四
今日は結衣の家へパンケーキを食べに行く日だ。
昨日玲奈に買ってもらった服は学校へは着て行かなかった。イジメを受けて、汚されたら事だ。
学校が終わったら真っ直ぐ家に帰り、昨日買ってもらった真っ白なワンピースを着た。頭には玲奈に勧められた麦わら帽子を被り、足にはこれまた買ってもらったサンダルを履き、颯爽と家を飛び出した。
生まれて初めて友達の家に行く。走らずにはいられない。
結衣の家へ着いた。一軒家。インターホンを鳴らす。これも初めてでドキドキする。
「はい、花村です」
綺麗な声の女性が出た。おそらく結衣のお母さんだろう。
「あ、えーっと、ゆ、結衣さんはいますか?」
「あー!あなたが心結ちゃんね!待ってましたよ。ちょっとお待ちくださいね。結衣ー・・・・」
緊張して、冷や汗が出る。結衣はともかくお母さんにどんな顔をされるだろうか。大体の大人は、私を見ると嫌そうな顔をする。
玄関の扉が開いた。結衣とお母さんと思われる人が一緒に出てきた。
「心結ちゃん、いらっしゃい!待ってたよ!」
「心結ちゃん、はじめまして。結衣の母です。結衣といつも遊んでくれてありがとうね」
私は声が出ず、こくこくと頷いた。
「心結ちゃん、いつもと服装が違うね!かわいい!」
「あ、ありがと・・・」
私は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で結衣と目を合わすことができなかった。
結衣のお母さんはニコニコして、私を見ている。私は素直に凄いと思った。私を見て、顔色を一切変えずに接する大人は初めてだ。
「パンケーキは準備を終えて、これから焼くところだから、結衣の部屋にあがって待っててね」
「は、はい」
と、招かれるまま私は家の中に入った。
とても良い匂いがする。それに掃除も行き届いていてとても綺麗だ。どこかの家とは大違いである。
結衣の部屋は二階だった。部屋に入ると、女の子の空間がそこにはあった。キチンと整頓された机に、花柄のベッド、読書好きな結衣にはぴったりの大きな本棚、部屋の随所にぬいぐるみも置いてある。
私は、その部屋のあまりの可愛らしさにしばらく目を奪われた。
「どうかしたの?大丈夫?」
結衣が顔を覗かせて来た。
「あぁ、うん、大丈夫。部屋可愛いな、と思って」
「え、そうかなぁ、半分ママの趣味だけど」
「私もいつかこんな部屋に住んでみたい」
結衣は、少し照れた様な気まずい様な顔で私の様子を見ていた。
「あ、えっと、何しようか。とりあえずそこに座って。心結ちゃん本読むよね?もし読みたい本とかあったら貸すから言ってね!」
「うん、ありがとう」
部屋を眺めれば眺めるほど可愛い。
「これ触っていい?」
私は、犬のぬいぐるみを見つけた。
「もちろんいいよ!それ私のお気に入りなの!」
触って抱っこしてみた。犬はやはりオオカミに、ウォルに似ている。
「すごい、柔らかい。もふもふする・・・」
「あはは!でしょ!すっごく気持ちいいの!」
ぬいぐるみもまともに触ったことがない。学校に置いてある汚らしいものを触ったことがあるだけだ。
結衣の部屋には他にも初めて見る物や触る物がたくさんあって、時間は一瞬で過ぎ去っていた。
「ケーキできたわよー!」
「おぉ、もうできたのか」
一階に下りると、パンケーキの良い匂いが漂っていた。なんだろう、パンだけじゃない匂いもする。
「バナナ・・・?」
の匂いだ。
「そうそう、バナナは食べられる?これ、バナナソースなんだけど、かけてもいいかしら?」
「あ、はい、バナナ好きです」
とは言っても、バナナなんて普通に食べたことしかない。
パンケーキにバナナソースがかけられ、花村家のパンケーキが完成した。
慣れないフォークとナイフを扱いながら、パンケーキを一口サイズに切り、口に入れる。
「・・・・・!!おいしい!」
思わず唸った。昨日玲奈と食べたケーキも美味しかったが、これはまた別のおいしさである。
「これ、パン、なんですか?」
何の味かわからないが、バナナソースとよく合う。
