第2話 2.
「怜助くん、朝はパン派? ご飯派?」
教室に着くと、先に席に着いていた渚紗からいきなりそんな質問をされた。
「……バナナ派だけど」
「そう。じゃあ要らなかったかしら。せっかく作ってきたのだけれど」
そう言って渚紗は、鞄からお弁当箱を取り出した。蓋を開けると、可愛らしい三角のおにぎりと手作り感溢れるサンドイッチが。
「え、何これ。早弁? それにしても早すぎない?」
「朝食よ。ついでだから怜助くんの分も用意してあるわ」
「マジで? ……ひょっとして渚紗の手作り?」
「ええ」
「頂きます!」
「どうぞ。でも全部はあげないからね」
まさかこんなタイミングで渚紗の手料理が食べられるなんて。やべえテンション上がる。毒が入ってない女の子の手料理なんて食べるの初めてじゃねえか俺? さて、おにぎりとサンドイッチどちらから頂こうか……
「なあ渚紗、これって素手で作ったのか? それともラップとか使った?」
「使ってないけど……。何よ、あなた潔癖症? 黄色ブドウ球菌とか気になるの? 平気よ、手は綺麗に洗ってから作ったから」
「いや、そうじゃねえんだ」
むしろ逆。素手で作った……ということは具を挟むだけのサンドイッチより握って形を整える必要があるおにぎりの方が渚紗の手との接触時間が長い!
「よし、おにぎりから頂こう」
「なんだか物凄く気色悪い基準で選ばれた気がするんだけど……」
「気のせいだよハハハ」
小さなおにぎりは一口で四分の一くらいなくなって、具のツナマヨが見えた。うん、うまい。渚紗が握ったと思うだけで十倍くらいおいしく感じる。渚紗が握ったおにぎりを食べるということはもう間接的に渚紗の手を食べるのと同義で、だからおいしくないわけがないのだ。
「うめー。ありがとな渚紗」
「どういたしまして。朝早くに呼び出したのだからこれくらいは用意するわよ」
「でも、俺が朝飯抜いてくるのよくわかったな」
「私が『すぐに来い』と言ったのだからのんびり朝食なんて食べてはこないだろうと思って。というか、食べてきていたら許さなかったわ」
「そ、そうですか……」
相変わらず怖っ。
「でも、それならそうと電話で言ってくれれば良かったのに」
「……怜助くんがどれくらい驚くのか見たかったのよ。泣いて喜ぶかと思ったのに意外に大したことない反応でがっかりだわ。期待はずれも良いところ。つまらない人ね」
「あ、なんか今のお言葉のおかげで泣きそうです」
「そう、それはよかった」
渚紗は満足そうに笑った。
「本題に入るわよ。怜助くん、桜木さんってわかる?」
「ああ、あの小っちゃくて可愛くて大人しい人だろ」
ちなみにクラスアンケートでは「ペットにしたい人」ぶっちぎりで第一位。勿論俺も彼女に入れたし、実際に脳内でペットにもしてみた。凄く良かった……。
……ただそれ以外の得票数がほとんどなかったから、例外的に分類としては「孤立しがちな人」ということになっていたはずだが。
「桜木さんがどうかしたのか?」
「彼女、あまり人と話すのは得意じゃないようだったから、この前話しかけてみたの」
「ああ、そういやこないだの昼休みに一緒にご飯食べてるの見てたよ」
「セクハラで訴えるわ」
「食事を見てただけで!?」
「あなたが一度に三人以上の女の子を視ていたらそれはもう視姦という犯罪行為よ」
「漢字だけだろうがそれは!」
「ともかく、あれがきっかけで桜木さんとは仲良くなれたの。ちょくちょく話をするようになったんだけど……でも最近、どうも雲行きが怪しくてね」
「どういうことだ?」
「私のことをこっそりつけ回しているのよ、桜木さん」
渚紗は微妙な表情でそう言った。
「……は?」
「休み時間とか、放課後とか。私に気付かれないように、物陰に姿を隠して尾行してる。……まあ、あまりにも拙すぎてバレバレなんだけど」
「……す、ストーカー? いやいや、気のせいじゃねえか? だってあの桜木さんだぜ? 可憐で大人しくて小っちゃくて可愛い桜木さんだぜ? ストーカーなんてするわけねーじゃねーか、むしろされちゃう側だよあの子」
「そうね、しちゃう側の怜助くんがそういうのだからそうかもしれないけれど」
「しちゃわねえよ!」
しないって。うん。現実ではね。多分ね?
