8月2日 - 月と太陽

ピピピピッピピピピッピピピピッピピッ

「…………んん……ん……」

運動部の夏は朝が早い。太陽が昇るのが早いから、すぐ辺りが明るくなってしまう。それのせいで集合時間がこんなに早いというのなら太陽が凄く憎い……。

「いい加減に起きろ!」

「優太っ⁉︎」

「なーにが太陽が憎いだよ」

バサァッ、と豪快に掛け布団を外したのはなんと優太だった。

というか心の声が漏れてたようだ。いやー朝って怖いとつくづく思う。

「え、え?なんで家入ってこれたんだよ⁉︎」

優太と僕は違う家に住んでいるから、僕の家に優太がいるなんて僕から誘わないと来ない訳で。何があったのか。

「ふっふーん♪お前の母さんが開けてくれた」

母さんは今は仕事で出張のはずなんだが。帰ってきたのだろうか。

「嘘はよくないぞ優太」

「本当本当!それに鍵まで預かっちゃったし。毎朝起こしに来てねーって言われたからな。ほら、俺って早起きは得意だし?」

あぁもう母さんってば!

僕はパジャマのまま下に降りた。ところが母さんの姿はない。リビングの隅々まで見るが姿がない。その時、玄関の方から音がした。

「母さん!」

「久しぶり浬。私ちょっと忘れ物しちゃって急遽家に取りに来たのよー。あ、まだ出張終わってないからちゃんと帰ってくるのはまだ先よ。優太君偉いわねぇ毎日浬の事起こしてくれるって言うから鍵渡しちゃったわ〜ってあら!もうこんな時間!じゃあね!頑張るのよ」

バタン。

母さんは慌てて家を出た。

「な?本当だろ」

「はぁ……しょうがない。優太、毎朝起こしに来てくれてもいいぞ」

「いや何だよその態度」

優太は呆れた顔をしてツッコミを入れてきた。

僕は遅れては顧問の先生に怒られるので身の回りの支度をすることにする。それが終わったら部活へと急ぐ。

「よしっお待たせ。行こうか」

うちの部活では遅れたら皆のパシリにされることになっている。パシリなんて皆嫌だから遅れるなんて絶対嫌だ!

夢のことは気になるけれども、今は部活に集中集中。今月に大会もあるんだし気合入れていかないと。

「セーフかな。浬、もっと早くしろよ?遅れるのだけは勘弁だからな」

「大丈夫だよ。なんだかんだ僕ら陸部なんだからこういうのには自信持てるし」

「そういう油断が命取りになるんだぜ?いくら天才でもな」

「う……」

くっそ、何も言い返せない。流石部長。部長って事だけあって言う事はごもっともだ。

「顧問の竹林の登場だ!全員いるか?いない奴は俺のパシリだぞ。…………チッ真面目かよ皆揃ってるじゃねーかよオイ」

『(うわー絶対遅れたくない)』

部員三十三人全員の心が一致したのであった。

顧問の竹林鉄之介先生はまだ27歳で若い方だし、見た目は結構イケてるし、女子人気が高い。が、それは女子の間だけでの事。本当はただの鬼畜野郎という風に男子の間では評されている。

ここで陸部のメンバーを紹介しよう。

部長は前述したように桧山優太。明るく元気なムードメーカー。不器用だが真っ直ぐ。

副部長は桜田誠司。言動や行動が荒い部分もあるが、根はいい奴。凄く思いやりができて優しい。

その他の部員で僕がよく関わるのは走り高跳び担当の小瀬奏大。高校二年生。背が高く跳躍力も抜群で高跳び選手として最高だと思う。甘えん坊で気配りができる陸部の中の癒し系。

……とまぁ、まだまだいるが僕は友達が少ないからよく話すのはこんなもん。

「よーし、基礎練始めんぞー。まずは校庭三周!」

最初は皆で校庭三周。次にブルガリアンスクワットと呼ばれるものを左右十五回を三セット。

やり方は、片足のつま先又は足の甲を校庭に備え付けてあるベンチに載せる。この時もう一方の足は前方にセットする。そして前方の足を膝が直角になるまで曲げて腰を落としたら、曲げた膝を伸ばして元の姿勢に戻る。

そしたら体幹トレーニングに入る。体幹とは体のどこを指しているのか明確な定義はないが、この陸部では腰、骨盤を支える目に見えないインナーマッスルという筋肉だと考えている。

体幹トレーニングはフロントブリッジと呼ばれるものを取り入れている。

それは、うつぶせになってから肘、腕を肩幅より狭くした状態で床につけ、目線を真下にする。膝を曲げないよう真っすぐにし、体を一直線にする。これが一番難しく、自分で一直線になっているか分からないからペアを組み見てもらう。僕の感覚としては自分の身体が一番震えたら、いい感じになっていると思う。ポーズが取れたら三十秒間制止しする。これを二セット。

