健吾の家に着いたのは、まだお昼を回った頃だった。物資調達の為に、恐れ多くももう一度八王子の駅前まで買い物しに行くことに決まった。さすがに女の子の服を、健吾一人で選べないと言う。

 もちろんこのまま戻っては、またすぐに警察に見つかることは明らかだったので、対策を講じることにした。

「うし、これでいいかな」

 健吾は、自宅で私の髪を切ってくれた。何年ぶりに見るだろう。ショートヘアの私。健吾が切ったので、当然上手なわけはないが。

「頭、軽い・・・」

「だろうな。短いの似合うじゃん」

 両眼が見られるようになったその顔で、私は少し下を向いて照れた。

「ていうか、心結、意外と綺麗な顔立ちしてんのな」

「・・・お手洗い、借りるわ」

 照れ隠しだ。そういえば、玲奈にも同じ様なことを言われたことがある。慣れない外見への褒め言葉は、想像以上に恥ずかしい。

 健吾も一応帽子とサングラスで、変装して外に出ることにした。さっきはたまたま知らない警官だったが、顔見知りに会うと面倒であるからだ。

 買い物の前に、近くのファミレスで昼食を食べることになった。

「げ!またデザート頼むのかよ!」

「好きな物頼んでいいって言ったじゃん」

 こういう時、玲奈の娘だったのだと感じる。あの図々しく遠慮のない性格が、そのまま引き継がれている。それを思うと笑えた。そんな笑う自分を、健吾が何とも言えない表情で見てくる。

「そんなに嬉しいか?」

「まあね」

 楽しいな。こんなに楽しい時間がずっと続けばいいのに。


 私の旅に必要な物を一通り買い揃えた。

 一番時間がかかったのは、やはり服で相変わらずあれもこれもと欲しくなってしまう。さすがに何でもかんでもは、健吾に悪い気がしたので、できるだけ絞って買ってもらった。

 服屋でそのまま着替えた。元着てた服はボロボロ過ぎる。ちゃんとした服に着替えた私を見て、健吾はやはり褒めてくれた。「似合うでしょ」と、私も無理矢理強気で返した。

「よし、これで全部揃・・・」

「掃除機」

「ハイ・・・」

 渋々健吾は、家電量販店へと足を向けた。

「健吾ってさ、歳いくつ?」

「三十五」

「え!うそ!おじさん!」

「おじさん言うな!」

「そんなおじさんなのに、何か子供みたいよね。精神年齢十歳とか?」

「あのなぁ・・・、掃除機買わんぞ!」

「掃除機は買いなさい」

「うっ、お前こそ本当に十一かよ・・・」

 さぁね、とやり取りしている内にお店に到着した。



 八王子の街中を歩く異様な巨大な物体。

 通り行く人々は、その物体を避けて歩いた。

 そこに一人の警官が駆け寄った。

「ちょっとそこの君!止まりなさい!」

 着ぐるみか何かだと思ったのだろう。ただ、右腕は鎌のような形をしていて、さすがに警官も見過ごせない。

 物体は、警官を無視して歩き続けた。

「おい!止まりなさい!」

 物体の前を遮るように警官が立つ。

「ジャマ」

 くぐもった低い声で物体は喋ると、警官の胴と足が分かれた。血が飛び散る。

 悲鳴。その場にいた人達は、一目散に逃げる。

 大混乱に陥った状況を意にも介さず、血まみれの物体は歩みを進めた。



 安価な掃除機を購入し、家電量販店を出る。

 すると辺りが物々しい雰囲気となっていた。

「なんだ?なんか騒がしいな」

 私は気配でわかった。あいつがいる。

 私は、荷物をその場に置いて、気配のする方へと走って行った。

「え!ちょ!心結!荷物・・・ってどこ行く!?」

 そう遠くない。すぐそこ。あの角を曲がったところ。私の体は熱くなっていた。角を曲がる。いた。

 前方から、血みどろの物体が歩いて来る。左手を失ったあのバケモノが。

「ミツケダゾ。ツカハラシユウ」

 くぐもった低く聞き取りにくい声で、こいつは確かに喋った。

「へぇ、あんたも喋れるの」

 強気で出たが、どうしたものか。変身の仕方がわからない。

「また誰か殺したのね」

 赤く染まった鎌を見た。

「私も殺す?」

「オマエハコロサナイ。イキテツレカエル、メイレイ」

「!?」

 生きて、だと。

「どういうこと?」

 バケモノは答えない。

「答えないなら答えないでいいわ、ブッ殺してやるんだから!」

 私は吼えたが、相変わらず変身はできない。

 バケモノと一定の距離を保ち、変身できるその時を待った。

「イキテルナラ、ドウデモイイ。アシ、キリオトス」

 と、バケモノのスピードがいきなり上がった。右に飛んで避ける。鎌が足を少し掠った。

「足を切り落とすとか、冗談じゃないわよ!」

 困った。あのスピードで来られたら、変身する前に足を切られる。

 バケモノがまた突撃する構えを見せた。

 銃声。バケモノの体に小さな穴が開く。そこから緑色の液体が出てきた。

 音のした方を見ると、買い物袋をしょって銃を握る健吾がいた。

「健吾」

「参ったな、心結。信じちゃいたけど、見たくなかった。これがお前の言ってたバケモノだな」

 バケモノは血のようなものを流しつつも、特にダメージはなさそうだった。

 バケモノのターゲットが健吾に移る。

「おわっ!ちょ!待て待て!」

「逃げて!健吾!」

 猛スピードで健吾に詰め寄る。ギリギリで健吾は避けたが、態勢を崩す。帽子がとれた。

 バケモノが鎌を振ったが、健吾はしゃがみこみ鎌は空を切った。

「よ、よし!待て!話し合おう!な!?」

 バケモノは鎌を振り上げた。

 ダメだ。健吾が殺される。

 そう思った瞬間、やっと来た。あの感覚。

 来るのが遅いのよ!

 私はバケモノに向かって思い切り地面を蹴った。体ごとバケモノにぶつける。バケモノは見た目通り重かったが、仰向けに倒れた。

 健吾は・・・無事だ。

「心結・・・!」

 完全に獣の姿になった。これなら勝てる。

 バケモノにさらに追い討ちをかけようとした時、多くの人の気配を感じた。パトカーのサイレンも聞こえる。今頃警察が到着した様だ。

「心結!ダメだ!警官に見つかるのはマズイ!」

 バケモノを倒す千載一遇のチャンスだったが、健吾の言う通りだ。警官から見れば、どちらもバケモノだ。警官に発砲されて、この体が無事でいられるかどうかはわからない。

 一旦ここは退こう。私は健吾を持ち上げ、ビルの上へと跳躍した。

 バケモノも追ってくるが、こちらのスピードの方が早い。余裕で逃げられる。

 なるべく人目につかないように、超スピードで健吾の家を目指した。

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