6. 第3の手紙(高速増殖炉技術)【2047年】

 第3の手紙を受信したのは、第2の手紙を受信してから更に1年以上が経った時期であった。

 第3の手紙の受信前でも、首席補佐官との定例のテレビ会議は継続されていた。

 隔離棟側の常時出席者は3人に減っていた。プラトッシュに続きエディットも医学チームとの対話に没頭するようになっていたのだ。

 テレビ会議の回数を重ねるに連れ、お互いの時代に関する情報交換と言う性格の話題も多くなってきた。

 例えば、

「高速増殖炉が稼働し始めると、今の原子炉が排出するプルトニウムを再利用するので、使用済み核燃料としては問題を先送りする事が出来る。

 でも、それ以外の放射性廃棄物については、放射能レベルが低いとは言え、処分方法に見通しを付けているわけでもない。

 ところで、“未来”では放射性廃棄物をどう処理しているのかね?

 此の時代では、さっきも言った通りだが、妙案が無いのが現実でね。基本的に国民は原子力発電に後ろ向きなんだ」

 タルヤが、首席補佐官の質問を聞いて、眉間に皺を寄せた。

「おっしゃっている事が理解できないのですが?」

「原子力発電所を動かせば、放射性廃棄物も出てくるよね?」

「そうですね」

「放射性廃棄物の処分場建設候補地の住民が被曝を恐れて反対運動を起こすので、処分場を中々手配できないのが現実だ。

 もっとも環境保護団体なんかは、放射性廃棄物を産み出す原子力発電所の存在自体に反対しておるんだが・・・・・・」

「その処分場の確保に悩んでいると言う事ですか?」

「そうだ。トイレやゴミ箱の無い家には住めんだろう? それと同じ事だ」

「補佐官のおっしゃる通りですわね。

 私達は、軌道エレベーターで放射性廃棄物を宇宙空間に放出しています。元々、宇宙空間には放射線が溢れていますからね」

「えっ?」

 想像していなかった回答に首席補佐官は間の抜けた声を上げた。タルヤがれったいと言う感じで続けた。

「だから、軌道エレベーターが建設されるまで、何処か人の住んでいない場所で一時的に保管しておけば済むんじゃないでしょうか? 放射性廃棄物を」

「軌道エレベーターの話は以前にも聞いたな。

 確か・・・・・・宇宙船も軌道エレベーターで宇宙空間まで運んだんだったな」

「そうです」

「その軌道エレベーターは何を目的に建設されたのだね?

 “未来”の宇宙空間では何か産業が興っているのかね?」

「そうですねえ、産業と言う感じではないですねえ」

 今度は真ん中に座っていたイレーネがタルヤの後を引き継いだ。

「建設目的は人工胎盤で生まれた未感染の子供達を守る為。宇宙コロニーの建設資材を運搬する為でした」

「しかし、宇宙コロニーの建設には莫大な予算を必要とするだろう。地球上で孤島を探す方が現実的じゃないのかね?」

「今や、と言っても私達の居た“未来”ですが、5000万人程度の子供達が宇宙コロニーで生活しています。その規模の人間を住まわせる為には小さな島では物理的に無理なのです。

 勿論、首席補佐官のご指摘は当然です。ですから、最初はオーストラリア大陸が子供達の移住先として計画されました。実際、子供達を移住させました。

 ところが、子供達の移住に先立って、感染者を立ち退かせる必要があります。

 現実には、オーストラリア大陸が余りに広すぎて、全土から感染者を締め出す事に失敗したのです。

 何人かは軍や警察の捜索網から逃れ、隠れていたようです。その結果、折角、人工胎盤で生んだのに、子供達の間で骨髄病が蔓延し始めたのです。私達は、これをシドニーの悲劇と呼んでいます」

「それは痛ましい事件だ。しかし、洋上に浮体式人工島を作るアイデアとかは検討しなかったのかね?」

「考えました。でも、その人工島は感染者でもある大人世代が建設します。

 建設規模も巨大になりますから、感染者の誰かが身を隠す危険性を排除できません。シドニーの悲劇の二の舞に成り兼ねないのです」

「でも、その危険性は宇宙コロニーも同じではないかね?