「あら、よく気付いたわね。このパンケーキにはヨーグルトも混ぜてあるのよ」
「ほぇ〜」
思わず、間抜けな声を出してしまった。笑いが起こる。
「すみません・・・」
「いいの。いいの。面白いわね。心結ちゃん」
恥ずかしくて顔が真っ赤である。
それにしても本当においしい。ウチの母親にもこれくらいの料理の才があればと、無謀な願いが湧き出てしまう。
あっという間にパンケーキを一つ平らげてしまった。
まだ一つパンケーキが残っている。
「もう一枚食べる?」
「あ、その、これお土産で持って帰ってもいいですか?」
もちろん玲奈にでなくウォルにだが、ここは玲奈用としておく。
「もちろんいいわよ。すぐに包むわね」
結衣も食べ終わったようだ。
「ねぇ、心結ちゃん。これから公園に散歩行かない?」
ということで、お土産用のパンケーキはひとまず結衣の家に置いておき、公園へ出かけることになった。
公園への道すがら、私は結衣の家の感想を述べた。
「いいなぁ、花村さん。あんな綺麗なお家で、優しいお母さんがいて、おいしい物作ってくれて」
「ん〜そうかなぁ。ママは他の家の子がいると優しいけど、実際恐いよ」
結衣が声のボリュームを落として話す。
「え!花村さんのママが恐くなるの!?」
「そーだよ!超うるさいしね!ちょっとでもダラダラするとすぐ怒られるよー」
「へぇ〜、そうなんだ」
そういう意味では、自分の家は楽だ。なんせ玲奈が一番ダラダラしている。怒られたことも特にない。特に理由もなくキレられることはあるが・・・。
公園に着いた。
特に
私はウォルにもよくするあの質問を結衣にもしてみた。
「花村さんって私のこと不気味だとか思ったことないの?」
「え、またその質問!?友達になった時もその質問してきたよね?」
「うん。私、不気味だ不気味だって言われながら育ってきたからそれが普通でさぁー」
「・・・・・・」
結衣は、いつもイジメられている私を知っている。だからなのか、とても悲しげな目を伏せて何か考えているようだった。
しばらくして、公園に中学生と思われる四人組の男子が入ってきた。
「心結ちゃん・・・」
結衣は不安そうに私に声をかけてきた。あの四人組が、いかにもガラの悪そうな四人組だったからだろう。
四人組は、私達の存在に気付き、何かコソコソと話し出した。
(あー、またあの目か)
目を見れば分かる。私のことを不気味だとか気持ち悪いとか言っているのだろう。
「心結ちゃん、お家に帰ろっか」
「そうだね」
ブランコを降り、四人組とは反対方向の出口へ向かう。
すると、いきなり頭に衝撃が走った。
「スットラーイク!!」
四人組が湧き上がる。
どうやら石を頭に投げられたらしい。頭を触ると血が出ていた。麦わら帽子のおかげで少しケガしただけだが。
「大丈夫!?心結ちゃん!」
「うん、平気。行こ」
結衣を巻き込むわけにはいかない。それにこれくらいのこと、とっくに慣れている。
しかし、結衣は私の声には応じなかった。顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべながら、四人組を睨みつけた。
「まっ・・・」
言おうとしたが、遅かった。
「ちょっとあんた達何してくれんのよ!!」
あまりの怒声に四人組と私も驚いた。
どう見ても大人しい結衣が、こんな怒声をあげるとは思ってもいなかったのだ。
「うっわ、何あいつ・・・」
「こっわ」
四人組が怒った結衣を見て笑っている。
まただ。またこの子が私のためにキレた。以前もそうだった。普段はどうしようもないくらい声が小さくて、大人しいくせに、人のことだと声を張り上げる。
でも、それは・・・。
「何笑ってんのよ!この子にちゃんと謝ってよ!!」
結衣の手は物凄く震えている。
「花村さん・・・」
「ゴメンゴメン!手が滑っちゃってさー」
「おまっ!ストライクって言っといてそりゃないだろ!」
ドッと笑いが起こる。
