薄緑色の物体、コーエンからの報告を受け灰色の男は、宇宙船ふねの中から夜の街を眺めていた。

 側には三人の異星人が椅子に座り、来るべき時刻を待っていた。

「コーエンじゃ、少し荷が重かったかもしれませんね」

 灰色の男が呟いた。

 それを聞いて、一人の女性が質問する。

「あんたのこと。もう応援は出したんでしょ?」

「えぇ、東京近辺に別の任務で就いていた部下がいたので、その子に任せました」

 元気な男が声を上げる。

「オイラが行きたかったなぁ。最近の任務、退屈なんだよね」

 たしなめるように、少し老いた声の男が話す。

「そう言うな。我々には我々のやるべきことがある」

「そういうことです。ツカハラシユウも大事ですが、私達にしかできないことがありますからね」

 すると、四人の傍にある扉が開いた。

「時間ね」

「さて、会いに行きましょう。私達の主へと」

 四人は、扉の中へと入って行った。



 健吾も旅の支度を終え、いよいよ家を出た。

 鍵を閉め、健吾が呟く。

「この家に次帰ってくるのはいつになるかな・・・」

「ごめんね、健吾」

「心結が謝ることじゃないだろ。おれが決めたことだ」

 アパートを離れ、バス停へと向かう。

「目指すは、京都だな」

「うん、そこに協力者がいるはず」

 わかっていることは、京都に協力者がいる、ということだけだった。相手が誰なのか、人間なのかどうかさえわからない。

 バス停に着いた。すると、嫌な気配が私を覆った。

 私の異変に健吾が気付いた。

「どうした?心結?」

「あいつが、近くにいる」

「え、あのバケモノか!?」

「そこまで遠くないわ。あいつも私達に気付いてる」

 バスが来るのは五分後。待っていられない。

「健吾、こっち!」

 バケモノがいない方向へと逃げた。

「心結、逃げるのか?この辺りだったらほとんど人目もつかないし、戦えると思うけど」

「うん、そうなんだけど・・・。あとで説明するね!」

 健吾の言う通りで、私はあのバケモノを倒したかったが、懸念があった。

 走っていたが、バケモノは距離を縮めてくる。人間のスピードでは、逃げ切ることはできなさそうだ。

「どうしよう。このままだと追いつかれちゃう」

「こっちだ!」

 健吾は私の手を引っ張った。

 引っ張られるまま走っていくと、そこは古びた廃工場だった。

「え、健吾、ここ行き止まり・・・」

「ここなら何も気にせず戦えるだろ!」

 思わず私は手で目を覆った。

「この・・・」

「逃げられないなら、あいつ倒そう!」

「このバカ警察!私は、逃げるって言ったのよ!今は逃げなきゃダメなの!」

「な・・・バカとは何だ!せっかく戦いやすいところに連れてきたのに!」

「空気を読みなさい!空気を!今は戦えないから、あんな必死に逃げてたんでしょうが!」

「え、戦えない・・・?」

 健吾が固まった。

「たぶんだけどね。私、獣になれないと思う」

「じょ、冗談だろ・・・」

「こっちの台詞よ!よくもこんな墓場に連れてきてくれたわね!」

「そういう事情は先に言え!おれはおれなりに考えてだな・・・」

 健吾は話すのをやめ、俯いた。

「なんで獣になれないと思うんだ?」

「この前ウォルが、友達のオオカミが殺された時、私変身できなかったの。理由はわかんないけど、直前に変身してたからだと思う」

「そういうことか」

 そうこう言っている内に、バケモノの気配が近づいていた。もう逃げられない。

「近いのか?」

「うん、もうすぐそこまで来てる」

「やるしか、ないな」

「正気!?あんなのに人間が勝てるわけがないわ!」

「やるしかない。これを持て」

 警棒を渡してきた。

「こんなもの・・・」

「何もないよりマシだろ。おれは拳銃。あと四発撃てる。・・・心結、隠れてろ」

「健吾は?」

「おれに少し考えがある」

 健吾の目は、嘘をついていない。しかし・・・

「死なないでよ。死んだら、許さない」

