17. 異世界との遭遇【2060年代初頭】

 貨物船でロンドンまで移動したタルヤは、エディットよりも2週間遅れて中国に到着した。

 2人には北京の五つ星ホテルのスィートルームが宛がわれた。中国共産党が国賓待遇で遇した事と警備の容易さが理由である。

 2人はホテルで10年ぶりの再会を喜んだ。「お互い、おばあちゃんになったわね」と泣き顔で笑いながら抱き合った。

 2人が再会した翌日、中国総参謀部の人間が早速2人に事情説明を求めて来た。

 スィートルーム内の広い応接テーブルで1日中、総参謀本部の相手をする日々が続いた。しかしながら、総参謀部は2人を丁重に扱い、「休憩をしましょう」と度々提案しては、2人の体調を気遣った。

 2人は、まずパラレル・ワールドになっている自然界の摂理を説明した。

 そして、2048年以降の15年間について、使節団5人の動向を説明した。

 冷凍睡眠カプセルで眠っているイレーネは使節団のリーダーで、アラスカ州には未だプラトッシュとフェイの2人が残っている事。

 アニー社の製品は全て自分達が持参した“未来”の技術である事。

 その中で人工妊娠サービスは、今は世界が必要性を認識していないが、骨髄病によって出生率が急落し始めると脚光を浴びる事。

 骨髄病により妊娠できなくなる事を聞いた時の総参謀部の驚愕ぶりは、話していた2人も驚くほどの反応だった。急激に進んだ高齢化現象に悩んでいた中国ゆえの反応なのだろう――と、2人は思った。

 最後に、フェイとプラトッシュが開発に取り組んでいる重水治療が唯一の治療法で、それは未だ完成していない。でも、アメリカが使節団の情報を秘匿してきた事から推察するに、治療法が完成してもアメリカ政府が全世界に等しく恩恵を与える事は無いだろうと2人が話すと、総参謀部の人間は皆、深刻な事態に腕組みをした。


 2人からの事情説明を受け、郭国家主席は国務院メンバーと善後策について議論を重ねた。

 アメリカ政府が技術を秘匿し続ける限り、中国に勝ち目は無い。

 その技術を全人類の共有財産としなければならないが、その為には情報公開が最も有効且つ戦略的だろう。民主主義を信奉する政治体制を動かすには情報を公開して世論を動かすに限る。

 しかも、アメリカのマスメディアは、自身の存在意義からアメリカ政府と対峙するポジションを取らざるを得ない。

 そう決断を下すと、次なる論点は、如何なる情報公開の方法が効果的なのかと言う事であった。

 その結果、2062年、旧正月明けの2月。

 フェイの自叙伝が原文のままで急遽出版され、店頭に並んだ。フェイの自叙伝は中国語と英語の両方で記述されており、英語版はアメリカを除く全世界で出版された。

 書店にフェイの自叙伝が並び始めると直ぐに、ヨーロッパのマスメディアが反応した。アメリカのマスメディアがそれに続いて騒いだ。その騒ぎを受けて、中国共産党はアメリカの出版社にも原稿を渡した。

 当然の事ながら、中国共産党が原稿を流布したので、これは中国政府の陰謀ではないか?――と言う批評も相次いだ。

 アメリカ政府自身でさえフェイの自叙伝の存在を知らなかった。

 自叙伝の中で関係者として登場するアメリカ政府の要人達に対し、マスメディアは事の真偽を問い質したが、「あの自叙伝の存在は知らない」の一点張りだった。

 記載された内容について問い質すと、「ノーコメント」と言う回答が判を押したように返って来た。

 マスメディアとしては詳細を確認しようが無く、荒唐無稽としか思えない記載内容をどう取り扱って良いものやら当惑した――と言うのが実態であった。

 こうした反応や混乱は予め予想された事なので、満を持して、中国共産党は出版発表会の開催を全世界に通告した。


 出版発表会の1週間前、中国共産党は全世界に向けてアニーの保存データを公表した。

 映像データの数は膨大であり、各国のメディアが1週間と言う短い期間で公表内容を消化し切れるとは思えなかったが、朧気にせよ事態の全体観を理解するには十分な時間のはずである。

 これも異例の事ではあったが、出版発表会は中国外務省のプレスルームで行われた。

 出版発表会の司会者は外務省報道官である。報道官が最初に宣言した事は「出版物の記載内容は事実であり、中国共産党が捏造ねつぞうしたものではない」と言う一方的な内容であった。詰め寄った記者達も、その予想された内容には少々辟易した。