やめろ。私のことはいくら笑っても構わない。でも結衣を怒らすな。この子は、人のためだと自分の身を投げ出す。この子は、この子はとても優しい子なんだ。
結衣が四人組の方向へ歩き出す。
「花村さん!」
四人組の前で結衣が立ち止まると、笑いが止まった。
「謝れって言ってんのよ!この野郎!!」
四人組もさすがに興が削がれたようだ。
「なんだよ、このメガネ。おめぇには、なんにもしてねえだろ、ブス、消えろ」
やめろ。やめろ。やめろ。
始まる。あれが始まる。あれは嫌だ。
私の視界が次第に暗くなっていった・・・。
――何かが聞こえる。誰かが私を呼んでいる。
「心結ちゃん!心結ちゃん!」
目を開けると、結衣の泣き顔が見えてきた。
「花、村、さん・・・?」
「うん!私だよ!心結ちゃん。良かった、目が覚めて・・・」
「私、何が・・・」
まだ眩しい視界に目が慣れない。
えっと何してたんだっけ。記憶を探る。
結衣と公園に行って、ブランコに乗って、中学生の四人組が現れて・・・って
「あいつらは!?」
ようやく視界が慣れた。瞬間、私は鳥肌が立った。
「・・・!!何、これ・・・」
赤いしぶき、何かが公園にまき散らされている。私の服にもそれらは付いていた。
「血・・・?」
結衣の顔を見ると、複雑な表情で私から目を逸らした。
「花村さん」
結衣は何か意を決したように、笑顔で私に答えた。
「あいつら、なんか急に一人が鼻血出しちゃってさ、なんかみんなで大慌て!すごい血の量だったからびびって急いで帰っちゃったの!笑えるよね!」
結衣らしからぬ口調と手振りで、説明をする。
いや、結衣、いくらなんでもそれは・・・。
「嘘、でしょ」
「ホント、ホントだよ!まあざまあみろとはこのことでさ、ただすごい血の量だったから私も心結ちゃんも血がかかっちゃって。心結ちゃんの服、せっかく真っ白な可愛いワンピースだったのに、最悪だね・・・」
どう考えても嘘でしかないが、結衣の必死な言葉に私はこれ以上問い詰めようと思わなかった。結衣の服には、ほとんど血が付いていない。しかし、私の服には大量の血がかかっていた。
何か、私がしたのだ。
いつもそうだった。私の意識がなくなると不思議なことが起こる。その場にいた人は、「バケモノ!」と騒ぎ立て逃げる。私は何なのだ。私は、結衣に一つ確かめねばならないことがある。
「花村さん」
「あぁ、どうしよう。この血。お母さん達驚いちゃうよね。心結ちゃんのおか・・・」
「花村さん」
「うん?あ、ごめんね。何?」
「あのさ・・・」
恐かった。聞きたくない。
「・・・あのね・・・私と友達、やめる?」
一瞬の沈黙が場を包む。答えは、できれば、聞きたくない。
「ふふふ」
結衣がいきなり笑い出した。
「花村さん?」
「あははははははははは!」
私は意味もわからず彼女を見つめた。
「ばっかだなぁ、心結ちゃん。心結ちゃんと友達、やめるわけないでしょ!」
「え」
私の意識が失っている内に何が起こったのかは、わからない。今までこれで多くの人が私の元を去った。
「いいの?私と友達で?」
これまでまったく友達がいなかったわけではなかった。友達になれてもすぐに「バケモノ」と逃げられたのだ。
「当たり前でしょ。ずっと友達だよ」
私はこの子の前で二度意識を失っている。前回はいじめっ子達が逃げ、今回は中学生四人組が血を流していなくなっている。何かあったはずなのだ。私の考えていることよりも恐ろしい何かが。
なのに、この子は、結衣は逃げないのか。
涙が溢れた。声も抑えられない。
「心結ちゃん、どうしたの!?どっか痛いの!?」
喋ることができない。どうしようもなく泣いてしまう。どうしようもなく嬉しい。
これが本当の友達か。私は遂に見つけることができた。人間の親友を。
――二人の少女の行く末を見つめる男がいた。
いや、正確には男がどうかもわからない。人ではない何か。
「やっと見つけたよ。苦労したなぁ」
男らしきその者は、感慨深そうにそう呟いた。
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