「こんなとこで死ねるか。お前を食わしていく仕事がある。隠れていて、何かできそうだったらやってくれ。ただ無理はするな」

「お互いにね」

 健吾と目を合わせ、私は廃工場へと入って行った。



「さあて、と・・・」

 暗闇の向こうから、大きな影が現れる。丸い目が白い光を放ち、その視線は健吾を捉えていた。

「うぅ、ダメだ。まだ見慣れねぇ。恐すぎる」

 ゆっくりと、バケモノは健吾へと迫っていた。

「あいつは急にスピードが上がるからな。そうなる前が勝負だ」

 銃を構える。狙いは一つのみ。

 一発目。バケモノの体にあたり、そこから緑色の血が飛び出した。やはりダメージはほとんどない。

「くそ、射撃訓練、真面目にやっときゃ良かったな」

 狙いを澄ます。

「今度は当てるぞ」

 二発目。バケモノが奇声を上げた。当たった。奴の白く光る目玉に。

 右眼に当たったようだ。相当痛がっている。

「うし、あと弾は二発。大事に使うぜ」

 そう言って、健吾も廃工場の中へと身を潜ませた。



 廃工場の中から、心結は健吾の活躍を見ていた。

 思わず、ガッツポーズをとる。

「ヘタレ警察にしては、やるじゃない」

 さすがのバケモノも相当効いたらしい。まだ奇声を上げ、悶えている。

 その隙に、何か武器になるものがないか辺りを見回した。警棒を与えられたが、心結が使うにはリーチが心もとない。

 心結は、廃工場の二階にいた。健吾も反対側の階段から二階へと上がっている。

 勝負はここからだった。先制点はとれたものの、バケモノのパワーは人間のそれを遥かに上回っている。

 奇声が止んだ。バケモノが廃工場の内部へと入ろうとしていた。

 すると心結とは、反対側の場所で積まれていた資材が崩れ落ちる。健吾の仕業だ。

 崩れた資材は、バケモノに降りかかるかと思いきや、避けられた。位置がバレた健吾の元に、バケモノが飛び上がって辿り着く。

「マズイ!」

 心結は、武器になりそうなものを手にとり、健吾の元へと走った。



 狙いが外れた。資材でぺちゃんこにしてやろうと思ったが、例の如くバケモノは持ち前のスピードを活かして避けた。

 目の前にバケモノが迫る。

「へぇ、相当怒ってるみたいだな」

 バケモノは右手の鎌を振り上げた。効果があるかはわからないが、銃を構える。

「うらぁ!」

 心結の声。長い角材をバケモノの足に当て、バケモノは横に転がった。

「ナイス!心結!」

「これ!」

 心結が、投げた物をキャッチする。長いノコギリだ。

「それ、使えそうかなって」

「あぁ、錆びているが使えそうだ」

 ノコギリをバケモノの右手に振り下ろした。しかしバケモノの鎌が健吾を襲う。

「健吾!」

 鎌は健吾の左腕を斬りつけた。

「痛ってー!」

 ノコギリを振り投げ、左腕を押さえる。幸い深手ではない。

 バケモノが立ち上がる。

 心結がバケモノの足を角材で打ち据えるが、さすがに二度目は転んでくれない。

「コロス」

 バケモノが健吾を睨みつける。

「殺される前に、もういっちょやるよ」

 健吾は至近距離からまだ無事だったほうのバケモノの目に、銃弾をぶち込んだ。またバケモノの奇声が響き渡る。

 健吾は先ほどのノコギリを拾い上げ、バケモノの腕めがけて叩きつけた。

「この腕さえ切り落とせば!」

 奇声を上げながら、バケモノは体を健吾にぶつけた。

 健吾が吹き飛ばされた。資材に叩きつけられる。

「健吾!」

 心結が健吾の元に走り寄る。

「いって・・・大丈夫。かなり痛いけど・・・」

 体をゆっくり起こしながらバケモノを見据える。

「両目、潰してやったけど、逃げられねぇかな?」

「たぶん無理だと思う。あいつ気配でも私たちの位置把握してる」

「とりあえず、あの鎌の腕さえなければ・・・」

 心結の言う通り、バケモノは気配を読み取り、こちらへ真っ直ぐ向かってきた。

「心結、ダメ元で聞くけど、獣になれなさそうか?」

「うん、さっきから試みてはいるし、いつもだったらもうなってるはずなんだけど・・・」

