第3話 4.

「……じゃあ、上津くんは本当は渚紗ちゃんの彼氏で、この前のアレはただ桃香の前で悪ノリしてただけってことなのね」

「すみません……」

 事情を説明すると、瑞穂さんも渚紗も呆れ顔になった。

「まぁ、桃香自身を騙したり傷つけたりしたワケじゃないから怒りはしないけど。でもちょっと残念かな。せっかくこの子にも春が来たと思ったのにねー」

「お姉ちゃん……!」

 照れる桜木さんが可愛いけど、さすがに今不適切な行為は自重しておこう。

「それにしても、『てつぢん』ってお祭りのときは屋台も出すんですね。素敵です」

「あー、うん。こういう地元のお祭りには毎年参加させてもらってるよ。店が近いから準備が楽だしね」

「生地を仕込む場所の申請とか、ですか?」

「そうそう。仕込み場所に営業許可必要だから、近くで店やってると流用できるわけ。良く知ってるね、渚紗ちゃん」

「や、やっぱり渚ちゃんは物知りです!」

「そんな、別に大したことじゃ……」

 俺が馬鹿なせいで漂いかけた気まずい空気を、渚紗が一瞬にして払拭してくれた。流石だぜ。

 リア充特訓のとき妹から、話術の一つとして「知識は自分でひけらかすんじゃなく相手の話を進めるための梯子として使うべき」だって聞いたけど、なるほど、今まさにその実践を見た気がする。参考にしよう。

「ホントはうちの父親が焼いて、あたしは客引きになるはずだったんだけどねー。今怪我して入院しちゃってるから、仕方なくあたしが屋台の中にいるのよ」

「そうなんですか……お大事に。じゃあ、桃ちゃんが宣伝やってるの?」

 話を向けられた桜木さんは、「い、いえ、私は……」と赤くなって俯いてしまった。

「あはは。この子は雑用。浴衣着て客引きってのは、桃香にはまだハードル高いみたいでね。あたしでも結構集客効果あったんだから、桃香だったらもっと売上げ大幅アップにつながりそうなんだけど」

「ゆ、浴衣っ!?」

 思わず必要以上に食いついてしまったが、俺に罪はないはずだ。この桜木姉妹の浴衣姿と聞いて黙っていられるほど俺は男を捨てていない。プライドは捨てている。

「そ、それって今年はやらないんですか!?」

「急に元気良くなったな……。できればやりたいけど、あたしは焼く方やんなきゃいけないから浴衣は無理だし、桃香は恥ずかしがってるから」

「そ……そんな……」

 俺はその場で膝から崩れ落ちた。

 なんてことだよ。桜木さんの浴衣姿が見られないなんて、じゃあこのお祭りって、いやこの世界って一体何のためにあるの? 

「……怜助くん。気持ちはわかるけど、ちょっと反応が露骨すぎない?」

 渚紗が、少し拗ねたように頬を膨らませて俺の顔を覗き込んでくる。その仕草は「彼氏が他の女の子の浴衣姿に気を取られてることにヤキモチを焼く彼女」として完璧な演技で、演技だとわかっているのに俺はときめきを抑えられなかった。……ほんと、演技じゃなかったらなぁ。最高なのになぁ。

「い、いやいやそういう意味じゃなくてさ。『浴衣』というものに反応してしまうのはコレもう日本男児としての本能っつーか、だから勿論俺はお前の浴衣姿だって――」

 いや、待てよ。

 話している途中で、素晴らしいアイデアが閃いてしまった。

 これは絶望するにはまだ早いぞ。

「そう、そうだよ……お前も浴衣を着ればいいんだ、渚紗!」

「はい?」

 その瞬間、声色は表のまま、俺にだけ見える角度で渚紗が羅刹の表情になった。器用すぎるだろどうやってんのそれ。何で顔の半分だけ怖いの。モノクマかよ。

 恐怖のあまり思わず失禁しかけるが、しかし、たとえ漏らしたとしてもここは退けない!

