五
玄関のドアが開いた。もう夜の七時を回っている。
「遅かったわね。おかえり」
玲奈は居間でテレビを見ていたが、返答のないことに気付き、玄関の方を伺った。一人の少女が立っている。玲奈の娘だ。相変わらず髪が異常に長く、他人から見ると少し不気味な娘。しかし、何か様子が変だ。
「ちょっと、あんた、どうしたの!?」
白いワンピースに血が大量に付いている。長い髪で分からなかったが、泣いてもいる。手には何やらビニール袋を持って、玄関で立ち尽くしている。
娘に近寄ると、娘自身の血でないことはわかった。
それだけで、玲奈は大体を理解することができた。こういうことは、これまでにも起こっている。
「玲奈・・・」
弱々しくか細い声で、目に涙を浮かべながら私を見てくる。
「すぐお風呂に入りな。体も汚れてるよ」
「玲奈、ごめんなさい。せっかく買ってもらった洋服が・・・」
「あーあ!気にしないの!いつものことでしょ。んなことどうでもいいから早く風呂入ってサッパリしておいで」
娘は俯き、風呂場へと向かっていた。
またか。と、玲奈は溜め息を吐いた。
何となく嫌な予感はしていた。娘が人と関わると、必ずと言っていいほど問題が起こる。最近友達ができたというから、それほど愛していない娘にもたまには何かしてやるかと、誕生日を祝った。
「愛していない」・・・か。考えれば奇妙な関係だ。
愛していないはずだ。なのに、時間が経てば経つほど妙に彼女のことが気になる。今も、おそらく彼女のことを心配している自分がいる。
自分らしくない。そう思いながら、玲奈は台所へお湯を沸かしに行った。
シャワーで自分の体についた血を洗い流しながら、心結はこれまでのことを振り返った。
心結がこれまで服をいくら汚してダメにしてしまっても、玲奈には怒られたことはない。今回もそうだった。
単に自分に興味がないだけだと思っていたが、何か違うようだ。
ひょっとして、玲奈は何か知っているのだろうか。
あんなに血がついて、あの四人組はどうなったのだろうか。
結衣と結衣のお母さんに家の前まで送ってもらった。結局、鼻血だという、無理な言い訳で済まされたが、嘘だというのは明らかだ。
結衣は、自分の何かを見ても友達だと言ってくれた。
嬉しかった。しかし、恐くもあった。自分の中に何かがいるとすれば、そいつが結衣を傷つけないとは限らない。
自分はどうすればいいのだろうか。誰かに相談した方がいいのか。でも絶対に普通じゃない。相談するのは恐い。相談して、自分の何かに気づくのも恐い。
明日はウォルに会う日だ。ウォルにだけはこれまでの奇怪な現象のことも話している。
ひとまずウォルに相談しよう。そう決めて、心結はシャワーを止めた。
結衣は、事の
あんなに血だらけになって、さすがに母には鼻血の話なんか通用しなかった。
心結の前では口振りを合わせてくれたが、家に帰った後追求され、答えるしかなかった。
誰にも言いたくなかった。心結本人にさえも。
一番辛いのは彼女だろう。
母には、もう心結と関わらないように言われた。
他の誰にも言い触らさないだけ、母は優しい。
これ以上心結と関わらないように、言うのは至極当然のことだろう。
でも、結衣は心結のことを裏切れない。友達でいたい。
彼女は決して害のある子ではない。
自分は彼女に助けてもらった。それが事実だ。それだけで充分ではないか。
最初は助けてもらった、それだけの理由で友達になろうと思った。次第に付き合っていく内に、彼女の持つ優しさや強さに憧れるようになった。
ある時、彼女を庇ってイジメの火が自分に向かいかけた。それでいいと、結衣は思った。一人イジメられるより、二人で分かち合えるならと。
しかし、彼女は結衣を突き放すことで、結衣をイジメから守った。あれだけ毎日イジメられてなお、結衣を守った。
彼女は強い。そして、誰よりも優しい。
なぜ友達を止めなければならないのか、結衣は理解はできても納得はできなかった。
確かに彼女は、普通ではない。
でもそれが友達を止める理由にはならない。
シャワーを浴びてからは、いつも通りインスタントの夕食を食べ、いつも通り適当な話をしながら、心結は布団に入った。
玲奈は、特に血の話もせず、いつも通り振舞っていた。
翌日は普通に学校に行った。混乱はまだあったが、気持ちは少しは落ち着き始めていた。
しかし、朝のホームルームで心結の頭は再びかき乱された。
「皆さん、おはようございます。今日は皆さんに大事な連絡があります。この後保護者宛てのプリントも配りますが、昨日事件がありました。〇〇中学校二年生の男の子四人が何者かに襲われ、ケガをしたようです。四人共何かで切られたような傷を負っていて、幸い酷いケガではないようですが、男の子達からは、まだ犯人の特徴は聞き出せていないようです。まだ犯人は捕まっていないので、皆さんも放課後はあまり外を出歩かないようにしてください。」
心結は凍りついた。私だ。犯人は。
教室がざわつく。
「先生、何かで切られたって包丁とかですか?」
「それが、何で切られたのかもまだわからないようで、警察の人が一生懸命調べているようです」
また教室がざわめく。
「えー、こわーい!」
「
心結は、結衣の方を見た。
結衣の顔も蒼い。
「はーい、では静かに。朝の出欠をとりますよ」
中休み。
心結は、いつもなら学校で結衣には話しかけないが、堪らず声をかけた。
「花村さん」
結衣が驚いたように心結の顔を見る。
「今朝の話、昨日の四人組のことだよね?」
結衣は、心結から目を逸らし答えない。
「花村さん!」
つい声を荒げてしまい、その時教室にいた人達の注目を集めてしまった。
「え、何今の?」
ヒソヒソと女子同士が話す。
「何で塚原が花村さんに声かけてんの?」
「友達?」
心結はどうしていいかわからず俯いた。
結衣も下を向いている。
一人の女子が声を出した。
「ちょっと止めなよ、塚原ぁ。花村さんすごい困ってるじゃん」
それに続いて他の女子も口を開いた。
「そうだよ!あんたみたいな奴に声かけられたら恐くてたまんないっつーの!」
「花村さんかわいそー。大丈夫?」
結衣が顔を上げた。まずい。
心結は結衣を椅子ごと突き倒した。
その光景に教室中で悲鳴が上がる。
「花村さん!大丈夫!?」
「ひどい!暴力!先生呼んで!」
結衣と目が合う。ごめんね。
心結はランドセルを取り、教室を飛び出した。
「塚原が逃げた!」
「先生ー!!」
心結はそのまま学校の外へ出た。
もうダメだ。自分は戻ることができない。
あの四人組は、その内必ず自分のことを警察に話すだろう。自分が何をしたかは知らない。しかし、そんなことは関係ない。問答無用で逮捕されてしまうだろう。
逮捕だけならまだしも、自分が何をしたのか、あの四人組の口から聞くことが恐かった。
走りながら胸を押さえる。苦しい。気持ちがだ。
どうしていいかわからない。頼れるのはウォルしかいなかった。
心結は全速力で、ウォルのいる山へと向かった。
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