 しかし、次の瞬間、報道官がタルヤとエディットを記者会見場に招き入れるに及んで、記者達は色めき立った。

 10年の歳月が2人を老いさせてはいるが、1週間前に公表された映像データに映っている使節団のメンバーである事は一目瞭然だったからだ。

 会見場内の関心は既に報道官に無く、2人に集中した。

 ただ、2人はプレス発表に場馴れしていないので、質問者の交通整理は報道官の役割である。質問の挙手と共に怒号が飛び交う記者席に向かい、報道官は大声でマイクに怒鳴った。

「静かに! 静かにしてください! 質問する時間は後で十分に時間を取ります。まずは2人に話をさせてください!」

 恐怖さえ感じさせる会見場の興奮と熱気に2人は唖然として立ち竦んだ。

 埒の無い時間が5分ほど経過する内に記者達も冷静さを取り戻し、1人また1人と着座して行った。今度は咳き1つ無い静寂が会見場を包んだ。

 ようやくエディットが話し始めた。

 此の時間宇宙に来た2041年以降の20年の出来事を淡々と説明した。

 説明時間は30分を超えたが、質問を差し挟んでエディットの話を邪魔しようとする記者は誰一人として居なかった。海千山千の経験を積んだ記者達にとっても、それだけ想像を絶する内容だった。

 最後にエディットが話を結んだ。

「未だアメリカには3人残っています。アメリカ政府が3人に自由を与えるよう、是非、皆さんのお力を貸してください」

 2人の後ろに準備された椅子にタルヤとエディットが腰を降ろす。

 報道官が「質問は?」と水を向けると、蜂の巣を突いたような騒ぎが再発した。

 最初にエディットの話した内容も十分にインパクトが有ったが、質疑応答を通じて明らかにされる追加情報もまた驚愕すべき重大ニュースだった。

 記者達の全員が、此処に居残って追加情報を引き出すのが得策か、或いは直ぐにプレスルームを出て報道本部に連絡するのが得策か、結論を出せずパニックに陥っていた。

 結局、出版発表会は2時間以上も続いたのである。


 中国政府の情報開示により世界が驚天動地したのは言わずもがなだが、普通とは異なる動きを開始した裏社会の男達が居た。彼らは今までに築き上げた中国人脈をフル活用して国務院メンバーに近付いた。

 タルヤとエディットが投宿しているホテルとは別のホテル。

 そのスィートルームで宴席が設けられた。公安部長を兼務する令国務委員とその秘書官、外交・華僑・台湾を管掌する劉国務委員の3人を招いていた。裏社会の男達も3人で、都合6人が円卓を囲んでいた。

「本日は、我々の様な人間の招きに応じて頂き、誠に有難うございます」

 給仕が冷菜の品々をテーブル中央の回転卓に乗せて部屋から出て行くと、徐(おもむろ)に裏社会の男が口を開いた。その男はレスリー・スーと名乗った。

「劉さんの立っての申し入れだからな。無碍には出来ん。ところで、何の話だ?」

「中国共産党の未来を盤石にする為の御相談、とでも申し上げれば良いでしょうか」

「何だ? 勿体ぶらず、早く言え!」

「長い話になります。まずは、お近付きの乾杯を頂戴できませんか?」

 レスリー・スーは10㏄程度の白酒が注がれた小さなグラスを目の高さまで掲げた。令国務委員は乾杯の申し入れを無視する。

「令先生。私にとって、ミスター・スーは大変有益な情報源なのです。彼の情報は誠に正鵠を射るものでして、私も彼の情報には一目置いています」

「劉先生。お褒めに預かり、誠に有難うございます。

 今まで、私の情報源については、劉先生にも明らかにしていませんでした。今日は、令先生と劉先生のお二人に私の過去を白状するつもりです」

「お前の過去なんぞ、興味は無いわ」

 令国務委員は前菜に箸を延ばし、吐き捨てるように言い放った。公安部長の地位にある自分が裏社会の人間と同じ円卓を囲むなど言語道断だ――と言う気持ちが強い。

 そんな令国務委員を劉国務委員が宥める。

「まあまあ令先生。料理を食べながら、彼の話に耳を傾けてみましょうよ」

「先生方は、パラレル・ワールドと言う言葉を御存じですか?」

 “パラレル・ワールド”と言う単語を耳にしても、劉国務委員は反応しなかった。その横で令国務委員は眉をひそめた。細めたまぶたの奥で光る眼光は鋭く、レスリー・スーの顔を見遣る。