だが入りたてで慣れていない一年生は十秒間制止を二セットするところから始める。徐々に秒数を増やしていくのだ。

最後に、バウンディングというのをやる。五から十メートル程の助走をつけてスピードをのせ、膝をしっかり上げ大きなジャンプをリズムよく繰り返す。

ポイントとしては腕を前後に大きく振る事、猫背にならないようにする事。

陸上において足の筋肉は特に必要とされるから、ウォーミングアップのメニューだってとても大切。さらに下半身の筋肉に加え、体幹をきちんと鍛える事で更なるパワーアップが可能だ。

その後個々の担当種目の練習に入る。

担当種目は六つに分かれている。長距離、短距離、走り高跳び、ハードル走、砲丸投げ、リレーだ。

ただし、リレーは部員の中でタイムの速い上位四人によって構成されている。

現在では僕、優太、桜田、小田切だ。因みに小田切の担当は短距離で僕と同じ。でもあまり話さないから性格とか、よく分からないけど。

「どーしたんだよ浬、ウォーミングアップやっちゃおうぜ」

「お、おう。そだな」

小田切──小田切嵐は高校一年生で二つ下の後輩だ。はっきり言って天才。レギュラー争いの激しい短距離の中で一年生でありながらも、二年生や三年生を抜いてレギュラーを勝ち取った。

浬よりはやや劣るのだがいつ抜かれるか分からないので、浬も気が引き締まる。

さて、ウォーミングアップを終えたら個々の練習に入る。

短距離の場合だと瞬発力を中心的に鍛える。スタートダッシュで遅れをとってはいけないからだ。

その為まずは、高速でけんけんぱをする事になっている。遊び感覚でできるから結構楽しい。

最初けんけんぱを練習に取り入れていると聞いた時は「はぁ?」という気持ちだった。

普通はロープでできたはしごみたいな、ラダーと呼ばれる用具を使いその中をジャンプするというのが王道だ。でもよくよく考えてみるとラダーを使ってトレーニングするのとけんけんぱは同じようなものだと気付いた。

はたから見れば全力でけんけんぱをしている高校生なので、何も知らない通りすがりの人が練習を見たら笑ってしまうだろう。

しかも。しかもだ。ただけんけんぱをするだけでなく、「けんけんぱ!」という風に声を出しながらするのだからさぞ奇妙だろう。

まぁこれで県大会において好成績を残しているのだから、効果はバツグンだ。



部活から帰ったらすぐベッドに入ってしまった。気付いたら夢の中。ちゃんと規則正しい生活しないとなぁと思っていたら。

「よっ!死神様のご登場だぜ」

「あ、そういえば」

そういえば昨日世界を救えって言われて。

「どお?救うだろ?だろだろ?」

「いいよ」

まだ僕は世界を救うのがどういう事か、それが何故自分なのか。よく分かっていなかった。だからその場のノリのような感じで二つ返事、了解をしたのだ。

「うむ。素直でよろしい!じゃ本題に入る。何故お前なのかっていうのを説明しよう」

死神は大袈裟に咳払いをし、声色を若干低くして話し始める。

「お前は世界は一つだと思うか?」

……そんな事考えた事もなかった。世界は一つというのは当たり前のような事だから、問われると問いを投げかけた人は変だなとしか思わない。

「もし一つじゃないとしたら何なんだ?」

問いに問いを重ねる。当たり前の事を疑うような質問をするという事は、世界は一つだけではないんじゃないか。

「察するのが早いな。そう、世界は二つある。今高校生のお前が存在しているこの時空や空間の他に、相対するもう一つの世界ってのがあるんだよ」

相対するもう一つの世界?

「二つの世界は光と影のように寄り添っている。決して重なる事はく、常に付かず離れずの距離を保ってるんだぜ」

「でも二つある事と、僕だけが世界を救えるって一体どういう関係があるの?」

「こっから先ちょいと難しい話になるからよーく聞けよ」

死神はそう前置きしてから話し始めた。


今高校生のお前が存在している世界を月の世界と呼んでいる。となるともう一方の世界は太陽の世界と呼ぶ。

二つの世界だからお前も二人いるわけだが、太陽の世界に存在するお前は今そこにいるお前とはちょっと違う。

月の世界にいるのは高校生だが、太陽の世界にいるのは二十七歳だ。

二十七歳のお前はちょっと厄介だな。完全にグレてるしすれてるし歪んでいるしで、取り扱うのが難しい。なんでそうなったかって、二十七歳のお前は親から虐待を受けていたんだ。育児放棄もしてたようだし、本当生きている事が奇跡だ。

まーそんな訳でお前が二人いる。

んで。二人いるのはいいんだが、ちょっとした不都合で二つの世界の均衡が取れなくなってこっちの世界が崩壊しかけているんだ。

その不都合ってのがお前に深く関係しているんだが……これはもう少し後になったら話すよ。


「不都合っていうのがあるから僕じゃなきゃダメなのか?」

「ああ。それはそのうち話す」

不都合。一体何だろう。疑問は解決されたようで解決されない。

でも今日分かったのは僕がもう一人いる事。いつか会ってみたい。

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心の中の大きな空 雨宮るり @Together121115

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