3. 時を超えた解決策【2041年】

 数ヵ月後、CDCの隔離ルームとホワイトハウスとの間でテレビ会議システムが構築された。急場凌ぎの対策なので、イレーネ達5人はモニターガラス越しにテレビスクリーンを見る格好だ。

 それでも回線が通じた今、これまで未来からの賓客と直に対話したがっていたアメリカ合衆国大統領は、ようやくその願いを叶える事が出来た。

 アメリカ合衆国における最高の頭脳だと謳われている幾人かの科学者もアドバイザーとしてテレビ会議には同席していた。大統領以上に科学者達の方が直接対話を望んでいたのが実態であるが。

「本日はミズ・サエスを始め他の方々と直接対話する機会を得た。本当に喜ばしい事です。アメリカ合衆国を代表し、改めて歓迎の意を表したい。

 貴女がたは我々にとって天使であると同時に子孫だ。その子孫の困窮を救う事が出来るならば、全面的に協力致しますぞ。

 とは言え、何をすれば良いのか?――は、皆目見当も付いておらん。貴女がたの時代に比べれば、此の時代の技術は遅れているでしょうしな。

 それで、我々に何を期待しているのかな?」

「大統領。私達が罹患している骨髄病については既に報告が届いていると思います。

 要は、その対策を早急に執って頂きたいのです。細菌の出現前から疾病対策を準備し始める事で、人類に有利な展開となる事を期待しているのです。

 しかも、アメリカ合衆国だけが準備するのではなく、地球規模で。そうすれば、私達の時代が被る被害を小さくできるでしょう」

「おっしゃっている事は分かります。ですが、具体的には何を?」

「私達の時代では人類の築き上げた英知のアーカイブ化が進んでいます。

 そのアーカイブ情報を皆さんに伝えます。完成した理論も有るし、未完成の理論も有ります。

 未完成の理論は今から研究に着手する事で、つまり、以前の歴史よりも早く研究に着手する事で、私達の時代には理論が完成するようにして頂きたいのです」

「分かりました。

 しかし、貴女がたはCDCに隔離されておる。こちらの科学者との意思疎通に制約がある以上、容易な事ではありませんなあ」

「それは承知しております。

 ですから、ソックリまま、そちらにアーカイブ情報を転送します。

 幸い、此の時代は既にインターネットによる情報共有の仕組みをプロトタイプとしては完成させています。だから、私達の時代のインターネット技術とは互換性があるのです。

 つまり、この100年余り、インターネットに関しての技術的基盤は変わらず、洗練されて行っただけです。

 一方、アンドロイドのアニーは、此の時代で言う”サーバー”だと思ってください。

 私達の時代には全世界で何億体ものアニーが稼動しています。アニーの役割の1つはアーカイブ情報の保存ですが、億単位の彼らが集まる事で情報ネットワークとしても機能しています。