「先日、ミスター・フェイの自叙伝が世界中を驚かしました。彼らは別の世界から遣って来たのです」

 レスリー・スーは一呼吸、置いた。

「実は、私も別の世界から遣ってきた人間なのです。この2人の同行者も同じです。

 但し、ミスター・フェイとは違う、また別の世界です」

「お前は詐欺師か何かなのか? 仮にお前が別世界の人間だったとしよう。

 俺に真偽を判断する手段が無い限り、そんな告白は何の役にも立たん」

 令国務委員の指摘にレスリー・スーは黙って頷いた。そしてまた、口を開く。

「その判定は、あの2人の女性と我々を対話させてみれば、ハッキリするでしょう。

 先生方は横で観察していらっしゃれば良い」

 令国務委員は黙って料理を口に運びながら、レスリー・スーの提案を吟味していた。

 その間、レスリー・スーらは何も口にしない。劉国務委員も大人しく事態の推移を見守っている。

 悪態しか吐かなかった令国務委員が、初めての質問を投げ掛ける。

「お前が別世界の人間だったと仮定しよう。だからと言って、中国共産党にどんな貢献が出来るのだ?」

「あの出版発表会では、骨髄病の治療法は重水治療と言う話でした。

 ところが、私の居た別世界には別の治療法が有ったのですよ。しかも、その治療法は中国共産党の手の内に有ります。

 ままではアメリカ政府に主導権を渡す事になり、世界はアメリカの良いようにされるでしょう。

 是非、中国には挽回して頂きたい。それが私達の願いです」

「お前達は確かに華僑の様だが、其処まで中国共産党に肩入れする理由は何だ?

 自分の儲けにつながりさえすれば、アメリカが優勢に立とうが、中国が優勢に立とうが、お前達には関係無いように思うがな」

 レスリー・スーが白酒で唇を濡らした。

「その理由に納得して頂くには、私達の正体を白状しなければなりません。

 私達は、2084年の別世界の“未来”から、2054年の“此の世界”に時間移動して来ました。30年の時間差であれば、“此の世界”は私達の居た別世界と似たような歴史を辿ります。

