おれのアパートまで、到着すると心結は元の姿に戻り、気を失った。髪がもう元通りの長さに戻っている。変身のせいかもしれない。

 さっきまでのことが、夢ではないかと何度もほっぺをつねったが、どうやらこれは現実らしい。

 心結の話も、本人の口振りから話半分で信じていたが、実際にバケモノやら心結の獣姿を見ると、まるで夢の中の出来事だった。バケモノは、想像していたよりも恐ろしく人間には到底逆らえないような力を持っていた。


「私を交番まで連れていったら、間違いなく多くの警察の人が死ぬわ」


 心結と初めて会った時に言われたが、嘘ではなかった。拳銃が通じないとなると、あのバケモノに対抗する手段は限られてくる。

 心結を抱き抱え、おれは家の中へ入った。

 ソファに心結を寝かし、おれはずっと手に持っていた買い物袋を置いて居間に座った。結局掃除機は持って帰れず、お店の前に置いたままだ。

 これからのことを考えた。心結との話では明日まで一緒にいる。それ以降は、自分も仕事があるし、普通に考えたら一緒にいるべきではない。

 ただ、この状況で職場に戻るのは好ましくなかった。拳銃を発砲したことがバレる。持って帰って来ていることだけでもマズイのに、一発撃っているとなると事情をしっかり話さなければならない。

 いっそさっきの現場にいれば、事情はわかってもらえたかもしれないが、拳銃を持ち歩いてたことはやはりおかしいし、あのバケモノの側に置いてかれるなんて考えられなかった。

 厄介な事に関わってしまった。丑澤健吾、一生の不覚である。

 心結は、獣になれることと、髪が異常に長いこと以外では、普通の女の子だった。生意気だが。

 甘い物が好きで、洋服も好きで、なぜかインスタント食品にも詳しくて、おまけに片付けが上手だ。

 彼女の母は、いいかげんだと心結が言っていたが、あまり面倒は見てもらえてなかったのだろう。

 その母親がどんなつもりで彼女を育てていたのか知る由もないが、心結という特別な事情のある子供を育てていたのだから、これまた心結の言う通り悪い人ではなかったはずた。

 そんな母を目の前で殺され、友達のオオカミも目の前で惨殺された。

 心結は強気だが、それは心の傷を隠す為のようにも見えた。

 警察に追われ、バケモノに追われ、その特異な力から、彼女が普通の生活に戻ることは非常に困難だ。

 いくら強気で、獣になれても、素の彼女は十一歳の子供である。一人で戦い、生きていくのはどう考えても厳しい。

「参ったな・・・」

 おれにはもう選択肢がないような気がしていた。



 目を覚ますと、健吾の部屋のソファだった。

「おぅ、目覚めたか」

 健吾はテレビを見ている。

「さっきニュースやってたよ。駅前のバケモノ騒動。警官が一人、殺されてしまったみたいだ」

「そう・・・」

 バケモノに血がかかっているのを見て、容易に想像できたが、辛い事実だった。自分がいるから人が殺される。

「健吾、私やっぱりもう行くわ」

 健吾はテレビから視線を動かさずに、答えた。

「わかった」

 あまりの素っ気ない返事に私は落ち込んだ。いや、これが当然のことだし、健吾が殺されても困る。さっきだって一歩遅ければ、健吾は死んでいた。

「そこに、さっき買った洋服やらリュックやら置いてるから、準備していけよ」

「うん、ありがとう」

 この袋、持っててくれたんだ。

 私はリュックに買ったものを詰め始めた。

「いやー、それにしてもビビったわ。あんなのがいるんだな」

「そうね」

「拳銃も効かねーんだもん。反則だぜ、あれは」

「・・・」

「我ながら見事なヘタレっぷりだったよ。おれ、話し合おう、なんて言っちゃってさ」

「あはは」

「助けてくれて、ありがとな」

 それは、私の台詞だ。相変わらず健吾は、テレビを見ている。

「ところでさ・・・」

 健吾が神妙な顔で私を見てきた。

「あの獣になるのは、自分の意思で何とかならんのか?」

「え、あ、うん。どうやってなれるか自分でもよくわからなくて・・・」

「そこだけが不安だなぁ〜」

「そうね、私、自分からあのバケモノのとこ言ったけど、結局健吾が来るまで、変身できなかった」

「おれは、心結に守ってもらうの前提でいたからな。これからもあんなギリギリで助けられたら、命がいくつあっても足りない」

「へ?」

「いや、おれホントに死んだと思ったんだよ。走馬灯走ったもん!」

「これからって、どういうこと?」

「ん?どういうことって?」

「今日でお別れでしょ?」

「はい?いやいや一緒に行くっつーの!」

 わたしは目を見開いた。この男は何を言っている。

「今朝言った通りだよ。子供を一人で、あんなバケモノと戦わせられるか」

 涙が出た。健吾に見られないように下を向き、髪で顔を隠す。

「子供一人って。あなたなんかいても何の役にも立たないわ」

「そーだな。あれは手に負えん」

「死にたいの?」

「死にたくないっつーの!だから、ちゃんと獣になれるようになって、おれを守れよな!」

 バカみたい。またこの人に笑わされた。

「あはは!やっぱり健吾って変な大人。子供みたい」

「う、うるせー!おれは普通の人間なだけだ」

 私は真っ直ぐ健吾の顔を見た。

「あなたの命は、私が守るわ。その代わり、私を食わせていってね」

「おぅ、それしかできねぇけど、任せとけ」


 人生で四人目の私の理解者。

 この旅の初めての仲間ができた。

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