8.あ? チョロインですけどなにか?
──ゴマシオ様とパーティーを組めるなんて嬉しい!
そう思っていた時期が私にもありました……。
*
正直に言いましょう。
私はこれから始まる冒険に胸をときめかせていました。
元冒険者であり、
冒険者として全く実績をあげられなかった私には、引退してもまともな職業なんて待っていませんでした。
だからゴマシオ様とパーティーを組むことになったときは嬉しかった。
今より違う自分になれる。
きっとこの人は自分を救ってくれる。
……結局他人任せなんです、私。
何かに依存していないと生きていけないんです。
分かっていました。
でもそのことを意識すればするほど私は他人を求めてしまう。
私、病んでるのかな?
* * *
それはダンジョン一階層を攻略しているときに起こったことです。
ゴブリンの群れが前方に出現しました。
「敵さんがいらっしゃいましたよ」
あら、やだ私。
また硬派な女を気取っちゃってる……。
言ってから恥ずかしさが込み上げてきましたが、ゴマシオ様は特に何も反応を示さないので、ほっと一安心。
って、安心している場合じゃないわ。
静かに腰から杖を引き抜いて、私は身構えます。
それに続いてゴマシオ様も金属音を鳴らしながら剣を取り出しました。
でも、これギルドから支給された剣ですわ。
この国の救世主様であろうお方が自分の武器を持っていないのはおかしくないですか?
……私はハッとしました。
それは愚問だったからです。
「弘法は筆を選ばす」
確かそんな
私は自分の間違った考えを恥ずかしく思いましたが、今はそれどころではありません。
「とりあえず俺は前に出て敵を
そう言ってゴマシオ様はゴブリンの集団に飛び込んでいきます。
「はいっ!」
今、まさに私がゴマシオ様と会ってからずっと待ち望んでいた時間が始まります。
ゴマシオ様ならきっとゴブリン程度なんて瞬殺でしょうけど!
──スシャッ、スシャッ、スシャッ
空を切る音だけが辺りを滑っていきます。
……え? これが救世主と言われた男の実力!?
目の前の光景が信じられませんでした。
私の夢が、希望がガラガラと音を立てて崩れていくような気がしました。
いえ、そんなはずはありません。
私は否定するように首を振ると、悪戦苦闘を続けるゴマシオ様に呼びかけます。
「ど、どうしましたか、ゴマシオ様!」
ゴマシオ様はちらりとこちらを振り返り、言い淀む素振りを見せながらも口を開きます。
「あぁ……ちょっと手汗が……」
なるほど。
それでは仕方ありませんね。
ゴマシオ様は再びゴブリンの群れに向き直ると、大きく剣を構え直しました。
なぜでしょう。
その後ろ姿はとても小さく見えるのです。
荒い息づかいで、大きく上下に動く両肩が縮こまっているからでしょうか。
…………。
知っていました。
このゴマシオ様はゴマシオ様ではないのではないということを。
大体初めから変だったのです。
どこの国に自分の名前を間違える冒険者がいるでしょうか。救世主の癖して道中で死んでしまう仲間がいるでしょうか。
いえ、いません。
分かっていました。この人はゴマシオ様ではないと。
けど、私は変わりたかった。
今の日常に刺激が欲しかった。
この怠惰で退屈な日常に。
「ヒールッ!」
私は叫びます。
思考を放棄して、投げやりになりながら叫びます。
「一時回復魔法です! 取り敢えず今はそれで持ちこたえて!」
そんなこと思っていない。
この人はゴマシオ様じゃないからきっと負けてしまうでしょう。
──負けてしまえばいいんだ。死んでしまえばいいんだ。死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ。
そしたら私の夢も希望も全部なかったことにできる。
私は何も悪くない。私に期待させた“こいつ”が悪い……。
「危ないっ!」
ゴマシオ様に飛びかかるゴブリンの姿を見て、私は無意識のうちに叫んでいました。
どうして?
どうして私はこの人を助けたいの?
弾き飛ばされたゴマシオ様は洞窟の壁に激突したまま動かなくなってしまいました。
嬉しい気持ちと悲しい気持ち。
なんか色々混ざって分からなくなっちゃった。
ゴマシオ様がダウンしたことを確認したゴブリン達は、ギロリと私の方を見つめてきました。ターゲットが私の方に移動したのでしょう。
私は冷静に唱えます。
「吹き抜けたる風よ、この地に轟けざらん」
どこからともなく吹き付けてきた強風が辺りを吹き荒らしていきます。D級魔法『
ゴブリン達は身動きが取れず、その場で風に抗うばかり。
私は追撃を開始します。誰のためでもない、自分のために。
「風よ、鋭い刃と化せ、その者を切り刻め」
D級魔法『
多分勝てるでしょう。いえ、これで勝ってしまいましょう。
そうしたらこの男を置いて帰るのです。
何事もなかったかのように振る舞い、またいつも通りのつまらない日常に帰るのです。
「──刃を……当てる……敵に……」
「!?」
ボソボソと呟きながら立ち上がるゴマシオ様。
私はそちらに気を取られてしまい、攻撃を繰り出す手が止まってしまいました。
「一点に……研ぎ澄ます……気を」
ゴマシオ様は走り出した。
突然のことに驚いてしまい、私は身動き一つ取れません。思考もピタリと止まってしまいました。
「砕け散れ!」
ゴマシオ様はゴブリンの群れに舞い降りると、目にも見えぬ速さで瞬殺していきます。
一匹、二匹──。
その姿はまるでダンスを踊っているかのよう。
彼の
さらに飛び上がると残りの三匹を狩り終えてしまいました。
あっという間のダンス。
──凄い。
圧倒され、そんな感想しか出てきません。
すると、ゴマシオ様はがくりと膝を落として、うなだれる。
「あぁ……終わった……」
ポツリと呟かれたその言葉は酷く疲労に満ちていました。
「ご、ゴマシオ様……」
思わず声が上擦ってしまいます。
「ん、なんだ?」
いつも通りの優しい顔でこちらを見つめてくるゴマシオ様。
私が死ねと願っていたことも知らず、私がまだあなたをゴマシオ様だと信じて疑わないゴマシオ様。
「その……いきなりどうして……」
「夢を見たんだ」
「ゆ……め?」
夢がどうしたと言うんですか。
「ま、まあそれはどうでもいいじゃないか。それよりもこれから俺のことは“カイル”って呼んでくれ。様もいらねぇからな」
ゴマシオ様……いや、カイルはクイっと自分を親指で指すと、ニヤリと笑いました。
──別にこの男がゴマシオ様でなくても良い。
とくんとくんと脈打つ心臓を抑えます。
少し息が苦しい……。なんだろう、この感情は。
顔に血が集まっていくような感覚を覚え、私はカイルとまともに目を合わせられませんでした。
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