7.はじめてのおつかい……って、ちげぇよ!

──ダンジョン1階層



 セシィーと並んで2層に向かうため歩いていると、前方からゴブリンの群れが出現した。


「敵さんがいらっしゃいましたよ」


 セシィーはそう静かに告げると、短い杖を引き抜く。


 俺もギルドから支給された武器を構え、戦闘モードに入った。


 久しぶりだ、この感覚。

 ……てか、俺は人生で何回モンスターと戦わなくちゃならんのですか。


 セシィーは魔術士メイジなので、前衛での攻撃に向かない。

 よって、剣士ソードマンである自分が剣を交わえなくてはならないのだ。


「とりあえず俺は前に出て敵をさばくから、セシィーは後方からの支援を頼む」


「はいっ!」


 俺は一歩前に踏み出し、飛びかかってきた一匹目のゴブリンを狩る。



 ──スシャッ



 あれ?



 ──スシャッ、スシャッ



 あれあれ?


 いくら剣を振っても、空を切るばかりで、全然ゴブリンに当たらない。

 ヤバイ……。


「ど、どうしましたか、ゴマシオ様!」


「あぁ……ちょっと手汗が……」


 嘘だ。

 物理的に当たらない。スピードが足りていない。


 これはきっと長年の引きこもり生活の弊害へいがいだ。


 思うように体が動かねぇ。

 クソッ……。



 俺がゴブリン一体すら殺しあぐねていると、次々に他のゴブリンが飛びかかってくる。


「ギィィ!」

「ギュエ!」


 受け身の体制をとる間もなく、攻撃をモロに受けてしまった。

 このままだとヤバイな……。


「ヒールッ!」


 その瞬間、セシィーの澄んだ声が洞窟中に響き渡り、俺の全身が緑の光に包まれた。


「一時回復魔法です! 取り敢えず今はそれで持ちこたえて!」


 俺は静かに頷くと、ゴブリンの集団に向き直る。汗ばむ手でショートソードを握りしめた。


 クソッ、クソッ、クソッ!

 なんでゴブリンごときで俺は手こずっているんだ!


 悔しい。恥ずかしい。情けない。

 負の感情が俺の脳内を支配していく。


「ギィヤ!」


 汚い鳴き声をあげて飛びかかってきたゴブリン目がけて、俺は思いっきり剣を振り下ろした。



 ──スシャッ



 手応えゼロ。

 無情にも空を切る音だけが鳴り響く。


 攻撃を逃れたゴブリンは、そのまま俺の腹部に頭から突っ込んできた。


「危ないっ!」


 セシィーの悲鳴も虚しく、ゴブリンの頭突きが俺の腹に食い込み、体を大きく後方へ弾き飛ばされた。


「ガハッ……」


 頭を強く打ったような痛みが全身を駆け巡った。

 いたい、くるしい……。



 その瞬間、意識が暗転した──。



 * * *



 あれは夕暮れのときだったと思う。

 静かに陽が落ちていく中、俺は口火を切ったんだ。


『剣の使い方を……教えてもらえませんか?』


 目の前に立ちはだかる、“あの人”に頼んだ。


 正直、顔はよく覚えていない。

 けど、その人が強いということは今でも覚えている。


『剣の使い方は人それぞれだ。自分の好きなようにするがいい』


 そんな曖昧な答えに、俺は腹が立ったんだっけ。


『それでも知りたいんです。あなたの剣さばきの方法を』


『ふむ……。ちょっとついて来な』


 “あの人”はそう言って手招きをすると、歩き始めた。

 俺はその大きな背中を追いかける。


『剣で敵を倒すことの本質ってなんだと思う?』


 あの人は突然そんなことを聞いてきた。


『本質……?』


 分からない。

 あの人がどんな答えを求めているのかが分からない。


『それは、相手に刃を当てること……。それだけだ』


『そんなこと知ってるよ! 俺が聞きたいのはそんなんじゃなくて……』


 あの人はやれやれとため息を吐くと、静かな口調で話し始める。


『カイル……。お前はまだ何も分かっていない。剣の本質を見極めれば、剣は自分の体の一部となり、同化する。自分の“気“をその刃に研ぎ澄ませろ。剣の声に耳を傾けろ。一刀一刀を大事に扱え──』



 * * *



「刃を……当てる……敵に……」


 俺は無意識のうちにそう呟いていた。

 目の前にはゴブリンとの応戦を繰り広げるセシィーの後ろ姿が見える。


 助けないと……。

 俺が殺らないと……。


 ふらつく頭を抑え、朦朧もうろうとする意識を振るい立たせる。


「一点に……研ぎ澄ます……気を」


 立ち上がり、力強く地面を蹴った。無我夢中に走った。

 剣のグリップを固く握り、ゴブリンの集団に飛び込んでいく。


「砕け散れ!」


 空中に浮遊しながら、まずは一匹目のゴブリンの首を掻っ切った。

 シュパッという心地よい斬撃音と同時に、辺りに緑色の鮮血が飛び散る。


 そしてそのまま重力に引かれるように足を地につけると、勢いよく振り向き、背後にいたゴブリンを斬りつけた。


「グェッ!?」


 突然のことに驚いたような声を絞り出すゴブリン。

 ゴブリンは石のように固まっていくと、バキンッと砕けていく。


 どうやらこれがモンスターの“死”、のようだ。



 残り3体。

 突然降ってきた男の姿を前にして、残りゴブリン達は戸惑うような仕草をみせたが、互いに見つめ合うと意を決したように一斉に飛びかかってくる。



 ──甘い。



 地を蹴り、俺もゴブリンたちに飛びかかる。

 空中で俺とゴブリンの視線が一瞬交差した。


 俺には世界がスローで見える。

 その一秒が永遠にも思えるほどに。


 そんな中、俺は剣をゆっくりと顔の前で縦に立てた。


 ──勝ち、だな。


「……ッ!」


 俺は真ん中のゴブリンを真っ二つに叩き斬り、左右のゴブリンたちの横を素通りしていく。


 残った2体のゴブリンたちは驚いた表情でこちらを見つめてくるが、もう遅い。


 すぐさま着地して振り返ると、まだゴブリンたちは宙に浮かんでいた。

 ゴブリンの体重は軽い。だからそこそこ跳躍力がある彼らは着地するまでに時間がかかる。


 ……とは言っても、コンマ何秒といったに過ぎないが。



『背中が丸見えだよ』



 刹那、脳内に響いてくる“あの人”の声。

 脳裏に浮かぶのは修行の辛い日々。


 俺はその情景を振り切るようにしてゴブリンの胴体を突いた。


「「ギュエ!?」」


 その鳴き声を最後にゴブリン達は朽ち果てていく。

 体のコアを潰されたゴブリン達は足から一気に石化していくと、綺麗さっぱり砕け散っていった。

 もう、その場所には戦闘の痕跡は残っていなかった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る