8. 発覚【2048年】
この日、CDCを初めて訪問する人物が居た。宇宙航空科学者のアルフレート・ヴィルムと、数人のアメリカ戦略軍の士官である。
モニターガラスを挟んで、イレーネ達5名が彼らを出迎えた。
「大統領と会談した際、一度お会いしているアルフレート・ヴィルムです。
今日は、貴女がたからアニーに是非、質問して頂きたいなと思って伺いました。
アメリカ合衆国に来られた時点でアニーの記録メモリーに保存されていた情報は受領致しました。
保存されていた宇宙船の飛行マニュアルの情報に加えて、宇宙船自体も解体調査致しましたから、我々の理解も相当に進んだと満足しています」
「それは良かったですね」
「ええ、それで・・・・・・もしかして、アニーの記録メモリーに宇宙船に関する情報が未だ残っているかもしれないと少々期待していましてね。
アニーを解体する前に、ミズ・サエスからその情報の有無を聞いて欲しいのです。使節団の誰かの音声データでロックされているメモリー部分が有るのでないかと思うのです」
ヴィルムの後ろに控えているアンドロイドに向かい、イレーネがモニターガラス越しに確認した。
「
「アルフレート・ヴィルム博士にお渡しした情報の他に、宇宙船に関連する情報は記録メモリーに見当たりません。
アルフレート・ヴィルム博士の求める情報が宇宙船とは直接に関係せず、間接的に関係する情報であるならば、検索方法を変えて探してみます。もう少しキーワードを与えてください」
アニーがイレーネに答える。
「
「そうですか・・・・・・。私が欲しい情報は宇宙船の設計図です」
「宇宙船の設計図情報は、私の記録メモリーに保存されていません」
無機質な音声で淡々とアニーが答える。
「宇宙船の故障事故に備えて、アニーの記録メモリーには設計図の情報が有るのが当然だと思っていたのですがね・・・・・・。設計図が無いと、修理が出来ないでしょう?
そうですか・・・・・・無いですか」
ヴィルムの表情なり言い方は、確かに残念がっている風ではあったが、情報が無かったこと自体を残念がったのではないと言う微妙なニュアンスを含んでいた。
ヴィルムの表情からは設計図情報が無いと半ば予期していた事が伺えた。
「何をお知りになりたいの?」
ヴィルムは、椅子から立ち上がってアメリカ戦略軍士官の後ろまで下がると、会議テーブルの端から端までを行ったり来たりし始めた。まるで大学教授が黒板にチョークで殴り書きしつつ講義するかのようにトツトツと話を続けた。
「解体調査を通じて船体構造の殆どは把握したのですがね。
船体の外殻に空いた無数の凹みの果たすべき機能が、どうしても理解できないのですよ。あの宇宙船の外殻はまるで、表面の種をきれいに拭い去ったイチゴのようになっているでしょう?
この凹みの存在は大気圏突入時に空気抵抗の摩擦を増やす結果を招くのです。船体温度を
それに、その意思が貴女がたに無かった事は承知していますが、一般的には敵のレーダー網に探知され易くなるだけで・・・・・・つまり、百害有って一利無しと考えざるを得ない。
それにも拘わらず、何故、無数の凹みを船体の外殻に穿ったのか?」
意識して芝居じみた言い方をしたわけではないが、ヴィルムの話し方は、探偵が事件の真相を追求し被疑者を追い詰めるような雰囲気を帯びた。
「残念ながら、私達の誰もが専門外ですから、お役に立てそうにありませんわ」
話の趣旨がサッパリ分からないと言う風にイレーネは惚けた。
すると、ヴィルムの隣に座っていた男が携帯収納ケースの中から長さ20㎝程度の物体を取り出す。その物体を会議テーブルの上にコトリと置いて5人に見せると、
「アメリカ戦略軍、ガーフィールド大佐です。
これはミシシッピー州のキースラー空軍基地に隣接するゴルフ場で発見されたものです。
この物体の素材は、耐衝撃性、耐火性に優れたジュラルミンです。だからこそ御覧の通り、経過年数の割には腐食が相当に進んでもおります。