 子供達が自分で建設するなんてナンセンスだから、大人世代が建設する事になるだろう?」

「おっしゃる通りですわね。

 でも、宇宙コロニーの場合、移住開始前に内部の居住空間を真空にする事が可能ですから、仮に感染者が隠れていたとしても、抹殺する事が容易だと言う保安上の利点が有ります」

「参ったね・・・・・・。こうなると細菌も人間も同じ扱いだ」

 と言う具合だった。


 或いは、

「あのアンドロイドは自律学習型の人工知能を搭載しているのかね?」

「そうです。自律学習型ですね」

「此の時代でもね、君達の時代と比べれば足下にも及ばんだろうが、自律学習型の人工知能が立ち上がろうとしている。

 そうすると、知能の進化と言う観点では人類より人工知能の方が優れているので、いずれ人類は人工知能に支配されるのではないか――と、騒ぐ世論も一部には有るんだ。

 実際の処、如何どうなんだろう? 少なくとも君達の時代までは人類が人工知能に支配される事は無さそうだが・・・・・・」

 3人ともがロボット工学に関しては素人だが、文化的にロボット親和性に富んだ東アジア州出身のフェイが答えた。

「そう言う恐怖心が市民の間に芽生えてくるのは理解できます。

 特に西洋では、19世紀に起きた産業革命の歴史から、機械が人間の職を奪うと言う恐怖感が根強いと学びました。

 西洋人の恐怖感との因果関係の有無は知りませんが、実際、私達の“未来”で普及しているアンドロイドは、ジャパンで大量生産されるようになりました。

 お尋ねの自律学習型のアンドロイドですが、アニー達が追求するのは作業の効率性だけです。

 人間の本質とでも言うのでしょうか、哲学に関するプログラミング・ロジックは有りません。ジャパン人が哲学を苦手とする民族だったと言う背景も有りそうです。

 たまたま便利なアンドロイドをジャパンが作り始め、それに満足した世界の人々は今更、哲学的な思考ツールをアンドロイドに移植しようなんて面倒臭い事は考えなかったのです。

 だから、アニー達が『何故、人類に仕えているのか?』なんて疑問を抱く事は無いのです」

「その“仕える”だが、君達の“未来”ではアンドロイドをの様に使っているのかね?」

「まず労働力の代替です。人口が急速に減っていますから。しかも若年層から欠落して行くので、肉体労働は全てアニー達の仕事となっています」

「例えば、工事現場で働くのはアンドロイドだけ?」

「そうです」

「製造業は如何どう? 完全に工場は自動化?」

「自動化と言うよりも無人化でしょうか。“未来”の工場は“現在”の工場から根本的に何も変わっていないと思いますよ。作業員が人間からアニーに変わっただけ。

 工場を完全自動化する選択肢も有ったのでしょうが、工場はままで、汎用性の高い人型アンドロイドを投入した方が効率的だったのだと思います」

「そのアンドロイドに給料は支払われるのかね?」

「勿論、そんな事は有りません。私達の時代には、所得とか財産とか言うものは有りません」

「えっ! それでは、何か欲しい物が有った時、如何どうやって手に入れるのかね?」

「欲しい物があれば、配給センターに行きます」

「配給センターでは、代金を支払わなくても欲しい品物をくれるのかね?」

 首席補佐官とフェイの対話が空回りしていると感じたイレーネが、横から助け舟を出した。

「首席補佐官。私達の時代では貨幣と言うものが消滅しています。

 必要な物は全てアニー達が作り、配給センターを通じて分配されます。サービス産業もそうです。今や、その“未来”ですね、老人介護も医療看護も全てアニー達が担っています。

 首席補佐官の身近な処で例を挙げるなら・・・・・・飛行機や車、船だってアニー達が操縦していますし、ホテルのベッドメイキングやレストランでの調理、給仕の仕事もアニー達がこなしています」

