七
心結との出会いを振り返り、自然と懐かしんでいる自分がいた。
「はぁ〜、私も歳かしらね・・・」
愛していない、はずだ。しかし、十一年一緒に過ごしたことで妙な情が湧いている。もし昨日のことが警察沙汰なんかになったりしたら、腹を括ろうとしている自分がいる。
笑えた。まともに親らしいことをしたことがないのに、今更親振ろうとしてる自分が滑稽だった。
あの子がもし、自分が本当の母親じゃないことを知ったらどう思うだろう。この家を出て、本当の親を探しに行くだろうか。嫌われていても無理はない。本当に最低限にしか、死なない程度にしか世話をしなかった。
今日はあの子が帰ってきたら、慣れない料理を作ろう。自分ができるだけの最大限の豪華なメニューで。
と、玄関のドアが開く音がした。
「おかえり」
言って玄関を見るが誰もいない。ドアは開いている。
泥棒か?こんなボロアパートに?
それとも自分目当ての暴漢だろうか。歳はとったが、そこらの男を魅了する自信はまだまだある。
玄関の方へ歩き辺りを見回したが、人の気配はない。奇妙に思いつつも、ドアを閉めた。
「ツカハラシユウ、でしたか?」
どこからともなく声がした。上品な男の声。部屋を見回しても姿は見えない。
「誰?」
その問いには答えず、男は話し続けた。
「あなたの娘として育っていると聞きました。まだこの家にいないようですが、いつ頃彼女は帰って来ますかねぇ?」
嫌な汗が流れる。相手の正体は大方予想が着く。
十一年前、ウォルは「逃げて来た」と言っていた。なぜ狙われていたのかは、興味がなかったので聞いていない。
「質問に答えていただけませんか?早く彼女に会いたくて仕方がないんですよ」
「どこの誰だか知らないけど、姿を見せなよ。人の家に勝手に入っておいて、気持ち悪いったらないわ」
男は驚いた様に声をあげた。
「おぉ。これは失礼いたしました。我々はこちらです」
振り返ると、二人の姿がそこにあった。玲奈は思わず後ずさった。人間ではないと予想していたが、実際に見ると不気味だ。
喋っていたと思われる男は、灰色の肌に白い髪、頭には角のようなものが生え、顔は化粧のような複雑な模様が描かれている。服は、黒ずくめだが上品さを漂わせている。
もう一人は、何かわからない。二メートル程ある薄い緑色をした四角い物体に細い手足が生えている。物体には目と思われる二つの穴。手は、鎌の形をしている。
「やはり驚かれますか。無理もない。私はともかくこの人の姿は、地球上では見ることのない姿でしょうからね」
玲奈からしたらどちらも不気味だった。むしろ饒舌に喋る男の方が不気味さが際立っている。
「さて、先程の質問ですがツカハラシユウはいつここに戻られますか?」
「心結に何の用?知り合いのようには見えないけど」
「フフフ、そうですね。実際に会うのは初めてです。何の用かと聞かれますと、これは説明が長くなってしまうので、ひとまず彼女には我々の宇宙船に来てもらいたいと思っています」
宇宙船、か。本当にバカバカしいことに巻き込まれたものだ。
「宇宙船に行ったら、なんだい、歓迎でもしてくれるのかい」
「えぇ、もちろん歓迎します。ただ、もうこの家には戻れませんし、直に彼女も死ぬことにはなりますが・・・」
そこまで喋って男は失言したことに気付いた。
「おっと、これは話し過ぎました。これではあなたにご協力願えなくなってしまいますね。今の発言はお忘れください」
ニコっと笑いかけてくる。気持ち悪い。
「ご協力、ね。私があんたらに協力したら何かくれるのかい?」
男は笑った。
「アハハ。あなたは人間にしては強気で面白い方ですね。そうですね、協力していただけましたら、あなたの命はお助けいたしましょう。これで如何です?」
つまり自分はもともと殺される予定だったと。
玲奈は頭を掻いた。
「あー、あんたらには悪いけど、残念なお知らせ。娘は家出したわ。私の子育てっぷりがあまりに酷くてね。だからもうこの家には戻らない」