残念ながら細部は腐食していますが、それでもタンポポの種子に似た形状だった事が分かります。
この瓜状部分の開口部から内部を覗くと二層構造になっており、その間には断熱効果の高い物質が詰っていた事までは判明しています」
ガーフィールド大佐の説明を、再びヴィルムが引き継いだ。
「この瓜状部分の大きさが、宇宙船の外殻の凹みの大きさとね、概ね一致するのです。
私達は考えました。宇宙船の外殻の表面には無数の凹みが窪んでいたのではなく、無数の丸い膨らみが浮いていたのではないか――と。
つまり、宇宙船は大気圏を降下しながら、外殻に装着していた瓜状の物体を地表にバラ撒いたのではないか――と」
そう言って口を閉じると、ヴィルムはイレーネ達5人をジッと見詰めた。
ケネディー宇宙センターの滑走路に降り立って以降、5人は宇宙船を出ると直ぐにアメリカ軍のヘリコプターに乗せられ、此処CDCに移送されていた。宇宙船を振り返り外殻表面を眺めた者は居なかった。
そもそも“未来”を出発する際に宇宙船の外殻表面を観察した者など居なかった。軌道エレベーターから窓の無い連絡通路を通って宇宙船に乗り込んだからである。
だから、ヴィルムの指摘には戸惑うしかなく、お互いが顔を見合わせるばかりだった。ただ1人を除いて・・・・・・。
「何をおっしゃりたいのか、理解できませんわ」
イレーネがヴィルムの視線をシッカリと見返して言う。
防護服のフェイスマスク越しに向けた視線をイレーネから逸らさず、ヴィルムは更に畳み掛けた。
「貴女がたはアメリカ合衆国に何かを散布したのではないか・・・・・・、我々はそう疑っているのです。
化学兵器の可能性もありますが、これだけ時間が経っても目立った被害が無いので、恐らく遅効性の生物兵器を撒いたのではないか――と、疑っているのです」
ヴィルムの告発を聞いた4名は動揺し軽くどよめいた。背筋を伸ばしたイレーネだけが真ん中で静かに座っている。
そして、両隣りの4人も押し黙り、数分間の重苦しい沈黙がコミュニケーション・ルームを包んだ。
その沈黙を破ったのもまた、イレーネであった。
「これで・・・・・・この隔離棟を出て、貴方達と直に接触する事が出来るようになったわ」
「やはり・・・・・・骨髄病の細菌を撒いたのですね・・・・・・」
ガーフィールド大佐が厳かに宣告した。
「貴女達を逮捕します」
この日、ダイニング・ルームで5人が夕食を共にする事は無かった。
4人の受けたショックは大きく、今は誰とも話したくないと言う心境だった。なので、ダイニング・ルームを覗いて誰かが座っているのを見たら、そっと自分の個室に戻ると言う感じだった。
独りで食事を摂りたいと言う気持ちはイレーネも例外ではなく、イレーネが配膳室に出向いた時刻はかなり遅い時間だった。
ところが、配膳室には冷たくなった2人分の食事が残っている。誰かしら?――と思いながら自分のトレイを持ってダイニング・ルームに戻ると、入室して来たフェイとバッタリ遭遇した。
遭遇と言うより、フェイはイレーネがダイニング・ルームに現れるのを待っていたようである。
仕方が無いわ――と思いながら、イレーネは黙った
「此処、空いているかな?」
ワザとらしい話しぶりで、フェイが配膳室から自分のトレイを運んでくる。そして、イレーネの前の席に座って黙々と食べ始める。
「こんな生活が始まって、もう7年になるね」
フェイがボソリと呟く。
イレーネに話し掛けているのは明白だが、そのイレーネは黙々とフォークを口に運んでいる。
「でも、君は強い女性だな。ただでさえ隔離生活のストレスを溜め込んでいるはずなのに、あんな秘密まで抱えていたなんて・・・・・・。
何故、最年少の君がこの作戦チームのリーダーなんだろうか?――って、ずうっと疑問に思っていたけど・・・・・・
イレーネはフェイを無視し続けた。