「人間は働かないのかね?」

「そのぅ・・・・・・此の時代における“働く”と言う言葉の定義が私にはピンと来ないのですが?」

 助け舟を出すつもりで会話に参加したものの、イレーネは少し眉を寄せた。

「報酬を目的として何らかの活動をするって言う事かなあ・・・・・・。

 アっ、でも、“未来”では貨幣が存在しないんだな。そう考えると“働く”と言う言葉を再定義するのは難しいな・・・・・・」

 今度はテレビスクリーンの向こうで、首席補佐官が腕組みをして考え込む。

「つまり、“未来”においては貧富の差は無いと言う事か・・・・・・」

 考え込んだ挙げ句に首席補佐官が到達した結論は、そう言う事だった。

「貧富? 所有する貨幣の多寡を貧富と定義するなら、確かに貧富の格差は無いですね」

 イレーネが念押しする。その遣り取りを面白がったタルヤが話題に加わってくる。

「インターネットを見ていると、贅を尽くしたリゾートホテルに泊まるのがステータスの1つですって。他人に傅(かしず)かれる事で良い気分に浸るらしいわよ」

「そう言う事なら、人間が人間に疑似奉仕する事はもう無いわね。人口が減っているから。アニーが人間に奉仕するだけです」

「しかし、世界中の皆がリゾートホテルに泊まりたがったら、如何どうする? 無理だろう? ホテルの部屋数にも限りが有るんだから」

「昔はそうだったかもしれませんね。でも、人口が減っていますからね。今じゃリゾートホテルに泊まれないなんて話、無いんじゃないかしら」

「それに、自宅でバーチャル体験できるのに、わざわざ苦労して本物のリゾートホテルまで行かないよ」

「マルクスが聞いたら、感極まって墓場から出てきそうな“未来”だな」

 首席補佐官はしみじみと呟いた。


 別の日には、こう言う遣り取りもあった。

「インターネットで『ロシアが2015年から高速増殖炉の商業生産を開始している』と言うネット記事を見付けました。

 第3の手紙を待たずとも、ロシアに技術提供を呼び掛けた方が手っ取り早いかもしれません。冷却材として何を採用しているのか――がポイントですが・・・・・・。

 ネット記事では大した情報を得られなかったのですが、何となく金属ナトリウムみたいです。軽水と違って金属ナトリウムは取り扱いが非常に難しいので、安全管理の観点でも不安ですね。

 それに、冷却材に軽水を採用しなくては、私達の目的とする重水製造に繋(つな)がりません。

 エネルギー問題を解決する為に高速増殖炉を稼働させるわけではなく、あくまで重水製造が私達の主目的ですから・・・・・・」

 タルヤの指摘に首席補佐官が応じる。

「ロシアの高速増殖炉に関する情報は少ないのだよ。

 ミズ・ハルネンもインターネットで色々勉強しているみたいだから既に理解していると思うが、我が国とロシアの関係は決して友好的とは言えない。

 それに我が国は、スリーマイル島で起きた原子力発電所の事故に懲りて、20世紀末から一時期、原子力発電所の建設を凍結したから、どうしてもその方面では技術的に遅れている。

 残念ながら、それがアメリカ合衆国の現実だ」

「遅れていると言う認識が有るなら、素直にロシアに対して技術提供をお願いしては如何ですか?」

「まぁ、科学者のミズ・ハルネンには理解できないだろうがね、

 その見返りに何をロシアに与えるか。それを考える必要がある。アメリカ合衆国としてはロシアを困窮させ続けておくのが最も得策なのでね。

 下手にロシアとの接触を試みては、「エネルギー問題で全く困っていないアメリカ合衆国が高速増殖炉を必要とする理由は何か?」とロシアに勘繰らせるキッカケと成り兼ねない。

 君達の来訪はトップシークレットなのでね。いたずらにロシアの関心を掻き立てる愚は犯したくないのが本音さ。

 それに、どうせ君達が教えてくれるわけだし、大船に乗った気持ちで安心しているよ」

 スラブ民族のタルヤの出身地は西部ヨーロッパ州の中でも北部地域である。“現在”のスウェーデンに相当する。

 一方、東部ヨーロッパ州は“現在”の東欧からウラル山脈にかけての地域を行政エリアとしている。

 タルヤには、高速増殖炉技術で先行していた東部ヨーロッパ州と、家族の住む西部ヨーロッパ州の間を行き来しながら核物理学を学んだ経歴がある。その経歴から、この分野で最も進んだ国はロシアだ――と言う認識をタルヤは持っていた。

