5.辱め×3


「ご、ゴマシオ様ぁ、しっかりしてください!」


 目を開けると天使──セシィーがいた。


「セシィー……俺はもうダメみたいだ……」


 俺はうめきながら訴えかける。


「どうしたのですか!? やっぱり下腹部が窮屈きゅうくつで……」


「違うわ!」


 叫びながら飛び起きる。

 まだそのネタ引きずるのかよ! 勘弁してくれッ!


「あの……じゃあ、『ステータスカード』とかいうのを作ってもらっていいですか?」


 目の前の受付のおねえ──熟女に声をかける。


「それではステータス表示の儀式を行うザマス」


 目の前の熟女はべったりと赤い口紅が塗られた唇をパカッと開いてそう言った。


「よ、よろしくおねがいしゃす……」


「こっちに来るでザマス」


 そう言われて、奥の間に通される。


 ひんやりと冷たい空気がこもるその空間には、椅子が一つだけ、ぽつりと設置されていた。


 石でできた床。

 石でできた壁。

 石でできた天井。


 窓もないその空間は無機質でいて、何かおぞましいものを感じさせる。


 俺は身をブルッと震わせた。

 受付の熟女はその椅子を指差しながら口を開く。


「そこに座るザマス」


 イスの上には、天井からぶら下げられた金属製のヘルメットがぶらん、ぶらんと揺れていた。



 なにここ、処刑室?



「いや、でも俺まだ死にたくないので……」


「何をごちゃごちゃと言ってるザマスか? 熟女が好きって言ったザマスか?」


「んなこと言ってねえよ!」


 クソッ……なんだこのババア。

 もうこれからは熟女と呼ばねぇ。ババアと呼んでやる。


 ババアは「残念ザマス……」と無念そうに呟きながら、こちらをちらりと見る。

 こっち見んな! 殺すぞ!


「ほら、早く座るザマス。座らないと……」


 ババアは狂喜きょうきに顔を歪ませた。


 ヤバイ! 犯されちまう!

 俺はケツをバッと抑えて、ババアに向き直る。


 ……いや、おかしいな。ケツを抑えても意味ねえな。

 俺は下腹部を抑え直した。


「ゴマシオ様、やはり下腹部が窮屈で──」


 遠くにいるはずのセシィーが叫んでくる。


「なんで分かるの!? 後、もうそのネタ飽きたから!」


 大きな声で怒鳴り散らすと、俺はババアにまくし立てた。


「はいはい、座りますから!」


 そそくさとイスに足を運んで、どかっと座り込む。


「それではステータス表示、始めるザマース!」


 そう言うと、ババアは俺の頭にヘルメットをセットし、プチンと電源を入れた。


 え? 電源?

 ここ、本当に異世界だよね?


 と思う間もなく、俺の意識は底なし沼に沈んでいった。





「──起きてください、終わりましたよ」


 セシィーの透き通る声で目を覚ます。

 あぁ……そうか……。俺、ステータスカードを作ってたんだったよな。


「俺……どんぐらい眠ってた?」


「そうですね……大体11時間ぐらいじゃないでしょうか?」


「え゛? まぢで?」


 驚愕の事実に鼻水が垂れそうになる。


 なんで11時間もステイタス表示させるのに時間がかかるの?

 ここに来る前の現実世界で最後に見たラノベなんかじゃ、信じられないほど早く終わってたぞ。


「もしかして……次の日になっちゃってる?」


「ええ、もちろん」


 うっそーん!


「ステータス表示って意外と時間かかるんだな……」


 ボソッと呟くと、それに対してセシィーがきょとんとした表情で返答する。


「ステータス表示は5分もあれば十分ですよ? 今回はゴマシオ様はそのまま寝てしまったので……」


「起こしてくれ!」


 だって……、と続けるセシィー。


「私は帰って食事をとって、シャワーを浴びて」


「うんうんそれで?」


「寝ました」


「寝るなァァァ! だーかーらどうした! 俺のことを起こさない理由になってねえよ!」


 あー、もうヤダ。

 どいつもこいつも狙って言ってます?

 俺に突っ込ませたいの?

 もう突っ込むのは読者も俺も飽きてんだよ!



「ところでゴマシオ様。そろそろその汚らわしいイチモツをしまってもらっていいですか?」


 眉一つ動かさず、セシィーはきっぱり言う。


「……ん?」


「それです」


 ピッと差された指の先は俺の下腹部。



 ………………。



 すご〜く嫌な予感がする。

 ギギギと首を鳴らしながら、ゆっくりと下を向いた。


 するとあったんだ。見えてはいけないものが。


「てか、なんで俺ハダカなんだよ!」


 裸だったのだ。

 靴下を除く、全裸の状態で椅子に座っていた。完全に変態だった。


 俺はすぐに立ち上がると、股間を隠しながらセシィーが腕に掛けていたタオルを剥ぎ取る。


「なんでもっと早く言ってくれないんスカ!? なんか恨みでもあるんスカ!?」


 タオルを腰に巻きながら必死に詰め寄った。


「いえ、興味がないので」


 セシィーは無表情で答える。


 顔に血が集まっていくのを感じる。熱い。恥ずかしい。

 布団を被って『アアアアアアアアアアアア!』って叫びたい!


