九
何かに揺られている。
「痛つつ・・・」
目を覚ますと、心結は車の後部座席にいた。運転しているのは、健吾だ。
「おう、目覚めたか。さすがに丈夫な体だな」
そう言われて、心結は記憶を探った。炎を操る女と戦っていたはずだ。そいつにボコボコにされて、気を失った。酷い火傷や怪我を負ったはずだが、そこまで目立った外傷はない。
「人の姿に戻った時は、見てられない程痛々しい姿だったけど、見る見る内に回復してったよ。見た目は子供だけど、やっぱそこら辺は特別なんだな」
そういえば、今までも怪我をしたことがあってもすぐに治っていた。玲奈には「あんた、治り早いわね〜」と、よく言われたものだ。人間ではない証拠のひとつなのだろう。
と、車の中にもう一人いることに気付いた。健吾の隣に座っている。ミラーで、顔を覗いてみた。
「うわっ!」
あの女が座っていた。
「なんじゃ、うるさいのう」
どういう状況だ。
「なんで、この人がいるの?」
「あぁ、えっと、実は・・・」
心結が気を失ってからのことを、健吾が説明してくれた。要は、敵の本艦がある大阪に連行されている途中らしい。健吾はすべてを語らないが、おそらく何か考えがあってのことだろう、と心結は思った。ひとまず表向きは、健吾が敵に協力する形だ。
「そういうことじゃ。暴れてくれるなよ」
女は不敵に笑って、心結にそう言った。
「暴れてくれるなよ」とは、よく言ったものである。健吾からしたら、この美女にそう言ってやりたい。
心結の反応を見ると、概ね健吾の意図は理解しているようだった。
東京から大阪なら新幹線を使う方がよっぽど早いが、心結が指名手配されている今、公共機関を使うのは都合が悪いので、レンタカーを借りて出発した。
レンタカーを借りるまでが、冷や汗ものだった。なんせこの得体の知れない美女ときたら、なにをしでかすかわかったものではない。レンタカーを借りる際の手続き時には、手続きにかかる時間にイライラして店員に危害を加えようとしたり、喉が渇いたからと自動販売機を破壊しようとしたり、その度に健吾がなんとか止めるという始末であった。
健吾が止める度に、「なぜじゃ」と聞いてくるので理由を一々説明し、「郷に入れば郷に従え」という健吾の説得に、美女は一応は納得したようだった。
滅茶苦茶で、人間の常識などあったものではないが、意外と話せる奴だと、健吾は美女のことを評価していた。
これはもしかすると、本当に逃げ切れるかもしれないと、僅かな期待を抱いた。
「なんで、私のことを狙うの?」
心結が美女に向かって聞いた。心結には目もくれず、美女が答える。
「知らぬ。わしは雇われた身じゃ。おぬしを生け捕りにしろという命令しか受けておらぬ」
「雇われ?」
健吾は驚いた。
「というか、あんたら何者なんだ?人間じゃないん、だよな?」
美女は、過ぎ行く風景に目をやっている。そもそも敵同士。話す気はないのか。と、思ったら美女は口を開いた。
「わしらは、この星の者ではない。他の星から来た。この星で言うところの宇宙人じゃ」
宇宙人ね。大方予想はついていたので、大した驚きはない。それよりも健吾の問いに、普通に答えてくれたことに驚きつつ、健吾は質問を続けた。
「雇われたってのは、誰に?」
「さぁの。ハッキリした個人の名前はわからぬが、宇宙では名の知れた巨大な組織じゃ。組織の名はEBE《イーバ》」
「EBE・・・」
巨大な組織ということは、敵の数は予想していたよりもずっと多いようだ。
「あんたは、雇われたってことだけど、何かの組織に就いてるのか?」
「わしは独り身じゃ。殺し屋稼業で生きておる」
「殺し屋!?そりゃまた物騒な・・・」
「EBEからの報酬はいつもでかいからの。こうして面倒な仕事も引き受けておる」
「仕事、か。じゃあ、やっぱりおれらを逃してくれるとかは・・・」
美女が睨む。
「わしは、仕事は完璧にこなす。逃げようとするなら、キサマを殺す」
「はい・・・」
「ところで、あとどれくらいで着く?この乗り物は、遅くて退屈じゃ」
「ナビだと、まだあと四時間はかかるみたいだけど」
「チッ。長いのう。文明の低い星じゃ」
「お姉さん」
心結が口を開いた。
「お姉さん達が宇宙人ってことは、私も宇宙人なの?」
「そうじゃ」
「そっか。私、何ていう星で生まれたのかな」
「ヴェーリという名の星じゃ。その星も宇宙では有名じゃった」
「じゃった?」
「わしの聞いた話では、その星はもうない」
健吾は少なからず動揺したが、これも予想の範囲内だった。心結も同じ様だ。心結の友達、おそらく実の親であろうウォルというオオカミが心結と共に地球に「逃げてきた」ということを含め考えると、容易に想像はついた。
少しの間、車内に沈黙が流れる。
なんだろう。この美女からは、悪意というものが感じられない。残忍な面はあるが、それは彼女達が生きている世界なら当然なだけで、話せば理解し合える相手のような気もする。かと言って、余計なことを言うと本当に殺されかけないので、健吾は逃げる手立てを考え続けた。
「お姉さん」
心結が、また口を開く。
「なんじゃ。まだ何かあるのか」
「あのね・・・」
心結は、何やらモジモジしながら、美女に質問した。
「お姉さんって魔法使いなの?」
「ん?」
健吾と美女の声が重なった。目が丸くなる。
「あの、だって、炎を出してたし・・・私本で読んだことあるの。お姉さんが炎を出すところ、魔法使いみたいだなって」
「魔法使いという言葉は知っているが、わしの場合炎を出せるだけじゃ。魔法というより、ただの能力じゃの」
「充分魔法だよ!」
心結の声に熱がこもる。
「私、魔法使いに憧れてたの!ほら、こんな見た目だし、なんか、っぽいかなって。私でも炎出せるかな?」
「無理じゃ」
「え!そんなぁ・・・」
心結がここまで子供っぽいところを、健吾は初めて見た。こんな子供らしい一目もあったのか。
「でもね、私ちょっと嬉しいの!だって本物の魔法使いに会えたんだもの!」
「じゃから、わしは魔法使いじゃな・・・」
「ね!ね!炎出してみせて!」
「心結!バカ!車の中で出されたら危ないわ!」
「いいじゃん!ちょっとくらい!そんな危なくないわよ!」
美女はさも面倒臭そうに、車の窓に肘をついている。
「お姉さん!お願い!炎出して!」
美女は、仕方なさそうに右手を上に上げ、掌から小さな炎を出して見せた。
「わぁー!」
心結がはしゃいでいる。つい数時間前までこの炎に酷い目に遭わされたというのに、もう忘れてしまっているのだろうか。
「シユウ。おぬしうるさいのう。少し黙っておれ」
「えへへ〜、ありがとう」
心結を突き放す態度が、どこか照れているように見えたのは、健吾の気のせいだろうか。
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