「お姉さん、浴衣って二着以上あります?」

「へ? ああ、うん、一応あたしが着る予定だったのと桃香のがあるから」

 よし。これで条件は整った。

「なあ桜木さん。一人じゃ浴衣で客引きやるの恥ずかしいかもしれないけど、二人だったらがんばれるんじゃないか?」

「えっ?」

 当然戸惑う桜木さん。

「だから、渚紗にも宣伝手伝ってもらうんだよ。桜木さんと一緒に、浴衣着て。二人いれば集客効果は二倍、だけど不安とか緊張とかは半分で済む。なぁ、渚紗、いいだろ?」

 と振り返りつつ渚紗に目配せを飛ばす。多分それで伝わったのだろう、渚紗は俺だけにわかるかわからないかくらいに小さく溜息を吐く。

「もう、怜助くんてば。それただ私達の浴衣姿見たいだけじゃないの?」

「正直その下心は否定できない」

「やーっぱり。しょうがないなぁ。……ま、まあ、私は……いいけどね」

 照れくさそうにしつつも嬉しそうなとても可愛らしい渚紗の演技。演技。演技だよ演技。ああそうだよ演技なんだよあれは! 畜生ォ! なんで演技なんだよ! 泣きたくなるだろうが!

「あ、でも、瑞穂さんから浴衣貸していただけるか聞かないと。ごめんなさい、勝手に話を進めてしまって」

「いいのいいの! 貸す貸す! 大歓迎、どころかこっちから頭下げて頼みたいくらいよ! 渚紗ちゃんみたいな美人さんが浴衣姿で宣伝なんてしてくれたら、上津くんみたいな世の中のお馬鹿な男達がわらわら群がってくること間違いなしだわ!」

「あれ? お姉さんなんか俺の扱い酷くなってません?」

 まあ、妥当ではあるが。

「よかった、ありがとうございます。ね、桃ちゃん。一緒にやろ?」

 小首を傾げて、桜木さんに微笑みかける渚紗。それを見た瞬間に「あ、これ勝ったわ」と俺は確信した。

 しかし、やっぱり渚紗は凄いな。アイコンタクトだけで俺の意図をちゃんと汲み取ってくれた。

 勿論渚紗は、俺の下心を叶えるために動いてくれたわけではない。本当は叶えたくもないはずだがしかし、それでも彼女が俺の提案を受け入れたのは、ひとえに桜木さんのためなのだ。

 例のファーストキス事件を経て、渚紗と桜木さんは……とっても仲の良い関係になった。

 しかし、それはあくまで「二人の関係性」の話であって、桜木さんがクラスで孤立しがちだった理由、そして本人にも自覚ある悩みであった、「人と話すのが苦手」というかねてからの問題が解決したわけではない。

 つまり、渚紗は今回のことを、桜木さんに人と接することを慣れさせる良い機会だと考えたのである(ちょっとお節介かもしれないけど、コミュ力って社会に出たら一番重要な能力だし、桜木さん本人も身につけたがってたからこれくらいのサポートは許されるよね)。

 渚紗は本当は優しいやつだから、桜木さんのためだったらきっとやってくれるだろうという信頼が俺にはあった。

 そして――渚紗が手伝ってくれるとなれば、無論、桜木さんの方も。

「あ……わ、私」

 渚紗の微笑みを見た桜木さんは、「浴衣で客引きなんて恥ずかしい……でも、渚ちゃんが一緒にやってくれるなら、ゆ、勇気を出さなきゃ! だって私、渚ちゃんのこと大好きだもん!」という感情の揺れ動き(俺の希望的主観)を余すところなく表情で示した後に、真っ赤な顔とか細い声で、

「……や、やります」

 と呟いた。

 ――フ。

 思わず邪悪な笑みと共に「渚紗、僕の勝ちだ」と口に出しそうになったが、それをやったらやばいフラグがたちそうな気がしたので俺は黙ってほくそ笑んでいた。

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