第2話 桜木桃香のストーカー作戦

第2話 1.

 俺が高校を選ぶに当たって大きな問題の一つだったのが、両親の説得だ。

 真の志望理由は「身の回りの人間関係を一新したいから」の一言に尽きるのだが、さすがにそれは恥ずかしくて言えなかったし、仮に言ったとしてもそんな理由で「高校生から実家を離れて一人暮らし」というハードルの高い要求を呑んでもらえるとも思えなかった。

 だから俺は、「家から遠いこと」「両親に一人暮らしさせてもらえるよう説得しやすそうなところ」という観点から朱礼舞高校を選んだのだ(まあ実は「女子の制服が可愛いこと」っていうのもこっそり条件に付け加えたりしてたんだけどね)。

 朱礼舞高校は県下でも有数の進学校である。進学校に進みたいと言って猛勉強に励む殊勝な子どもの希望を無下に扱う親は少ないだろう。しかしただ進学校というだけでは、もっと近くにある別の高校にすればいいだろうと反論されてしまう。その反論を更に弾き返すため、俺は朱礼舞高校の独自性を盾にした。

 朱礼舞高校は進学校ながらやたらに行事が多く、そしてその行事の数々も朱礼舞高校独特の変わったものが多い。例えば一年次の十一月に行われる「社会体験学級」は、簡単に言えば「何でも良いから地域社会に貢献できそうなことをクラスごとに考えて最初から最後まで全部お前らでやれ」みたいな、生徒の自主性を重んじるっていうかもうこれただの丸投げじゃないですかって感じの行事である(らしい)。まだ実際にやったわけじゃないので断言はできないが、噂によるとアポや役所の手続きまで(教師の監督のもとではあるが)生徒にやらせているそうだ。

 内容はともかく、「朱礼舞高校にしかない」という独自性があることが俺にとっては重要だった。「これがやりたいからどうしても朱礼舞高校に行きたいんだ!」というそれっぽい理由に使えるからだ。

 俺は「朱礼舞高校に行って、勉強だけじゃなく高度に実践的な社会性を学びたい」とか「実家からだと通学に片道二時間半も掛かってしまう。その時間を勉強に当てたいから一人暮らしを許して欲しい」とかなんとか言って必死に両親に頼み込み、やっとのことで朱礼舞高校の受験許可をもらい、見事合格したのだった。

 そして今は学校から歩いて五分くらいのボロアパートに一人暮らし中。これまで家事なんてほとんどやったことがなかったから、高校生活との両立は結構大変だ。いざ離れてみると母さんのありがたみがよくわかった。

 しかし学校が近いので朝ギリギリまで寝ていられるというのはかなり嬉しい点の一つである。え? 勉強? そんなの授業ですれば良いじゃない。

 俺は朝に弱い。だからこうしてゆったり布団でくつろいでいる時間が至福の――

 突如携帯から禍々しい音楽が鳴り響く。シューベルトの歌曲「魔王」――渚紗からの着信が、俺のまどろみを吹き飛ばした。

「……はい、もしもし」

「遅い。三コール以内に出るよう言ったはずでしょう」

「いや、今寝てて……それに三コールってどこまでかわかんないし……」

 ……おっと、これ以上は言わない方が良さそうだ。着信音「魔王」に設定してるとか知られたら絶対怒られるし。

「つーか今何時……はあ!? まだ六時じゃねえか!」

 枕元の時計が示す時間を見て仰天する。始業までまだ二時間半もある。

「何なんだよこんな朝っぱらから。モーニングコールなら二時間後にもう一回……」

「いつまで寝言を言っているの、早く起きなさい。作戦会議ブリーフィングをするからこれからすぐ学校に来て」

「これからぁ? なんでだよ。放課後でいいだろ」

「ここのところ少し、放課後にあなたとの用事を優先しすぎたわ。今日辺りカナ達と一緒に帰らないと反感を買ってしまうかもしれない。だから朝に回すのよ」

 確かに、例のやんちゃマスター喫茶店(不名誉なあだ名をつけてしまった。今度店名を確認しよう)で協力を約束してから、俺と渚紗は二人で過ごす時間が増えた。……と言っても話す内容は色気の欠片もない事柄ばかりで、二人きりという言葉から連想される甘酸っぱい雰囲気は全く介在していないのだが。おかしいな。俺が夢見た(夢っていうかギャルゲーのイベントCGで見た)「二人きりの教室」はこんなんじゃなかったのにな。

「だからってわざわざ朝にやらなくても良いじゃんか……。それにさー、別に高山さん達はそんなん気にしないと思うぜ。友達だろ、信頼してやれよ」

「そんなだからあなたはモテないし友達がいないし家族にも嫌われるのよ」

「い、今は友達いるっつーの!」

 それ以外の二つは否定できないのが悲しい。

「信頼という言葉にあぐらをかいて何でも許してもらえると思うのは愚か者の思考よ。……尤も、理由は他にもあるんだけどね」

「ん? なんだって?」

「とにかく今から学校に来て。すぐによ。わかったわね」

「あ、おいちょっ――」

 既に電話は切れていた。用件すら不明のまま。ミーティングとか言ってたけど、何についてのミーティングだ?

「めんどくせえ……」

 しかし行かないという選択肢は喩え天地が裂けようとも許されない。俺はいつゲームオーバーにもなってもおかしくない綱渡りな学校生活を送っているのだ。ラスボスでありご主人様でもあるパートナーのため、俺は大あくびをしながら仕方なくベッドを這い出した。

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