第4話 廻谷真鶴の不登校ゲーム
第4話 1.
「……何が原因なんだろうなぁ」
廻谷さんが、特に理由もないままに、三日連続で学校を休んだのだ。
失踪したとか、そういうわけではない。本人は家にいて、「学校に行きたくない」と言って休んでいることが、両親から学校に連絡されている(渚紗が担任から聞き出した)。
不登校――の始まりかけ。なのだろうと思う。
廻谷真鶴さん。
桜木さんほどではないが小柄で、しかし桜木さんとは違ってクールで大人びた印象を受ける人だった。
あまり他人と話しているところは見たことがないが、それは本人が「話しかけないでオーラ」を纏っていることが主な原因だったと思う。本を読んでばかりで、話しかけるタイミングが見つからないのだ。美人ではあったが、少しつり目でいつもどことなく不機嫌そうな表情だったし。
この前のクラスアンケートでも、一応「孤立しがちな人」に分類されていたが、彼女の場合は孤立と言うより孤高と言った方が正しいような――そんな人だと、俺は思っていた。
単純に、一人でいることが好きなのかと。
だから、こんなに急に不登校になるとは思わなかったのだが。
「普段の話しかけんなオーラはポーズだけで、本当は寂しがりやさんだったとか?」
という俺の意見は、
「それは違うと思うわ」
即座に渚紗に否定された。
「その可能性を鑑みて、私は今まで彼女に何度かこちらから話しかけたことがあったの。でもその手応えから感じたのは、『せっかく気を遣って話しかけてきてくれたんだから一応相手はするけど、でも本当はめんどくさいからやめて欲しい』って……そう思われてるなってことだった」
「な、なるほど……」
やっぱり廻谷さんは、『話せない』んじゃなくて『話さない』だけなんだな。
「じゃあ、なんで急に学校に来なくなったんだよ? 不登校の原因って、やっぱ人間関係か学力辺りの問題が大多数だろ? まだ学力で悩むような時期じゃないし、あの人は好きで一人だったんだから、それが今更嫌になったってのも考えにくいような……」
「わからないわ。私達には想像も及ばないような問題を抱えているのかもしれないし、或いは単に一時的な五月病なのかもしれない。外野があれこれ予想したって限界があるのだし、この先は本人に訊くしかないわね」
「まあ、そうだよな」
「……ただ、私の受けた印象から敢えて予想するなら、廻谷さんはかなりイレギュラーなタイプだと思う」
「イレギュラー……?」
渚紗は神妙な顔で頷いた。
「平均的な高校一年生の女の子、という像からかなり離れたところにいる人のような気がするの。だからこそ、本人から直に話を聞くことが重要なのだけれど……その場合、少し厄介なことになるもしれないわ」
渚紗はおそらく言うことを纏めるために少し考えるような素振りを見せ、やがて口を開いた。
「私の表の顔は、多くの人に過不足なく好かれるように調整された、いわば『最大公約数的な人格』よ。つまり、極端なイレギュラーに相対することを想定していない。だから、廻谷さんには、私の言葉は響かないのではないかと……そんな予感がするのよ」
「その予想が当たってた場合は、どうするんだ?」
「どうもこうも、地道に歩み寄るしかないわね。こちらが本気で廻谷さんの力になりたいと思っていることを、言葉ではなく行動で示すしかない。面倒でもやるしかないわ」
そこで決して見捨てるという選択肢が挙がらない辺りが渚紗らしい。
「とりあえず、今日は私一人で廻谷さんの家を訪ねてみるわ。いきなり複数人で押しかけたら気後れするでしょうし、同性の方が話しやすいはずだから」
「わかった、頼む。でも俺にもできることがあれば手伝うから、言ってくれよ」
「そうね。あなたの常軌を逸した変態性が役に立つこともあるかもしれない。警察官の昇進とかに」
「それただ捕まっただけじゃねえか!」
全く……。
この前のデート以降、渚紗の様子がどう変わったかというと、ぶっちゃけ全然変わっていない。
あんなことがあったんだから、もっとこう、俺に対して優しくなったり露骨にデレたりするものかと思っていたけれど、連休明けに学校で会った渚紗はまるでデートのことなんて忘れたかのごとく冷静かつ冷淡で、むしろ以前より風当たりが強くなっていた。
……まあそれが逆に「頑張ってそうしてる」みたいで可愛かったりするんだけど。
「それじゃあ、行ってくるわ」
そうして、放課後に廻谷さんの家へ向かった渚紗を送り出した――その、ほんの三十分ほど後のこと。
家で夕飯の弁当を食べていると、携帯から、ベートーベン交響曲第五番第一楽章――通称『運命』の壮大な旋律が鳴り響いた。
渚紗からの着信だ。色々考えた結果、魔王よりこっちの方が合っている気がして変更しておいたのだが、イントロの迫力がありすぎてかかってくる度にびくってなる。
「もしもし? 渚紗?」
「……『
「んっ?」
「『
「えっ? ちょ、渚紗? どうした? 何が言いたい?」
「『
「渚紗さん!? 渚紗さんですよね!? ちょっと待って何なの!? 何詠唱してんの!?」
「『融合せよ』『反斥せよ』『天穿つ我が力を知れ』! 覇導の九百――!」
「渚紗ぁあぁ!? やめて! 完全詠唱の
「……やっぱりあなたにはわかるのね」
「……は?」
「今さっき、廻谷さんの家を訪ねたら、インターホン越しにコレを言われたのよ。私、わけがわからなくて」
「……あー、そうなの」
まさか渚紗、一回聞いただけで今の詠唱覚えたってのか? すげーな……俺なんか十回くらい練習してようやくだったのに。
いやそうじゃなくて。
おいおい、まさか廻谷さんって、……そっち系の人?
「この呪文、何かの漫画かアニメのものなんでしょう?」
「あ、ああ。そこそこ有名なやつだぜ」
「そう。……だったらさっきのは、合言葉のようなものだったのかもしれない。『覇導の九百――!』の後、まるで私に何か言葉を求めるように妙に間が空いていたもの。私が何も言えずにいたら、『もういいです』って言われて会ってももらえなかったわ」
「そ、それはまたなんとも……」
うん。廻谷さんは渚紗の予想通り、イレギュラーだったのだろうと俺は確信した。
ちなみに俺だったらノータイムで「洞柩!」って答えてたけどね。
「……渚紗。俺、なんとなくだけど、廻谷さんと話が合うような気がする」
「ええ。私もそう思うわ。だから電話をしたの。怜助くん、明日は私と一緒に廻谷さんの家を訪ねてちょうだい」
「ああ。わかったよ」
間髪入れずに答えてやる。電話越しの渚紗が、少し笑ったような気がした。
「ありがとう」
「いやいや。お礼言われることじゃないっつーか、むしろちょっと楽しみなくらいだぜ。あの廻谷さんに俺と同じ趣味があるなんてさ。じっくり話してみたいぜ」
「それはよかった。だけど、まさかこんな風にあなたの力を借りることになるなんてね」
渚紗は苦笑と共に言う。
「イレギュラーにはイレギュラーを、といったところかしら。私の最大公約数的人格は、やっぱり歯が立たなかったけれど、あなただったら……『最小公倍数人間』の異名を欲しいままにした上津怜助なら、或いは廻谷さんの心を開くことができるかもしれないわね」
「なにその異名!?」
全然意味わからんけど不名誉だってことはわかるわ! 欲しくねえよそんなの!
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