第2話 5.
家に着いた俺は、まず渚紗にメールを送った。内容は、「桜木さんの件で報告したいことがあるから、明日の朝七時に教室に来てくれ」。さあ、これで後はそのときを待つだけ――と思ったら直後に携帯から鳴り響く禍々しき「魔王」の旋律。
……おそるおそる、通話ボタンを押す。
「……はい、もしもし」
「お疲れ様。調査は終わったみたいね」
「あ……ああ。首尾はバッチリだ」
「そう。ところで、なぜ報告が明日の朝なのかしら。電話ではダメなの?」
さすが渚紗、鋭い。というか目ざとい。多少疑問に思ったとしても「まあいいか」で済ませずに即座に理由を追及してくる辺りが恐ろしい。
そりゃそうだよなぁ、俺が「一人暮らししている」って情報をスルーせずに調べ上げて俺の過去に辿り着くぐらいだもの。電話で済みそうな報告を敢えて明日の朝に回すという不自然さを見逃してくれるわけがなかった。
「それは、だな。ちょっと事情が複雑でどう伝えていいかわからないし、俺も疲れちまったもんだから、明日まで待ってもらおうと思って。明日までにうまく伝え方纏めるからさ」
「……ふーん。まあいいけれど。でも、これくらいは今すぐに答えて欲しいわ――結局、桜木さんは脅さずに済みそうなの?」
「あ、ああ。それは大丈夫だ。彼女に悪意は全くない。ただその、なんていうか、お前に対する好意がいきすぎてついつい尾行してしまったというか……」
「完全に純然たるストーカーじゃない、それ」
「いや、事実だけ見ればそうなんだけど。でもまあ、よくない? 犯人が可愛い女の子だったらストーカーって犯罪に成り得ないと思うんだ。むしろ喜ばしいじゃん? 逆に全てをさらけ出して相手の反応を窺いたくなるじゃん?」
「あなたの変態的な価値観を尺度にしないで」
「とにかく大丈夫だって。桜木さんは良い子だよ。お前のことだってべた褒めしてたし」
「あらそう。けれどそれは特筆すべきことでもないわね。私はそんな風に誰からも好意を持たれるよう動いているもの」
一見傲慢で、自慢気な台詞。しかし渚紗がそこに込めたニュアンスは、むしろそういう類いの感情とは対照的な、自嘲的なものであるように俺には思えた。
誰も自分の演技を見破れない。見破ってくれる人がいない。
「……渚紗。桜木さんは――」
思わず口をつきそうになった言葉を、俺は慌てて呑み込んだ。これを今言ってはダメだ。渚紗のことだから、俺の企みに気づいてしまうかもしれない。
「『桜木さんは』? 何?」
「桜木さんは――可愛い」
「そんなに溜めて決め台詞っぽく言わなきゃいけないことかしら、それは」
「ああ、重要だな。ぶっちゃけ報告を明日の朝に回した理由の八割は如何に桜木さんの可愛さを効果的に伝えられるかを一晩掛けて考えるためだ」
「そう、じゃあ一人の教室で空虚なプレゼンを頑張ってね。おやすみなさい」
「ああっ! 待って待って、嘘嘘! 本当は真面目な用事なんだ! 絶対来てくれよ!」
「はいはい」
投げやりな返事を最後に電話は切れた。ちょっと不安だけど、まあ渚紗はあれで義理堅いから、きっと来てくれることだろう。うん。
これでもう後戻りはできないな。渚紗は俺の独断を許さないだろう。自分でもバカだと思う――
桜木さんに、渚紗の裏の顔を見せつけるなんて。
だが、桜木さんなら必ず受け入れてくれる。俺はそう信じていた。
さてと。
じゃあ明日に備えて遺書を書いておくとするか。「君がこの手紙を読んでいるとき俺はもうこの世にはいないだろう」から始まる手紙を一回書いてみたいと思ってたんだよね。
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