「いや、そうじゃないだろ。なんで、って聞いてるんだよ!」


「さぁ。私もステータスを表示させたときはそうなりましたから、そういうもんじゃないんですかね」


「へ、へぇー……」


 死にたい。

 本当に死にたかった。


 タケル王国、侮れないな……。



「では、そろそろ冒険者ギルドのロビーでステータスカードを受け取りましょう。そしたら私とダンジョンを探検、ですよ」


「風呂に入らしては……くれないかな?」


「ダメです」


 ひえ〜、ブラック会社ですか、ここ?


 未だに掴めないセシィーのキャラに困惑しながらも、言葉を返す。


「お、おうけー」


 俺はセシィーに連れられて、ギルドのロビーに飛び出した。



 * * *



「ザーマース?」


 今日も熟女は元気でした。


「はい?」


 ザマスだけで通じるのは熟女の間だけだよ。俺も一緒にしないでくれないか。


「お目覚めはどうでしたザマスか?」


「もう、本当、最悪でした」


 色々見られてしまったし、人生最大の屈辱を受けた。


「気持ちよさそうに寝てらっしゃったザマスけど?」


「……て、てめえ俺のハダカを見やがったな!」


 わなわなと震えていると、ババアは


「あいにく小さいモノには興味がないザマ──」


「うっせえよ! 早くステータスカード寄越せ!」


 セシィーに見られてときとはまた別の感情が込み上げてくる。



『殺したい。』



 死にたいとは真逆の感情であったことは明白だ。


「あのですね……」と口火をきった瞬間、バンッとギルドの扉が大きく開いた。



「ちこく、ちこくー!」



 綺麗な声がギルドのロビー中に響き渡り、ギルド職員の服装を身につけた少女が勢いよく飛び込んでくる。



 ──やった! 熟女じゃないよ、ママ!



 肩まで伸びる黒髪をふわりと浮かせてギルドの中へ飛び込んでくる人間ヒューマンの女の子。

 すっげえ可愛いかった。セシィーを美しいとするなら、この娘は可愛かった。


 しかし、大量の熟女の中に女の子が一人か……。


 紅一点ならぬ若さ一点だな!



 なんて失礼なことを考えていると、入ってきた女の子は俺の姿を見て顔を真っ赤に紅潮させて、


「おはようございます! ……って、不審者ぁぁぁ!」


 黄色い声音で叫んだ。


 ゲッ……そうだった。

 今の俺は布一枚の変態だった。


「ちょっと、待ってくれ。落ち着こう。違うんだ、これは誤解で──」


 なんだこの浮気がバレた時の言い訳みたいなセリフは。


「キャー! 変態が喋ったァ! 子供ができる!」


「できねぇよ!」


 一つ思ったこと言っていい?


 タケル王国の人達って、なんでこんなにキャラが濃いわけ?

 やっぱ王様の頭がおかしいから?


「でも、そうやって無理矢理されてしまうのも悪くはないザマスよ?」


 ムフッと俺に微笑みかけてくるババア。


「……」


 絶対にしねえよ! 特にてめえに限ってはな!


 飛び込んできた人間の女の子はキャーキャー叫んで、あたふたと辺りをうろついている。



「カタリーナ、静かにするでザマス! このお方は救世主ザマスよ!」


 受付のババアが大きな声で呼びかけると、カタリーナと呼ばれた女の子の動きがピタリと止まった。

 ババア、意外とやるときはやる奴なんだな……ザマス。


 あわあわと冷や汗を流しながら、カタリーナと呼ばれた女の子は口を開く。


「きゅ、救世主……ゴマシオ様のことですか……?」


「そうザマスよ」


「え…………そんな…………」


 その表情は絶望に満ち溢れ、わなわなと震えだす。


「その救世主を変態だなんて、カタリーナも偉い御身分になったザマスね?」


 追い打ちをかける受付のババア。


「も、申し訳ございません!」


 カタリーナはババッと俺の元に駆け寄ってきて謝り始める。


「失礼なことを言ってしまい、申し訳ございません! 本当に悪気はなかったんです! 突然のことで驚いてしまって……」


 俺は足元で頭を擦り付けて土下座をするカタリーナを見下ろしていた。


「別に許してもらおうとは思いません! もしお望みならわたくしの体を差し上げても……」


「いらないよ」


「えっ……?」


 驚いたように見上げてくるカタリーナ。

 その瞳は涙で濡れ、悲壮感漂うものだった。


「いらないって言ったんだ。その代わり、俺の受付をしてくれないか?」


 俺史上最強に爽やかな笑みで答えてあげた。

 受付が熟女はもうコリゴリだったんです。

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