 とは言え、タルヤは此の時代の当事者ではなく、政治家に判断を任せるのは“未来”においても同じルールだった。

 ただ、アメリカ政府とロシア政府が信頼関係を築き、共同で高速増殖炉の開発に取り組むようになれば、人類全体の為になる。

――高速増殖炉が実用化された暁には、核兵器のプルトニウムを高速増殖炉の燃料に転用する事で、エネルギー供給と核兵器削減の一挙両得を狙う事が出来るのに・・・・・・。

――どうせ、地球連邦と言う1つの政治体制に統合されるのだから、友好国も敵対国もないだろうに・・・・・・。

――だから、詰らぬプライドや猜疑心を捨てれば良いのに・・・・・・。

 そんな個人的感想をタルヤは抱いたが、首席補佐官に対しては黙っていた。


 第3の手紙を受信してから初めて開催されたコミュニケーション・ルームでの会合。

 第1の手紙や第2の手紙の時とは違って、コミュニケーション・ルームに座っている者はタルヤだけだった。

 対話の相手はテレビスクリーンを通じて参加しており、一方はアメリカ企業の技術スタッフ陣、もう一方は日本企業の技術スタッフ陣である。

 いざ高速増殖炉を建設するとなれば関係者の数はウナギ登りで増え、完全な情報秘匿は期待できない。

 ならば、アメリカ政府が開発した軍事技術を民生用途に解放すると説明しておいた方が、行く行く使節団の存在が露見する可能性を低く維持できるとの判断が背景にあった。

 技術指導するタルヤは秘密の軍事施設に籠っており、テレビ会議でしか対話できない――と、民間企業の面々には説明しておいた。

 日本政府を通じて日本企業を参加させた理由は、原子力発電所の建設から遠ざかっていたアメリカ企業だけでは対応不能だと言う深刻な事情が有ったからだ。

 また、高速増殖炉は核兵器のプルトニウムを燃料とする一方で、ウランから核兵器用プルトニウムを生成する事も出来ると言う両刃の剣である。

 アメリカ政府にとって核兵器の拡散は是が非でも回避すべき事態だ。

 その点、日本は半世紀もの長い間、通常原発の稼働で蓄積してきたプルトニウムを一度も核兵器に転用しなかった。そう言う日本の実績がアメリカ政府を安心させた。

 日本政府の立場に立てば、「何故、アメリカ政府が軍事技術を提供するのか?」と言う疑問が湧くが、「高速増殖炉を世界に普及させる事で、特にロシアに核廃棄に向けた共同歩調を呼び掛けるのだ」とアメリカ政府から説明を受けていた。

 ただ、アメリカ政府が核兵器の廃絶に動く意向だ――との情報だけが先に流布してしまうと、パワーバランスをいたずらに崩しかねない。だからこそ極秘なのだ――と。

 日本政府はその大義名分に納得した。

 当事者となる日米の民間企業に、金儲けの種を受領する背景を詮索するつもりは無い。

 しかも、発展途上国にマーケットが移った通常原発のビジネスでは、安い見積価格と外交政策の組合せで受注活動を展開する中国企業に押されているのが実態でもある。

 先端技術で中国企業を引き離す事を可能とする構想に全く異存は無かった。

「皆さん、初めまして。タルヤ・ハルネンです。

 高速増殖炉の設計図は既に日米双方の会社に渡っていますね?」

 2つのテレビスクリーンの向こうで頷く姿を視認した。

「この高速増殖炉の特徴は冷却材に軽水、つまり真水を使う処に有ります」

「我々が聞く処では、ロシアが商業運転している高速増殖炉では金属ナトリウムを冷却材に使っているそうです。

 何故、軽水なのでしょうか?」

「ご存じの通り、金属ナトリウムは水や酸素に触れると高温で激しく酸化します。

 爆発とは言いませんが、いざ、その酸化作用が始まると超高温の発熱作用を制御できなくなります。端的に言うと、高速増殖炉が火災に見舞われたら、その消化活動は絶望的です。

 事故への対処方法が無い発電システムは欠陥品としか言えません。

 それでもロシアが金属ナトリウムを採用したのは、1986年のチェリノブイリ事故に全く懲りていないと言う証左だと思います」

「その意見には賛成です。

 我々の“もんじゅ”計画が頓挫した理由の1つも、金属ナトリウムの管理が困難だからでした。

 でも、だからと言って、我々が軽水に傾かなかった理由は、軽水は高速中性子の減速効果が大き過ぎて非効率だからです。

 その点はどう考えているのでしょうか?」

「ご指摘の点は我々も考えました。

 ただ、軽水の低い効率性を嫌がった最大の理由は、通常原発に世代交代を迫るほどには高出力化できないと言う事ではありませんか?

 であれば、他の方策で発電効率を上げれば良いのです。

 簡単な事例を言うと、軽水は中性子を浴びると重水に変わり、いよいよ減速効果が大きくなると言う欠点があります。これについては、発生した重水を効率的に抜き出す機構を備えています。

 私達が核兵器廃絶に向けて開発した技術は、安全性と経済合理性の双方を満たす発電システムを目指す為のものです。

 送った設計図には、そう言った観点での仕掛けが幾つも反映されています。それを図面で1つずつ説明して行きます」

「軽水を使うと言う点では通常原発と同じです。

 通常原発を高速増殖炉に改造する事も可能なのでしょうか?」

「残念ながら、それにはお答え出来ません。何故なら、此の時・・・・・・」

 タルヤは思わず「此の時代」と口走りそうになり口籠った。

 テレビ会議システムには使用禁止用語が流れると自動的に途絶する仕掛けを組み込んでいたが、幸いにも発動しなかったと思われる。

「いえ、既に動いている原子力発電所の設計情報を私達が持っていないからです。

 恐らく、その質問には私達が回答するよりも、貴方達ご自身で検討した方が早道だと思いますよ」

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