頑なな態度で強がるイレーネだったが、自分の過去を話した時に涙を浮かべた姿を知っているフェイは、イレーネを独りにしたくなかった。
――イレーネは冷酷無比な女性じゃない。自分だけはイレーネに寄り添っていよう。
そうフェイは想っていた。
「他の3人は動揺しているけれど、まあ僕だって動揺しているけど、兎に角、僕達5人は仲間だからな」
食べ終えたイレーネは静かに立ち上がると、配膳室にトレイを下げに行った。
――フェイの気持ちは本当に嬉しい・・・・・・。
でも、FBIが自分を取り調べるまでは、一切の秘密を4人に伏せておく必要があった。そうしないと、FBIに4人が共犯だと疑われかねなかった。
それだけは避けようと、イレーネは最後の緊張感を保っていた。此処でフェイと口を利けば、その覚悟が揺らぎそうな気がした。今が正念場よ――と、イレーネは何度も自分に言い聞かせた。
フェイには一瞥もくれず、不自然な程に前を見た儘、イレーネは配膳室からテーブルの脇を通り過ぎた。
「意図して細菌を撒いたって事は、それなりの理由が有るんだろう? そのうち、その理由を教えてくれよ。兎に角、僕達5人は仲間だからな!」
ダイニング・ルームから出て行くイレーネの後ろ姿に向け、縋るようにフェイは声を上げた。
CDCは各州の赤十字団体に献血サンプルの提供を要請した。
当然ながら、CDCは真の目的を秘匿した。病原菌の感染シミュレーション・システムの予測精度を向上させる為、各州の住民の遺伝子情報を基礎データベースとして集めておくのだ――と説明している。
現実には既にテロ攻撃を受けた戦時状態ではあったが、パニックを危惧して真相は伏せられた。
事実を公表しない段階では不当に個人情報を収集する事も出来ず、司法省と協議の結果、匿名を前提として献血サンプルを調査すると言う事に落ち着いたのだ。
献血サンプルの検査結果をCDCのブライアン・マルルーニー所長に報告する為、調査チームが所長室に集まっていた。
50州の数字が一覧表に印字された紙を1枚、マルルーニー所長に提出する。
「予想されていたとは言え、残念な結果です。
フロリダ、アラバマ、ミシシッピー、サウスカロライナの各州では、感染率が10%を超えています。
周辺に行くほど感染率は下がりますが、カナダ国境のモンタナ、ノースダコタ州を除いて、全ての州で1%から10%の間で感染血液が検出されました」
執務椅子に座り猫背になったマルルーニー所長は両手の親指で眉間を抑え、執務机の上に置かれた報告書の数字を凝視する。
「明らかにアメリカ全土で感染が広がっています」
最後に調査チームが結論を宣告する。
マルルーニー所長は執務机に両肘を突いた儘、顔も上げずに考え続けていた。両親指で額を揉み続ける。
「この細菌は乾燥には弱いとミズ・サエスは説明していたから、単純に散布しただけでは此処まで被害は広がらないはずだ。
恐らく、細菌を何かでコーティングして乾燥への耐性を高めた、正に生物兵器と言う代物だったのだろう。
それでいて細菌散布から7年弱を経てもなお、感染率が10%程度に止まっていると言うのは行幸かもしれんな」
禿げ上がった所長の後頭部を見降ろす形で執務机の手前に立っていたチームリーダーは、専門家らしく冷静な解説を付け加えた。
「ただ、感染率が10%を超えたと言う事は、今後、感染拡大スピードが加速して行くと言う事でもあります」
「そうだな。人間同士が全く接触しない社会活動と言うのは有りえない・・・・・・。
今から感染者を隔離すると言うのは現実的な選択肢とは言えないだろう。それに・・・・・・感染者を全て炙り出せるはずもないからな」
70歳が目前となるまでに老いたマルルーニー所長は小さな声でボソリと呟いた。
「もう手遅れだな。人類に神の御加護を・・・・・・」
マルルーニー所長は顔を上げ、執務椅子に座り直すと、胸の前で十字を切った。
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