第3話 2.

「恋人同士だというのに大型連休でデートにも行かないというのは不自然だわ。リアリティを出して周囲の目を欺くために、せめて一日は行動を共にしておいた方が良いのよ」

 との理由で、俺と渚紗は五月三日、丸一日掛けてデートに繰り出すこととなった。どうやらこれは大分前から渚紗の計画にあったイベントで、ファーストキス事件があろうがなかろうが実施される予定だったようだ。……だが、ファーストキス事件の罰という名目が加わったことで少々変更になった点もある。それは、

「怜助くん。罰として、あなたがデート当日のプランを全て考えてきなさい。当然私を満足させられるようなものでなければダメよ。雑誌やネットで無難なものを調べてくるなんて論外だから。評価のポイントはオリジナリティね」

 と。そういうことである。はっきり言って無茶振りである。

 当然これが俺にとっての人生初デート(現実)であるというのに、渚紗を満足させるデートプランなんてあまりにもハードルの高い課題を一体どうやってクリアしろというのか。

 結果、俺はゴールデンウィークの前半ほぼ全てをデートの計画に費やすことになった。必死で学習教材ギャルゲーを使ったシミュレーションを繰り返し、あーでもないこーでもないと悩み続け、最終的に渚紗を満足させるには普通のデートではダメだ、何かゲーム性を盛り込まなければという結論に至った。

 そして出来上がったデートプラン。完成直後は、徹夜明けの変なテンションもあって俺天才なんじゃねーかってくらい自信満々だったが、一晩寝かせてデート当日の朝に冷静な目で確認してみるとってもアホ丸出しな感じだった。急激に不安が押し寄せたが今更変更することもできず、自らを鼓舞して戦場へ赴く。

 五月三日。俺の日頃の行いが良かったためか渚紗が太陽を脅迫でもしたのか、雲一つない最高の晴れ空が広がっていた。

 渚紗には懸川駅北口に午前九時集合と伝えてある。俺は十分前に待ち合わせ場所に着いたのだが、そのとき既に渚紗の姿はそこにあった。

 私服姿超可愛い。

 似合ってるとかそういう次元じゃない、俺はもう一目見た瞬間から「私は服になりたい」という感想しか湧いてこなかった。

 上は白いフリルのついたブラウスの上からクリーム色のカーディガンを羽織り、下は細身のデニムレギンスに……なんか歩きやすそうな靴を履いている。なんて言うんだあれ、トレッキングブーツとかかな?

 清楚にして活動的というか、とにかく素晴らしく可愛いかったので記念に盗撮しておこうと思ったが、その前に目が合って気づかれてしまった。ちっ。

「悪い。待たせたか?」

「ええ。死ぬほど待たされたからあなたのことを絶対に許さないわ」

「……」

 「ううん、私も今来たところだったから」みたいな定番のやり取りを期待していたんだけど、うん、やっぱ渚紗にそういうのは通じないと思った方がいいな。

「それで、今日の予定は?」

「ああ。まずはこいつを見てくれ」

 俺は鞄から折りたたまれたA3サイズの紙を取り出して広げた。渚紗が不思議そうに覗き込む。

「なにこれ。……地図?」

「一見な。でも実はそれだけじゃない」

 俺の用意した紙には、懸川駅を中心としたJR本線の駅が連なったマスになって並んでいて、その中に様々なイベント――各駅周辺のデートスポットを巡ったりとか――が書き込んである。要するにすごろくの面だ。

「すごろく……まさか怜助くん、あなた」

 さすが渚紗は鋭い、もう気づいたらしい。……が、あまり反応が良くない。ジトっとした目で睨み付けてくる。俺は気づかないふりをしてポケットからサイコロを取り出した。

「そ……そうだ。駅をマスに見立て、サイコロを振って出た目の数だけ移動。そして各駅に設定されたイベントをこなしたらまたサイコロを振って移動……これを繰り返す。名付けてリアル桃鉄デート!」

「二点」

「ええー!?」

 評価低っ! 百点満点でも十点満点でも、五点満点だとしてさえも低っ!

「三点満点で二点よ」

「意外に高かったぁ!」

 つーか満点が低っ! それもう「優・良・可・不可」でいいじゃねーか!