 よって、このアンドロイドのアニーから貴方達のインターネットに情報伝達が可能だと思われます。

 アニーならば滅菌処理する事で隔離室を出て行く事が可能です。

 但し、アニーの記録容量にも限りが有りますので、未来から情報を追加で受信しなければなりません。

 更には、追加情報を受信する前に、アニーの記録メモリーを抹消して空き容量を作る必要があるのです。

 だから、物事は1つずつ進めなければなりません。

 アニーの記録メモリーに今入っている情報は、時間を超えたアーカイブ情報の受信装置に関するものです」

 科学者の1人がイレーネの発言を遮って割り込んできた。

「物理学者のロバート・ボーデンです。

 時間を超えて情報を送る事が可能なのですか?」

「ええ。寧ろ、電気信号と言う情報の方が時間移動に必要なエネルギーが少なくて済むのです。

 宇宙船ごと時間移動するには発信元と共に受信先でもエネルギーを必要とします。

 実際、私達は隕石の落下エネルギーを利用したのですが、宇宙船で訪れた理由は細菌の封じ込めと同時に、そう言う理由があったのです。

 此の時代でたとえるならば、人が車で相手の家まで移動して直に伝言するよりも、無線機で送受信する方が遥かに小さなエネルギーで情報を送れるでしょう? それと同じです」

「そのアンドロイドを使えば、未来に情報を送信する事も可能なのですか?」

「残念ながら、それは出来ません。受信だけです。

 送信するとなれば、送信先の時間を指定する技術が追加で必要になります。此の時代の技術では手も足も出ないのです」

「それでは、貴女がたは、如何どうやって元の未来に戻るのです?」

「私達に戻る意思は有りません。此の時代の技術では未来に戻る装置を作れませんから」

 ホワイトハウス側ではハッと息を飲む気配が広がり、気不味い一瞬が流れた。

「分かりました。思わず邪魔をしてしまって、済みません。大統領」

 物理学者がイレーネ達とヘンリー大統領の双方に謝った。イレーネ達に向けた眼差しには少しばかり憐れみの感情が浮かんでいた。

「いや、構わんよ。

 ミズ・サエス。素人の私でも、未来との交信は一方通行。つまり、対話と言うコミュニケーションが出来ないと言う制約は理解しました。

 ところで、私は科学者ではなくて政治家なのでな。我々の将来は今後どうなるか。寧ろそれを知っておきたいのだよ。貴女がたから教えてもらう分には問題なかろう?」

「大統領。申し訳ありませんが、それは地球連邦政府から固く禁じられています。

 時間を遡って使節団を派遣するのは、歴史を変えると言う意味で初めての出来事です。骨髄病への対処と言う歴史的変更は止むに止まれず決断した事です。

 でも、それ以外に関しては慎重に行動したいのです。ハッキリ言うならば、骨髄病とは関係の無い、歴史的変更を迫るような予備知識を貴方達に教えてはならないと厳命されています。

 何故ならば、タイムパラドックスがどう収斂するのか、私達の“未来”においても解明し切れていないからなのです」

「貴女がたは、我々が自白を強要する可能性を考えなかったのですか?」

 ヘンリー大統領は柔和な表情を変えなかったが、キラリと光る刃先の様な質問で一堂に緊張を強いた。

「考えなかったと言えば嘘になります。

 でも、考えても仕方ありません。此の時代の人を信じるしかありません」

 そう言うと、イレーネは肩を竦めた。

 その仕草を見たヘンリー大統領はワッハッハと芝居がかった笑い声を上げる事で、その場の緊張を和ませた。

「話が脱線してしまいましたな。

 アンドロイドで未来からの情報を受信できるようにした後の展開は如何どうなりますか?」

「受信したアーカイブ情報を一次的にアニーに蓄積し、アニーから皆さんに提供します。

 全部で5種類のアーカイブ情報を提供する計画です。

 最初に冷凍睡眠技術。続いて、人工胎盤技術、高速増殖炉技術、重水治療技術。最後に核融合発電技術です」

 技術用語が立て続けに並んだので、頭の整理の為にヘンリー大統領が話を遮った。

「私は少し技術的な事に疎いのでね、ちょっと確認させて貰うよ。

 骨髄が細菌に冒されたのが問題なら、骨髄移植と言うわけにはいかんのかね? 骨髄移植なら、此の時代でも可能だが・・・・・・」

「残念ながら」とイレーネは、教師が生徒を優しく諭すような表情で続けた。

「細菌を体内から一掃しないと、移植した骨髄がまた感染してしまい、駄目なのです」

「そりゃそうだ。素人は黙っているとしよう。先を続けてください。

 ですが、冷凍睡眠や人工胎盤は医療技術の範疇でしょうから、素人の私にも必要性は何となく分かります。しかし、3番目以降の技術の必要性は全く想像できませんなあ。

 まあ、教えて頂けるならば、アメリカ合衆国政府としてはウェルカムですがね」

「耐性細菌の感染症には新たな抗生物質の開発で対処するのが常道です。

 これに関しては、此の時代の医療技術で十分対応可能で、要は必要な研究期間を確保できるか否かの問題です。つまり、単なる時間確保の問題であって、この分野で私達が追加で教えられる知識は無いのです。

 既に私達は検体として体内に細菌を保持しているので、抗生物質の研究開発は今日からでも開始できるはずです。

 寧ろ、私達が“未来”で着目したのは、重水を体内に取り込む事で骨髄病の細菌を滅菌する方法です。

 御存じの通り、重水の質量は通常のH2Oに比べて中性子1個分だけ大きいのです。化学的性質は通常の水と大差ありませんが、物理的性質が変わってきます。特にイオン積の数値が桁違いです。

