三
いきなりの丑澤の発言に、私は少なからず動揺した。「泊まっていけ」とは、何の誘い文句だ。
私は人差し指を頭にあてて考えた。
「あなた、どういうつもり?話が信じられずに逮捕?それとも死にたいの?」
「君の話は一応信じる。そして死にたいわけじゃない。ただ、ここで子供一人行かせるのは、なんか、おれ自身が、許せん・・・」
「あの、意味がわからないんだけど。今の話を信じて、私をここに泊める理由が、自分を許せないとか。あなた、本当に死ぬかもしれないのよ」
呆れた。大人のくせに、子供みたいな言い分だ。
「わかってるよ。自分でもバカだと思う。どこかの見知らぬ子供にわざわざ付き合って、死ぬなんて御免だ。だから死ぬつもりはない」
「いや、あいつら来たらあなた殺されるから」
「その時は、君がおれを守れ!!」
「は?」
目が点になるとは、今の私のことを言うのだろう。
この大人は、子供だから一人で行かせたくないとか言いながら、その子供に命を預けるのか。滅茶苦茶だ。
私は思わず吹き出した。
「あはは!ちょっと、笑わせないでよ!」
腹を抱えて笑った。丑澤は怪訝な顔をしている。
「わ、笑うなよ。おれは真剣にだな・・・」
「わかった!わかったわ・・・!」
笑い過ぎて息が切れた。こんなに笑ったのは、いつ振りだろう。
「わかったわ。とりあえずもう一日だけ泊まってく。でも、そうね・・・」
「どうした?」
私は部屋を見渡した。
「部屋が・・・汚い」
グサっと刺してしまったようだ。丑澤は苦笑いである。
「片付けていいかしら?」
「あ、いや、おれが片付けるよ!ってか子供に片付けさせられるか!」
「いや、私がやるわ。どうせ、あなた片付けるのヘタでしょ?」
「う・・・」
観念して、丑澤は片付けの邪魔にならないよう隅に座った。
私はテキパキと片付け始めた。その様子に丑澤が驚いた。
「片付け、上手だな」
手を動かしながら、答える。
「まあね。母がだらしなかったから」
丑澤がしまったと、バツの悪そうな顔をした。死んだ母の話を私にさせたからであろう。私は、笑顔を作って言った。
「気にしないで。もう気持ちの整理はついている」
丑澤は、悲しそうに私を見てきた。
「だらしなかったけど、いい人だったのよ」
「そうか・・・」
片付けながら、一つ気になったことを聞いた。
「えーっと、丑澤さんだっけ。下の名前は何て言うの?」
「ん?健吾だ」
「じゃあ健吾って呼ぶわ。いいわよね?」
「え、いや、そこは普通"さん"付けとかじゃ・・・」
私は無視して、片付けを進めた。
「あ、それと私のことは心結でいいわよ」
見た目と、言動のイメージがまったく合わない。この子の強気な言動は、人ではないからか、親の影響か。
何にせよ小五の女の子に完全に負けている自分がほとほと情けなかった。
ひとまず、心結とあと一日一緒にいることになった。この決断が正しかったのかは自分でもわからないが、逮捕するという選択肢は完全に消えていた。
心結を一人で行かせたくないのは、単純な大人のプライドだ。子供を一人で危険な目に遭わせるなんてできない。だが心結の場合、子供にカウントしていいものか。獣になれるのが本当ならば、人間よりはるかに強いことが予想される。
「一日」といったのは、自分の考える時間である。心結を見放すべきかどうか、自身の命がかかわる問題だ。自分の命欲しさに、心結を一人で行かせることは身勝手だろうか。
そうこう考えている内に、心結は片付けを済ませていた。見事に部屋が綺麗になった。
「掃除機どこ?」
「え、ああ、掃除機ね、ない・・・」
「は!?」
心結は、悲鳴に近い声を上げた。
「やだー!なんで!不潔過ぎる!私ここに泊まりたくない!」
「もう、一泊しただろ・・・」
「もうサイテーよ!このヘタレで不潔男!」
おれは渋々、ある物を取り出した。
「これ・・・」
「何それ?」
「コロコロ・・・」
長い髪で彼女の表情が見えないが、凄まじい怒気が伝わってきた。
「お、おし、掃除機買いに行こう!」
「ええ、じゃないと私出て行くわ」
「それにだな・・・」
おれは心結の姿を見た。
「服とか、色々必要だろう。一通り買ってやるよ」
あ、そっか、と心結は下を向いて答えた。
玲奈と買い物をしたのがつい数日前の話だが、私の人生でこの短期間に二度も買い物に行けるとは、ちょっとしたニュースだ。
健吾に服のことを気にされて、少し恥ずかしかった。