「とにかく、行動だけ見れば桜木さんが私をストーキングしているのは間違いないわ。動機がなんであれ、現状とても面倒なのよ。放課後あなたと待ち合わせるときも、いちいち彼女を撒かなければいけないし」
「それで最近遅れることがあったのか……。あ、ひょっとして今日会議を朝に回した理由って」
「そう。カナ達のためと、もう一つは桜木さんの目を眩ませるため。……このまま彼女を放ってはおけないわ、私の計画を知られたりしたら厄介だもの」
確かに、桜木さんがどういうつもりで渚紗をストーキングしているのかは知らないが、このまま放置したら渚紗の計画や裏の顔がばれてしまうかもしれない。……が。
「なあ、渚紗。お前の裏の顔とか計画とかって、知ってるのは俺だけなんだよな?」
「そうよ」
「……勿論高山さん達も知らないんだよな」
あんなに仲が良いのに――という言葉は口には出さないでおいた。
「当たり前でしょう」
当たり前か。それはそうだ。渚紗には彼女達に裏の顔を明かすメリットがない。それは桜木さんに対しても同じ。
美少女の秘密を自分だけが知っているというのは悪くない気分だが、しかし渚紗のことを考えると少し寂しい気もする。渚紗は決して悪いやつではない。むしろ良いやつで、凄いやつだ。裏の顔を含めても。
でも渚紗には、そのことをわかってくれる相手が少なすぎる。渚紗の本当の姿や、その努力を認めてくれる人間が、もう少しいてもいいような気がした。
しかしそれはあくまで俺の考えであって、渚紗の考えではない。
「……何か言いたいことがあるのかしら」
「いやごめん、なんでもない。それより、桜木さんのことどうすんだよ渚紗。まさか……脅してやめさせるのか?」
「そうね……と言いたいところだけど、それは最終手段よ。大体もしそのつもりだったらわざわざあなたを呼んだりしないわ」
む。それもそうか。逆を言えば、俺を呼んだのは俺に何かをさせるつもりだから――
「…………」
嫌な予感しかしない。その思いが表情に出ていたのか、俺の顔をみた渚紗がニヤリと意地悪く笑った。
「気付いたようね。そう、目には目を、ストーカーにはストーカーを。あなたには桜木さんを更にストーキングしてもらうわ」
「いやなんでだよ! なんの意味があるんだそれは!?」
「情報は武器だと言ったでしょう? まずは桜木さんについての情報――特に、私をつけ回す理由を知る必要がある。それがわかれば自ずとどう対応すべきかも見えてくるわ」
「いやいやいやいや……ちょっと待ってくれよ。渚紗言ったよな、俺は男子の情報収集担当だって」
「今回は事情が事情なのだから、仕方ないでしょう。ストーキングしている相手を、されている私が探るなんて無理があるわ」
「そ、そりゃそうかもだけど……」
「それに、口約束が有効なのは幼稚園までよ」
「アレ? ちょっと待て、それって事情関係なく今後も破る気満々ってことだよね? しかも小学校はもう汚い大人の世界なの?」
「『小学生』という言葉には『今までの自分の世界が如何に小さかったかを学び傷つきそれでも必死に生きていく』という意味があるのよ」
「重っ! 俺達は若干六歳でそんな過酷な環境に放り込まれていたのか!?」
けどまあ、考えてみれば大体合ってる。学校ってそんなものだよね。
「嫌だぞ! ストーカーなんて絶対やるもんか! お、俺は一人で部屋にいるからな!」
「どうして死亡フラグをたてるの、落ち着きなさい。別にあなたが普段行っているような、法に抵触するタイプのストーキングを行えと言っているんじゃないの」
「だからぁ! 別に普段から法に抵触してねえよ!」
「普通に桜木さんと友達になってくれればいいわ。たわいもない雑談や雑セクハラをしてくれればそれで」