 私達は、その別世界で、此の時代で言うマフィアの様な生業なりわいをしておりました。

 マフィアには暖簾分けと言う習慣が有ります。でも、同じ世界で暖簾分けすると本家と分家の跡目争いに発展しまう。

 ですから、分家は時間移動して別の過去に行くのです。

 勿論、移動した別の過去では、これまた別の世界から来た分家と遭遇し、諍いが生じるかもしれません。ですが、真の本家とは争う必要が無い。そう言う事です」

 また、白酒で唇を濡らした。

「此の時代に到着した私達は長期投資家として財を成します。

“此の世界”では薬も女も密輸も一切しません。非合法な取引には手を染めていないのです。何故なら、その必要が無いからです。

 私達の武器は30年分の未来の情報です。

 この情報を武器に長期レンジの投資を行います。ですから、短期売買を繰り返すファンド連中よりも、私達の方が時の政権に寄り沿った投資家と言えるでしょう。

 未来の時流を知っているので、短期売買で利ザヤを稼ぐ必要がありませんから。

 劉先生に耳打ちしてきた情報は、そう言う類の物です」

 給仕が次の料理を運んで来たので、しばらく対話は中断した。

 新たな料理に箸を伸ばしながら、令国務委員が口を開く。

「お前の出自は分かった。

 だが、その胡散臭い人間が中国共産党に肩入れする理由は、未だ全く理解できん」

 ゆっくりとした口調のまま、レスリー・スーが話を続ける。

「私達の居た別世界では中国が世界の覇権を握っていました。

 私達は30年分しか時間移動していないので、本来ならば、“此の世界”でも中国が覇権を握る可能性が高いはずなのです。

 ところが、“此の世界”では違った歴史を歩みそうな雰囲気が濃厚です。

 どうやら、使節団と称する彼らの来訪が、“此の世界”の歴史の歯車を狂わせたのだと思います。

 そうなると、私達の知っている近未来の情報は価値を失ってしまう。

 それが、中国共産党に肩入れする理由です」

「お前達の利害は理解した。確かに中国共産党に協力するだけの動機が有るな。

 だが、肝腎の骨髄病の治療法とは、どう言う類の物なのだ?」

 令国務委員の反応に満足して、レスリー・スーは話を継いだ。

「私達の居た別世界でも、骨髄病は2070年前後に発生していました。

 私達は2084年に出発したので、骨髄病の帰趨を確認してはいません。ですが、2084年当時、骨髄病のパンデミック現象は既に終息に向かっていました」

 レスリー・スーは口を噤んだ。そして続ける。

「骨髄病の発生地域は何処だと思いますか?」

「そんな事を俺が知っているはずが無いだろう。アメリカじゃないのか?」

 憮然とした表情で令国務委員が答える。レスリー・スーの質問自体を咎めていないと言う事は、令国務委員が彼の話にのめり込み始めたと言う事だ。

「“此の世界”では使節団が細菌を散布したので、アメリカで広がり始めました。

 ですが、もし使節団が来ていなければ、中国で発生していたはずです」

「中国の何処だ?」

「チベットの奥地です。

 元々骨髄病はチベット地方の風土病でした。ですが、その感染力は弱く、また、妊娠を不可能にするほど威力も無かったのです。

 チベット民族は海抜の高い、空気の薄い場所で生活していましたから、血中酸素を取り込む能力は私達よりも優れている。軽度の骨髄病であれば生存に支障は無かったのでしょう。

 ところが、2070年頃に突然変異種が生じた・・・・・・」

 令国務委員は黙った儘、レスリー・スーに先を促した。

「チベット地方の風土病と言う事は、特効薬もチベット地方に有りました。

 漢方医薬の治験を活かし、当時の中国政府が治療薬を開発して、病魔を封じ込めました。

 よって、此の時代の様に全世界に骨髄病の感染者が蔓延する事態には至りませんでした」

「その特効薬とは、どんなものだ?」

「残念ながら、私達はマフィアに過ぎません。学が無いので、詳しくは分かりません。

 ですが、チベット地方に範囲を絞れるならば、中国共産党の力を以って特効薬を探し出し、問題を解決できるでしょう?」

 多少落胆した表情を浮かべて令国務委員はフンと鼻を鳴らした。

「最後の結論が抜けているなら羊頭狗肉と言わざるを得んな。

 だが、“未来”から来た女性2人と会話する件は然るべき上位者と相談しよう。

 お前の断片的な話を信じるか否かは、それからの判断だ」

「有り難うございます。令先生の賢明なる御判断に御礼を申し上げます」

 レスリー・スーは頭を軽く下げ、慇懃な態度で礼を述べた。

 自分を見下している相手であっても、利害が一致しているならば仲間である。レスリー・スーに無意味な自尊心は無かった。

「もう1つ。別世界からの来訪者は私達以外にも居るかもしれません。無数の別世界が集まった集合体がパラレル・ワールドですから。

 全世界に呼び掛ければ、特効薬の知識を持った人間が表に出てくるかもしれません。私達のように」


 この翌日。

 令国務委員と劉国務委員の2人はレスリー・スーとの対話内容を孫中央軍事委員会委員長に報告した。

 孫は国務院で国防動員を管掌する国務委員でもある。令国務委員と劉国務委員の2人とは違い、孫国務委員はタルヤとエディットの事案について、公にしていない事も含めた全容を把握している。

 令国務委員と劉国務委員の2人から「アメリカに降り立った5人の使節団の他にも、別世界の“未来”から来た人間が存在している」と報告されても驚かなかった。ただ、その真偽は確認する必要がある。

 よって、レスリー・スーの提案通り、タルヤとエディットとの対談の場をセットするよう部下に命じた。


 更に翌週、タルヤとエディットの投宿するスィートルームをレスリー・スーら3人が訪問して来た。

 中国に到着して早々の事情聴取に応じた部屋とは別の部屋に、レスリー・スーら来訪者を案内した。大きな円卓を部屋の中央に据えた応接室である。

 レスリー・スーらに加えて総参謀部の将校と随行員も同席するので、大きな円卓の方が対話し易いと思われた。

 レスリー・スーは、タルヤとエディットに「初めまして」と挨拶すると、自己紹介を始めた。

「貴女達には中国名の発音は覚え難いでしょう。

 恐らく、我々が会う事も2度と無いでしょうから、今日は私達の事を、ミスター金、ミスター銀、ミスター銅と呼んでください」

 3人はグレーのシャツの上に黒いスーツを羽織り、真っ黒なネクタイを着用していた。目印として胸ポケットに金、銀、銅の色調のハンカチを其々それぞれに差している。目付きは鋭いが、全身からは柔和な雰囲気を醸し出し、表情も優しい。