「だよな・・・。よし、心結、警棒貸せ。おれが左足、心結が右足をその角材で殴ってあいつをこかせるぞ」

「わかったわ」

 気配で位置がバレるといえど、目が見えない分、判断は遅いはずだ。転ばすことは可能なはずだった。

「行くぞ!」

 二人一緒にバケモノめがけて走り、健吾が警棒を、心結が角材をバケモノの足に叩きつけた。

 バケモノの足がすくわれ、前のめりに倒れる。

「よっしゃあ!チャンス!」

 ノコギリを手にとり、バケモノの右の鎌を足で踏み押さえた。腕にノコギリを入れる。と、ものすごいパワーで健吾の足をどかそうとする。

「心結!押さえるの手伝ってくれ!」

 心結は、角材で鎌を押さえた。小さな力といえど、二人でならなんとか押さえられる。

 ノコギリを前後に動かした。バケモノが奇声を上げ、体を暴れさせる。

「動く、んじゃ、ねぇーーーー!!」

 バケモノに吹き飛ばされそうになりながらも、ついにその腕を切り落とすことができた。

「やった!心結、離れろ!」

 バケモノは両手のない体をバタバタと暴れさす。耳が痛くなるほどの奇声を上げて。

 健吾と心結は、その場に座り込んだ。

「はぁ・・・!これで・・・あいつ何にもできないだろ・・・!」

「すごい!すごいよ!健吾!」

「めっちゃしんどいけど、とりあえず逃げるか」

 二人は立ち上がり、ふらふらとした足取りで一階へと降りた。廃工場を出ようとした瞬間、背後から大きな着地音がした。バケモノが二階から降り立った音だ。

「へぇへぇ、大した根性だな。そんな姿じゃ何にもでき・・・」

 突然、バケモノのお腹が横に割れ、口のようなものが姿を現した。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 バケモノが怒声を上げる。その口には無数のとげとげしいキバが生えていた。

「は、ウソだろ。何あれ・・・」

「キレた・・・」

 バケモノが口を開いたまま、二人めがけて猛スピードで飛んできた。

 かろうじて避ける。バクン、と何かが飲み込まれる音がした。廃工場の資材をいとも簡単に噛み砕き、飲み込んだ音だ。

 二人は倒れ込みながら、その信じられない光景を見ていた。

「ちょっと、さっきより狂暴よ、こいつ!」

「聞いてないぞ!こんなの!」

 バケモノが振り返り、気配を探っている。あのスピードで何度も来られたらかわせない。ただでさえもう体力が尽きかけているのに。

 健吾の位置を、把握したようだ。バケモノが健吾に真っ直ぐ体を向ける。

 とっさに転がっていた木材を拾い上げた。バケモノが飛んでくる。

 木材を前に突き出し、健吾はなんとか食われずに済んだ。が、バケモノは健吾の目の前である。

 これで終わりか。健吾は、最期を悟った。バケモノの大きな口が開く。

「まだよ!」

 心結がバケモノの口に、鉄の棒を突き刺した。

「押して!」

 心結の声に、反応して鉄の棒を握り。押した。

 鉄の棒が、バケモノの喉を突き破った。

 バケモノの声にならない悲鳴が、血となって健吾にかかる。

「まだだ!」

 バケモノの口が動く。鉄の棒を食べようとしている。

「喰らえ!」

 健吾はそこらにあった木材を手に取り、バケモノの喉に押しやった。突き破っていた喉の穴をさらに広げる。

 大量の緑色の血が健吾の身を包んだ。視界が全く見えなくなった。



「健吾!健吾!」

 バケモノの血を浴び、そのまま仰向けになった健吾は動かない。

 バケモノは、口に突っ込まれた資材に体を支えられ倒れないまま死んでいる。

 健吾の体を揺さぶった。動かない。

「健吾!ダメ!死なないで!」

 すると、小さな音が聞こえてきた。

「・・・いびき?」

 健吾は口を開け、いびきをかきはじめた。心結は、そのままそこに座り込む。

「はぁ、もう、この人は・・・」

 安心した心結もその場で力尽き、倒れた。

 二人のいびきが夜の廃工場に響く。

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