 具体的には、塩分やミネラルのように血中にイオンの状態で溶けている物質の働きを抑制する作用があります。

 従って、自然体では人体の摂取可能な重水量は総血液量の30%程度だと言われています。

 つまり、通常の生命活動をするならば、新陳代謝が追い付かなくなって体調を崩し、果ては死に至ると言う事です。

 ならば、それを積極的に活かそうと発想したのです。

 一時的に人体を重水の含有量が多い状態に置き、細菌が死滅した段階で元に戻すと言う治療法の確立を目指していました。

 平たく言うと、冷凍睡眠とは極低温の状態でも人間を死なせない技術です。

 と言う事は、体内に存在する細菌も仮死状態になるだけで死滅はしません。

 私が説明した重水療法は、冷凍睡眠とは違って寧ろ、細菌も活動できる体温を維持します。一定期間、人体を仮死状態の一歩手前の状態に止めるのが基本的なコンセプトなのです。

 それは、言い換えるならば、新陳代謝を低いレベルに抑制すると言う事です。その為に重水を使用します。

 ところが、組織構造が単純な低級生物ほど重水の影響を受け易いので、人体よりも先に細菌が死滅します。

 とは言え、人体への影響が全く無いはずがありません。それを巧くコントロールする為に冷凍睡眠技術の知見を応用します。

 何度も言いますが、冷凍睡眠は仮死状態と言う変化の少ない環境下で人体を管理する技術です。

 これに対して、重水療法は低いながらも生命活動が残っている状態で人体を管理しますので、その運営には更に高いノウハウが必要となります。

 ただ残念な事に、この技術を確立させる時間が足りませんでした。“未来”においても開発途上のままです。

 これを皆さんと一緒になって完成させたい。第3のアーカイブ情報は、私達が蓄積してきた膨大な治験データと、それに基づく推論が主な内容となります。

 一方、その重水ですが、此の時代には電気分解法などで製造していると思いますが、生産性が極めて低いのが実態のはずです。

 高速増殖炉の冷却材に通常の水を使用すれば、プルトニウムが分裂する際に放出する中性子が水素の原子核に融合し、発熱量を増やせると同時に重水を副産物として効率的に産み出せるのです。

 最後の核融合技術は余った重水を分解して重水素を取り出し、それを活用する技術に過ぎません。

 つまり、骨髄病対策ではなく、単なる先祖へのプレゼントです。だから、お伝えする順番も最後なんですけれど」

 イレーネが一連の説明を終えると、大統領は透明なサッカーボールを両手で持ち上げるような仕草をして感想を述べた。

「最初に私が天使と言う表現を使った理由は、貴女がたの知識は我々にとって天使の福音だろうと期待したからなのだが、正に福音と呼ぶのが相応しい夢の様な技術ですな」

「その通りです。これらの技術は経済活動を発展させる技術革新の種となります。

 貴国は世界経済に占めるポジションを更に拡大させる事が出来るでしょう。

 其々それぞれの5要素の具体的内容については私達が指南します。だからこそ、この使節団は5名で構成されているのです。

 それで以って貴国が世界を指導して行ってください。それが私達の願いでもあります」

「承知しました。

 それでは時間の許す限り、私の横に控えてウズウズしている科学者達の質問にお付き合い頂けますかな?」

「勿論ですわ。どなたから質問なさるのかしら?」

 勢い良く挙手し、緊張の余り口角に泡を飛ばしながら、1人の科学者がテレビスクリーンの中で身を乗り出した。

「ど、どうも。宇宙航空科学者のアルフレート・ヴィルムです。

 貴女達の乗ってこられた宇宙船ですが、我々の常識では宇宙への打上げに耐えられるデザインとは思えません。やはり何か特殊な素材を使うとか、何らかの対策を講じているのですか?」

「いいえ、あの宇宙船で地上から宇宙に直接舞い上がったりしません。

 私達の時代には軌道エレベーターが建設されています。その軌道エレベーターで宇宙船を地上から宇宙に運搬するのです。

 残念ながら、此の時代の材料技術では軌道エレベーターの建設は叶いませんが・・・・・・」

 別の科学者が挙手した。

「ロボット工学のスレッガー・ホルトです。

 何故、そのアンドロイドを5体連れてこなかったのですか?