あぁ、私は何を言っているんだ。
「あら、そうなんですか。それは残念ですね」
愛していない娘を売ればいいだけだ。ただの情如きで自分の命と引き換えにするのは、どう考えてもおかしい。
「つまり・・・」
男は遠くを見るように呟いた。
「協力していただけないと」
鋭い眼光が私に飛ぶ。
くそっ。だからバケモノを育てるなんて嫌だったんだ。
「そーいうことだよ。クソ野郎!」
中指を立て、男に言い放った。
バイバイ、心結。
雨。
さっきまで良い天気だったのに。昼間であるにもかかわらず、辺りは暗くなった。
家へ急いで向かっていた。警察がまだ来てないことを祈って。
それにしても玲奈は本当に私の逃亡に力を貸してくれるのだろうか。警察に逮捕されていく心結を、「ま、あんたが悪いわ」と、言い放つ姿が容易に想像できる。
その時はその時でとりあえず逃げるしかない。警察なんかに捕まりたくはない。
我が家であるボロアパートが見えてきた。良かった。まだ警察は来てなさそうだ。
汗なのか雨なのか、心結の体はずぶ濡れである。
アパートの階段を駆け上がり、ドアを開けた。
「玲奈!」
部屋の電気は点いていたが、返事はなかった。
しかし何だ。様子がおかしい。何かの気配がある。一人ではない。匂い、鉄の匂いもする。この匂いは昨日も嗅いだ匂いだ。
「血・・・」
嫌な予感が心結を包んだ。
すると、壁の裏から見慣れた手が出てきた。玲奈の手だ。顔も出してきた。顔色が悪い。
「あら、心結、おかえり・・・。タイミング、悪いわね・・・」
「玲奈?」
突然、玲奈の胸から赤く細長い何かが出てきた。鎌だ。
玲奈の胸が血に染まり、口からも血を吐く。
心結は、腰が抜けて座り込んだ。
「な、なに・・・?」
玲奈が少し笑った。そして心結を睨みつけて言った。
「早く逃げろ・・・。バカ娘・・・!」
玲奈の後ろから何か出てきた。薄い緑色をした物体。動いている。その裏からさらに灰色の肌をした男が出てきた。どちらも人間ではない。
赤い鎌は玲奈の胸から抜け、玲奈が床に倒れ込む。
「ツカハラシユウ」
男の方が喋った。
「待っていましたよ、あなたにずっと会いたかった」
恐怖で体が動かない。
「逃げろ・・・」
玲奈が声を絞り出した。
「・・・早くどっか行け、クソガキ・・・!」
そして、玲奈は動かなくなった。
恐怖が怒りに変わる。私は怒っている。アレが来る。
いつもならここで意識を失うところだ。しかし、視界が少し変化しつつも、心結は意識を失わなかった。
代わりに、体が変わっていくのがわかった。手を見る。爪が異常に伸びていく。手の形が変わり、毛が体を覆う。
これか。これがもう一人の私か。
視界を前にやると、男が嬉々として心結を見ている。
殺してやりたい。ハッキリと殺意が芽生えるのがわかったが、同時に身の危険を感じていた。
こいつには勝てない。玲奈は、母は、逃げろと言った。
心結は、立ち上がった。と思ったら跳躍していた。普通に立ったつもりが、物凄い脚力で心結の体を宙に浮かしたのだ。そのままアパートの一階に降り立つ。
男も飛び降りてきた。
「素晴らしい。ツカハラシユウ。だが、逃がしませんよ」
薄笑いを浮かべながら、男が近付いてくる。
ダメだ。この力を持って戦おうと思ったが、わかる。私はこの男に勝てない。野生のカンのようなものが、心結にそれを教えていた。
でも、逃げることならできる。
心結は思い切り駆け出した。凄いスピードだ。屋根に飛び上がり走る。
男は付いて来れてない。スピードは圧倒的に心結が速い。
どこに逃げたらいいのか。頼みの玲奈は、殺されてしまった。
ウォルは、玲奈を頼れと言った。その玲奈がいないとなれば、もう私は、ウォルを頼るしかない。
屋根を飛び渡りながら、心結はウォルがいる山の方へと向かった。
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