「真面目なデートだったらこんなふざけたプランは確実にアウトだけど、今回に限って言えばそう悪くない案だわ。あなたと丸一日過ごさなければならない苦痛と退屈がギャンブル性の高さによっていくらか緩和されそうだもの」

「あ……ありがとうございます……」

 この賞賛と罵倒を適度に織り交ぜた渚紗イズム。徐々にクセになってきている自分がいるのがちょっとショックだった。

「よし。じゃあ早速振るぜ。運命のダイス・ロール!」

「恥ずかしい掛け声はやめて……」

 まずは上りと下りどちらの電車に乗るかを決める判定ロール。サイコロの目が三以下だった場合は上り、四以上だった場合は下りだ。

 すごろくマップの上に転がったサイコロの数値は「二」。続いて何駅分移動するかを決めるロールでは、サイコロは「四」を示した。

「つまりこの結果だと、上り方向に四駅分移動……最初の行き先は澄田駅ということね」

「そういうこと。よし、じゃあ早速行ってみよう!」

 本日最初のイベントは、澄田駅近くにある澄田つつじ公園の散策となった。名前の通りつつじの名所であり、丁度見頃の時季ということもあって園内は色鮮やかなつつじが見事に咲き誇っていた。

「つつじ狩りなんて、なかなか乙なイベントじゃない」

 高校生のデートにしては地味すぎるんじゃないかと少々不安もあったが、渚紗は結構気に入ってくれたようだ。赤白ピンクそれぞれの色で綺麗に整えられたつつじのドーム群を見て、「マカロンが並んでるみたい」とくすりと笑みを零していた。なんだその可愛らしい感想は。……まるで普通の乙女じゃないか。

「行き当たりばったりかと思ってたけど、案外考えてあるのね、このすごろく」

「フフ……まぁな」

 何せ駅ごとに一つ一つデートに良さげなイベントがないか調べまくったんだからな。ローカルすぎてネットに全然情報なくて、わざわざ図書館や市役所の観光課に足を運んだりもしたのだ。大変だったよ。

「つーか、『つつじ狩り』なんて言葉あるのか。知らなかった」

「意味合いとしては『もみじ狩り』と同じようなものよ。……だけど、子どもの頃を思い出すと、なんだか別の意味でも使えそうな気がするわね」

「別の意味って?」

「怜助くんはやらなかった? ほら、つつじの花を採って、花柄かへいを引っ張ってうまく花弁の部分だけを取り外して、蜜を吸うの」

「あー、あれか」

 カヘイ……というのがどの部分かはいまいちピンとこなかったが、とにかくつつじの蜜吸いだったら昔よくやった。

「確かにあの方がつつじ狩りっぽいな。実際刈ってるし。……なんで小さい頃はあんなことに夢中になってたんだろうなぁ。ほんのり甘いことは甘いけどぶっちゃけ大しておいしくないのにさ」

「そうね……思い返してみると、『自然に存在するものの中から自分で食べられるものを採取した』という事実に興奮していたような気がするわね。現代は豊かだから食べ物は最初から『食べ物』として私達のもとに届くけれど、子どもの頃はなんだかそれが物足りなくて、自然から『食べ物』が抽出される過程を知りたい、体験したいという欲求が強かった覚えがあるわ。子どもだから好奇心が強いのは当たり前だけど、食べ物に関することは特にそれが顕著だったというか……なんなのかしらね、あの感覚。狩猟採集民時代の本能とかなのかしら」

「……やっぱ真面目だなー、お前」

 「子どもの頃つつじ吸ってた」っていうちょっとおバカっぽくすらある思い出からそんな知的な方向に話が展開するとは。

「なんか今の話で評論文一本くらい書けそうだったぞ」

「全然大したことは言っていないわよ? それにさっきのは学術的根拠なんて何もない私の所見を述べただけだから、何か書けたとしてもそれは評論ではなくて随筆になるわ」

 違いがよく……わからない……。

「でも、渚紗もつつじの蜜吸ったりしてたんだ。それはちょっと意外だな」

「そうかしら? 私は昔から遊び心に溢れていたのよ。それは今でもあまり変わっていないと思うのだけど」

「……確かにそうか」

 渚紗の悪戯好きは、表と裏で変わっていない数少ない性質の一つでもある。つまり根っからのお転婆さんなのだ。小さい頃もそうだったとしたら、つつじを吸うくらい違和感ないか。

