スマホの着信音が鳴り、目を開ける。

「うわっ!」

 健吾の顔の目の前には、大口を開けたバケモノの顔があった。健吾達が突き刺した資材が支えとなっていたので、健吾は下敷きにならずに済んでいた。

「あのまま寝ちゃったのか・・・」

 体を見ると、バケモノの血と思われる緑色の液体まみれだった。液体は乾いて、ほぼ固まっている。匂いは、あまり良いものではない。

 スマホの着信音が鳴り止んだ。相手は職場先からだ。本来なら今日は勤務日である。もう出勤することはないかもれないが。

 バケモノの下から抜け出し、立ち上がった。側には心結が寝ていた。

 心結を抱きかかえようかと思ったが、自分の体を見やって止めた。バケモノの血で汚れすぎている。

 健吾は、その場に座り込んだ。バケモノに目をやる。

 全部夢だったら良かったのに。健吾は心の底からそう思った。心結という少女でなく、例えば、おじさんとかが相手だったら自分は見捨てただろうか――。

「あ、おはよう」

 心結も目が覚めた。

「おう、おはよう」

「いつ起きたの?」

「おれもちょうど起きたとこだよ」

 心結もバケモノの屍体を見た。

「うわっ、改めて見るとエグいね・・・」

「だな」

「・・・とりあえず、玲奈とウォルの仇がとれた・・・」

 玲奈とはおそらく母親のことだろう。

「健吾、コイツの血だらけだね」

「一回家帰るか。さすがにこれだと出歩けん」

「だね。家に戻るの意外と早かったね」

「はは・・・」


 シャワーを浴び、血を洗い落とす。

 体中が打ち身やら筋肉痛やらで痛かった。こんなに体を痛めたことは、仕事でもなかった。左腕には、バケモノに切られた傷もある。上腕部に長く細い切り傷だ。シャワーが染みる。

 浴室を出て、鏡を見た。血は落ちたが、ひどく疲れた顔だった。

 居間に戻ると、心結がソファにうつ伏せで寝ていた。爆睡である。

 テレビを点けると、バケモノ関連のニュースばかりだった。その内、あの屍体も見つかって、更に騒動は大きくなるだろう。なんせ、地球では見ることのできないバケモノだ。

 というかあいつらは、何なんだ?宇宙人?考えても分かることではなかった。

 頭がボーッとしている。また睡魔が襲ってきた。健吾は顔を机に突っ伏した。


 目を覚ますと、もう夕方だった。18時。

 心結は、起きていた。外の景色を眺めている。シャワーは浴びたようだ。

「寝過ぎた」

「もう夕方だねー。でもだいぶ疲れはとれた!」

「出発しないとだな」

「今度こそ、ね」

「もう当分奴らも来ないだろ。心結の話じゃ、あのバケモノともう一人灰色の男だっけか。なんか今はいないっぽいし」

「そうね。でもあの男がいつまた来るかわかんないし、早く移動はした方がいいと思う」

「行くか」

 今度こそしばらく戻らないであろう家に別れを告げ、バス停へと向かった。

 バスが来るまで十分程あった。

 二人共、特に何も話さなかった。昨日起こったことが強烈すぎて、頭がボーっとしている。

 そんな健吾の頭が切り替わった。道の向こうから一人の人影。女性である。それもとびきり綺麗な。

 肌は小麦色で黒髪のポニーテール。服はなんとも奇抜な赤色の露出の高いものだった。目は鋭いが、その鋭さが綺麗な顔を映えさせる。

 思わず健吾は見入った。

 その様子を見てた心結が、健吾を肘で突く。

「ちょっと!見過ぎだよ。失礼だよ」

「お、おう、そだな。でも見ろよ。おれあんな綺麗な人見たことないぞ」

 その美女はゆっくりバス停へと向かってきた。健吾と心結を交互に見ている。そして、微笑みを向けてきた。

 健吾はその笑顔に嬉しくなって、思わず話しかけてしまった。

「あ、あはは。こんばんはー。いやー、まいったな」

 心結がすごい顔で健吾を見たが、健吾は気にしない。すると美女が笑顔で口を開いた。

「おぬしがツカハラシユウじゃな」

 その言葉に、二人が固まった。

「え、塚原・・・何でお姉さんが知ってるの?」

「男、お前に用はない。去ね」

 美女の右手がいきなり燃えた。いや、燃えたのではない。炎を出したのだ。その炎を健吾めがけて放った。

「いい!」

 咄嗟に健吾は避けたが、炎をかすめた。

「健吾!とりあえず逃げよう!」

 二人は走ったがすぐに追いつかれる。昨日のバケモノのようなのろのろした動きは一切ない。

 美女は追いついた勢いで、健吾の背中を蹴とばした。健吾が吹き飛ばされる。

「健吾!」

 激痛でもだえた。痛すぎる。心結が走り寄ってきた。

「大丈夫!?」

 美女が歩いて近づいてくる。まったく逃げられそうにない。

「ちょ、どゆこと!?何!?あのお姉さん!」

「わかんないけど、あいつらの仲間だよ!」

「昨日、あんなに戦ったばかりだぞ!こういうのって普通もうちょうい間が空くもんだろう!」

「私に言われても知らないわよ!」

「こんなの聞いてないぞ!心結!」

「だから私に言わないでよ!バカ!」

「何を言い合っておる?」

 美女が目の前まで来た。

「ちょ!待った!お姉さん!ひとまず話し合おうじゃないか!」

「うるさい男じゃ」

 美女の右手からまた炎が出た。

 と、心結が健吾の前に立ちふさがった。

「健吾は、殺しちゃダメ!確かにうるさいけど!」

「ふむ、シユウ、それでどうする?」

「あなたを倒すわ」

「ほう、それは面白い」

 美女が心結を燃やした。

「心結!」

「熱い!」

 心結がしゃがみこむ。

「少しどいておれ」

 心結を蹴り飛ばす。火だるまになって、心結が転がって行った。

「ちょ!お姉さん、やり過ぎだぜ」

 拳銃を抜いた。狙うは頭。

「ごめん、お姉さん」

 ラスト一発だ。打った。

 しかし、美女はなんと首を曲げて銃弾を避けた。

「へ?」

「なんじゃ、今のは・・・?当たってたらヤバかったのう」

 美女も驚いていたが、健吾の驚きはそれの比べものにならない。

 銃弾を避けるとか反則すぎる。健吾にもはや為す術はなかった。力を抜き、俯く。

「ちくしょう!どうにでもなれってんだ!」

「では、今度こそ死ね」

 例の如く、炎を出す。

 死んだ。そう思った瞬間、大きな影が美女が突き飛ばした。

 獣になった心結だ。

 心結は、体を美女に向けながら、健吾に目を合わせてきた。

「今の内に逃げろってか」

 心結が頷く。

「わかった。死ぬなよ、心結」

 健吾は走った。できることは、心結が死なないことを祈ることばかりであった。

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