 宇宙船の船内スペースの問題でしょうか? それならば電子頭脳の部分だけ持ってくれば済む。わざわざ“未来”からアーカイブ情報を受信する手間も省けたでしょうに」

「ホルト博士の御指摘はもっともです。

 もし5体のアニーを連れて来ていれば、私達もマン・ツー・マンで身の回りの世話をして貰えるので大助かりでした」

 イレーネがニッコリと笑みを浮かべると、ホワイトハウス側の画面でも愛想笑いが広がった。

「でも、そうしなかったのには理由があります。

 どの様な姿勢で皆さんが私達を受けてくれるか?――を予測できず、不安だったからです。

“未来”の地球連邦政府としては、“現在”の皆さんが5要素の技術習得だけに興味を持ち、肝腎の骨髄病の対策作りには本腰を入れないと言う可能性を考慮せざるを得ませんでした。

 そうすると、先程タイムパラドックスの事を話しましたが、そのタイムパラドックスのリスクだけがいたずらに高まる事になります。

 だから、この“現在”と言う時間で、私と言う目付役が最終判断する事にしたのです」

 ヘンリー大統領がボソリと呟いた。

「まぁ、政治家としては当然の判断ですな」

 そして、改めてイレーネに尋ねた。

「では、もう我々の事を信用して頂いたと言う事ですか?」

「ええ。本日お話をさせて頂いて、すっかり安心しました。

 でも、アニーの記録メモリーを抹消するには私達5人の誰かの命令が必要です。

“未来”からアーカイブ情報を受信する装置を作ったとしても、アニーの記録メモリーを空にしない事で、受信装置を無用の長物とする事が私達には可能です。

 つまり、小賢しい事ですが、私達は実質的に判断を保留した儘と言う事になります」

 ホルトが人差し指を立て、「もう1つだけ」と自分の質問時間を確保し、単刀直入に質問した。

「そのアンドロイドの製造技術は開示対象に含まれるのでしょうか?」

「5要素の情報を受信し終わった後、アニーは不要となります。その段階でお好きなように解体調査すれば良いと思います。

 ただ、未来からの情報受信が完了するまでは手を付けないでくださいね。下手に故障してしまったら、私達5人には修理する知識が有りませんから。この使節団の派遣目的を果たせなくなります」

 ホワイトハウス側の画面で幾人もが笑い声を発し、白熱した議論が一瞬和らいだ。


 その夜もイレーネはアニーに向かうと航海日誌を口頭記録した。

 航海日誌と言っても、アニーにビデオレターを記録させるに過ぎない。それでも情報量と言う観点で記録映像に勝るものはない。

 更にアニーは11時間毎に録画の準備体制に入り、5人の内の誰かを視野に入れると3分間だけ追加録画するようにセットされていた。

 録画間隔を11時間と中途半端にする理由は12日毎に異なった時間帯の映像を記録する為だ。

「2133年4月18日。こちらの時間では2042年4月18日。

 今日、アメリカ合衆国の大統領と初めて直に対談した。こちらの願いを快く聞き入れてくださり、とても感謝している。

 それ以外については、相変わらずの隔離生活なので、単調過ぎ。改めて記録するような事も無い。

 そう言えば、本日の対談でヘンリー大統領が私達の居住空間を改善すると約束してくれた。

 刑務所の様な環境では、私はともかく、他の4人の精神状態を健全に保つのは難しいだろう。本当に早く何とかして欲しい」

 CDCの建物の中でもレベル4の最高気密仕様の空間は限られている。

 元々の目的は脅威レベルの高い細菌やウィルスを取り扱う事であり、その空間で5人の人間が生活する状況は全く想定していない。

 一方で、イレーネ達とウィルスを同じ空間に閉じ込める事は、彼女達を致命的な感染リスクに晒す事を意味する。

 よって、CDCのレベル4空間に保管していたものは全て、5人が入居した早々にジョージア州立大学などに移されていた。

 ジョージア州立大学が優先された理由はCDCと同じくアトランタ市に所在しているからだが、大学施設の収容能力も限られているので、アメリカ全土に点在する各研究機関のレベル4施設に分散された。

 今やCDCのレベル4空間は5人の居住空間となっているが、キャンプ場のバンガローに寝泊まりして共同生活を送るのと大差なく、快適さとは程遠い生活を強いられていた。

 せめてもの慰めは、アメリカ政府からはタブレットが支給され、気を紛らわす事が出来た事である。

 インターネットから入手した“現在”の生活、習慣、社会情勢などの情報は5人の知的好奇心を満足させた。

 5人の居た“未来”でも歴史的な記録映像を自由に閲覧する事は可能だったし、学校の歴史授業の一環として記録映像を見た事は有ったが、此の時代に自分が実際に身を置いてリアルタイムでの生情報に接するとなれば、その興奮の度合いは全く違ったものになる。

