしてかは分からん。だがパーティーメンバーがこれを持ってきてな、必ずこう言うんだ。コイツのせいで死んだ。とな。」

「そうなんだ。」

「処分しようとしてもいつも見失っちまう。そして冒険者が来たらひょいっと顔を出すから始末に終えねえ。」

「契約しなければいいよ。」


 ここでレクチャーします。人形遣いは『血の契約』を結ぶことで人形を使役することが可能になるそうです。

 後付け設定だって言わないでよね! 図星ですけど。


「ところがなお嬢ちゃん。そのハチベエは触れただけで契約ささっちまうって噂なんだ。」

「そうなの?」

「だから念の為、こっちの人形遣いのお譲ちゃんには触らせないようにしてくれないか。」


 ビッチは苦笑いを浮かべました。


「おじさん。人形遣いはウチじゃなくてこの娘なんですけど…。」

「ええっ! てっきりこっちのお嬢ちゃんが人形探してると思ったよ。アンタ随分と主体性のない冒険者だな。」


 失礼ね。奥ゆかしいと言ってよ。


「お嬢ちゃん、とにかく落ち着け。いいか、絶対契約するんじゃないぞ。いろいろ上手いこと言って誘導してくるかもしれんが、契約する素振りを見せたらそこをつけ込まれるかもしれん。拒絶の意思を強く持つんだ。分かったか?」

「うん。大丈夫。」


 拒絶の意思はそこそこ得意。

 その時ハチベエの目が赤く禍々しく光りました。


【問おう。キミがボクのマスターかい?】


 ハチベエ、いいの? そのセリフ。ちょっと危なくない?

 こういう時なんて言うんだっけ?

 体は何でできているんだっけ? ツナギ? ウナギ?

 血潮は? 松? ケツ?

 違う違う。そうじゃない。拒絶の意思、拒絶の意思。


「違うよ。」

【契約成立だね!】


 何でよ。今のどこに契約成立の要素があるの? 拒絶の意思はどこ行ったの?


【ゴメンゴメン。一応気分を盛り上げようかと思ってさ。演出だよ、エ・ン・シュ・ツ。エリオが言うとおり触れるだけで契約成立だからね。ちなみに契約解除は死ぬまでできないから注意が必要だよ。】


 どこぞの落石注意くらい注意のしようがありません…。と言うか…。


「エリオって誰?」

【目の前にいるじゃないか。人形屋の主人エリオジュール・フォン・オズヴェルドリッツシュタインだよ。】


 なんだかなあって感じでした。


【ボクはハチベエ。キミの名は?】

「カンナ。」

【そうかい。じゃあスレイブって呼ばせてもらうかな。ボクのことはマスターって呼んでよ。】


 マスターってあなた、さっき「問おうなんちゃら」って言ったばかりじゃないですか?

 ひょっとしてここ、ツッコミどころかな? 絶対ツッコまないよ。

 だけどスレイブ。ちょっと中2ゴコロをくすぐるかっこいい響き。

 これはこれで、いいかも。


【あれ? 嫌そうじゃないね。じゃあスレイブじゃなくてドレイブにするよ。意味はそう変わんないと思うから。】


 途端に嫌な語感になりました。


「あの〜、ところでこれいくらですか?」


 ビッチがオッサンに聞きました。


「売りモンじゃねえからな。いいよ仕方ない、持ってきな。生きていたら何か別のもので返してくれ。」

「おじさん、ありがとね!」


 ビッチ必殺『にへっ』スマイル発動です。

 ですが私は見逃しませんでした。「別のもので返してくれ」と言ったオッサンの鼻の下がその名のように盛大に伸びていたことに。

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