健吾は上手く逃げてくれた。問題は、目の前にいる美女である。

 壁が壊れる程、吹き飛ばしてやったが、当の美女はけろっとしている。

 銃声や物の壊れる音に反応してか、周囲に人の声が聞こえてきた。

 この姿を見られるはマズイ。ここから離れなくては。けれども、この美女から逃げるわけにもいかない。逃げ切れる自身はあったが、得体の知れない相手をこんな住宅外に置いてはいけなかった。また、ここで上手く逃れることができたとしても、次に見つかったら変身できる保証はない。その時に健吾が一緒にいることも困る。

「面白い。それが変身か」

 美女は不敵に笑った。

 戦うしかない。場所を移して。

 心結は、屋根の上に飛び乗り、美女が追ってこれるほどのスピードを保ったまま人気のない山へと足を向けた。

 美女も屋根に飛び上がり、心結を追う。

 獣になっていられる時間がどれだけあるのかが気懸りだ。できるだけ移動にかける時間は短くしたかった。



 心結達がすごいスピードでその場を離れていった。

 健吾は物陰に隠れて、一部始終を見守るつもりであったが、これでは心結達を見失ってしまう。

「あいつら、どこ行くんだ?」

 心結なら、人気のない場所を選んで戦うはず。心結が向かって行った方角。すぐ近くに山がある。

 その場に置いてあった心結のリュックを拾い上げ、健吾も二人のあとを追うように、山の方角へと走り始めた。



 美女のスピードに合わせて逃げていたが、そのスピードは予想以上に速かった。

 すぐに山へと到達し、さらに中へと入って行く。

 こんなところでいいか。心結は止まり、振り返った。

「追いかけっこは、これでおしまいか?」

 二人の息は乱れていない。

 こいつに勝てるだろうか。本格的な戦闘はこれが初めてだ。人離れしたパワーを持っているとはいえ、心結は闘い方をまったく知らない。

「ふむ。燃やし尽くす気はなかったが、まったくダメージを受けてないとこをみると、おぬしの体はかなり丈夫らしい。今度はさっきのような生ぬるい炎ではないと思え」

 右手から炎。心結に飛ばす。心結はその炎をかわした。背後の木が燃え上がる。美女の言う通り、炎の熱さは、明らかに増している。

 心結は爪を立て、思い切り美女へと駆け出した。右手を振り下ろす。身をかがめかわされた。

 美女の蹴りがとんでくる。顎にヒットし、獣化によって少し大きくなっているはずの心結の体が宙に浮く。

 すぐに美女の左ストレートがお腹にとんできた。その拳は燃えている。

 殴られた衝撃とすさまじい熱気が伝わってきた。心結は思わず声を出す。

 美女の攻撃は容赦がない。倒れ込む心結に向かって、燃えた右足で蹴り飛ばされた。体が木にぶつかり、木が折れる。

 強い。昨日まで戦っていたバケモノのそれとは比べものにならなかった。今の自分でこの美女を相手にするにはタイミングが悪すぎるのかもしれない。

「ふふ、本当に丈夫な体じゃのう。だが助かるぞ。おぬしは生け捕りで、との命令が出ておる。暴れられたら面倒じゃからの。動けなくなるまでは、痛めつけるぞ」

 また、生け捕りか。殺されないだけマシだが、手段を問わないところを考えると、連れて行かれた先で何をされるか知れたものではない。

 心結はまた美女へ飛び込んだ。かるくいなされる。鳩尾みぞおちを殴られた。息が止まる。

「スピードもパワーもあるが、まるで闘いの素人じゃ。逆らうだけムダじゃぞ」

 かかと落とし。心結の頭が地面に叩きつけられた。足で頭を押さえつけられる。すごい力で、この獣の体でも抗えない。

「大人しくついてこれば、これ以上は痛めつけん。まだ暴れるというなら、覚悟するんじゃな」

 押さえつけている方の足を掴み、振り払った。バランスを崩した美女にすかさず爪で切り立てる。

 美女は腕でガードをしたが、腕からは血が出ていた。人間と同じで、赤い血だ。

「大人しくはしてくれぬか。面倒じゃが、加減せぬぞ」

 美女の両手両足が燃える。すさまじいスピードで殴られ、蹴られた。あまりの応酬に倒れることもできない。

 とどめは回し蹴りだ。心結はまた吹き飛ばされ、地面に倒れた。

 体中が痛い。動けない。

 気を失いかけた。すると目の前にいた美女がいきなり倒れた。健吾。警棒で後ろから美女の頭を殴りつけたようだ。

「心結!逃げるぞ!こいつには勝てない!」

 そうしたいところだが、体が思うように動かない。立とうと腕を地面に立てたが、足が上がらなかった。

「くそ、だいぶダメージもらってるな」

 健吾!声を出したいが、この獣の姿では声が出ない。健吾の後ろに美女が立っていた。