 それでも、支給されたタブレットの通信機能は受信機能に限られ、送信が一切できないように改造されていた。アメリカ政府が情報統制に万全を期すのは当然である。

 アニーに向かって航海日誌の口頭記録を手短に終えたイレーネは、背後を振り返ると、4人に話し掛けた。

「これはリーダーとしての提案なんだけど・・・・・・」

 イレーネの呼び掛けに応じて、4人が部屋の片隅に集まって来る。

「今なら監視体制も緩いから、今の内にみんなに提案するわ。

 私達の身の安全を保障する最後の手段は情報だと思うの。でも、このタブレットを見ても分かる通り、アメリカ政府は今後とも私達に情報発信の道具を与えないと思うわ」

 一堂はイレーネの指摘に頷いた。

「一方で、今日の大統領とのテレビ会議で彼らに伝えた通り、いずれアニーを彼らに引き渡すわ。

 それが何時いつになるかは、私にも予測できないけれど、兎に角、アニーは隔離室から出て行く。

 アニーが外に出てしまえば、彼らに気付かれないようにインターネットにアクセスする事は容易でしょう。アニーには隠れサーバーを作ってもらう。隠れサーバーに私は航海日誌も保存するつもり。

 隠れサーバーが1つだけでは不安なので、其々それぞれでアニーと相談して隠れサーバーを作って頂戴。全部で5つ。

 医療戸籍番号と氏名を組み合わせてアドレスを作るのが基本かな。ドメインは、此の時代で言う処の自分の出身地で如何どうかしら?」

「イレーネの提案には賛成だ」と賛同したワン・フェイが、問題点を指摘した。

「でも、僕達自身が自由に動き回れる状態にならないと、その隠れサーバーに意味は無いと言う事だよな?」

「その通りね。隠した情報にアクセス出来ない限り、使い道は無いわね」

「それでも、私達が自由に動き回れるようになった時に、此の時代の権力者との交渉材料となる情報が残されているって言うのは、とても心強いわ。私達には闇に葬られるって言うリスクが絶えず付きまとうもの。特にアニーが解体されて以降の保険を準備しておくのは、絶対に必要な事よ!」

 エディット・クレッソンは、イレーネに強く賛成し、フェイを牽制した。

「エディット。勘違いしないでくれよ。僕だってイレーネの提案には賛成だからね。だからこそ、作戦に不備が無いか、色々と頭を巡らしておかなくちゃ。

 ところで、僕達に自由が与えられる前に、アニーは解体調査の対象になる可能性が高いんじゃないか?

 そうなると、折角作った隠れサーバーを維持できないんじゃないのか?」

「ええ、そうかもしれないわね。確かに、それは問題だわ」

 フェイの指摘に対して、プラトッシュ・グプタが提案する。

「此の時代では既にネット・ビジネスが普及している。サービス会社への入金を続けておけば、サーバーのメンテナンスは維持されるよ。直に会わずともサーバー開設の申し込みだって可能なはずだ。

 アニーだったら、銀行システムにバグを発生させて口座を開設し、定期的にサービス会社へ振り込むように操作するくらい簡単なはずだよ。

 以前にタブレットでアニメ映画を見ていたら、面白いアイデアを見付けたよ。

 銀行システムの金利計算の端数を掠め取るんだってさ。銀行システムの金利計算では1セント未満の金利は切り捨てられる。預金者全員の1セント未満の金利を掻き集める限りにおいては、銀行システムも異常に気付かないと言うトリックさ。

 リーベンのアニメ映画だったが、リーベン人もインド人と同じ様に金には貪欲だな――と、感心した覚えが有る」

 グプタの提案を吟味したイレーネは微笑みを浮かべ、残りのメンバーに追加の指示をした。

「良いアイデアかもね。その時が来たら、アニーにトライして貰いましょう。アニーには銀行の隠し口座と偽の身分証明書も作って貰うわ。

 貴方達も、航海日誌以外のどんな情報を隠すか、自分なりに考えておいてよ」

 タルヤ・ハルネンが別の指摘を口にした。

「航海日誌は直接アニーに記録させているわよね?

 と言う事は、隠す情報はアニーが視覚で認識したものに限定されるわよね?

 だって、例えば、このタブレットとアニーをつなぐ通信ケーブルが私達に支給されるとは思えないもの」

 フェイがタルヤに助け舟を出す。

「その通りだ。

 でも、そのタブレットにタルヤが書き綴っておいて、タブレットの画面を映像情報としてアニーに見せれば良いんだよ。ちょっと非効率だけど、大した手間じゃないはずだ」

 相談事に満足したイレーネが最後を引き取り、アニーに念押しした。

「アニー、私達の相談内容を理解したわね? 命令よ」

 アニーは赤目の発光部を点滅させると、命令の受諾を5人に伝えた。

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