「そう考えると子ども時代の渚紗って、なんか女の子っぽい遊びより男子に混じって外で遊ぶ方が好きそうだな。秘密基地作ったりしてそう」

「基地どころではなかったわよ。あれはもう国と呼べる規模だったわ」

「国!?」

「傾国の美女ならぬ建国の美女だったのよ。国民クラスメイトを率いて近所の山に色々な設備を作ったわ。独自の貨幣制度を導入するくらいまでは発展させたわね」

「なんて小学生だ……」

 そんな頃から既に『渚紗の野望』的なことを……。

「まあ、さすがに高学年にもなってくるとみんな飽きてきたようだったけれど。というより、私の高慢な態度に嫌気が差し始めたのでしょうね。特に女子からは色々なことで反感を買ったわ」

 渚紗の表情に自嘲気味な陰が差す。裏の顔を見せているときの渚紗は、自信家であると同時に自虐的な面もあった。自信があるのは能力について、自虐的になるのは性格について語るときだ。

 それはきっと、渚紗自身、裏の性格を隠していること――裏の性格は万人に好かれるものではないと自覚していることに起因しているのだろう。そして、敢えてそれを俺の前で、度々に渡って零すということは、やっぱり誰かに、その想いをわかって欲しいのだろう。

「そう言えばさ。渚紗、あれから桜木さんとはどうなんだ? 仲良くなったか?」

 渚紗の想いに誰よりも敏感だった少女は、ちゃんと渚紗の心の支えになっているだろうか。それがふと気になって尋ねてみると、渚紗は少し照れたように顔を背けた。

「まあ、それなりにはね。……ほら」

 渚紗が見せてきたスマホの画面には、ソフトクリームを片手に満面の笑みを浮かべているワンピース姿の桜木さんの姿が映っていた。

「さて、この画像いくらで売ってくれる?」

「そうね。腎臓と交換でいいわよ」

「……片方でいいんだよな? それなら……」

「本気で検討されるとは思わなかったわ……」

 渚紗は呆れた様子で溜息を吐いた。いやだってそれくらいの価値はあるよこれ。

「本当にもう、桜木さんの可愛さは宗教的だな」

「珍しい可愛さの表現ね」

「何、いつの間にこんなの撮ったの? こんなに仲良くなったの?」

「この写真は一昨日、一緒に街に遊びに行ったとき。期間限定のピーナッツ味のソフトクリームにはしゃいでる桃ちゃんがあんまり可愛かったからつい撮影してしまったわ」

「桃ちゃん? そっか、桜木さん下の名前桃香だっけ……。なんだよ、あだ名なんてスゲー仲良くなってんじゃん」

「そ、そんなことないわ。普通よ普通。私の家に泊まってもらったり一緒にお風呂入ったり一緒のベッドで寝たりしてるだけで」

「マジでっよっしゃぁあぁああ!!」

 いきなりガッツポーズした俺を見て渚紗が驚いた。

「なぜあなたが喜ぶの……?」

「そりゃあお前と桜木さんが仲良くなったら嬉しいに決まってんだろ!」

 渚紗は「そう」と呟き若干頬を染めて俯いていたがそんなことより妄想が溢れてとまらねえぜ! いいぞもっとやれ! あのドSの裏渚紗が桜木さんの前ではデレデレになって可愛がってたりしたらもうたまらんね!

 ……まあ、妄想は家に帰ってからじっくり行うとして。

 本当に良かったな。渚紗も桜木さんも。そういえば桜木さんの影響か、心なしか渚紗の俺に対する雰囲気も柔らかくなったような気がする。

 俺が微笑ましい気持ちで渚紗を見つめていると、しかし渚紗は、ふとどこか後ろめたそうな顔をした。

 ……ん? なんだ今の顔。

「どうした、渚紗?」

「なにが?」

「いや、今なんか……一瞬」

 寂しそうな顔を、と俺は言いかけたが、しかし渚紗がその前に、

「あなたが変な顔――変態な顔をしていたから、少し面食らっていただけよ」

「おい。言い直さなくてよかったろ今の」

「そうね、変態な顔はあなたのデフォルトだったわね。ごめんなさい」

「…………」

 俺に対する雰囲気も柔らかくなったような気がしたけど気のせいでした。

 なんかうまくはぐらかされちゃったけど、まぁ渚紗がこれ以上つついて欲しくないところなんだろうと思って俺は黙ることにして、デートを続けた。

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