「雑セクハラって何!?」
セクハラくらい丁寧にするよ俺だって。いや普段はしないけどね。もしもするとしたらの話だけどね。
「できれば桜木さんが私をつけ回す理由も聞き出してくれればありがたいけれど……そこまでは期待しない。ただ桜木さんと触れ合って感じた、彼女の人となりを私に教えて。具体的には、強硬手段に訴えなくても済みそうかどうかを、あなたの目で判断して教えて欲しい」
……まあ、そういうことなら。
「わかったよ。だけど、桜木さんって相当恥ずかしがり屋さんじゃなかったっけ? 特に男子とはまともに話してるとこみたことねーし、俺が近づいても警戒されるんじゃ……」
「大丈夫よ、あなたのへたれっぷりも織り込み済みで作戦を立ててあるから。ほら、これを見て」
と、渚紗はスマホの画面に朱礼舞高校の周辺地図を表示させた。
「ここが朱礼舞高校で、こっちが怜助くんのアパートね。それで……」
白くて綺麗な指が画面をスライドする。教えた覚えがないのに住所を把握されていたが、まあ渚紗の前では取るに足らないことだ。
「桜木さんの家はここなのよ」
「ん? ここって……」
渚紗の指が示した地点は、朱礼舞高校を出発して俺の家の前を通り過ぎ、更に五分ほど歩いたところにあるお好み焼き屋「てつぢん」だった。
「あー知ってるぜこの店。うちの近所だし、いつか行ってみようと思ってたんだよ。まさかここが桜木さんちだったなんてなぁ」
「おあつらえ向きでしょう」
「何が?」
「『あれ、桜木さんこれから帰り? 方角同じなのか、じゃあ一緒に帰ろうぜ』」
「……渚紗さん? 何をしているんですか?」
「あなたの真似。似ていなかった?」
「逆に訊くけど似せる気あったの?」
「あなたって批判しかできないのね。似ていないと思ったのなら、あなたの方が私に似せようと努力すればいいじゃない」
「世界一無駄な努力だな、それ」
誰一人幸せにならねーよ。
「とにかく、私の言いたいことはわかったでしょう? あなたは彼女に近づくための十分なきっかけを持っている。後は高校デビュー目指して鍛えたというその自慢の話術で彼女をメロメロにしてしまえば良いのよ」
何そのラブコメ展開。え? いいの? お前という恋人がいながら桜木さんとラブラブしちゃっていいの?
「そうしたいのは山々だけど、俺が桜木さんを口説いたら渚紗との恋人設定が崩れちまうんじゃねえか?」
「え、何? ひょっとして今の皮肉わからなかった? あなた、本気で、桜木さんに、そういう目で、見てもらえると、思っていたの? 凄く、ブフッ、面白いジョークね」
ただいまの台詞、渚紗は全編半笑いでお届けしてくれました。
あまりにもウザすぎて叫びそうなった。漫画だったら俺の顔は全面
「おもしれぇ……。そこまで言うなら試してみようか……?」
そう凄むと、渚紗が少しだけ「むっ」とした顔になった。
「一応釘を刺しておくけれど、本当に桜木さんを口説こうとなんてしないでよ」
あれ? あれれ? 何これひょっとして嫉妬? なんだよもう、可愛いとこあるじゃない渚紗ちゃん。
「……ああ、わかってるって大丈夫。なんたって俺は、お前の恋――」
「あなたが本気になったらあまりの気色悪さに警察を呼ばれる恐れがあるわ」
「ですよねー」
予想通りだけにやりきれない。せめて仕返しに、と思って俺は渚紗が「これは私の分」と取っておいた手作りサンドイッチを奪い取って全部食ってやった。やっぱりこっちもうまかったし、おまけに更なるご褒美まで頂けた。お得感満載の満身創痍だ。ざまーみろ。
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