「こちらの人民解放軍の方々は私達も存じ上げませんが、今日の趣旨では、自己紹介の必要は無いでしょう」

 将校がウムと頷き、レスリー・スーの誘いで7人全員が着座した。

 ミスター銅が、予め円卓の上に準備されていた茶器を各人の前に配り、中国茶を淹れて回った。

「さて、お互い、別々の時間宇宙から此の時代に来たわけですが、私達にはそれを証明するすべが有りません。

 私達がこの時間宇宙の人間ではないと言う事を、貴女達との会話を通じて、人民解放軍の方々に感じて頂くのが、今日の目的です。

 つまり、貴女達への尋問が目的ではありませんから、どうか気を楽にしてください」

 レスリー・スーはニッコリと笑みを浮かべ、タルヤとエディットに話し掛けた。

「ところで、女性に年齢をお尋ねするのは大変失礼な事ですが、今日はご容赦ください。貴女達は何年生まれなのですか?」

 タルヤが「2094年です」と答える。続いて、エディットが「私は2092年です」と答える。

「私は2049年生まれの49歳です。本当は私の方が年長なのですね」

 思わず、総参謀部の将校が質問してきた。

「そうすると、2062年の現在。13歳の君が中国の何処かに居ると言う事か?」

「そうかもしれません。

 違う時間宇宙に生まれたので、49歳の私と13歳の私が全く同一人物だとは言えませんがね。

 仮に49歳の此の私が“此の世界”で13歳の私を探し出して殺したとしても、私が消えてしまうような怪現象は起こりません。

 生まれた時間宇宙が違いますからね。当然ながら別の人間です」

「いやいや、悪かった。続けてくれたまえ」

 レスリー・スーは「構いませんよ」と愛想を言い、中国茶を口に含んだ。

「まずは、時間移動した時の状況を互いに話し合いましょうか?」

 レスリー・スーの司会で進むのだな――と皆に理解させて始めたものの、このテーマは双方が専門外だった。だから、SF映画の好きな者ならば誰もが答えられるような内容しか話せなかった。

 仕方無く、お互いの時間宇宙での歴史を話し合う事にした。こちらの話題は、双方の歴史に違う処もあり、参加者全員の興味を引くものが有った。

「そうですか。貴女達の時間宇宙では、核融合発電技術を物にしたのですか・・・・・・。

 私達は2084年に出発したのですが、核融合発電が実用化されたのは何年だったのですか?」

「2130年だったと思います」

「私達も、あと50年、あちらに止まっていれば目にしていたのかもしれませんね。

 50年の時間があれば、開発できるのかもしれないなあ・・・・・・」

 レスリー・スーは顎の下に手を当て、少し考え込んだ。

「貴女達が未来を出発したのは何年でしたっけ?」

「2133年です」

「その3年前に核融合発電技術が実用化されたのですね?

 貴女達は、の様な形で、その出来事を知ったのですか?」

「システムネットのニュース記事です」

 タルヤとエディットが異口同音に答えた。

「でも、貴女達の未来では人口減少に苦しんでいたのですよね?

 今更、核融合発電技術に資金を投じるほど、エネルギー需給が逼迫していたのでしょうか?」

 タルヤとエディットは顔を見合わせて、「分かりません」と答えた。

「最初に実用化された発電所は何処です?」

「確か・・・・・・コロンビアのガレラス火山の麓だったと思います」

「そのシステムネットとか言う奴のニュースは、世界中の人間の目に触れるように、大々的に報道されましたか? あらゆる言語で?」

「さあ、如何どうでしょう。私達5人は皆知っていましたが、全員が英語圏で生活しているので・・・・・・。

 ミスター金、何か不審な点が有るのですか?」

「私達の時間宇宙でも、そのガレラス火山で核融合発電の研究をしていたのですよ。

 でも、必要な技術開発のハードルが余りに高過ぎて、2080年頃にはもう研究は凍結状態でした。その当時、私はコロンビアから或る商品を仕入れていたので、その辺の事情を聞き齧っていましてね。

 勿論、50年の時間が有れば技術開発の突破口を拓けるかもしれません。

 でも、貴女達の出発する3年前に開発できたと言うのは気になりますねえ。何だか出来過ぎのように感じる」

「どう言う事ですか?」

「作戦に参加する貴女達に信じ込ませる為の欺瞞ぎまん工作の臭いがします」

「それでは、イレーネは?」

「彼女は“此の世界”に来てから、科学者らしい事をしましたか?」

 タルヤとエディットは、また顔を見合わせた。そして、レスリー・スーの方に向き直ると、2人して首を横に振った。

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