「男。また来たのか。おとなしく逃げていれば良いものを」

 健吾は脇腹を蹴られ、吹き飛ばされた。

 健吾に手を出すな!体が動いた。かつてないスピードで、最後の力を振り絞る。

 美女は心結のスピードに対応できず、殴り倒された。そのまま追い打ちをかける。爪を立て、美女の腹をめがけて突き刺そうとした。が、その腕を美女の手が掴んだ。

「ふむ、少々侮りすぎたか、燃えろ!」

 掴んだ手から、すさまじい熱の炎が出、心結の全身を炎が覆った。さっきまでの炎と違い、はっきりと熱さを感じる温度だった。熱すぎて、その場に転がり込む。

「心結!」

「ひとまず、動けないようにしてやろう」

 美女が心結に向けて、拳を構える。心結は、体が燃えながら、がむしゃらに美女に向かった。両手の爪を立てて、振り回す。

 美女は心結から距離をとり、さも面倒くさそうに心結を見た。

「まだそんな元気があるか」

 美女が瞬時に距離を詰め、肘打ちを腹に入れてきた。

 ダメだ。もう限界だ。

 チクショウ!私じゃ勝てないのか!

 視界が霞む。心結は、その場に倒れ込んだ。



「心結!」

 心結は、倒れこんで動かなくなった。火が消えていく。

「やっと動かなくなったか。しぶとい奴じゃったのう」

 美女に殴られたところが痛み、上手く動けない。いや、動けたとしても人間の力ではこの女に勝てない。

 心結の変身が解け、人間の姿へと戻って行った。痛ましい姿に、健吾は目をやれなかった。

 健吾の頭に血が上った。

「こいつは子供だぞ!子供に対する愛情とか、情けとかないのか!?」

 美女は、顔をしかめて聞き返す。

「ふむ、子供に対する愛情か。そんなもの感じたこともなければ、感じる気もない。わしには関係のないことじゃ」

 所詮、人間ではない者。バケモノか。訴えるだけ無駄なようだ。

「この娘は、生け捕りと命令が出ているが、キサマに関しては何の命令も受けてない。邪魔じゃから死んでもらう」

「ちょ、ちょっと待った!」

 健吾は焦った。ひとまず時間を稼ぐ。

「この子をどこに連れて行くんだ?」

「なんじゃ。死にゆくキサマには関係あるまい」

 美女の拳に炎が宿る。なんとか生き延びる術はないか。

「ば、場所は?どうやってこの子を連れて行く?」

 美女が立ち止まる。何かヒットしたか?

「この子を連れて行くなら手伝うぞ!」

 美女は何かを考えている様子だ。そして、口を開いた。

「少し困っていることがある」

「お、おう。なんだ?」

「別の任務で、移動手段を失った。本艦がある大阪という場所へ行かねばならぬが、そこがどこかわからん」

 きた!これだ!なんて幸運だろう。

「大阪か。かなり遠いぞ。おれなら車を出して、そこまで連れて行くことができるけど、どうする?」

 美女は考えている。

「ふむ、悪くない話じゃ。だが、人間如きに手を借りるのは癪じゃの」

「しゃ、癪とか言っている場合か!いくらアンタが強くったって、大阪に行くのはなかなか手間だぞ!」

 美女は、品定めするように健吾を見ている。

 もう一押し。

「おれが大阪へ案内する!だからおれを殺すな!じゃないとアンタ後悔するぞ!」

 美女が少し笑った。ような気がしたが、すぐに真顔になった。

「わかった。ではキサマに命ずる。わしとツカハラシユウを大阪へ連れて行け。本艦へ辿り着けたなら、キサマの命は助けてやろう」

「お、おし!任せろ」

「ただし、少しでも妙な真似をしてみろ。すぐに殺すからな」

「するか!おれは死にたくない!」

 とりあえず助かった。心結を連れてどうやって逃げるかは、大阪への道中で考えればいい。

「よし、ではすぐに案内しろ」

「おう」

 と、立てない。

「どうした?早くしろ」

「お前に殴られたところが痛くて立てない・・・」

 美女はさも面倒臭そうな顔をして、健吾の体を担ぎ上げた。

「お、おい!何するんだよ!?」

「歩けぬのなら、こうするしかなかろう。わしは急いでおる。その汚い口で、早く案内しろ」

 心結も担ぎ上げて、美女は歩き出した。

「ちょ、ちょっと待て!これで山を降りるのはマズイ!」

「なぜじゃ?」

「お前みたいな美女が、大人の男と子供を担いで歩いてたら、それだけで目立つ!それを見た人から騒ぎが広がって色々と面倒になるぞ!」

 美女は、健吾を投げ捨てた。

「注文の多い奴じゃ。なら、さっさと歩け」

「お、おう。ちょっと待ってくれ」

 足をガクガクさせながら、健吾はなんとか立ち上がることができた。

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