これまであまり気にしたことはなかったが、十一という年齢のせいだろうか。自分の格好に少しは気を使いたい思いがあった。
バスに乗って、八王子の駅前まで来た。
格好について気になり始めると、人目につくのも何だか恥ずかしくなってきた。それにこの髪は、やはり鬱陶しい。歩きながらちらちらとショーウィンドウに映る自分の姿を見て、溜息が出る。
その様子に、気がついたのか、健吾が話しかけてきた。
「髪、伸ばしてるの?」
「ううん。なんかね、切っても次の日にはすぐこの長さになってるの。今までは病気か何かかと思ってたけど、私が人じゃないからかも」
「へぇ、なるほどなぁ」
言って、健吾が少し考える様に顎に手を当てた。
「気になるなら切ればいいじゃん」
「いや、だからすぐ伸びるから意味ないんだってば」
「じゃなくてさ、毎日切ればいいじゃん。切ってやろうか?」
意表を突かれた。その発想はなかった。
「切ってやろうかって、健吾の家に泊まるのあと一日だけじゃない」
「あぁ、確かに」
言って健吾は前を向く。そのまま会話は終わって、歩き続けた。
私は、ちょっと期待していた。健吾があと一日といわず・・・。
と、頭を振った。何を考えているんだ。自分といれば、危険な目に遭わせてしまう。あと一日泊まるということだけでも危ないかもしれないのに、妙な期待を持つべきではない。
しかし、一人は辛かった。
それだけに、健吾にもう一日泊まる様に言われたことは嬉しかった。
今まで、結衣以外には正体がバレた時点で人は離れていった。健吾の場合、それに加え自分に命の危機があるのに、私から逃げようとしていない。
昨日出会った時もそうだ。最初こそ、幽霊と見間違えて驚いていたが、それ以降は私を不気味な者でなく、子供として扱ってくれた。
殺人容疑のある自分を家に泊め、話を聞こうとしてくれた。
朝、健吾が寝ている時、本当に逃げ出そうと思ったが、正体不明の私を前にして、無防備に寝ている姿を見ると、黙って出て行くわけにもいかなかった。
数少ない私の理解者。ウォル、玲奈、結衣と数えて人生で四人目の理解者。
その健吾を危険に巻き込むわけにはいかない。
一人で戦わなければ。そう決めたではないか。
「えーっと、服と、それを入れるリュックを買わなきゃな。あと何かいるかな・・・」
独り言のように健吾が呟く。
「飯もとりあえずインスタント系買っとくか?水とかもあった方がいいよな」
「え、ええ、そうね・・・」
「ん、どうかしたか?」
何だろう。何か感じる。
「健吾」
私は、辺りを見回した。どこかにいるはずだ。
「たぶん、警察に見られてる」
「え!」
「私、分かるの。野生のカンみたいなものかな。おそらく二人組が私のこと見てる」
「そうか、しまった!」
健吾は、何かに気付いた。
「例の事件の容疑で、心結の特徴が警察に知らされてる。小五で髪の長い女の子・・・」
そういうことか。それなら簡単に見つけられるだろう。私の姿は嫌でも目に付く。って、
「そういうこと早く気付きなさいよ!あなた本当に使えないわね!」
「や、やかましい!しょうがないだろ!とにかく逃げるぞ!できるだけ普通を装って歩け」
私は健吾のあとをついて行った。が、二人組の男が現れた。背後、私達に近づいてくる。
「健吾、来たわ」
「うし、走れ!」
一斉に駆け出した。警察二人組も走り出す。
「おい!止まれ!」
私達は、人混みを掻き分けて逃げる。
「心結、タクシーだ!タクシーに乗るぞ!」
ちょうど目の前にタクシーがあった。急いでタクシーに乗り込む。
「急いで出してください!」
「待て!そこのタクシー!警察だ!」
運転手が驚いて、出発を躊躇う。
健吾が警察手帳を取り出し、怒鳴った。
「おれが警察だ!あいつらは偽物!追われている。早く出してくれ!」
運転手は慌ててアクセルを踏み、発進した。
「健吾、手帳、ナイスだわ・・・」
「昨日、心結を連れて帰ったっきりで、装備一式全部持って帰ってたからな。本当はダメなんだけど・・・」
私は胸を撫で下ろした。そして、こんなことを言ってみた。
「服、欲しかったな・・・」
「え!たった今追われてたのに、その台詞!?どんなハートしてんだよ・・・」
「それとこれとは、話が別よ」
私は笑って答えた。
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